不死鳥は歪んだ世界を救わない

凛音@りんね

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肉親

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 少女たちの中に見覚えのある人物がいた。
 未玖が黒い紙袋を貰ったと母親に嘘をついた時、とっさに浮かんだ親友の女の子。

「陽彩、ちゃん……?」

 未玖の声に、俯いていた陽彩が顔を上げる。

「未玖……?」

 陽彩は同じクラスで、放送クラブに入っている。
 いつもお洒落でニコニコしていて、みんなの人気者。
 そんな彼女が怯えたように目をギョロギョロさせながら、未玖を見つめている。

「あの選ばれし乙女は未玖の知り合いかい?」

 ダニールは燃える翼を器用に動かし、陽彩の近くまで飛んで行く。

「やあ、イーサン」
「おや、ダニールじゃないか」

 イーサンと呼ばれた人物もダニールと同じ姿をしていた。
 しかしダニールより背が高く、髪は短く切り揃えられ、体格もいい。

「集まった顔ぶれから、大体は孵化に成功したようだね」
「まったく、俺たちを卵に入れて人間界に放り出すとは悪の所業としか思えないね」

 そう言ってイーサンは不機嫌そうに笑ってみせる。
 綺麗に生え揃った白い歯が、満月の淡く鋭い光を浴びてギラリと輝いた。

「君の乙女も随分と麗しいね」
「そういう君の乙女こそ、とても美しい」

 自分たちのことを褒めているのだろうが、全然嬉しくなかった。
 早く降ろして欲しい。
 そして家に――

(あ、そっか、もうママも桃李もいないんだ。ダニールが脳みそを食べちゃったから。私は……ママと桃李の目玉を食べさせられて――)

 思い出すと、また吐き戻しそうになる。

「……未玖」

 口元を押さえる未玖に、陽彩が震える声で話しかけた。

「こ、この人……私の、パパとママを、た、食べたの。怖い……未玖、助けて!」

 陽彩の大きく茶色がかった瞳から、涙がポロポロと溢れた。

(私だって怖いよ……! 誰でもいいから助けてよ……!)

「さて、そろそろ時間だ」

 ダニールはイーサンから離れると、鳥のようにぐるりと旋回する。
 未玖は落ちないよう、必死で背中にしがみついていた。

「未玖っ!」

 陽彩の叫び声がしたが、イーサンはそのまま街へと向かって降りていく。

「僕たちも行こう」

 ダニールと他の不死鳥フェニックスは一斉に急降下した。
 まるでジェットコースターみたいな速度に、未玖は反射的に目をつむる。
 
 ふと、夏休みに行った遊園地のことを思い出した。


 ――蒸し暑い中、パパとママと桃李の四人で色んなアトラクションに乗ったんだ。
 桃李はまだ背が足りなかったから、ジェットコースターに乗れなくてむくれていたっけ。
 また来年になったら乗れるわよ、ってママが言ってたけど、もうみんなで一緒に出かけることはできないんだ――


 また涙が出たが、あまりの速さにすぐに夜空へと消えていった。

「選ばれし乙女よ、目を開けたまえ」

 ダニールの高く澄んだ声が響いた。
 未玖はぼおっとしていて、言われるがままに目を見開く。

「え……」

 もうすぐクリスマスのため、街中イルミネーションや飾り付けでとても賑やかだった。
 でも動く人の姿は全くない。
 みんな母親や桃李のように、首から上がなくなっている。

「きゃああっ!」
「ひぃっ! ば、化け物っ! こっちに来るなぁっ!」

 大通りを挟んだ向こう側で、たくさんの人が逃げ回っていた。
 その上をダニールの仲間が飛び回り、燃える翼で次々と首を刎ねていく。

(ああ、だから血が出ないんだ)

 また未玖は他人事のように考え、勝手に納得していた。

「これで当分、脳みそには困らないな」

 ダニールか嬉しそうに笑う。
 そして仲間の方へ飛んで行った。

「ひいいいいいいっ!!」
「うわああん、ママァ!」

 老人も幼子も容赦なく、ダニールは燃える翼で首を切り落とす。 
 その動作は軽快で、まるでモーツァルトのトルコ行進曲に合わせたようだった。

 ダニールと仲間たちは足並みを揃えて、何の罪もない人々を抹殺していく。
 未玖は目の前で繰り広げられる悪夢のような光景を、ただ見つめているだけしかできなかった。

(こんなの、夢に決まってる。だってもうすぐクリスマスだし、明日はクラブ活動の日だし、日曜日にはおばあちゃんに遊びに行くんだもん。だから早く覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ――――)


「未玖っ!」

 その時、誰かが未玖の名前を呼んだ。
 逃げ惑う人々を掻き分け、必死に未玖の方へ向かって来たのは――

「パパっ!」
「未玖っ!」

 スーツの上に黒いコートを羽織った父親が、こちらへ駆け寄ってくる。
 すぐ近くをダニールの仲間が飛び回り、次々と首を刎ねては楽しそうに笑っていた。

「パパっ! 危ないから逃げてっ!」
「何言ってるんだ! 大事な娘を置いて逃げるわけないだろう!」
「パパ……!」

 父親のことを臭いとか、母親に父親の洗濯物と一緒に洗わないで、と言っていたことを未玖は後悔した。

(ごめんなさい、パパ……! もうそんなこと言わないから、神様、どうか――)

「おっと、選ばれし乙女に近づくのは許されない」

 ダニールは何の躊躇もなく、父親の首を翼で刎ねる。

「嫌ああああああああああっ!!」

 父親の頭部が宙を舞い、ボールのように地面へ転がり落ちた。

「おや、この匂い……未玖の肉親だったのかい?」
「ずっとパパって呼んでたじゃない……!」
「すまない。僕たちは乙女を脅威から護らなければいけないからね」

 そう言い、ダニールは彫刻のような美しい顔で天真爛漫に笑ってみせる。


 ――こいつは天使の皮を被った悪魔だ。


 未玖は心の中で何かが弾けて、音もなく凍っていくのを確かに感じた。
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