不死鳥は歪んだ世界を救わない

凛音@りんね

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子ども

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 ダニールや仲間の不死鳥フェニックスが街で人々の首を刎ねる様子を、天空から見つめる者がいた。

「ああ、なんという事だ」

 父なる神アーラッドに仕える天使ジョシュアは、嘆くようにため息をつく。

「まさに悪魔の所業だな」

 兄であるサミュエルも、同じよう表情を曇らせる。

「父なる神よ、我々も地上へ降り立つことをお許しください」
『審判の時にはまだ早い』
「ですがこのままでは愛すべき人間が、不死鳥によって姿を消してしまうことでしょう」
『すでに地上へは天使を使わせておるのだ』
「何人かは不死鳥によって無惨にも狩られてしまいました」
『おお、なんたる事であろう』

 不死鳥は天使をも狩ることができる。
 ただし天使の脳みそや目玉は不死鳥にとって猛毒であるため、食することはできない。

「私たち兄弟が必ずやこの惨劇を食い止めてみせます」

 サミュエルが胸に手を当て、父なる神を見上げた。

『よろしい。ではサミュエルとジョシュアの二人を父なる神アーラッドの名において、地上へ使わすことを命じる』
「はっ」

 二人は聖なるつるぎを手にすると白く美しい翼を羽ばたかせ、地上へと降り立った。

 ♢♢♢

 ダニールは切り落とした頭から目玉をくり抜き、未玖に手渡そうとした。

「いやっ! もうやめて……」
「ああ、どうか泣かないでおくれ、悪に選ばれし乙女よ」

 ダニールの背中から降りた未玖は、地面にしゃがみ込む。
 周りには頭のない人々の死体でいっぱいだった。

 その中には未玖の父親もいる。
 大好きな――優しい母親も可愛い桃李も、もうこの世にいない。

「この地域の人間は大方、抹殺できたようだね。他の地域もじきに浄化されるだろう」
「浄化……?」
「そう、浄化さ。人間は汚く醜い存在だ。それらを始末して僕たち不死鳥と新たな楽園を築こうじゃないか」

 手のひらで転がしていた目玉を、ダニールは口に放り込む。
 ぷちゅり! と目玉の潰れる嫌な音がした。

「うん、やはり人間の目玉は美味しい。豚や羊はどうにも生臭くてね」

 まるで飴玉を舌で転がすようにしながら、ダニールが話す。

「で、でも、あなたたちは人間の脳みそを……食べるんでしょ? みんな殺してしまったら、どうするの?」

 このくらいのことなら小学六年生の未玖にでも分かる。
 つまりこのまま人類を消し去ってしまえば、不死鳥は好物を食べられなくなってしまうのだ。

「それなら心配には及ばないよ。いなくなったら増やせばいい」
「増やすって、どうやって……?」

 未玖は嫌な予感がした。

「僕たちは人間と交わることができる。つまり、不死鳥と人間の混血だね。選ばれし乙女はそのために選ばれたのさ」


 ――ああ、やはり。


 これ以上は危険だと、脳が警戒音を発している。

 逃げろ。こいつから逃げなければ。
 できる限り速やかに。

 だが、どこへ?
 もう選ばれし乙女以外に人類はいないのに。

「つまり……私たちに子どもを産ませて、その子を……食べるってこと……?」
「うん、そういう事だ。未玖は賢いね。きっと脳みそもとても美味しいのだろう」

 無邪気に笑うダニールは、知らない人が見れば天使だと思うに違いない。

(――こいつは正真正銘の悪魔だ)

 未玖のことも、単なる家畜程度にしか見なしていない。
 女性の体のしくみについては学校の性教育で習ったし、女子同士で情報を交換し合っていたので、知識はそれなりにある。

 未玖はもう生理が来ているから、子どもが産める体になっているのだ。
 だからダニールと行為をして、子どもを産み育てるのが自分の役目なのだろう。
 そう考えると背筋がゾッとした。

 まだ好きな人に告白すらしていないのに。
 来年のバレンタインには、手作りチョコを渡そうと決めていた。
 未玖の初恋の人――二組の牧田まきた圭吾けいご

(きっと牧田君も、奈々ちゃんも、クラスのみんなも、ピアノ教室の小田先生も、こいつらに殺されてしまったんだ。
 パパやママや桃李みたいに、首を切り落とされて)

 そう考えるとダニールを殺したくなった。
 どこかに包丁が落ちていないかと、未玖は辺りを見渡す。

 でもあるのは首のない死体ばかりで、煌びやかなクリスマスのイルミネーションと、賑やかなジングルベルが繰り返し流れているだけだった。

 鉛色の空から、しんしんと白い雪が降り出した。

 ♢♢♢

「どうやら君は乙女でなかったようだね」

 イーサンは不機嫌そうに脳みそを食べながら、陽彩を一瞥する。

「お、乙女じゃないって、どういうこと……?」
「君の体はすでに穢れている」

 その言葉に陽彩はドキリとした。
 まさか……誰にも見られていないはずなのに。

「ね、お願いパパとママには言わないで!」

 そこまで言って陽彩は、イーサンが父親と母親の首を燃える翼で刎ねたことを思い出す。

「あはははは。そうだ、もうパパもママもみーんないないんだ……じゃあ、いいや。そうよ、私はもう子どもじゃない」
「ふむ、潔いのは良いことだ」

 脳みそを食べ終わると、イーサンは頭を陽彩の方へと投げた。
 澱んだ瞳が虚空を見つめている。
 その目を見ながら陽彩はの事を思い出していた。

 放送クラブの陽彩は、放送室で二組の牧田と二人きりになった。
 他の部員はその日、みんな風邪で休んでいたのだ。

 親友の未玖が牧田を好きなことは、前々から知っていた。
 来年のバレンタインに、手作りチョコを渡そうと未玖にアドバイスしたのも陽彩だ。
 だけど陽彩も牧田のことが好きだった。


 サッカーが上手くて、みんなからの人気者。
 オシャレで人気者の私の方が牧田君に相応しいの――


 だから、陽彩の方から誘って行為をした。
 お互い初めてだったが、どうやればいいのか女としての本能が知っていた。

 幸い陽彩はまだ初潮を迎えていなかったし、そもそも避妊具を小学生が普段から持ち歩いているはずがない。

「君から男の匂いがするのが、ずっと気になっていたんだ」
「だから何? 私が誰と何をしようがあんたには関係ない」

 陽彩はイーサンを睨む。

「それでは駄目なのさ。悪は乙女の純潔を何よりも重んじる。だから君は選ばれし乙女にはなりえない」
「そう。じゃ、私は帰るわ」

 陽彩はどこに帰るのだろうかと思ったが、自分が相応しくないのならここにいなくても問題ないだろう。
 もしかしたら、まだ生き残っている大人がいるかもしれない。
 
(その人たちに助けてもらおっと)

 昔から人に甘えるのが得意だったので、きっと何とかなるに違いないと考える。
 陽彩は楽観的かつ享楽的な性格だった。

「それはできない。君は知りすぎてしまった。だから僕が責任を持って食べなくてはいけない」
「はぁ?」

 あまりにも理不尽な言い分に、陽彩はキレそうだった。

「なんであんたなんかに食べられなきゃいけないのよ! 私にだって選ぶ権利はあるわ!」

 そう、陽彩は食べる意味を履き違えていた。

「いや、君に選ぶ権利はない。卵を拾った時点で君の運命は決まっていたんだ」

 そして燃える翼で陽彩の首を刎ねた。
 あまりに突然の出来事に、陽彩は目をぱちくりさせる。

(なに、急に体が軽くなって――あれ、何で私の体があんなところにあるのよ。あの服、こないだ買ってもらったばかりなんだから汚したくないのに。今月のおこづかいで新色のリップグロスを買わなくちゃ。だって私はクラスで一番オシャレな――)

 イーサンが陽彩の頭部を、バスケットボールのようにキャッチする。
 そしてまだ微かに意識がある陽彩の脳みそを、不機嫌そうに食べ始めた。
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