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夢
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「それにしても人間というのは本当に愚かだね」
ダニールは積み重ねられた死体の上に座り、目を細めて羽繕いをしている。
燃える羽が抜き取ると、ふわりと空中を舞い、塵となって消えた。
「己の欲を満たすために罪もない動物を殺めたり、大気を汚染させる物質をわざわざ作り出したり。挙句の果てにウイルス兵器として開発していた未知のウイルスを流出させてしまうとは実に愚かだ」
そう言い、わざとらしく肩をすくめてみせる。
「……だからって殺していい理由にはならない」
「僕たちは真の楽園を手に入れるために害獣を駆逐しているだけさ。人間がネズミやイノシシを目の敵にしているようにね。だから何の問題もない」
「害獣って……なによ、それ」
未玖は腸が煮えくり返りそうになる。
――パパもママも桃李も奈々ちゃんも牧田君も小田先生も、みんな私の大好きな人だった。
それをみんな、一瞬で奪われてしまった。
(もしかしたら陽彩ちゃんはまだ生きてるかもしれないけれど、このままではこいつらに利用されるだけ)
だから早く逃げなければ。
それが無理なら殺すしかない。
「今回流出したウイルスは非常にやっかいなもので、ものすごい早さで変異を起こしている。放っておいたら人類は絶滅するだろうが、そこまで待てるほど悪魔は忍耐強くない」
「それってもしかして、変な風邪のこと……?」
十一月に入ってから、世界各地で新型の風邪が大流行していた。
しかしニュースでは決してウイルス兵器などではなく、ただの風邪だから安心しろと言っていたはずだ。
「息をするように嘘をつくのが人間の美徳だろう? どこの国とは言わないけれど研究員がうっかり外へ持ち出してしまったのさ。そのせいで今後、世界は未曾有の事態に陥る予定だった」
だった、というのはダニールたち不死鳥が人類を抹殺しなければ、という意味だろう。
未曾有の事態――
不死鳥は未来を予測できるのだろうか。
「僕たちには人類で言うところの超能力が備わっている。その一つが未来を見通す力だ。と言っても数年先までしか見えないけれどね」
(――それじゃ、結局私たちは死ぬ運命だったの?)
「悪魔は人類を抹殺するために不死鳥を卵に閉じ込め、この忌まわしい世界に放った。未玖にはあの入れ物が何色に見えたんだい?」
「え、黒色だったけど……」
「うん、実に素晴らしい。あれはね、選ばれし乙女にしか見えないよう特別な魔力が込められていたんだ」
「でもママにも……」
未玖の部屋で、首が無くなって倒れていた母親の姿が頭をよぎる。
「乙女が手にしたら魔力が消える仕組みなのさ。そして他の穢らわしい人間にも認識できるようになる」
「ママは穢らわしくなんかないっ!」
未玖が怒鳴り声を上げると、ダニールがそっと頬に触れた。
嫌悪感にゾクリと鳥肌が立つ。
「ああ、駄目だよ、未玖。怒りや憎しみは君の無垢で美しい魂を蝕んでしまう。だからいつも笑顔でいるんだ。いいね?」
にこりと笑う、天使のような悪魔。
「ふふ、僕たちは悪魔なんかよりよっぽど優しくて慈愛に満ちている。その証拠に選ばれし乙女を大切に扱うだろう?」
「……子どもを産ませるために?」
「端的に言うとそうだが、僕たちも生き物には変わりない。不死鳥同士では子孫を残すことが出来ないのさ。だから伴侶となるべく相手を、他の種族から探さなければ血が途絶えてしまう」
(やっぱりダニールは男……?)
自分より少し年上の女の子にしか見えない。
他の不死鳥も顔立ちは多少違えど、みんな中性的だった。
けれどそう言われると、仕草や喋り方から同性ではないと未玖は本能的に感じ取る。
「普段は一角獣や人魚を娶ることが多いけれど、彼女らはとても勝ち気でね。それに何と言っても交わりにくい。その点、人間は姿形が僕たちと似ているから存分に愛し合うことができる」
「一角獣に人魚……」
小さな頃に読んでいた絵本に出てきて、いつか自分も会いたいと強く憧れていた架空の生き物。
「人間は利己的な割に夢見がちな生き物だからね。実際の彼女らはそこまで美しくない。むしろ君たちの美意識からすれば醜く映るだろう、特に人魚はね」
ダニールはククッとおかしそうに笑う。
「人間が思い描く人魚は可憐だが、本物は深海魚のようにグロテスクな容姿をしている。肉食かつ平気で仲間も食べる残忍さも持ち合わせているしね。一角獣は馬に近い見た目だが気性が荒く、行為中に角に刺されることも多い。そう考えると人間は実に理想的な結婚相手だ」
「それなのに殺すなんて、意味が分からない……」
鉛色の空から、とめどなく雪が降っている。
主人を亡くした犬があちこちで「クゥーン」と寂しそうな声を出しながら、首が無い死体の匂いを嗅いでいた。
「彼らは憐れな生き物だ。人間のエゴで飼われ、必要でなくなれば平気で殺される。未玖は生き物を飼っていなかったようだね」
「弟が喘息持ちだから、うちではペットは飼えないの」
いつも人から質問された時のように答えて、もう桃李はこの世にいないことを思い出し、胸がずきりと痛む。
「だから君の魂は綺麗な色をしているんだね。イーサンが連れていた選ばれし乙女はあまり綺麗な色ではなかったが」
(イーサン……ああ、陽彩ちゃんを連れ去った不死鳥の名前)
「僕たちは鼻が鋭くてね。普段は意識的に匂いを遮断しているが、あの乙女からは男の匂いがしていた」
「男の匂い……?」
(――陽彩ちゃん、パパに抱っこでもされていたのかな?)
もうそんな事する年でもないけれど案外、みんな家だとまだ親に甘えたりしてたのかもしれない。
未来はそう考えた。
「ふふ、未玖は本当に純粋だね。いくら知識はあっても経験しなければ何も分からないものだ。どうかそのままの君でいておくれ」
ダニールは優しく微笑むと、未玖の頬にキスをした。
そして赤く燃えるような瞳で真っ直ぐ見つめてくる。
すると嫌悪感は消え去り、頭がぼおっとしてきた。
「ああ、そうだ。例のウイルス流出だけどね、あれは悪魔がそそのかしたのさ。ほんの悪戯心でね。でもすぐに飽きてしまったようだ……おや、未玖は眠いようだね」
ダニールの声が子守歌のように聞こえ、未玖は瞼を閉じる。
何と言っていたのかよく分からなかったが、そんな事はどうでも良かった。
彼の華奢な腕に抱かれ、未玖は夢を見た。
まだ世界は美しいものだけで溢れていると、信じて疑わなかった頃の夢を。
ダニールは積み重ねられた死体の上に座り、目を細めて羽繕いをしている。
燃える羽が抜き取ると、ふわりと空中を舞い、塵となって消えた。
「己の欲を満たすために罪もない動物を殺めたり、大気を汚染させる物質をわざわざ作り出したり。挙句の果てにウイルス兵器として開発していた未知のウイルスを流出させてしまうとは実に愚かだ」
そう言い、わざとらしく肩をすくめてみせる。
「……だからって殺していい理由にはならない」
「僕たちは真の楽園を手に入れるために害獣を駆逐しているだけさ。人間がネズミやイノシシを目の敵にしているようにね。だから何の問題もない」
「害獣って……なによ、それ」
未玖は腸が煮えくり返りそうになる。
――パパもママも桃李も奈々ちゃんも牧田君も小田先生も、みんな私の大好きな人だった。
それをみんな、一瞬で奪われてしまった。
(もしかしたら陽彩ちゃんはまだ生きてるかもしれないけれど、このままではこいつらに利用されるだけ)
だから早く逃げなければ。
それが無理なら殺すしかない。
「今回流出したウイルスは非常にやっかいなもので、ものすごい早さで変異を起こしている。放っておいたら人類は絶滅するだろうが、そこまで待てるほど悪魔は忍耐強くない」
「それってもしかして、変な風邪のこと……?」
十一月に入ってから、世界各地で新型の風邪が大流行していた。
しかしニュースでは決してウイルス兵器などではなく、ただの風邪だから安心しろと言っていたはずだ。
「息をするように嘘をつくのが人間の美徳だろう? どこの国とは言わないけれど研究員がうっかり外へ持ち出してしまったのさ。そのせいで今後、世界は未曾有の事態に陥る予定だった」
だった、というのはダニールたち不死鳥が人類を抹殺しなければ、という意味だろう。
未曾有の事態――
不死鳥は未来を予測できるのだろうか。
「僕たちには人類で言うところの超能力が備わっている。その一つが未来を見通す力だ。と言っても数年先までしか見えないけれどね」
(――それじゃ、結局私たちは死ぬ運命だったの?)
「悪魔は人類を抹殺するために不死鳥を卵に閉じ込め、この忌まわしい世界に放った。未玖にはあの入れ物が何色に見えたんだい?」
「え、黒色だったけど……」
「うん、実に素晴らしい。あれはね、選ばれし乙女にしか見えないよう特別な魔力が込められていたんだ」
「でもママにも……」
未玖の部屋で、首が無くなって倒れていた母親の姿が頭をよぎる。
「乙女が手にしたら魔力が消える仕組みなのさ。そして他の穢らわしい人間にも認識できるようになる」
「ママは穢らわしくなんかないっ!」
未玖が怒鳴り声を上げると、ダニールがそっと頬に触れた。
嫌悪感にゾクリと鳥肌が立つ。
「ああ、駄目だよ、未玖。怒りや憎しみは君の無垢で美しい魂を蝕んでしまう。だからいつも笑顔でいるんだ。いいね?」
にこりと笑う、天使のような悪魔。
「ふふ、僕たちは悪魔なんかよりよっぽど優しくて慈愛に満ちている。その証拠に選ばれし乙女を大切に扱うだろう?」
「……子どもを産ませるために?」
「端的に言うとそうだが、僕たちも生き物には変わりない。不死鳥同士では子孫を残すことが出来ないのさ。だから伴侶となるべく相手を、他の種族から探さなければ血が途絶えてしまう」
(やっぱりダニールは男……?)
自分より少し年上の女の子にしか見えない。
他の不死鳥も顔立ちは多少違えど、みんな中性的だった。
けれどそう言われると、仕草や喋り方から同性ではないと未玖は本能的に感じ取る。
「普段は一角獣や人魚を娶ることが多いけれど、彼女らはとても勝ち気でね。それに何と言っても交わりにくい。その点、人間は姿形が僕たちと似ているから存分に愛し合うことができる」
「一角獣に人魚……」
小さな頃に読んでいた絵本に出てきて、いつか自分も会いたいと強く憧れていた架空の生き物。
「人間は利己的な割に夢見がちな生き物だからね。実際の彼女らはそこまで美しくない。むしろ君たちの美意識からすれば醜く映るだろう、特に人魚はね」
ダニールはククッとおかしそうに笑う。
「人間が思い描く人魚は可憐だが、本物は深海魚のようにグロテスクな容姿をしている。肉食かつ平気で仲間も食べる残忍さも持ち合わせているしね。一角獣は馬に近い見た目だが気性が荒く、行為中に角に刺されることも多い。そう考えると人間は実に理想的な結婚相手だ」
「それなのに殺すなんて、意味が分からない……」
鉛色の空から、とめどなく雪が降っている。
主人を亡くした犬があちこちで「クゥーン」と寂しそうな声を出しながら、首が無い死体の匂いを嗅いでいた。
「彼らは憐れな生き物だ。人間のエゴで飼われ、必要でなくなれば平気で殺される。未玖は生き物を飼っていなかったようだね」
「弟が喘息持ちだから、うちではペットは飼えないの」
いつも人から質問された時のように答えて、もう桃李はこの世にいないことを思い出し、胸がずきりと痛む。
「だから君の魂は綺麗な色をしているんだね。イーサンが連れていた選ばれし乙女はあまり綺麗な色ではなかったが」
(イーサン……ああ、陽彩ちゃんを連れ去った不死鳥の名前)
「僕たちは鼻が鋭くてね。普段は意識的に匂いを遮断しているが、あの乙女からは男の匂いがしていた」
「男の匂い……?」
(――陽彩ちゃん、パパに抱っこでもされていたのかな?)
もうそんな事する年でもないけれど案外、みんな家だとまだ親に甘えたりしてたのかもしれない。
未来はそう考えた。
「ふふ、未玖は本当に純粋だね。いくら知識はあっても経験しなければ何も分からないものだ。どうかそのままの君でいておくれ」
ダニールは優しく微笑むと、未玖の頬にキスをした。
そして赤く燃えるような瞳で真っ直ぐ見つめてくる。
すると嫌悪感は消え去り、頭がぼおっとしてきた。
「ああ、そうだ。例のウイルス流出だけどね、あれは悪魔がそそのかしたのさ。ほんの悪戯心でね。でもすぐに飽きてしまったようだ……おや、未玖は眠いようだね」
ダニールの声が子守歌のように聞こえ、未玖は瞼を閉じる。
何と言っていたのかよく分からなかったが、そんな事はどうでも良かった。
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