7 / 54
日常
しおりを挟む
古より神々に恐れられていた幻獣が、深い眠りから目覚めようとしていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……と地面が唸り声を上げる。
振動によって津波が発生し、南米や周辺諸国の海沿いの街を呑み込んだ。
だが逃げ惑う人々の姿はない。
あるのは首のない死体だけで、津波によって瓦礫とともに海へと拐われていく。
神族に凶事をもたらすと予言され、巨人国から追い出された異形のそれが海からのっそりと顔を出す。
ギョロリと鋭く狡猾な瞳で辺りを見渡した。
それは遥か昔の終末での闘いに思いを馳せる。
一度は絶命したにも関わらず、再びこうして世界を囲う日が来ようとは。
空を震わせる咆哮を上げると、それは口から瘴気を吐きながら地上を目指して大海原を渡って行った。
♢♢♢
未玖とダニールは教会を後にすると、人気のない街中を歩いていく。
街中は夜に降った雪によってうっすらと雪化粧をしていた。
一見するとクリスマスの飾り付けにとても合っていて綺麗だけど、周りには首のない死体だらけだった。
(――ここが私の住んでいた街なの?)
昨日の今頃は学校にいて、家庭科の授業でミシンを使ってナップザックを作っていた。
未玖が選んだのは、大人っぽいシックなボーダー柄。
ピンク系は可愛すぎて嫌だったから、本当はランドセルもシンプルなものに変えたかった。
だが小学生になる時、祖父母がお祝いでくれたものだから我慢してずっと使っていたのだ。
(あれ……もしかしたら、もうランドセルを使うことってないのかな? だってパパもママも桃李も奈々ちゃんも牧田君も小田先生も、みんな殺されちゃったんだもん。この天使みたいな姿をした不死鳥のダニールたちに)
――当たり前だと思っていた毎日が、こんなにも呆気なく奪われてしまうなんて。
「悪に選ばれし乙女よ、お腹は空かないかい?」
ダニールの艶やかな黒髪が風に靡いて、サラサラと音を立てる。
燃える翼はしまったのか、背中から消えていた。
「別に……」
昨日、最後に食べたのは母親と桃李の目玉。
あの独特の生臭さとぐにゅりとした感触に、未玖はまたしても吐き気を催す。
「随分と顔色が悪いじゃないか。何か口にしなければいけないね」
ダニールは迷う事なくコンビニへと向かっていく。
店に入ろうとするが、自動ドアは反応しない。
道路を見ると、信号も電光掲示板も点いていなかった。
(――そっか、電気を管理する人もみんないなくなったから全部消えちゃったんだ。じゃあ、昨日見たイルミネーションが最後のクリスマスの思い出になるのかな。だって、悪魔とクリスマスをお祝いするなんて変だもん。お祝いするなら大好きな家族や友達との方がいいに決まってる)
「人間というのは、どこまでも自然の活力を搾取しなければ生きていけないのだね」
先を歩くダニールの表情はよく分からなかったが、何となく悲しげに聞こえた。
ダニールが右手をかざすと、ひとりでにドアが開く。
「ほら、未玖が食べたいものを好きなだけ持っていけばいい」
明かりのついていないコンビニの中は、昼間なのに薄暗くて不気味だった。
首無し死体が転がっていないのがせめてもの救いだ。
未玖はサンドイッチとお茶と生理用品を手にすると、さっさとコンビニから出る。
(――でも、ダニールのいる前でナプキンを変えるのは恥ずかしいな)
「ちょっと待ってて」
そう言うと未玖はコンビニへ戻り、トイレに駆けみ鍵を掛ける。
当然、トイレの中も真っ暗闇だった。
――このまま、こうしていれたらどんなにいいだろう。
(いっそのこと、みんなと一緒に死んだ方がずっとマシだった。ミサの時、神父さんは「信じれば救われる」って言ってたけど、どれだけ祈ったって私の願いは叶わない――だから神様なんていないんだ)
また涙がぽろぽろと溢れ落ちる。
けれど未玖は新しくて清潔なナプキンと交換できたことに安堵すると、あまり柔らかくないトイレットペーパーで鼻をかむ。
そして明るい外で待っているダニールの元へ、自分の意志で戻って行った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……と地面が唸り声を上げる。
振動によって津波が発生し、南米や周辺諸国の海沿いの街を呑み込んだ。
だが逃げ惑う人々の姿はない。
あるのは首のない死体だけで、津波によって瓦礫とともに海へと拐われていく。
神族に凶事をもたらすと予言され、巨人国から追い出された異形のそれが海からのっそりと顔を出す。
ギョロリと鋭く狡猾な瞳で辺りを見渡した。
それは遥か昔の終末での闘いに思いを馳せる。
一度は絶命したにも関わらず、再びこうして世界を囲う日が来ようとは。
空を震わせる咆哮を上げると、それは口から瘴気を吐きながら地上を目指して大海原を渡って行った。
♢♢♢
未玖とダニールは教会を後にすると、人気のない街中を歩いていく。
街中は夜に降った雪によってうっすらと雪化粧をしていた。
一見するとクリスマスの飾り付けにとても合っていて綺麗だけど、周りには首のない死体だらけだった。
(――ここが私の住んでいた街なの?)
昨日の今頃は学校にいて、家庭科の授業でミシンを使ってナップザックを作っていた。
未玖が選んだのは、大人っぽいシックなボーダー柄。
ピンク系は可愛すぎて嫌だったから、本当はランドセルもシンプルなものに変えたかった。
だが小学生になる時、祖父母がお祝いでくれたものだから我慢してずっと使っていたのだ。
(あれ……もしかしたら、もうランドセルを使うことってないのかな? だってパパもママも桃李も奈々ちゃんも牧田君も小田先生も、みんな殺されちゃったんだもん。この天使みたいな姿をした不死鳥のダニールたちに)
――当たり前だと思っていた毎日が、こんなにも呆気なく奪われてしまうなんて。
「悪に選ばれし乙女よ、お腹は空かないかい?」
ダニールの艶やかな黒髪が風に靡いて、サラサラと音を立てる。
燃える翼はしまったのか、背中から消えていた。
「別に……」
昨日、最後に食べたのは母親と桃李の目玉。
あの独特の生臭さとぐにゅりとした感触に、未玖はまたしても吐き気を催す。
「随分と顔色が悪いじゃないか。何か口にしなければいけないね」
ダニールは迷う事なくコンビニへと向かっていく。
店に入ろうとするが、自動ドアは反応しない。
道路を見ると、信号も電光掲示板も点いていなかった。
(――そっか、電気を管理する人もみんないなくなったから全部消えちゃったんだ。じゃあ、昨日見たイルミネーションが最後のクリスマスの思い出になるのかな。だって、悪魔とクリスマスをお祝いするなんて変だもん。お祝いするなら大好きな家族や友達との方がいいに決まってる)
「人間というのは、どこまでも自然の活力を搾取しなければ生きていけないのだね」
先を歩くダニールの表情はよく分からなかったが、何となく悲しげに聞こえた。
ダニールが右手をかざすと、ひとりでにドアが開く。
「ほら、未玖が食べたいものを好きなだけ持っていけばいい」
明かりのついていないコンビニの中は、昼間なのに薄暗くて不気味だった。
首無し死体が転がっていないのがせめてもの救いだ。
未玖はサンドイッチとお茶と生理用品を手にすると、さっさとコンビニから出る。
(――でも、ダニールのいる前でナプキンを変えるのは恥ずかしいな)
「ちょっと待ってて」
そう言うと未玖はコンビニへ戻り、トイレに駆けみ鍵を掛ける。
当然、トイレの中も真っ暗闇だった。
――このまま、こうしていれたらどんなにいいだろう。
(いっそのこと、みんなと一緒に死んだ方がずっとマシだった。ミサの時、神父さんは「信じれば救われる」って言ってたけど、どれだけ祈ったって私の願いは叶わない――だから神様なんていないんだ)
また涙がぽろぽろと溢れ落ちる。
けれど未玖は新しくて清潔なナプキンと交換できたことに安堵すると、あまり柔らかくないトイレットペーパーで鼻をかむ。
そして明るい外で待っているダニールの元へ、自分の意志で戻って行った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる