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日常
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古より神々に恐れられていた幻獣が、深い眠りから目覚めようとしていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……と地面が唸り声を上げる。
振動によって津波が発生し、南米や周辺諸国の海沿いの街を呑み込んだ。
だが逃げ惑う人々の姿はない。
あるのは首のない死体だけで、津波によって瓦礫とともに海へと拐われていく。
神族に凶事をもたらすと予言され、巨人国から追い出された異形のそれが海からのっそりと顔を出す。
ギョロリと鋭く狡猾な瞳で辺りを見渡した。
それは遥か昔の終末での闘いに思いを馳せる。
一度は絶命したにも関わらず、再びこうして世界を囲う日が来ようとは。
空を震わせる咆哮を上げると、それは口から瘴気を吐きながら地上を目指して大海原を渡って行った。
♢♢♢
未玖とダニールは教会を後にすると、人気のない街中を歩いていく。
街中は夜に降った雪によってうっすらと雪化粧をしていた。
一見するとクリスマスの飾り付けにとても合っていて綺麗だけど、周りには首のない死体だらけだった。
(――ここが私の住んでいた街なの?)
昨日の今頃は学校にいて、家庭科の授業でミシンを使ってナップザックを作っていた。
未玖が選んだのは、大人っぽいシックなボーダー柄。
ピンク系は可愛すぎて嫌だったから、本当はランドセルもシンプルなものに変えたかった。
だが小学生になる時、祖父母がお祝いでくれたものだから我慢してずっと使っていたのだ。
(あれ……もしかしたら、もうランドセルを使うことってないのかな? だってパパもママも桃李も奈々ちゃんも牧田君も小田先生も、みんな殺されちゃったんだもん。この天使みたいな姿をした不死鳥のダニールたちに)
――当たり前だと思っていた毎日が、こんなにも呆気なく奪われてしまうなんて。
「悪に選ばれし乙女よ、お腹は空かないかい?」
ダニールの艶やかな黒髪が風に靡いて、サラサラと音を立てる。
燃える翼はしまったのか、背中から消えていた。
「別に……」
昨日、最後に食べたのは母親と桃李の目玉。
あの独特の生臭さとぐにゅりとした感触に、未玖はまたしても吐き気を催す。
「随分と顔色が悪いじゃないか。何か口にしなければいけないね」
ダニールは迷う事なくコンビニへと向かっていく。
店に入ろうとするが、自動ドアは反応しない。
道路を見ると、信号も電光掲示板も点いていなかった。
(――そっか、電気を管理する人もみんないなくなったから全部消えちゃったんだ。じゃあ、昨日見たイルミネーションが最後のクリスマスの思い出になるのかな。だって、悪魔とクリスマスをお祝いするなんて変だもん。お祝いするなら大好きな家族や友達との方がいいに決まってる)
「人間というのは、どこまでも自然の活力を搾取しなければ生きていけないのだね」
先を歩くダニールの表情はよく分からなかったが、何となく悲しげに聞こえた。
ダニールが右手をかざすと、ひとりでにドアが開く。
「ほら、未玖が食べたいものを好きなだけ持っていけばいい」
明かりのついていないコンビニの中は、昼間なのに薄暗くて不気味だった。
首無し死体が転がっていないのがせめてもの救いだ。
未玖はサンドイッチとお茶と生理用品を手にすると、さっさとコンビニから出る。
(――でも、ダニールのいる前でナプキンを変えるのは恥ずかしいな)
「ちょっと待ってて」
そう言うと未玖はコンビニへ戻り、トイレに駆けみ鍵を掛ける。
当然、トイレの中も真っ暗闇だった。
――このまま、こうしていれたらどんなにいいだろう。
(いっそのこと、みんなと一緒に死んだ方がずっとマシだった。ミサの時、神父さんは「信じれば救われる」って言ってたけど、どれだけ祈ったって私の願いは叶わない――だから神様なんていないんだ)
また涙がぽろぽろと溢れ落ちる。
けれど未玖は新しくて清潔なナプキンと交換できたことに安堵すると、あまり柔らかくないトイレットペーパーで鼻をかむ。
そして明るい外で待っているダニールの元へ、自分の意志で戻って行った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……と地面が唸り声を上げる。
振動によって津波が発生し、南米や周辺諸国の海沿いの街を呑み込んだ。
だが逃げ惑う人々の姿はない。
あるのは首のない死体だけで、津波によって瓦礫とともに海へと拐われていく。
神族に凶事をもたらすと予言され、巨人国から追い出された異形のそれが海からのっそりと顔を出す。
ギョロリと鋭く狡猾な瞳で辺りを見渡した。
それは遥か昔の終末での闘いに思いを馳せる。
一度は絶命したにも関わらず、再びこうして世界を囲う日が来ようとは。
空を震わせる咆哮を上げると、それは口から瘴気を吐きながら地上を目指して大海原を渡って行った。
♢♢♢
未玖とダニールは教会を後にすると、人気のない街中を歩いていく。
街中は夜に降った雪によってうっすらと雪化粧をしていた。
一見するとクリスマスの飾り付けにとても合っていて綺麗だけど、周りには首のない死体だらけだった。
(――ここが私の住んでいた街なの?)
昨日の今頃は学校にいて、家庭科の授業でミシンを使ってナップザックを作っていた。
未玖が選んだのは、大人っぽいシックなボーダー柄。
ピンク系は可愛すぎて嫌だったから、本当はランドセルもシンプルなものに変えたかった。
だが小学生になる時、祖父母がお祝いでくれたものだから我慢してずっと使っていたのだ。
(あれ……もしかしたら、もうランドセルを使うことってないのかな? だってパパもママも桃李も奈々ちゃんも牧田君も小田先生も、みんな殺されちゃったんだもん。この天使みたいな姿をした不死鳥のダニールたちに)
――当たり前だと思っていた毎日が、こんなにも呆気なく奪われてしまうなんて。
「悪に選ばれし乙女よ、お腹は空かないかい?」
ダニールの艶やかな黒髪が風に靡いて、サラサラと音を立てる。
燃える翼はしまったのか、背中から消えていた。
「別に……」
昨日、最後に食べたのは母親と桃李の目玉。
あの独特の生臭さとぐにゅりとした感触に、未玖はまたしても吐き気を催す。
「随分と顔色が悪いじゃないか。何か口にしなければいけないね」
ダニールは迷う事なくコンビニへと向かっていく。
店に入ろうとするが、自動ドアは反応しない。
道路を見ると、信号も電光掲示板も点いていなかった。
(――そっか、電気を管理する人もみんないなくなったから全部消えちゃったんだ。じゃあ、昨日見たイルミネーションが最後のクリスマスの思い出になるのかな。だって、悪魔とクリスマスをお祝いするなんて変だもん。お祝いするなら大好きな家族や友達との方がいいに決まってる)
「人間というのは、どこまでも自然の活力を搾取しなければ生きていけないのだね」
先を歩くダニールの表情はよく分からなかったが、何となく悲しげに聞こえた。
ダニールが右手をかざすと、ひとりでにドアが開く。
「ほら、未玖が食べたいものを好きなだけ持っていけばいい」
明かりのついていないコンビニの中は、昼間なのに薄暗くて不気味だった。
首無し死体が転がっていないのがせめてもの救いだ。
未玖はサンドイッチとお茶と生理用品を手にすると、さっさとコンビニから出る。
(――でも、ダニールのいる前でナプキンを変えるのは恥ずかしいな)
「ちょっと待ってて」
そう言うと未玖はコンビニへ戻り、トイレに駆けみ鍵を掛ける。
当然、トイレの中も真っ暗闇だった。
――このまま、こうしていれたらどんなにいいだろう。
(いっそのこと、みんなと一緒に死んだ方がずっとマシだった。ミサの時、神父さんは「信じれば救われる」って言ってたけど、どれだけ祈ったって私の願いは叶わない――だから神様なんていないんだ)
また涙がぽろぽろと溢れ落ちる。
けれど未玖は新しくて清潔なナプキンと交換できたことに安堵すると、あまり柔らかくないトイレットペーパーで鼻をかむ。
そして明るい外で待っているダニールの元へ、自分の意志で戻って行った。
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