不死鳥は歪んだ世界を救わない

凛音@りんね

文字の大きさ
15 / 54

共食い

しおりを挟む
「やあ、ジャンダー」

 艶のある黒髪を幾重にもカールさせ、まるで人形のような愛くるしい顔に微笑を湛えるファロム。

 その足元には首を刎ねられ、息絶えた悪に選ばれし乙女の無惨な姿があった。

「なぜ里香りかを殺した――?」

 同じ不死鳥フェニックスであるジャンダーは、燃えるような赤い瞳に怒りの色を浮かべながら問うた。

「紗南がそう望むからさ」

 ファロムは無邪気な少女のように、何の罪悪感も抱く事なく答える。

悪魔主人の命令に従って地上の人間を抹殺したというのに、これ以上減らせばお前にもどうなるか分かるだろう?」
「そうだね、私たちには乙女と繁殖する道しか残されていない」
「では、なぜ――?」

 そこへファロムの背中から降りた紗南が、冷ややかな目つきでジャンダーを一瞥する。

「ねぇファロム、不死鳥こいつも始末して」
「ジャンダーをかい?」

 さすがのファロムもいささか戸惑った。
 不死鳥は不死身であるからこそ、不死鳥なのだ。

 遥か遠い昔、同族間での血生臭い争いは幾度かあったが、悪魔との契約によって主従関係を結んだ彼らは上部だけの平和を手に入れた。

 つまり不死鳥は飼い慣らされているのだ、悪魔によって。

 こうして幾千年もの時を過ごしてきた彼等に、同族を殺すという概念はすっかり消失していた。

 だが荒ぶる幻獣としての本能の中にひっそりと残されているのを、ファロムは脳細胞の奥で認知する。

「そうだね、紗南が望むならお安いご用さ」

 にこやかに微笑みながら北風に髪を靡かせ、燃える翼をはためかせると躊躇なくジャンダーの首を刎ねようとした。

「おいっ! ファロム、正気か?」

 無力な人間と違って身体能力の優れた不死鳥のジャンダーは攻撃をかわしながら、未来を予見しようとする。

 けれどに遮られてよく見えなかった。

(なぜだ? こんな事、今まで一度もなかったのに――)

 心の中で自問しているのを、仲間であるファロムが共有した。

「君も同じようだね、ファロム。私たちの予知能力は消えかかっている」

 話しながら次の攻撃を仕掛けるが、ジャンダーは素早く避けて空高く飛び上がる。

「ふふ、空中の方が戦いやすいのを君も熟知しているようだね」
「俺はお前と戦う気などさらさら無い!」
「残念だが私にはある」
「共に歌い、暮らし、愛を育んだ仲ではないか!」

 その言葉に紗南の顔が般若の如く、醜く歪んだ。

「私のファロムと――愛し合っていたの?」
「紗南、悠久の時を生きる不死鳥にとっては単なる戯れに過ぎない」
「だけど――」
「悪魔との契約によって私たちは同族間での繁殖能力を奪われてしまった。ただし性欲だけは残されたため、両性具有の私たちは互いの身体で慰め合っていただけさ」
「本当に愛していたわけじゃないのね?」

 ファロムは天使のように紗南の元へ舞い降りると、柔らかな唇で紗南の口を塞ぐ。

「んっ……」
「私が愛しているのは紗南、君だけだ」
「私もファロムを愛しているわ――誰よりも」
「それじゃ、もう少しだけ待っていてくれるかい?」

 再び空へ飛び立つと、打ちひしがれた様子のジャンダーと対峙する。

「ファロム……なぜか弱い人間なんかを愛するのだ? すぐに朽ち果てるというのに」
「だからこそさ」

 すかさずジャンダーの首元を目掛けて燃える翼を振りかざす。
 ヒュンッ! と空気が高熱と摩擦により振動した。

「限りある命だからこそ、たまらなく愛おしい」
「ならば、なぜ里香を――ぐっ!?」

 中性的な不死鳥にしては厚みのある左胸にファロムの翼がつるぎのように深々と突き刺さり、ジャンダーはくぐもった声を上げる。

「不死鳥が不死鳥の首を切り落としても決して死にはしない。灰の中から再び生まれるからさ。けれど――」

 翼の先を器用に動かし、ジャンダーの心臓を掴んだ。

「燃える翼で生きたまま心臓を抉り取られて初めて、不死鳥は永遠の眠りにつく事を許される」
「な、なぜ……そんな、こと、を……」

 露わになった心臓はまだ生命活動を維持しようと、規則的に脈打っている。

「殺したい衝動に突き動かされた時、心の奥底に眠らされていた本能がそうせよと告げたのさ」

 そこまで言うとファロムはもう片方の翼で心臓から全ての管を切り離し、母なる太陽に高々と掲げた。

「ああ……ファ、ロム……俺、は……お前……を……」

 瞳と翼の炎が消えると同時に、ジャンダーは地上へと落ちていった。

 ぐしゃり、と嫌な音を立てて地面に叩きつけられる。
 そのすぐ横には里香の死体があった。

「こいつ、死んだの?」

 潰れた頭から血と脳漿が流れ出るのを見ながら、紗南はファロムに尋ねる。

「いや、まだ完全には死んではいない」
「えっ……それってどういう事?」

 紗南の元へ降りてきたファロムの手には、まだドクドクと脈打つジャンダーの心臓があった。

「やだ、それ。気持ち悪いから早く始末して」
心臓これを殺した私が食して、やっと彼は安らかな眠りにつく事ができる」

 ファロムはほんの一瞬だけ寂しそうに顔を曇らせたが、すぐに微笑むと心臓に喰らいつく。

 プシュッ! と中から温かな血が飛び散り、ファロムの顔と白い服を赤く染め上げる。

 その様子を紗南は楽しそうに眺めていた。

「ねぇ、共喰いってどんな感じ? やっぱり美味しいの?」

 やっとの事で喰い終わったファロムは、手で口元の血を拭うと無垢な乙女のように笑ってみせた。

「うん、彼の心臓はとても美味しかったよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

処理中です...