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共食い
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「やあ、ジャンダー」
艶のある黒髪を幾重にもカールさせ、まるで人形のような愛くるしい顔に微笑を湛えるファロム。
その足元には首を刎ねられ、息絶えた悪に選ばれし乙女の無惨な姿があった。
「なぜ里香を殺した――?」
同じ不死鳥であるジャンダーは、燃えるような赤い瞳に怒りの色を浮かべながら問うた。
「紗南がそう望むからさ」
ファロムは無邪気な少女のように、何の罪悪感も抱く事なく答える。
「悪魔の命令に従って地上の人間を抹殺したというのに、これ以上減らせばお前にもどうなるか分かるだろう?」
「そうだね、私たちには乙女と繁殖する道しか残されていない」
「では、なぜ――?」
そこへファロムの背中から降りた紗南が、冷ややかな目つきでジャンダーを一瞥する。
「ねぇファロム、不死鳥も始末して」
「ジャンダーをかい?」
さすがのファロムもいささか戸惑った。
不死鳥は不死身であるからこそ、不死鳥なのだ。
遥か遠い昔、同族間での血生臭い争いは幾度かあったが、悪魔との契約によって主従関係を結んだ彼らは上部だけの平和を手に入れた。
つまり不死鳥は飼い慣らされているのだ、悪魔によって。
こうして幾千年もの時を過ごしてきた彼等に、同族を殺すという概念はすっかり消失していた。
だが荒ぶる幻獣としての本能の中にひっそりと残されているのを、ファロムは脳細胞の奥で認知する。
「そうだね、紗南が望むならお安いご用さ」
にこやかに微笑みながら北風に髪を靡かせ、燃える翼をはためかせると躊躇なくジャンダーの首を刎ねようとした。
「おいっ! ファロム、正気か?」
無力な人間と違って身体能力の優れた不死鳥のジャンダーは攻撃をかわしながら、未来を予見しようとする。
けれど何かに遮られてよく見えなかった。
(なぜだ? こんな事、今まで一度もなかったのに――)
心の中で自問しているのを、仲間であるファロムが共有した。
「君も同じようだね、ファロム。私たちの予知能力は消えかかっている」
話しながら次の攻撃を仕掛けるが、ジャンダーは素早く避けて空高く飛び上がる。
「ふふ、空中の方が戦いやすいのを君も熟知しているようだね」
「俺はお前と戦う気などさらさら無い!」
「残念だが私にはある」
「共に歌い、暮らし、愛を育んだ仲ではないか!」
その言葉に紗南の顔が般若の如く、醜く歪んだ。
「私のファロムと――愛し合っていたの?」
「紗南、悠久の時を生きる不死鳥にとっては単なる戯れに過ぎない」
「だけど――」
「悪魔との契約によって私たちは同族間での繁殖能力を奪われてしまった。ただし性欲だけは残されたため、両性具有の私たちは互いの身体で慰め合っていただけさ」
「本当に愛していたわけじゃないのね?」
ファロムは天使のように紗南の元へ舞い降りると、柔らかな唇で紗南の口を塞ぐ。
「んっ……」
「私が愛しているのは紗南、君だけだ」
「私もファロムを愛しているわ――誰よりも」
「それじゃ、もう少しだけ待っていてくれるかい?」
再び空へ飛び立つと、打ちひしがれた様子のジャンダーと対峙する。
「ファロム……なぜか弱い人間なんかを愛するのだ? すぐに朽ち果てるというのに」
「だからこそさ」
すかさずジャンダーの首元を目掛けて燃える翼を振りかざす。
ヒュンッ! と空気が高熱と摩擦により振動した。
「限りある命だからこそ、たまらなく愛おしい」
「ならば、なぜ里香を――ぐっ!?」
中性的な不死鳥にしては厚みのある左胸にファロムの翼が剣のように深々と突き刺さり、ジャンダーはくぐもった声を上げる。
「不死鳥が不死鳥の首を切り落としても決して死にはしない。灰の中から再び生まれるからさ。けれど――」
翼の先を器用に動かし、ジャンダーの心臓を掴んだ。
「燃える翼で生きたまま心臓を抉り取られて初めて、不死鳥は永遠の眠りにつく事を許される」
「な、なぜ……そんな、こと、を……」
露わになった心臓はまだ生命活動を維持しようと、規則的に脈打っている。
「殺したい衝動に突き動かされた時、心の奥底に眠らされていた本能がそうせよと告げたのさ」
そこまで言うとファロムはもう片方の翼で心臓から全ての管を切り離し、母なる太陽に高々と掲げた。
「ああ……ファ、ロム……俺、は……お前……を……」
瞳と翼の炎が消えると同時に、ジャンダーは地上へと落ちていった。
ぐしゃり、と嫌な音を立てて地面に叩きつけられる。
そのすぐ横には里香の死体があった。
「こいつ、死んだの?」
潰れた頭から血と脳漿が流れ出るのを見ながら、紗南はファロムに尋ねる。
「いや、まだ完全には死んではいない」
「えっ……それってどういう事?」
紗南の元へ降りてきたファロムの手には、まだドクドクと脈打つジャンダーの心臓があった。
「やだ、それ。気持ち悪いから早く始末して」
「心臓を殺した私が食して、やっと彼は安らかな眠りにつく事ができる」
ファロムはほんの一瞬だけ寂しそうに顔を曇らせたが、すぐに微笑むと心臓に喰らいつく。
プシュッ! と中から温かな血が飛び散り、ファロムの顔と白い服を赤く染め上げる。
その様子を紗南は楽しそうに眺めていた。
「ねぇ、共喰いってどんな感じ? やっぱり美味しいの?」
やっとの事で喰い終わったファロムは、手で口元の血を拭うと無垢な乙女のように笑ってみせた。
「うん、彼の心臓はとても美味しかったよ」
艶のある黒髪を幾重にもカールさせ、まるで人形のような愛くるしい顔に微笑を湛えるファロム。
その足元には首を刎ねられ、息絶えた悪に選ばれし乙女の無惨な姿があった。
「なぜ里香を殺した――?」
同じ不死鳥であるジャンダーは、燃えるような赤い瞳に怒りの色を浮かべながら問うた。
「紗南がそう望むからさ」
ファロムは無邪気な少女のように、何の罪悪感も抱く事なく答える。
「悪魔の命令に従って地上の人間を抹殺したというのに、これ以上減らせばお前にもどうなるか分かるだろう?」
「そうだね、私たちには乙女と繁殖する道しか残されていない」
「では、なぜ――?」
そこへファロムの背中から降りた紗南が、冷ややかな目つきでジャンダーを一瞥する。
「ねぇファロム、不死鳥も始末して」
「ジャンダーをかい?」
さすがのファロムもいささか戸惑った。
不死鳥は不死身であるからこそ、不死鳥なのだ。
遥か遠い昔、同族間での血生臭い争いは幾度かあったが、悪魔との契約によって主従関係を結んだ彼らは上部だけの平和を手に入れた。
つまり不死鳥は飼い慣らされているのだ、悪魔によって。
こうして幾千年もの時を過ごしてきた彼等に、同族を殺すという概念はすっかり消失していた。
だが荒ぶる幻獣としての本能の中にひっそりと残されているのを、ファロムは脳細胞の奥で認知する。
「そうだね、紗南が望むならお安いご用さ」
にこやかに微笑みながら北風に髪を靡かせ、燃える翼をはためかせると躊躇なくジャンダーの首を刎ねようとした。
「おいっ! ファロム、正気か?」
無力な人間と違って身体能力の優れた不死鳥のジャンダーは攻撃をかわしながら、未来を予見しようとする。
けれど何かに遮られてよく見えなかった。
(なぜだ? こんな事、今まで一度もなかったのに――)
心の中で自問しているのを、仲間であるファロムが共有した。
「君も同じようだね、ファロム。私たちの予知能力は消えかかっている」
話しながら次の攻撃を仕掛けるが、ジャンダーは素早く避けて空高く飛び上がる。
「ふふ、空中の方が戦いやすいのを君も熟知しているようだね」
「俺はお前と戦う気などさらさら無い!」
「残念だが私にはある」
「共に歌い、暮らし、愛を育んだ仲ではないか!」
その言葉に紗南の顔が般若の如く、醜く歪んだ。
「私のファロムと――愛し合っていたの?」
「紗南、悠久の時を生きる不死鳥にとっては単なる戯れに過ぎない」
「だけど――」
「悪魔との契約によって私たちは同族間での繁殖能力を奪われてしまった。ただし性欲だけは残されたため、両性具有の私たちは互いの身体で慰め合っていただけさ」
「本当に愛していたわけじゃないのね?」
ファロムは天使のように紗南の元へ舞い降りると、柔らかな唇で紗南の口を塞ぐ。
「んっ……」
「私が愛しているのは紗南、君だけだ」
「私もファロムを愛しているわ――誰よりも」
「それじゃ、もう少しだけ待っていてくれるかい?」
再び空へ飛び立つと、打ちひしがれた様子のジャンダーと対峙する。
「ファロム……なぜか弱い人間なんかを愛するのだ? すぐに朽ち果てるというのに」
「だからこそさ」
すかさずジャンダーの首元を目掛けて燃える翼を振りかざす。
ヒュンッ! と空気が高熱と摩擦により振動した。
「限りある命だからこそ、たまらなく愛おしい」
「ならば、なぜ里香を――ぐっ!?」
中性的な不死鳥にしては厚みのある左胸にファロムの翼が剣のように深々と突き刺さり、ジャンダーはくぐもった声を上げる。
「不死鳥が不死鳥の首を切り落としても決して死にはしない。灰の中から再び生まれるからさ。けれど――」
翼の先を器用に動かし、ジャンダーの心臓を掴んだ。
「燃える翼で生きたまま心臓を抉り取られて初めて、不死鳥は永遠の眠りにつく事を許される」
「な、なぜ……そんな、こと、を……」
露わになった心臓はまだ生命活動を維持しようと、規則的に脈打っている。
「殺したい衝動に突き動かされた時、心の奥底に眠らされていた本能がそうせよと告げたのさ」
そこまで言うとファロムはもう片方の翼で心臓から全ての管を切り離し、母なる太陽に高々と掲げた。
「ああ……ファ、ロム……俺、は……お前……を……」
瞳と翼の炎が消えると同時に、ジャンダーは地上へと落ちていった。
ぐしゃり、と嫌な音を立てて地面に叩きつけられる。
そのすぐ横には里香の死体があった。
「こいつ、死んだの?」
潰れた頭から血と脳漿が流れ出るのを見ながら、紗南はファロムに尋ねる。
「いや、まだ完全には死んではいない」
「えっ……それってどういう事?」
紗南の元へ降りてきたファロムの手には、まだドクドクと脈打つジャンダーの心臓があった。
「やだ、それ。気持ち悪いから早く始末して」
「心臓を殺した私が食して、やっと彼は安らかな眠りにつく事ができる」
ファロムはほんの一瞬だけ寂しそうに顔を曇らせたが、すぐに微笑むと心臓に喰らいつく。
プシュッ! と中から温かな血が飛び散り、ファロムの顔と白い服を赤く染め上げる。
その様子を紗南は楽しそうに眺めていた。
「ねぇ、共喰いってどんな感じ? やっぱり美味しいの?」
やっとの事で喰い終わったファロムは、手で口元の血を拭うと無垢な乙女のように笑ってみせた。
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