20 / 54
邂逅
しおりを挟む
「あそこに温泉があるね」
ダニールの背中に乗った未玖は、雪深い地上を見下ろした。
隣接する建物は地震によって倒壊していたが、温泉そのものは何とか形状を保っている。
白い湯気が立つ様は、悪に選ばれし乙女以外の人類が抹殺された世界でも変わらず風情があった。
「温泉って久しぶり」
「人間は温かい水が好きだからね」
「不死鳥は違うの?」
「僕等は自らの炎で浄化できるから、本来なら水浴びをする必要はない。でも水に浸かる行為は精神的に満たされるから気が向いたら浴びているよ」
「そう、不死鳥も鳥みたいなものなのね」
未玖は首に巻きつく蛇のクロを優しく撫でながら微笑んだ。
すると甘えるように、クロが頬擦りしてきた。
「鳥……か。僕らもただの生き物だったらどんなに良かったか」
ダニールの表情は見えなかったが、どことなく翳りを含んだ口調に未玖は気にかける。
「……ダニール、大丈夫?」
「ああ、心配はいらないよ」
そのまま地上へと急降下していく。
吹雪が刃のように顔を掠め、未玖は思わず目を閉じた。
次の瞬間、温かなお湯に全身包まれる感覚に目を瞬かせる。
クロが作ってくれたキトンのような服は消え去り、二人は裸になっていた。
「……クロが脱がせてくれたの?」
お湯から顔をちょこんと出し、体を左右に動かしながら器用に泳ぐクロが未玖の方を振り向き、こくりと頷いた。
「やはり温泉は気持ち良いね」
未玖と向かい合うようにお湯に浸かるダニールが、満足そうに目を細めながら微笑む。
燃える翼はしまったようだ。
その顔は無垢な少女のようで、しかし胸元は膨らみがない為、一見するとどちらが正解か判りかねる。
実際、ダニールの陰部には男性器も女性器もついていない。
然るべき時にだけ、どちらかを出現させることができる。
主人である悪魔に対しては女性性を、他の種族を娶る時は男性性を、というように。
「種の存続、か……」
灰色の空を仰ぎながらダニールが呟いた。
果たして僕たちはどこへ行きつくのだろう。
このまま悠久の時を生きて――
いつになく陰鬱な気分になるのは、きっと雪と寒さのせいだろう。
不死鳥は寒さに強いが、生物の本能として命の危険を察知するのだ。たとえ死ななくとも。
――悪魔の言う通りに人間を地球上から消し去ったが、それに何の意味があったのだろうか。
さんざん僕たちを痛めつけておいて、飽きたら今度は乙女と繁殖させようだなんて、まさに悪の所業だな――
ダニールは悪魔の子を覚えているだけで、三十人以上産み育てた。
悪魔の子は母乳の代わりに生き血を啜る。
鋭い牙で、爪で肌を切り裂いて。
人間の赤子と違いって産まれて半年程で成人するが、完全に手が離れるようになには、最低でも十年以上の歳月を要する。
その間、母親である不死鳥は悪魔の子に弄ばれ、時には無理やり犯されたが、下僕である彼等に抵抗する術はなかった。
「ねぇ、ダニール、大丈夫?」
気がつくと未玖が顔を覗き込んでいる。
「ああ、すまない。これからについて考えていたのさ」
いつものように飄々としてみせるが、未玖は心配そうな表情を崩さなかった。
未玖は――彼女は夢で宇宙と意識を共有した際、見たに違いない。
不死鳥が悪魔や悪魔の子に虐げられる情けない姿を。
「私の前では無理しなくていいんだよ」
「……この僕が無理を?」
フッと笑ったが、赤い瞳からは今にも涙が溢れそうになる。
「ほら、こっちにおいで」
両手を広げ、未玖が優しく微笑む。
ダニールは唇を噛み締め、柔らかな胸元に飛び込んだ。
そして出会った頃よりも幾分、膨らみの増した胸に顔を埋める。
「よしよし、いい子ね……」
我が子を慈しむ母のようにダニールを抱きしめ、頭を撫でる未玖。
ダニールの表情は見えなかったが、肩が微かに震えていた。
胸元を伝う水滴は温泉のものか、それとも――
ひとしきり泳ぎ回ったクロが二人の元へと帰ってくる。
はらりはらり、と雪がとめどなく降っては温泉の熱により儚く散っていく。
二人は雪に包囲されていることを忘れ、しばらく抱き合っていた。
互いの温もりを、心臓の鼓動を全身で確かめるように。
♢♢♢
少し離れた小高い丘から、二人と一匹の様子を窺う者がいた。
「何あれ、いらやしい!」
紗南が嫌悪に顔を歪める。
「ダニールと悪に選ばれし乙女か。おそらく彼女で最後の一人だろう」
「そう。じゃ、二人ともさっさと始末して、ファロム」
ファロムは穢れを知らない乙女のように微笑み、答える。
「紗南が望むのならそうしよう。ダニールと私が血を分けた兄弟であろうとも――」
愛する紗南を背中に乗せると、ファロムは空高く舞い上がった。
かつて愛した兄を、その手で殺めるために。
ダニールの背中に乗った未玖は、雪深い地上を見下ろした。
隣接する建物は地震によって倒壊していたが、温泉そのものは何とか形状を保っている。
白い湯気が立つ様は、悪に選ばれし乙女以外の人類が抹殺された世界でも変わらず風情があった。
「温泉って久しぶり」
「人間は温かい水が好きだからね」
「不死鳥は違うの?」
「僕等は自らの炎で浄化できるから、本来なら水浴びをする必要はない。でも水に浸かる行為は精神的に満たされるから気が向いたら浴びているよ」
「そう、不死鳥も鳥みたいなものなのね」
未玖は首に巻きつく蛇のクロを優しく撫でながら微笑んだ。
すると甘えるように、クロが頬擦りしてきた。
「鳥……か。僕らもただの生き物だったらどんなに良かったか」
ダニールの表情は見えなかったが、どことなく翳りを含んだ口調に未玖は気にかける。
「……ダニール、大丈夫?」
「ああ、心配はいらないよ」
そのまま地上へと急降下していく。
吹雪が刃のように顔を掠め、未玖は思わず目を閉じた。
次の瞬間、温かなお湯に全身包まれる感覚に目を瞬かせる。
クロが作ってくれたキトンのような服は消え去り、二人は裸になっていた。
「……クロが脱がせてくれたの?」
お湯から顔をちょこんと出し、体を左右に動かしながら器用に泳ぐクロが未玖の方を振り向き、こくりと頷いた。
「やはり温泉は気持ち良いね」
未玖と向かい合うようにお湯に浸かるダニールが、満足そうに目を細めながら微笑む。
燃える翼はしまったようだ。
その顔は無垢な少女のようで、しかし胸元は膨らみがない為、一見するとどちらが正解か判りかねる。
実際、ダニールの陰部には男性器も女性器もついていない。
然るべき時にだけ、どちらかを出現させることができる。
主人である悪魔に対しては女性性を、他の種族を娶る時は男性性を、というように。
「種の存続、か……」
灰色の空を仰ぎながらダニールが呟いた。
果たして僕たちはどこへ行きつくのだろう。
このまま悠久の時を生きて――
いつになく陰鬱な気分になるのは、きっと雪と寒さのせいだろう。
不死鳥は寒さに強いが、生物の本能として命の危険を察知するのだ。たとえ死ななくとも。
――悪魔の言う通りに人間を地球上から消し去ったが、それに何の意味があったのだろうか。
さんざん僕たちを痛めつけておいて、飽きたら今度は乙女と繁殖させようだなんて、まさに悪の所業だな――
ダニールは悪魔の子を覚えているだけで、三十人以上産み育てた。
悪魔の子は母乳の代わりに生き血を啜る。
鋭い牙で、爪で肌を切り裂いて。
人間の赤子と違いって産まれて半年程で成人するが、完全に手が離れるようになには、最低でも十年以上の歳月を要する。
その間、母親である不死鳥は悪魔の子に弄ばれ、時には無理やり犯されたが、下僕である彼等に抵抗する術はなかった。
「ねぇ、ダニール、大丈夫?」
気がつくと未玖が顔を覗き込んでいる。
「ああ、すまない。これからについて考えていたのさ」
いつものように飄々としてみせるが、未玖は心配そうな表情を崩さなかった。
未玖は――彼女は夢で宇宙と意識を共有した際、見たに違いない。
不死鳥が悪魔や悪魔の子に虐げられる情けない姿を。
「私の前では無理しなくていいんだよ」
「……この僕が無理を?」
フッと笑ったが、赤い瞳からは今にも涙が溢れそうになる。
「ほら、こっちにおいで」
両手を広げ、未玖が優しく微笑む。
ダニールは唇を噛み締め、柔らかな胸元に飛び込んだ。
そして出会った頃よりも幾分、膨らみの増した胸に顔を埋める。
「よしよし、いい子ね……」
我が子を慈しむ母のようにダニールを抱きしめ、頭を撫でる未玖。
ダニールの表情は見えなかったが、肩が微かに震えていた。
胸元を伝う水滴は温泉のものか、それとも――
ひとしきり泳ぎ回ったクロが二人の元へと帰ってくる。
はらりはらり、と雪がとめどなく降っては温泉の熱により儚く散っていく。
二人は雪に包囲されていることを忘れ、しばらく抱き合っていた。
互いの温もりを、心臓の鼓動を全身で確かめるように。
♢♢♢
少し離れた小高い丘から、二人と一匹の様子を窺う者がいた。
「何あれ、いらやしい!」
紗南が嫌悪に顔を歪める。
「ダニールと悪に選ばれし乙女か。おそらく彼女で最後の一人だろう」
「そう。じゃ、二人ともさっさと始末して、ファロム」
ファロムは穢れを知らない乙女のように微笑み、答える。
「紗南が望むのならそうしよう。ダニールと私が血を分けた兄弟であろうとも――」
愛する紗南を背中に乗せると、ファロムは空高く舞い上がった。
かつて愛した兄を、その手で殺めるために。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
僕らの10パーセントは無限大
華子
青春
10%の確率でしか未来を生きられない少女と
過去に辛い経験をしたことがある幼ななじみと
やたらとポジティブなホームレス
「あり得ない今を生きてるんだったら、あり得ない未来だってあるんじゃねえの?」
「そうやって、信じたいものを信じて生きる人生って、楽しいもんだよ」
もし、あたなら。
10パーセントの確率で訪れる幸せな未来と
90パーセントの確率で訪れる悲惨な未来。
そのどちらを信じますか。
***
心臓に病を患う和子(わこ)は、医者からアメリカでの手術を勧められるが、成功率10パーセントというあまりにも酷な現実に打ちひしがれ、渡米する勇気が出ずにいる。しかしこのまま日本にいても、死を待つだけ。
追い詰められた和子は、誰に何をされても気に食わない日々が続くが、そんな時出逢ったやたらとポジティブなホームレスに、段々と影響を受けていく。
幼ななじみの裕一にも支えられながら、彼女が前を向くまでの物語。
【完結】あやかし団地 管理人見習い日誌
双月ねむる
キャラ文芸
就活全滅で「自分には社会性がない」と思い込む凛は、遠縁の親戚に紹介され、昭和レトロな巨大団地・さくらヶ丘第一団地の『管理人見習い』として住み込みで働くことに。しかしその団地には、中庭の「靴鳴らし」、エレベーター表示盤に棲む狐など、団地限定あやかし達が当たり前のように暮らしていた。
最初は逃げ腰の凛だったが、すねた空き部屋や、ベランダの風鈴が告げるSOSなど、人とあやかしのトラブルに巻き込まれながら、少しずつ『共同体』に関わる勇気を取り戻していく。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる