不死鳥は歪んだ世界を救わない

凛音@りんね

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邂逅

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「あそこに温泉があるね」

 ダニールの背中に乗った未玖は、雪深い地上を見下ろした。

 隣接する建物は地震によって倒壊していたが、温泉そのものは何とか形状を保っている。
 白い湯気が立つ様は、悪に選ばれし乙女以外の人類が抹殺された世界でも変わらず風情があった。

「温泉って久しぶり」
「人間は温かい水が好きだからね」
不死鳥フェニックスは違うの?」
「僕等は自らの炎で浄化できるから、本来なら水浴びをする必要はない。でも水に浸かる行為は精神的に満たされるから気が向いたら浴びているよ」
「そう、不死鳥も鳥みたいなものなのね」

 未玖は首に巻きつく蛇のクロを優しく撫でながら微笑んだ。
 すると甘えるように、クロが頬擦りしてきた。

「鳥……か。僕らもただの生き物だったらどんなに良かったか」

 ダニールの表情は見えなかったが、どことなく翳りを含んだ口調に未玖は気にかける。

「……ダニール、大丈夫?」
「ああ、心配はいらないよ」

 そのまま地上へと急降下していく。
 吹雪がやいばのように顔を掠め、未玖は思わず目を閉じた。

 次の瞬間、温かなお湯に全身包まれる感覚に目を瞬かせる。
 クロが作ってくれたキトンのような服は消え去り、二人は裸になっていた。

「……クロが脱がせてくれたの?」

 お湯から顔をちょこんと出し、体を左右に動かしながら器用に泳ぐクロが未玖の方を振り向き、こくりと頷いた。

「やはり温泉は気持ち良いね」

 未玖と向かい合うようにお湯に浸かるダニールが、満足そうに目を細めながら微笑む。
 燃える翼はしまったようだ。

 その顔は無垢な少女のようで、しかし胸元は膨らみがない為、一見するとどちらが正解か判りかねる。
 実際、ダニールの陰部には男性器も女性器もついていない。

 然るべき時にだけ、どちらかを出現させることができる。
 主人である悪魔に対しては女性性を、他の種族を娶る時は男性性を、というように。

「種の存続、か……」

 灰色の空を仰ぎながらダニールが呟いた。


 果たして僕たちはどこへ行きつくのだろう。
 このまま悠久の時を生きて――


 いつになく陰鬱な気分になるのは、きっと雪と寒さのせいだろう。
 不死鳥は寒さに強いが、生物の本能として命の危険を察知するのだ。たとえ死ななくとも。


 ――悪魔主人の言う通りに人間を地球上から消し去ったが、それに何の意味があったのだろうか。

 さんざん僕たちを痛めつけておいて、飽きたら今度は乙女と繁殖させようだなんて、まさに悪の所業だな――


 ダニールは悪魔の子を覚えているだけで、三十人以上産み育てた。
 悪魔の子は母乳の代わりに生き血を啜る。
 鋭い牙で、爪で肌を切り裂いて。

 人間の赤子と違いって産まれて半年程で成人するが、完全に手が離れるようになには、最低でも十年以上の歳月を要する。
 その間、母親である不死鳥は悪魔の子に弄ばれ、時には無理やり犯されたが、下僕である彼等に抵抗する術はなかった。

「ねぇ、ダニール、大丈夫?」

 気がつくと未玖が顔を覗き込んでいる。

「ああ、すまない。これからについて考えていたのさ」

 いつものように飄々としてみせるが、未玖は心配そうな表情を崩さなかった。

 未玖は――彼女は夢で宇宙と意識を共有した際、見たに違いない。
 不死鳥が悪魔や悪魔の子に虐げられる情けない姿を。

「私の前では無理しなくていいんだよ」
「……この僕が無理を?」

 フッと笑ったが、赤い瞳からは今にも涙が溢れそうになる。

「ほら、こっちにおいで」

 両手を広げ、未玖が優しく微笑む。
 
 ダニールは唇を噛み締め、柔らかな胸元に飛び込んだ。
 そして出会った頃よりも幾分、膨らみの増した胸に顔を埋める。

「よしよし、いい子ね……」

 我が子を慈しむ母のようにダニールを抱きしめ、頭を撫でる未玖。
 ダニールの表情は見えなかったが、肩が微かに震えていた。

 胸元を伝う水滴は温泉のものか、それとも――

 ひとしきり泳ぎ回ったクロが二人の元へと帰ってくる。
 はらりはらり、と雪がとめどなく降っては温泉の熱により儚く散っていく。

 二人は雪に包囲されていることを忘れ、しばらく抱き合っていた。
 互いの温もりを、心臓の鼓動を全身で確かめるように。

 ♢♢♢

 少し離れた小高い丘から、二人と一匹の様子を窺う者がいた。

「何あれ、いらやしい!」

 紗南が嫌悪に顔を歪める。

「ダニールと悪に選ばれし乙女か。おそらく彼女で最後の一人だろう」
「そう。じゃ、二人ともさっさと始末して、ファロム」

 ファロムは穢れを知らない乙女のように微笑み、答える。

「紗南が望むのならそうしよう。ダニールと私が血を分けた兄弟であろうとも――」

 愛する紗南を背中に乗せると、ファロムは空高く舞い上がった。

 かつて愛した兄を、その手であやめるために。
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