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天使の涙
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兄であるサミュエルを愛してしまったために天界から追放され、堕天したジョシュア。
白い翼は漆黒に染まり、天使であった頃の記憶はない。
「ヨクサルは純粋な不死鳥ではないのだね」
一方的に愛した後、ジョシュアは涙を流すヨクサルの頭を優しく撫でる。
「……はい」
「天馬との混血とは珍しい」
主従関係を結んだ悪魔によって不死鳥同士では繁殖できなくされた彼らは、他の種族と交わることでその血を絶やさずにいた。
天使と同様に両性具有だが、主人である悪魔に対しては女性性のみを差し出している。
娶る相手は繁殖力の強い一角獣や人魚が多い。
その場合は男性性のみを発現させる。
彼らは産み育てる苦しみを嫌と言う程、味わっているからだ。
遺伝子的に上位に立つ不死鳥との間には、不死鳥の赤子しか産まれないが、稀に混血の赤子が産まれることもある。
不吉の象徴と見なされ、忌み子として殺される場合が殆どだが、ヨクサルは運良く生き延びたようだ。
「産まれて何年経つのだい?」
「……十二年です」
悠久の時を生きる不死鳥にとってそれはあまりにも短い、刹那的なものだった。
――だからこんなにも清らかで穢れを知らないのか。
またしても加虐心が湧いてくるのを感じる。
彼を自分のものにしたい。
この手で汚したい。
「私の子を産んでくれるか?」
「ーーっ! ……その、僕は……まだーー」
ヨクサルが答え終わらぬうちに華奢な体に覆い被さる。
無理やり口づけをしながら、平らな胸元の突起に爪を立てた。
「ーーっ!!」
滑らかな白い肌に、赤い血がじわりと滲み出る。
痛みに悲鳴を上げようにも口を塞がれたヨクサルは、体を捻じり悶えることしかできない。
「愛しているよ、ヨクサル。ずっと私のそばにいておくれ」
「はい……ご主人、さま……」
暴虐的な愛を注がれ、ヨクサルは悪魔の子をその身に孕んだ。
♢♢♢
弟のジョシュアから歪んだ愛を告げられたサミュエルは、文明の崩壊した地上でただ一人、立ち尽くしていた。
「ああ、ジョシュア……」
父なる神よ、私一人になるのならばいっそのこと、この身を――
その時、灰色の空から聖なる光が差し、白い翼をはばたかせながら清らかな天使が彼の元へと舞い降りてきた。
「サミュエル、それは決して許されない」
「テオ……」
テオと呼ばれた天使は金糸雀色の髪をふわりと風に靡かせ、瑠璃色の瞳をゆっくりと瞬かせる。
「兄さんを弔ってくれてありがとう」
「いや、私は……何もできなかった――」
セオドアとテオは兄弟の天使で、神々へ捧げる音楽を司り、美しい二人の歌声に天界から降り注ぐ祝福の徴として聴く者を虜にした。
「悪に選ばれし乙女を連れていない不死鳥にやられたんだ」
「そうか――」
テオが兄であるセオドアを、心から慕っていたのを知らない者はいない。
「兄さんは僕を庇って逃してくれた。だから何があっても生き抜いてみせる。サミュエルも悪魔に心を傾けてはいけないよ」
彼が悲しみの最中にいるにも関わらず、気丈に振る舞う姿に在りし日のセオドアを見出した。
「そうだな……ありがとう、テオ」
「父なる神アーラッドからこれを預かってきた」
テオから渡されたのは、空色をしたアクアマリンのネックレスだった。
「これは……ジョシュアの涙で作られたもの――」
テオは頷くとサミュエルの首につけてやる。
「僕にはこれを……つけてくれるかい?」
「ああ、セオドア――」
深い青色をした、形の異なるアクアマリンのネックレス。
セオドアの涙から作られたネックレスを手に取り、サミュエルは静かに虹色の涙を流した。
「大丈夫、兄さんはずっと僕と一緒にいるんだ」
テオは髪をかき上げ、白いうなじを露にさせながらサミュエルを見上げる。
「ああ、君の中にセオドアはいる――」
「そしてサミュエルの中にはジョシュアがいる」
金具を取り外し、首につけるとテオを見つめた。
セオドアと瓜二つの、でも兄より少しだけ気の強そうな眼差し。
「サミュエルには僕が必要だろう?」
そう言うとサミュエルの形の良い唇に、自身の唇を重ねる。
「――これで僕はサミュエルのものだ」
「テオ……」
サミュエルはテオの華奢な体を抱きしめた。
百合の甘く濃厚な香りが鼻腔を刺激する。
「共に生きていこう、サミュエル」
「……ああ、テオ、セオドア――ジョシュア」
二人の影が重なり合うと、空から白い雪が降り始めた。
二羽のワタリガラスが静かに様子を観察していたが、すぐにどこかへ飛び去って行った。
白い翼は漆黒に染まり、天使であった頃の記憶はない。
「ヨクサルは純粋な不死鳥ではないのだね」
一方的に愛した後、ジョシュアは涙を流すヨクサルの頭を優しく撫でる。
「……はい」
「天馬との混血とは珍しい」
主従関係を結んだ悪魔によって不死鳥同士では繁殖できなくされた彼らは、他の種族と交わることでその血を絶やさずにいた。
天使と同様に両性具有だが、主人である悪魔に対しては女性性のみを差し出している。
娶る相手は繁殖力の強い一角獣や人魚が多い。
その場合は男性性のみを発現させる。
彼らは産み育てる苦しみを嫌と言う程、味わっているからだ。
遺伝子的に上位に立つ不死鳥との間には、不死鳥の赤子しか産まれないが、稀に混血の赤子が産まれることもある。
不吉の象徴と見なされ、忌み子として殺される場合が殆どだが、ヨクサルは運良く生き延びたようだ。
「産まれて何年経つのだい?」
「……十二年です」
悠久の時を生きる不死鳥にとってそれはあまりにも短い、刹那的なものだった。
――だからこんなにも清らかで穢れを知らないのか。
またしても加虐心が湧いてくるのを感じる。
彼を自分のものにしたい。
この手で汚したい。
「私の子を産んでくれるか?」
「ーーっ! ……その、僕は……まだーー」
ヨクサルが答え終わらぬうちに華奢な体に覆い被さる。
無理やり口づけをしながら、平らな胸元の突起に爪を立てた。
「ーーっ!!」
滑らかな白い肌に、赤い血がじわりと滲み出る。
痛みに悲鳴を上げようにも口を塞がれたヨクサルは、体を捻じり悶えることしかできない。
「愛しているよ、ヨクサル。ずっと私のそばにいておくれ」
「はい……ご主人、さま……」
暴虐的な愛を注がれ、ヨクサルは悪魔の子をその身に孕んだ。
♢♢♢
弟のジョシュアから歪んだ愛を告げられたサミュエルは、文明の崩壊した地上でただ一人、立ち尽くしていた。
「ああ、ジョシュア……」
父なる神よ、私一人になるのならばいっそのこと、この身を――
その時、灰色の空から聖なる光が差し、白い翼をはばたかせながら清らかな天使が彼の元へと舞い降りてきた。
「サミュエル、それは決して許されない」
「テオ……」
テオと呼ばれた天使は金糸雀色の髪をふわりと風に靡かせ、瑠璃色の瞳をゆっくりと瞬かせる。
「兄さんを弔ってくれてありがとう」
「いや、私は……何もできなかった――」
セオドアとテオは兄弟の天使で、神々へ捧げる音楽を司り、美しい二人の歌声に天界から降り注ぐ祝福の徴として聴く者を虜にした。
「悪に選ばれし乙女を連れていない不死鳥にやられたんだ」
「そうか――」
テオが兄であるセオドアを、心から慕っていたのを知らない者はいない。
「兄さんは僕を庇って逃してくれた。だから何があっても生き抜いてみせる。サミュエルも悪魔に心を傾けてはいけないよ」
彼が悲しみの最中にいるにも関わらず、気丈に振る舞う姿に在りし日のセオドアを見出した。
「そうだな……ありがとう、テオ」
「父なる神アーラッドからこれを預かってきた」
テオから渡されたのは、空色をしたアクアマリンのネックレスだった。
「これは……ジョシュアの涙で作られたもの――」
テオは頷くとサミュエルの首につけてやる。
「僕にはこれを……つけてくれるかい?」
「ああ、セオドア――」
深い青色をした、形の異なるアクアマリンのネックレス。
セオドアの涙から作られたネックレスを手に取り、サミュエルは静かに虹色の涙を流した。
「大丈夫、兄さんはずっと僕と一緒にいるんだ」
テオは髪をかき上げ、白いうなじを露にさせながらサミュエルを見上げる。
「ああ、君の中にセオドアはいる――」
「そしてサミュエルの中にはジョシュアがいる」
金具を取り外し、首につけるとテオを見つめた。
セオドアと瓜二つの、でも兄より少しだけ気の強そうな眼差し。
「サミュエルには僕が必要だろう?」
そう言うとサミュエルの形の良い唇に、自身の唇を重ねる。
「――これで僕はサミュエルのものだ」
「テオ……」
サミュエルはテオの華奢な体を抱きしめた。
百合の甘く濃厚な香りが鼻腔を刺激する。
「共に生きていこう、サミュエル」
「……ああ、テオ、セオドア――ジョシュア」
二人の影が重なり合うと、空から白い雪が降り始めた。
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