22 / 54
合言葉
しおりを挟む
「ここへ来た時から意識を遮断していたからおかしいと感じていたが、まさか乙女如きに翻弄されていたとは」
「これは私の意志でやっている」
互いに牽制しながら受け答えをしつつ、相手の隙を突こうと目を光らせる。
「俺たちの予知能力は消えかかっているし、巨大な幻獣が覚醒し地震や津波を起こして地球に巻きついている。今の状況ではどちらにしてもこの世界に未来はない」
「だからこそ新たな神が必要なのだ」
剣のように変形した翼と翼が激しくぶつかり合い、火花が散った。
「わぁ! 花火みたいで綺麗」
二人の会話は攻撃音によって掻き消されたため、脳みそを貪る紗南の耳には届かない。
「やはりジャンダーの時のようにはいかないね」
「あれだけ愛し合っていたジャンダーまで手を掛けるとは」
「愛していたのではなく、ただの戯れに過ぎない」
「ダニールが聞いたらさぞ嘆き悲しむだろう!」
兄の名前を聞いたファロムは一瞬、動きを止める。
「――兄さんは関係ない」
「双子である二人の間に入ってきたのがジャンダーだったのだろう? それまで君たちを引き離すことは誰にもできなかった――兄弟でありながら密かに愛し合っていたからだ」
「やめろ! それ以上は言うな!」
ファロムは叫びながら翼を振りかざす。
「二人がひとつになろうとするのは仕方のないことだ。君たちは元々ひとつの魂だったのだから」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ――!」
脳裏に在りし日の記憶が蘇る。
♢♢♢
ダニールとファロム。
不死鳥では珍しい双子の兄弟。
物心ついた頃から周囲の目を盗み、兄と愛し合っていた。
兄が男性性のときもあれば、ファロムが男性性のときもあった。
ひたすら互いを求めてより深い場所で繋がろうとしたが、まだ成長しきっていない体では思うように届かない。
主人である悪魔に仕えるのは、生まれて十二年経ってからと決まったいる。
女性性としての機能が成熟するのが、それくらいの歳だったからだ。
ファロムが十一歳の時、ほんの遊び心でジャンダーと愛し合い、父親に施されるよりも早く、奥深くで繋がる悦びに目覚める。
兄よりも逞しい彼にファロムは夢中になったが、すぐに別れの時がやって来た。
「これから僕たちは悪魔に仕える身だ。けれどファロムの幸せを誰よりも願っている。ジャンダーによろしく伝えておくれ」
蕩けるような、優しい口づけ。
これが兄と交わした最後の言葉だった。
三人はそれぞれ主人となる悪魔に引き渡され、すぐに悪魔の子をお腹に宿す。
悪魔に仕えるようになると、不死鳥同士で会うことは固く禁じられていた。
幾度となく兄やジャンダーとすれ違ったが、その度にファロムは視線を逸らす。
兄やジャンダーの腹が、自分と同じように大きく膨らんでいる醜い姿を見たくなかったのだ。
悠久の時を生きる彼らにとって、悪魔との暮らしはまさに生き地獄だった。
繰り返される暴力、受胎、出産、命懸けの子育て。
もう何度、悪魔の子を産み育てたのか分からなくなり、絶望に打ちひしがれ死を切望する頃、彼らに偽りの自由が与えられる。
主人である悪魔から解放され、どこでも好きな場所へ行くことを許されるのだ。
ただし一角獣や人魚などの他種族と交わり、必ず子どもを設けること。
それまで虐げられてきた彼らは解放されると、主人の命令に従って乙女を娶り、子どもを産ませた。
遺伝子的に優位に立つ不死鳥との間には、不死鳥の血が流れる子どもしか産まれない。
だが稀に混血の子どもが産まれることがあった。
不吉の象徴と見なされ、忌み子として殺される場合が殆どだったが、兄であるダニールが生かしていると風の噂で聞いたファロムはひっそりと会いに行くことにした。
数世紀ぶりに見た兄は、昔と変わらず自分と瓜二つの中性的な顔立ちと華奢な体格をしていた。
唯一違うのは、髪の毛の癖だけだ。
兄はストレートなのに対し、ファロムはくるんと幾重にもカールしている。
「兄さ――」
声を掛けようとして息を呑む。
兄と我が子であるはずの幼い不死鳥が、かつての自分たちのように人目を盗んで愛し合っていたのだ。
別にそれ自体は自然なことだった。
悪魔に仕える我が子を思い、激しい痛みを伴う交わりのために少しでも体を慣らしておこうと、父である不死鳥が我が子を女性性に目覚めさせるのが古くからの習わしだった。
実際に二人も父であった不死鳥に悪魔へ引き渡される数週間前、同様の処置を何度か施されていた。
けれど兄の愛し方はまるで恋人のようで、ファロムは湧き上がる嫉妬心に胸を痛める。
「愛しているよ――ヨクサル。どうか幸せになっておくれ」
そう耳元で囁く兄の高く澄んだ声が、いつまでも耳に張り付いて忘れられなかった。
♢♢♢
「どうした、そんなに隙を見せて」
イーサンの鋼のような翼が頬を掠め、鮮血が迸る。
「っ……!!」
「俺を殺すのだろう? だがあいにく俺はまだ死にたくないのでね。だからファロム、君を殺すしかない」
こちらを鋭く見つめるイーサンの赤い瞳には、明確な殺意と共にどこか悲しげな気配が漂っていた。
「心臓を母なる太陽に捧げよ。そして永遠の眠りにつくのだ」
その不穏な言葉は、遠い昔に記憶の彼方へ追いやられたもの。
つまり同族殺しの合言葉だ。
「なぜイーサンが……?」
「君だけが不死鳥の殺し方を知っていると思ったら大間違いだ――さあ、その罪深き心臓を抉り出してやろう」
「これは私の意志でやっている」
互いに牽制しながら受け答えをしつつ、相手の隙を突こうと目を光らせる。
「俺たちの予知能力は消えかかっているし、巨大な幻獣が覚醒し地震や津波を起こして地球に巻きついている。今の状況ではどちらにしてもこの世界に未来はない」
「だからこそ新たな神が必要なのだ」
剣のように変形した翼と翼が激しくぶつかり合い、火花が散った。
「わぁ! 花火みたいで綺麗」
二人の会話は攻撃音によって掻き消されたため、脳みそを貪る紗南の耳には届かない。
「やはりジャンダーの時のようにはいかないね」
「あれだけ愛し合っていたジャンダーまで手を掛けるとは」
「愛していたのではなく、ただの戯れに過ぎない」
「ダニールが聞いたらさぞ嘆き悲しむだろう!」
兄の名前を聞いたファロムは一瞬、動きを止める。
「――兄さんは関係ない」
「双子である二人の間に入ってきたのがジャンダーだったのだろう? それまで君たちを引き離すことは誰にもできなかった――兄弟でありながら密かに愛し合っていたからだ」
「やめろ! それ以上は言うな!」
ファロムは叫びながら翼を振りかざす。
「二人がひとつになろうとするのは仕方のないことだ。君たちは元々ひとつの魂だったのだから」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ――!」
脳裏に在りし日の記憶が蘇る。
♢♢♢
ダニールとファロム。
不死鳥では珍しい双子の兄弟。
物心ついた頃から周囲の目を盗み、兄と愛し合っていた。
兄が男性性のときもあれば、ファロムが男性性のときもあった。
ひたすら互いを求めてより深い場所で繋がろうとしたが、まだ成長しきっていない体では思うように届かない。
主人である悪魔に仕えるのは、生まれて十二年経ってからと決まったいる。
女性性としての機能が成熟するのが、それくらいの歳だったからだ。
ファロムが十一歳の時、ほんの遊び心でジャンダーと愛し合い、父親に施されるよりも早く、奥深くで繋がる悦びに目覚める。
兄よりも逞しい彼にファロムは夢中になったが、すぐに別れの時がやって来た。
「これから僕たちは悪魔に仕える身だ。けれどファロムの幸せを誰よりも願っている。ジャンダーによろしく伝えておくれ」
蕩けるような、優しい口づけ。
これが兄と交わした最後の言葉だった。
三人はそれぞれ主人となる悪魔に引き渡され、すぐに悪魔の子をお腹に宿す。
悪魔に仕えるようになると、不死鳥同士で会うことは固く禁じられていた。
幾度となく兄やジャンダーとすれ違ったが、その度にファロムは視線を逸らす。
兄やジャンダーの腹が、自分と同じように大きく膨らんでいる醜い姿を見たくなかったのだ。
悠久の時を生きる彼らにとって、悪魔との暮らしはまさに生き地獄だった。
繰り返される暴力、受胎、出産、命懸けの子育て。
もう何度、悪魔の子を産み育てたのか分からなくなり、絶望に打ちひしがれ死を切望する頃、彼らに偽りの自由が与えられる。
主人である悪魔から解放され、どこでも好きな場所へ行くことを許されるのだ。
ただし一角獣や人魚などの他種族と交わり、必ず子どもを設けること。
それまで虐げられてきた彼らは解放されると、主人の命令に従って乙女を娶り、子どもを産ませた。
遺伝子的に優位に立つ不死鳥との間には、不死鳥の血が流れる子どもしか産まれない。
だが稀に混血の子どもが産まれることがあった。
不吉の象徴と見なされ、忌み子として殺される場合が殆どだったが、兄であるダニールが生かしていると風の噂で聞いたファロムはひっそりと会いに行くことにした。
数世紀ぶりに見た兄は、昔と変わらず自分と瓜二つの中性的な顔立ちと華奢な体格をしていた。
唯一違うのは、髪の毛の癖だけだ。
兄はストレートなのに対し、ファロムはくるんと幾重にもカールしている。
「兄さ――」
声を掛けようとして息を呑む。
兄と我が子であるはずの幼い不死鳥が、かつての自分たちのように人目を盗んで愛し合っていたのだ。
別にそれ自体は自然なことだった。
悪魔に仕える我が子を思い、激しい痛みを伴う交わりのために少しでも体を慣らしておこうと、父である不死鳥が我が子を女性性に目覚めさせるのが古くからの習わしだった。
実際に二人も父であった不死鳥に悪魔へ引き渡される数週間前、同様の処置を何度か施されていた。
けれど兄の愛し方はまるで恋人のようで、ファロムは湧き上がる嫉妬心に胸を痛める。
「愛しているよ――ヨクサル。どうか幸せになっておくれ」
そう耳元で囁く兄の高く澄んだ声が、いつまでも耳に張り付いて忘れられなかった。
♢♢♢
「どうした、そんなに隙を見せて」
イーサンの鋼のような翼が頬を掠め、鮮血が迸る。
「っ……!!」
「俺を殺すのだろう? だがあいにく俺はまだ死にたくないのでね。だからファロム、君を殺すしかない」
こちらを鋭く見つめるイーサンの赤い瞳には、明確な殺意と共にどこか悲しげな気配が漂っていた。
「心臓を母なる太陽に捧げよ。そして永遠の眠りにつくのだ」
その不穏な言葉は、遠い昔に記憶の彼方へ追いやられたもの。
つまり同族殺しの合言葉だ。
「なぜイーサンが……?」
「君だけが不死鳥の殺し方を知っていると思ったら大間違いだ――さあ、その罪深き心臓を抉り出してやろう」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる