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異形の大蛇
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未玖は目の前で起こった惨劇を、ただ見ていることしかできずにいた。
同じく悪に選ばれし乙女、紗南の狂気と破滅。
悪魔に仕えし不死鳥のダニールやファロムと、仲間であるはずのイーサンの暴挙。
「……イーサン、なぜ紗南を殺した?」
信じられないというように首を弱々しく振りながら、ファロムが問うた。
その手はまさに抉り出さんとしていた、ダニールの規則的に脈打つ心臓を掴んでいる。
「なぜって、気が変わったからさ。君たちは俺の計画にとって邪魔でしかない。その点、未玖という乙女はまさに宇宙そのものだ。なんと言っても意識を共有しているのだからね」
不機嫌そうに紗南の脳みそを食べながら饒舌に語るイーサンを見つめ、未玖はかつて彼が連れていた乙女のことを思い出そうとしていた。
あの子は確か……そう、同級生の陽彩ちゃん。
お洒落でいつもニコニコしていて、クラスの人気者。
どちらかと言えば引っ込み思案な未玖にとって、明るく自信に満ち溢れた陽彩は眩しくて憧れの存在だった。
でも今なら解る。
陽彩ちゃんは未玖の片思いの相手だった牧田君と放送室で人目を盗み、性行為に及んでいたことを。
天真爛漫なのは外見だけで、中身はすでに澱んでいたのだ。
悪魔は乙女の純血を何より重んじる。
だから陽彩ちゃんはイーサンに首を刎ねられ、死んでしまう運命だったに違いない。
――死んだらみんな、どこへ行くの?
――ここではないところ。とても暖かな場所。とても寒い場所。
――私はそのどちらにも行けないのね。
――或いはそのどちらにも行けるのかもしれない。
心の中にいるもう一人の自分と束の間、やり取りをする。
彼女は何を知っているのだろう?
私もいつか、彼女とひとつになるのだろうか?
「さて、今度は君の番だ、ファロム」
紗南の頭部を無造作に投げ捨てると、イーサンは空高く舞い上がった。
「心臓を母なる太陽に捧げよ。そして永遠の眠りにつくのだ」
同族殺しの合言葉を粛々と述べながら燃える翼を硬化させると、ファロム目掛けて鋼鉄の矢となった羽を次々と放つ。
「っ!!」
矢を避けるためにダニールの胸部から翼の先端を引き抜き、仕方なく心臓を手放した。
ファロムは翼を翻して飛び上がるが、意識の無いダニールはそのまま地面へと落下していく。
「ダニール!!」
頭が割れたくらいで死なないと理解していても、これ以上彼の痛ましい姿を見ていられない未玖は悲鳴を上げる。
「お願いクロ、ダニールを助けて!!」
未来の足元にいた蛇のクロは、体をくねらせながら巨大化するとダニールを大きく開けた口で受け止め、そのまま飲み込んだ。
「うん、さすがは未玖の髪の毛から生まれた蛇だ。体内に取り込んで早急に治癒させようとは賢いね」
不死身である不死鳥にも痛覚はあるので、人間と同様に骨折したり内臓破裂をすれば、耐え難い痛みに悶え苦しむ。
治療方法は自らの燃える翼で損傷部分を焼いてしまうこと――これが出来ずに生物学的な死を迎えた個体は炎に包まれ灰となり、その中から蘇る。
今の状況で、意識の無いダニールが治療を施せないのは明確だ。
死するのを待ち復活するまでの間に、ファロムと戦いながら未玖を守るのは少しばかり分が悪い。
「……イーサン、君のことを決して許しはしない。紗南の仇を取らせてもらおう」
赤い瞳に宿る、復仇の誓い。
普段のファロム相手なら、体格的にもこちらの方が圧倒的に有利だ。
だが今の彼は、愛する紗南を失った悲しみと怒りによって突き動かされている。
それは大いなる脅威に他ならなかった。
(本当ならばファロムを殺ったあとに紗南を始末するつもりだったが、肝心の未玖を失っては計画が台無しになってしまう――)
泰然として構えるイーサンだが、ファロムを焚きつけたのは良くなかったと少しばかり悔いる。
けれどそう感じたのはほんの一瞬で、イーサンは鋼鉄の矢を放ちながら声高らかに叫んだ。
「古より神々に恐れられし幻獣よ、今こそ目覚めるのだ!」
イーサンの声に合わせ、樫の木に留まり様子を窺っていた二羽のワタリガラス、フギンとムニンがカァカァと囁くように鳴く。
地面を波打たせふたりの後ろから姿を現したのは、海を渡って来た異形の大蛇だった。
「さあ、新たなる終末の始まりだ、ヨルムンガンド」
ヨルムンガンドと呼ばれた大蛇は、歓喜の咆哮を上げる。
その邪悪な口から吐き出された猛毒によって、周囲の木々が溶けるように枯れ果てた。
同じく悪に選ばれし乙女、紗南の狂気と破滅。
悪魔に仕えし不死鳥のダニールやファロムと、仲間であるはずのイーサンの暴挙。
「……イーサン、なぜ紗南を殺した?」
信じられないというように首を弱々しく振りながら、ファロムが問うた。
その手はまさに抉り出さんとしていた、ダニールの規則的に脈打つ心臓を掴んでいる。
「なぜって、気が変わったからさ。君たちは俺の計画にとって邪魔でしかない。その点、未玖という乙女はまさに宇宙そのものだ。なんと言っても意識を共有しているのだからね」
不機嫌そうに紗南の脳みそを食べながら饒舌に語るイーサンを見つめ、未玖はかつて彼が連れていた乙女のことを思い出そうとしていた。
あの子は確か……そう、同級生の陽彩ちゃん。
お洒落でいつもニコニコしていて、クラスの人気者。
どちらかと言えば引っ込み思案な未玖にとって、明るく自信に満ち溢れた陽彩は眩しくて憧れの存在だった。
でも今なら解る。
陽彩ちゃんは未玖の片思いの相手だった牧田君と放送室で人目を盗み、性行為に及んでいたことを。
天真爛漫なのは外見だけで、中身はすでに澱んでいたのだ。
悪魔は乙女の純血を何より重んじる。
だから陽彩ちゃんはイーサンに首を刎ねられ、死んでしまう運命だったに違いない。
――死んだらみんな、どこへ行くの?
――ここではないところ。とても暖かな場所。とても寒い場所。
――私はそのどちらにも行けないのね。
――或いはそのどちらにも行けるのかもしれない。
心の中にいるもう一人の自分と束の間、やり取りをする。
彼女は何を知っているのだろう?
私もいつか、彼女とひとつになるのだろうか?
「さて、今度は君の番だ、ファロム」
紗南の頭部を無造作に投げ捨てると、イーサンは空高く舞い上がった。
「心臓を母なる太陽に捧げよ。そして永遠の眠りにつくのだ」
同族殺しの合言葉を粛々と述べながら燃える翼を硬化させると、ファロム目掛けて鋼鉄の矢となった羽を次々と放つ。
「っ!!」
矢を避けるためにダニールの胸部から翼の先端を引き抜き、仕方なく心臓を手放した。
ファロムは翼を翻して飛び上がるが、意識の無いダニールはそのまま地面へと落下していく。
「ダニール!!」
頭が割れたくらいで死なないと理解していても、これ以上彼の痛ましい姿を見ていられない未玖は悲鳴を上げる。
「お願いクロ、ダニールを助けて!!」
未来の足元にいた蛇のクロは、体をくねらせながら巨大化するとダニールを大きく開けた口で受け止め、そのまま飲み込んだ。
「うん、さすがは未玖の髪の毛から生まれた蛇だ。体内に取り込んで早急に治癒させようとは賢いね」
不死身である不死鳥にも痛覚はあるので、人間と同様に骨折したり内臓破裂をすれば、耐え難い痛みに悶え苦しむ。
治療方法は自らの燃える翼で損傷部分を焼いてしまうこと――これが出来ずに生物学的な死を迎えた個体は炎に包まれ灰となり、その中から蘇る。
今の状況で、意識の無いダニールが治療を施せないのは明確だ。
死するのを待ち復活するまでの間に、ファロムと戦いながら未玖を守るのは少しばかり分が悪い。
「……イーサン、君のことを決して許しはしない。紗南の仇を取らせてもらおう」
赤い瞳に宿る、復仇の誓い。
普段のファロム相手なら、体格的にもこちらの方が圧倒的に有利だ。
だが今の彼は、愛する紗南を失った悲しみと怒りによって突き動かされている。
それは大いなる脅威に他ならなかった。
(本当ならばファロムを殺ったあとに紗南を始末するつもりだったが、肝心の未玖を失っては計画が台無しになってしまう――)
泰然として構えるイーサンだが、ファロムを焚きつけたのは良くなかったと少しばかり悔いる。
けれどそう感じたのはほんの一瞬で、イーサンは鋼鉄の矢を放ちながら声高らかに叫んだ。
「古より神々に恐れられし幻獣よ、今こそ目覚めるのだ!」
イーサンの声に合わせ、樫の木に留まり様子を窺っていた二羽のワタリガラス、フギンとムニンがカァカァと囁くように鳴く。
地面を波打たせふたりの後ろから姿を現したのは、海を渡って来た異形の大蛇だった。
「さあ、新たなる終末の始まりだ、ヨルムンガンド」
ヨルムンガンドと呼ばれた大蛇は、歓喜の咆哮を上げる。
その邪悪な口から吐き出された猛毒によって、周囲の木々が溶けるように枯れ果てた。
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