不死鳥は歪んだ世界を救わない

凛音@りんね

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被害妄想

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 未玖を背中から下ろすと、ダニールは真冬の凛烈りんれつな空へと高く舞い上がった。
 そして双子の不死鳥フェニックス、ファロムと対峙する。

「お前がこの僕を殺すと言うのかい?」
「ああ、そうさ」
「不死鳥は不死身であるからこそ不死鳥なのだよ」
「――どうやら兄さんは知らないようだね」

 ファロムは形の良い唇を醜く歪ませ、ほくそ笑む。

 兄は同族殺しに目覚めていない、と確信した。
 イーサンの時は予想外の事態に戸惑い、仕留め損ねたが、今度こそ上手く殺れる。

「心臓を母なる太陽に捧げよ。そして永遠の眠りにつくのだ」

 かつて愛した、いや、今も心の奥底では愛する兄を燃えるような赤い瞳で冷ややかに見つめながら、同族殺しの合言葉を静々と囁く。

「――いくよ、兄さん」

 悪魔が宿りし炎の翼を硬化させ、鋼鉄の矢を作り出すと躊躇うことなくダニールに向けて放つ。

「たとえ心臓に刺さったとしても死ぬことはない!」

 同じく燃える翼を硬化して、ダニールは次々と矢を撥ね返し叫んだ。

「そう、刺さったではね」
「会った時から意識を遮断していたのでおかしいと感じていたが、ファロム、お前は何を知っている?」
「さあ」
「こんなことをしても無意味だとなぜ分からない?」
「分かっていないのは、兄さんの方さ」
「――っ!!」

 次の瞬間、驚異的な速さでダニールの胸元へ飛び込むと、翼の先端を勢いよく心臓に突き刺した。

「ダニール!!」

 未玖は口元を両手で覆った。
 背中を貫通した翼から、ダニールの血が未玖の顔へと滴り落ちる。

「……大丈夫、これぐらい、では……死なない、から――ぐっ!?」
「確かに突き刺すだけでは死なない。けれど抉り出したらどうだろうね」
「……ファロ、ム……お前、は……」
「――さよなら、兄さん」

 悲しげに呟くと、もう片方の翼で心臓へ繋がる管を手際良く切断していく。
 心臓に流れるべき血液が露わになった管から勢いよく溢れ出し、ファロムの天使のように愛くるしい顔と、真っ白な衣服を赤く染め上げた。

「もうやめて! ダニールが死んじゃう!」
「――うるさいのよ、あんた」

 頬に焼けるような痛みを感じ、未玖は顔に手を添えながら振り向く。
 すぐそばに立っていたのはファロムとともにいた少女、紗南だった。
 右手には大ぶりのナイフが握られている。

「ただの人間の分際で不死鳥と裸で抱き合うなんて、いやらしい!」

 ナイフの切っ先がギラリと光り、未玖の顔面に向かって振り下ろされた。

「っ!!」

 すんでのところでかわすが間髪入れずに攻撃され、左腕と右肩を切りつけられる。

「ねぇ、痛い?」

 血がべっとりついたナイフを舐めながら、紗南が問う。

「このナイフ、切れ味が抜群で羊や豚を捌くのに便利なの。せっかくだし、生きたままゆっくりと解体してあげる」

 未玖は言葉の意味を理解する暇もなく、よろよろと駆け出した。

「あはは、逃げたって無駄なのに。あんたもあんたの不死鳥もここで死ぬんだから」


 ――死、永遠の眠り。

 ――無、肉体の消失。


 全身が恐怖で粟立ち、寒いはずなのにどっと汗が吹き出す。


 ――こんなところで死ぬなんていや。ダニール、クロ、ママ、パパ、桃李……みんな、どこ?


 その時、意識の中枢でもう一人の自分が穏やかに微笑んでいるのを知覚した。


 ――大丈夫。みんな、あなたの中で生きている。だから安心して。あなたは一人じゃない。


「まずはその澄ました顔の皮を剥いでやるわ」

 危機的な状況にもかかわらず、妙に達観した未玖の表情がたまらなく腹立たしかった。
 まるで亡き姉のように自分のことを哀れみ、蔑んでいるのだと病的な被害妄想を抱く。

 紗南は幼少期から姉と比べて萎縮し腐りきった自尊心を持て余し、怒りの矛先を未玖へと向けた。

「あんたもお姉ちゃんも死ねばいいのよ!」
「お姉ちゃん……? あなたも姉妹きょうだいがいたの……?」
「うるさい! そんな目で私を見ないで!」
「私にもね、弟がいたの。生意気で甘えん坊だったけど、もういない……あなたも辛かったよね」
「何よ、みんなして私よりお姉ちゃんを選ぶわけ……?」

 わなわなと震えながら、紗南はナイフの柄を強く握りしめる。

「大丈夫。あなたは一人じゃない」

 獲物だと見下していた者に慰めの言葉をかけられ、紗南の中で何かが弾けた。

「……あんたなんか、あんたなんか……死ねええええええええあああああっ!!」

 だが未玖は避けようとしない。
 じっと振り下ろされるナイフを見ているだけだった。


 ――大丈夫、あなたは宇宙と一体化しているから、肉体が滅んでも永遠に生き続けるの。


「ぎゃっ!!」

 ナイフの切っ先が未玖の額に触れそうになった瞬間、紗南の右手が宙に飛んだ。

「まったく、いくら宇宙と意識を一体化しているとしても、無闇矢鱈と命を粗末にしてはいけない」
「私の手がっ……! 手がぁっ……!」

 紗南は切り離された右手と手首の切断部分を、必死にくっつけようと錯乱する。
 イーサンは冷然たる一瞥をくれると、燃える翼で容赦なく紗南の首を刎ねた。

「……紗南?」

 今まさにダニールの心臓を抉り出さんとしていたファロムは、眼下で起こった悪夢に戦慄する。

「さて、ファロム。次は君の番だ」

 イーサンはまだ微かに意識のある紗南の頭部を拾うと、不機嫌そうに脳みそを食べ始めた。

「うん、こいつは美味い。ファロム、君も死ぬ前に一口食べるかい?」
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