25 / 54
被害妄想
しおりを挟む
未玖を背中から下ろすと、ダニールは真冬の凛烈な空へと高く舞い上がった。
そして双子の不死鳥、ファロムと対峙する。
「お前がこの僕を殺すと言うのかい?」
「ああ、そうさ」
「不死鳥は不死身であるからこそ不死鳥なのだよ」
「――どうやら兄さんは知らないようだね」
ファロムは形の良い唇を醜く歪ませ、ほくそ笑む。
兄は同族殺しに目覚めていない、と確信した。
イーサンの時は予想外の事態に戸惑い、仕留め損ねたが、今度こそ上手く殺れる。
「心臓を母なる太陽に捧げよ。そして永遠の眠りにつくのだ」
かつて愛した、いや、今も心の奥底では愛する兄を燃えるような赤い瞳で冷ややかに見つめながら、同族殺しの合言葉を静々と囁く。
「――いくよ、兄さん」
悪魔が宿りし炎の翼を硬化させ、鋼鉄の矢を作り出すと躊躇うことなくダニールに向けて放つ。
「たとえ心臓に刺さったとしても死ぬことはない!」
同じく燃える翼を硬化して、ダニールは次々と矢を撥ね返し叫んだ。
「そう、刺さっただけではね」
「会った時から意識を遮断していたのでおかしいと感じていたが、ファロム、お前は何を知っている?」
「さあ」
「こんなことをしても無意味だとなぜ分からない?」
「分かっていないのは、兄さんの方さ」
「――っ!!」
次の瞬間、驚異的な速さでダニールの胸元へ飛び込むと、翼の先端を勢いよく心臓に突き刺した。
「ダニール!!」
未玖は口元を両手で覆った。
背中を貫通した翼から、ダニールの血が未玖の顔へと滴り落ちる。
「……大丈夫、これぐらい、では……死なない、から――ぐっ!?」
「確かに突き刺すだけでは死なない。けれど抉り出したらどうだろうね」
「……ファロ、ム……お前、は……」
「――さよなら、兄さん」
悲しげに呟くと、もう片方の翼で心臓へ繋がる管を手際良く切断していく。
心臓に流れるべき血液が露わになった管から勢いよく溢れ出し、ファロムの天使のように愛くるしい顔と、真っ白な衣服を赤く染め上げた。
「もうやめて! ダニールが死んじゃう!」
「――うるさいのよ、あんた」
頬に焼けるような痛みを感じ、未玖は顔に手を添えながら振り向く。
すぐそばに立っていたのはファロムとともにいた少女、紗南だった。
右手には大ぶりのナイフが握られている。
「ただの人間の分際で不死鳥と裸で抱き合うなんて、いやらしい!」
ナイフの切っ先がギラリと光り、未玖の顔面に向かって振り下ろされた。
「っ!!」
すんでのところで躱すが間髪入れずに攻撃され、左腕と右肩を切りつけられる。
「ねぇ、痛い?」
血がべっとりついたナイフを舐めながら、紗南が問う。
「このナイフ、切れ味が抜群で羊や豚を捌くのに便利なの。せっかくだし、生きたままゆっくりと解体してあげる」
未玖は言葉の意味を理解する暇もなく、よろよろと駆け出した。
「あはは、逃げたって無駄なのに。あんたもあんたの不死鳥もここで死ぬんだから」
――死、永遠の眠り。
――無、肉体の消失。
全身が恐怖で粟立ち、寒いはずなのにどっと汗が吹き出す。
――こんなところで死ぬなんていや。ダニール、クロ、ママ、パパ、桃李……みんな、どこ?
その時、意識の中枢でもう一人の自分が穏やかに微笑んでいるのを知覚した。
――大丈夫。みんな、あなたの中で生きている。だから安心して。あなたは一人じゃない。
「まずはその澄ました顔の皮を剥いでやるわ」
危機的な状況にもかかわらず、妙に達観した未玖の表情がたまらなく腹立たしかった。
まるで亡き姉のように自分のことを哀れみ、蔑んでいるのだと病的な被害妄想を抱く。
紗南は幼少期から姉と比べて萎縮し腐りきった自尊心を持て余し、怒りの矛先を未玖へと向けた。
「あんたもお姉ちゃんも死ねばいいのよ!」
「お姉ちゃん……? あなたも姉妹がいたの……?」
「うるさい! そんな目で私を見ないで!」
「私にもね、弟がいたの。生意気で甘えん坊だったけど、もういない……あなたも辛かったよね」
「何よ、みんなして私よりお姉ちゃんを選ぶわけ……?」
わなわなと震えながら、紗南はナイフの柄を強く握りしめる。
「大丈夫。あなたは一人じゃない」
獲物だと見下していた者に慰めの言葉をかけられ、紗南の中で何かが弾けた。
「……あんたなんか、あんたなんか……死ねええええええええあああああっ!!」
だが未玖は避けようとしない。
じっと振り下ろされるナイフを見ているだけだった。
――大丈夫、あなたは宇宙と一体化しているから、肉体が滅んでも永遠に生き続けるの。
「ぎゃっ!!」
ナイフの切っ先が未玖の額に触れそうになった瞬間、紗南の右手が宙に飛んだ。
「まったく、いくら宇宙と意識を一体化しているとしても、無闇矢鱈と命を粗末にしてはいけない」
「私の手がっ……! 手がぁっ……!」
紗南は切り離された右手と手首の切断部分を、必死にくっつけようと錯乱する。
イーサンは冷然たる一瞥をくれると、燃える翼で容赦なく紗南の首を刎ねた。
「……紗南?」
今まさにダニールの心臓を抉り出さんとしていたファロムは、眼下で起こった悪夢に戦慄する。
「さて、ファロム。次は君の番だ」
イーサンはまだ微かに意識のある紗南の頭部を拾うと、不機嫌そうに脳みそを食べ始めた。
「うん、こいつは美味い。ファロム、君も死ぬ前に一口食べるかい?」
そして双子の不死鳥、ファロムと対峙する。
「お前がこの僕を殺すと言うのかい?」
「ああ、そうさ」
「不死鳥は不死身であるからこそ不死鳥なのだよ」
「――どうやら兄さんは知らないようだね」
ファロムは形の良い唇を醜く歪ませ、ほくそ笑む。
兄は同族殺しに目覚めていない、と確信した。
イーサンの時は予想外の事態に戸惑い、仕留め損ねたが、今度こそ上手く殺れる。
「心臓を母なる太陽に捧げよ。そして永遠の眠りにつくのだ」
かつて愛した、いや、今も心の奥底では愛する兄を燃えるような赤い瞳で冷ややかに見つめながら、同族殺しの合言葉を静々と囁く。
「――いくよ、兄さん」
悪魔が宿りし炎の翼を硬化させ、鋼鉄の矢を作り出すと躊躇うことなくダニールに向けて放つ。
「たとえ心臓に刺さったとしても死ぬことはない!」
同じく燃える翼を硬化して、ダニールは次々と矢を撥ね返し叫んだ。
「そう、刺さっただけではね」
「会った時から意識を遮断していたのでおかしいと感じていたが、ファロム、お前は何を知っている?」
「さあ」
「こんなことをしても無意味だとなぜ分からない?」
「分かっていないのは、兄さんの方さ」
「――っ!!」
次の瞬間、驚異的な速さでダニールの胸元へ飛び込むと、翼の先端を勢いよく心臓に突き刺した。
「ダニール!!」
未玖は口元を両手で覆った。
背中を貫通した翼から、ダニールの血が未玖の顔へと滴り落ちる。
「……大丈夫、これぐらい、では……死なない、から――ぐっ!?」
「確かに突き刺すだけでは死なない。けれど抉り出したらどうだろうね」
「……ファロ、ム……お前、は……」
「――さよなら、兄さん」
悲しげに呟くと、もう片方の翼で心臓へ繋がる管を手際良く切断していく。
心臓に流れるべき血液が露わになった管から勢いよく溢れ出し、ファロムの天使のように愛くるしい顔と、真っ白な衣服を赤く染め上げた。
「もうやめて! ダニールが死んじゃう!」
「――うるさいのよ、あんた」
頬に焼けるような痛みを感じ、未玖は顔に手を添えながら振り向く。
すぐそばに立っていたのはファロムとともにいた少女、紗南だった。
右手には大ぶりのナイフが握られている。
「ただの人間の分際で不死鳥と裸で抱き合うなんて、いやらしい!」
ナイフの切っ先がギラリと光り、未玖の顔面に向かって振り下ろされた。
「っ!!」
すんでのところで躱すが間髪入れずに攻撃され、左腕と右肩を切りつけられる。
「ねぇ、痛い?」
血がべっとりついたナイフを舐めながら、紗南が問う。
「このナイフ、切れ味が抜群で羊や豚を捌くのに便利なの。せっかくだし、生きたままゆっくりと解体してあげる」
未玖は言葉の意味を理解する暇もなく、よろよろと駆け出した。
「あはは、逃げたって無駄なのに。あんたもあんたの不死鳥もここで死ぬんだから」
――死、永遠の眠り。
――無、肉体の消失。
全身が恐怖で粟立ち、寒いはずなのにどっと汗が吹き出す。
――こんなところで死ぬなんていや。ダニール、クロ、ママ、パパ、桃李……みんな、どこ?
その時、意識の中枢でもう一人の自分が穏やかに微笑んでいるのを知覚した。
――大丈夫。みんな、あなたの中で生きている。だから安心して。あなたは一人じゃない。
「まずはその澄ました顔の皮を剥いでやるわ」
危機的な状況にもかかわらず、妙に達観した未玖の表情がたまらなく腹立たしかった。
まるで亡き姉のように自分のことを哀れみ、蔑んでいるのだと病的な被害妄想を抱く。
紗南は幼少期から姉と比べて萎縮し腐りきった自尊心を持て余し、怒りの矛先を未玖へと向けた。
「あんたもお姉ちゃんも死ねばいいのよ!」
「お姉ちゃん……? あなたも姉妹がいたの……?」
「うるさい! そんな目で私を見ないで!」
「私にもね、弟がいたの。生意気で甘えん坊だったけど、もういない……あなたも辛かったよね」
「何よ、みんなして私よりお姉ちゃんを選ぶわけ……?」
わなわなと震えながら、紗南はナイフの柄を強く握りしめる。
「大丈夫。あなたは一人じゃない」
獲物だと見下していた者に慰めの言葉をかけられ、紗南の中で何かが弾けた。
「……あんたなんか、あんたなんか……死ねええええええええあああああっ!!」
だが未玖は避けようとしない。
じっと振り下ろされるナイフを見ているだけだった。
――大丈夫、あなたは宇宙と一体化しているから、肉体が滅んでも永遠に生き続けるの。
「ぎゃっ!!」
ナイフの切っ先が未玖の額に触れそうになった瞬間、紗南の右手が宙に飛んだ。
「まったく、いくら宇宙と意識を一体化しているとしても、無闇矢鱈と命を粗末にしてはいけない」
「私の手がっ……! 手がぁっ……!」
紗南は切り離された右手と手首の切断部分を、必死にくっつけようと錯乱する。
イーサンは冷然たる一瞥をくれると、燃える翼で容赦なく紗南の首を刎ねた。
「……紗南?」
今まさにダニールの心臓を抉り出さんとしていたファロムは、眼下で起こった悪夢に戦慄する。
「さて、ファロム。次は君の番だ」
イーサンはまだ微かに意識のある紗南の頭部を拾うと、不機嫌そうに脳みそを食べ始めた。
「うん、こいつは美味い。ファロム、君も死ぬ前に一口食べるかい?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
僕らの10パーセントは無限大
華子
青春
10%の確率でしか未来を生きられない少女と
過去に辛い経験をしたことがある幼ななじみと
やたらとポジティブなホームレス
「あり得ない今を生きてるんだったら、あり得ない未来だってあるんじゃねえの?」
「そうやって、信じたいものを信じて生きる人生って、楽しいもんだよ」
もし、あたなら。
10パーセントの確率で訪れる幸せな未来と
90パーセントの確率で訪れる悲惨な未来。
そのどちらを信じますか。
***
心臓に病を患う和子(わこ)は、医者からアメリカでの手術を勧められるが、成功率10パーセントというあまりにも酷な現実に打ちひしがれ、渡米する勇気が出ずにいる。しかしこのまま日本にいても、死を待つだけ。
追い詰められた和子は、誰に何をされても気に食わない日々が続くが、そんな時出逢ったやたらとポジティブなホームレスに、段々と影響を受けていく。
幼ななじみの裕一にも支えられながら、彼女が前を向くまでの物語。
【完結】あやかし団地 管理人見習い日誌
双月ねむる
キャラ文芸
就活全滅で「自分には社会性がない」と思い込む凛は、遠縁の親戚に紹介され、昭和レトロな巨大団地・さくらヶ丘第一団地の『管理人見習い』として住み込みで働くことに。しかしその団地には、中庭の「靴鳴らし」、エレベーター表示盤に棲む狐など、団地限定あやかし達が当たり前のように暮らしていた。
最初は逃げ腰の凛だったが、すねた空き部屋や、ベランダの風鈴が告げるSOSなど、人とあやかしのトラブルに巻き込まれながら、少しずつ『共同体』に関わる勇気を取り戻していく。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
『後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました』
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。
それは愛のない政略結婚――
人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。
後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる