不死鳥は歪んだ世界を救わない

凛音@りんね

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鏡像(ミラーイメージ)

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 神に愛されし天使サミュエルは、仲間のテオと共に敵対する不死鳥フェニックスを探して、白く美しい翼を羽ばたかせる。

 だがどこまで行っても荒廃した景色が広がっているだけで、生き物の気配はない。

「なんと惨憺さんたんたる有様であろうか」

 嘆き悲しむサミュエルの瞳から虹色の涙が溢れ落ちる。 
 すると涙が白い薔薇となり、北風に吹かれて儚く散った。

「不死鳥が人間のみならず天使まで狩っているとは聞いていたが、まさかここまでとは――」

 テオは亡き兄のセオドアの涙から作られた、アクアマリンのネックレスを握りしめる。

 いにしえより神々に恐れられし巨大な幻獣が引き起こした大地震と大津波によって、人類が築き上げた文明は跡形もなく崩壊した。

 そして悪に選ばれし乙女以外の人間は全て不死鳥によって首を刎ねられ、幻獣の養分と成り果てる。

 結果、新しい時代の脆弱な神々はその姿を維持することができなくなり、ひっそりと姿を消していった。
 忘れ去られてしまうことすら、誰の記憶にも残らない。

「父なる神アーラッドも逝ってしまわれた」
「ああ、じきに僕たちも――」

 神々が創造し寵愛された天使も同じ運命を辿る。
 だが自由意志を持つ彼らには、まだ幾らか時間が残されているようだ。

「とにかく不死鳥と乙女を探し出さなければ」
「君と一緒ならどこまでも行こう――兄のセオドアもそう言っている」

 二人は手を取り合い、雪深い地上へと舞い降りた。

 ♢♢♢

 未玖の胸に顔を埋めていたダニールは異変に気づき、顔を上げた。

(おかしい、あまりにも静かすぎる――)

「ダニール、どうしたの?」

 未玖が不思議そうに首を傾げる。
 可愛らしい仕草に思わず顔が綻びそうになるが、今は気にかけている場合ではない。

 不死鳥としての本能が危険だと警告している。
 全身で感じる、不快な音と匂い。

「っ――!! 伏せろっ!!」

 ダニールが未玖の頭を押さえつけた瞬間、何かが二人の頭上すれすれを掠めて素早く飛び去っていった。

「残念! もうちょっとで当たりそうだったのに」

 悪意に満ちた笑みを浮かべる少女が、不死鳥の背中からこちらを楽しそうに見下ろしていた。
 彼の姿を見たダニールは驚きのあまり、目を見開く。

「ファロム――?」
「やあ、兄さん。久しぶりだね」

 明確な殺意を隠そうともせず、無邪気に微笑むファロム。 
 幾重にもカールした黒い髪がふわりと風に靡く。

 実に数千年振りの再会だった。
 しばし互いに見つめ合う。

 同じ体躯、同じ声音。
 ただ違うのは髪の癖だけ。
 不死鳥では珍しい、双子の兄弟。

「お前は地獄に居るとばかり思っていたよ」
「まさか。あんな場所、二度と戻りたくないね」
「――なぜ未玖を狙った?」
「私が狙ったのは乙女だけでなく、兄さんもだよ」

 言い捨てるとファロムは燃える翼を広げ、鋼鉄の矢に変化させた羽を再び放つ。
 ダニールは未玖を抱えると温泉から宙へ飛び上がり、矢を躱しながら叫んだ。

「クロ! 僕たちに服を着せるんだ!」

 蛇のクロは頷くと二人を鋭い瞳でじっと睨む。
 すると体があたたかな光に包まれ、光が弾けると同時にキトンのような服を纏っていた。

「なにあの蛇、気持ち悪い! ファロム、始末して」

 紗南が嫌悪に顔を歪める。

「ああ、紗南が望むならそうしよう」

 不死鳥にとって地上を這い回る蛇など腹の足しにもならない、どうでもよい存在だった。
 翼を振りかざし、切り捨てようとした瞬間――

「ッ――!!」

 得体の知れない力によって弾き返され、ファロムの体が宙に舞う。

「クロッ!!」
「大丈夫。は宇宙の加護を受けているからね」

(なんだ、今の力は? 鋼鉄の矢を跳ね返すとは。まさか――)

 翼を翻しながら体勢を整え束の間、思案する。

「ねぇ、ファロムったら、どうしたのよ?」
「すまない、紗南。どうやらこの蛇は宇宙の意志を継いでいるようだ」

 紗南は訳が分からず眉を顰めた。

「おめでとう。兄さんの乙女は宇宙と意識を共有したようだね」
「そう言うお前の乙女も、歪みが酷いのにまるで穢れを知らない色をしている」

 鏡像ミラーイメージのように、口元だけで笑い合う二人。

「そうと分かれば尚更、その乙女は始末しなければならない」

 愛する兄の背中に乗る未玖へ、嫉妬と羨望の眼差しを向ける。


 そこはかつて私の場所だった、私だけが触れてよかったのだ。
 なのにどうして人間如きを守――


「ファロム、どうしたの? ねぇったら」
「ああ、すまない、紗南。君という存在がありながら私は――」

 言葉を濁し、懺悔するように目を伏せる。

「ダニール、この人たち……」
「心配しなくとも未玖のことは僕が守るよ」

 その言葉を聞いたファロムの瞳がより一層赤く燃え、二人を見据えた。

(イーサンのときはしくじったが、同族殺しの合言葉を知らない不死鳥など赤子のようなもの……)


 赤子――子ども――ヨクサル――


 無意識のうちに脳裏に浮かぶ、兄と兄の幼い息子ヨクサルが愛し合う様子。

 ファロムはそれらの記憶を掻き消すように翼を大きく広げ、持てる力の全てで鋼鉄の羽の矢を作り出すと矢じりを二人に向ける。

「――さあ、戯言はおしまいだ。兄さん、悪に選ばれし乙女よ、共に永遠の眠りへつかせてあげよう」
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