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胎児
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ダニールはクロの体内で夢を見ていた。
遥か遠い昔、まだ何も知らずにいた無邪気で幸せな頃の夢を。
ぽうっと淡い光が浮かび上がる。
それが自身の魂だと本能的に理解すると、か弱い腕を懸命に伸ばして掴み取ろうとした。
けれど淡い光はまるで意志を持ったように、彼の掌からするりと逃げてしまう。
「待って」
幼い声が泡となって消失する。
ダニールは水の中にいることに気がついた。
まるで母の胎内にいるような安心感に包まれ、再び目を閉じる。
「ダニール」
誰かが自分を呼ぶ声がした。
鈴が鳴るように凛とした、でも優しい声音がダニールの鼓膜をそっと震わせる。
「早く大きくなってね」
お腹を撫でられ、ダニールは応えるようにくすくすと笑った。
と、同じ胎盤から臍の緒がもう一つ伸びていた。
しかしその先には誰の姿もない。
「……ファロム?」
声にならない声で、自身の片割れの名を口にした。
じゃれ合うように互いを求めて、深く繋がろうとしていたた幼い日々。
不死鳥では珍しい、双子の兄弟。
愛していたはずなのに、どうしてファロムは自分を恨み、殺そうとしているのかダニールは分かりかねていた。
「大丈夫よ、あなたは一人じゃない」
その言葉によって心の奥底で固まっていた不要な感情が、すうっと消えていく。
やがて子守歌が春の暖かな日差しのように降り注ぎ、ダニールは今度こそ眠りについた。
「そう、いい子ね。いっぱい寝て早く大きくなってね。私の可愛いダニール」
女性らしいシルエットが蛇の姿へと変わる。
それは未玖の髪の毛から生まれた蛇のクロだった。
クロは瞼のない丸く大きな瞳で、慈しむように成長するダニールをじっと見つめていた。
♢♢♢
冥府の門が開かれたことにより、地獄に亡者がなだれ込んで来たのをいち早く察知した堕天使である悪魔、ジョシュアは不死鳥のヨクサルを背中に乗せ、地上へと向かっていた。
「もうすぐ出口が見えるはずだ……しっかり私に掴まっているのだよ」
「はい、ご主人様」
先ほどの営みで悪魔の子をその身に孕んだヨクサル。
まだあどけなさの残る中性的な顔立ちが、段々と女性らしくなっていく。
胸こそ膨らむことはないが、胎児が育てば相応にお腹も大きくなる。
妊娠期間はおよそ三ヶ月で人間よりもかなり短い。
初産の場合は難産になりやすいが、不死身である彼らにとっては何の意味も持たない。
いや、耐え難い苦痛を何日にも渡って味わうことになるが、父親である悪魔にとっては少しも気に留める事ではなかった。
しかしジョシュアはヨクサルの身を案じた。
彼を守りたいと強く思い、またとても愛しいと感じている。
次第に冬の弱々しい太陽が見えてきた。
ようやく地上への入り口に辿り着くが、すぐに出ようとはせず外の様子をじっと窺う。
「ああ、何という有様だ……」
悪魔ですら驚くほど、地上は荒れ果てていた。
木々は枯れ、生き物の気配は全くない。
死体ばかりが打ち捨てられている。
地均しの痕跡から、忌むべき幻獣ヨルムンガンドの仕業だと察知する。
(不死鳥たちはどこにいる――?)
辺りを見渡すが、しんと静まり返っているばかりで不死鳥の姿はない。
この場にいても埒が明かないので、ヨクサルを抱きしめたまま抜け出し、右手をかざして入り口を破壊した。
ここから亡者が出てくることもないだろうと束の間、安堵する。
「……父様?」
不意にヨクサルが灰色の空を仰ぎ見た。
父様、とは父親である不死鳥のことだろうか。
今になってなぜその名を呼ぶのか、ジョシュアは訝しむとともに激しい嫉妬で気が狂いそうになった。
「こちらへおいで、ヨクサル」
「はい、ご主人さ――んっ!」
乱暴に唇を奪い、ヨクサルの胸元を弄る。
「お前は私だけのものだ」
「んっ……! ああっ!」
慣らさずに入れられ、痛みに顔を歪ませるヨクサル。
その顔が堪らず、ジョシュア自身がさらに熱を帯びた。
ヨクサルを膝の上に抱いた状態で、二人は激しく繋がり合う。
深い場所へ愛情を注がれると同時に、ヨクサルも達する。
「愛している、ヨクサル。だから私だけをその目に映しておくれ」
「……は、い、ご主人、さま……」
苦痛と快楽の狭間で、ヨクサルは父であるダニールの顔をぼんやりと思い浮かべた。
自分の胎内に父がいるような気がしたが、そんなはずはないとすぐに思考の隅へと追いやる。
トクン、と小さな心音がした。
胎児のものだろうか。
それともやはり父の――いや、違うと首を横に振る。
ヨクサルは慈しむように、膨みつつあるお腹をそっと撫でた。
欲望を吐き出し正気に戻ったジョシュアも、ヨクサルのお腹に手を添える。
この中に自分とヨクサルの子がいるのだと思うと、なんとも不思議な気持ちになるのだった。
どんな形であれ、二人の愛の結晶である悪魔の子。
穢れるからと悪魔は不死鳥の出産に立ち会わないが、ジョシュアは無事に産まれるまでヨクサルの側にいるつもりだ。
「さあ、お腹の子のためにも栄養を摂らなければいけないよ」
「あの、でも――」
主人であるジョシュアの前で、死体を貪る姿を見せなくなかった。
ヨクサルはジョシュアのことを愛していると錯覚しているが、次第にその境界線が曖昧になりつつある。
「いいからお食べ、ほら」
「……はい、いただきます」
差し出された首から上の無い人間の死体に齧り付く。
初めて食べる味に、ヨクサルは無邪気に笑ってみせた。
「人間ってすごく美味しいんですね、ご主人様」
遥か遠い昔、まだ何も知らずにいた無邪気で幸せな頃の夢を。
ぽうっと淡い光が浮かび上がる。
それが自身の魂だと本能的に理解すると、か弱い腕を懸命に伸ばして掴み取ろうとした。
けれど淡い光はまるで意志を持ったように、彼の掌からするりと逃げてしまう。
「待って」
幼い声が泡となって消失する。
ダニールは水の中にいることに気がついた。
まるで母の胎内にいるような安心感に包まれ、再び目を閉じる。
「ダニール」
誰かが自分を呼ぶ声がした。
鈴が鳴るように凛とした、でも優しい声音がダニールの鼓膜をそっと震わせる。
「早く大きくなってね」
お腹を撫でられ、ダニールは応えるようにくすくすと笑った。
と、同じ胎盤から臍の緒がもう一つ伸びていた。
しかしその先には誰の姿もない。
「……ファロム?」
声にならない声で、自身の片割れの名を口にした。
じゃれ合うように互いを求めて、深く繋がろうとしていたた幼い日々。
不死鳥では珍しい、双子の兄弟。
愛していたはずなのに、どうしてファロムは自分を恨み、殺そうとしているのかダニールは分かりかねていた。
「大丈夫よ、あなたは一人じゃない」
その言葉によって心の奥底で固まっていた不要な感情が、すうっと消えていく。
やがて子守歌が春の暖かな日差しのように降り注ぎ、ダニールは今度こそ眠りについた。
「そう、いい子ね。いっぱい寝て早く大きくなってね。私の可愛いダニール」
女性らしいシルエットが蛇の姿へと変わる。
それは未玖の髪の毛から生まれた蛇のクロだった。
クロは瞼のない丸く大きな瞳で、慈しむように成長するダニールをじっと見つめていた。
♢♢♢
冥府の門が開かれたことにより、地獄に亡者がなだれ込んで来たのをいち早く察知した堕天使である悪魔、ジョシュアは不死鳥のヨクサルを背中に乗せ、地上へと向かっていた。
「もうすぐ出口が見えるはずだ……しっかり私に掴まっているのだよ」
「はい、ご主人様」
先ほどの営みで悪魔の子をその身に孕んだヨクサル。
まだあどけなさの残る中性的な顔立ちが、段々と女性らしくなっていく。
胸こそ膨らむことはないが、胎児が育てば相応にお腹も大きくなる。
妊娠期間はおよそ三ヶ月で人間よりもかなり短い。
初産の場合は難産になりやすいが、不死身である彼らにとっては何の意味も持たない。
いや、耐え難い苦痛を何日にも渡って味わうことになるが、父親である悪魔にとっては少しも気に留める事ではなかった。
しかしジョシュアはヨクサルの身を案じた。
彼を守りたいと強く思い、またとても愛しいと感じている。
次第に冬の弱々しい太陽が見えてきた。
ようやく地上への入り口に辿り着くが、すぐに出ようとはせず外の様子をじっと窺う。
「ああ、何という有様だ……」
悪魔ですら驚くほど、地上は荒れ果てていた。
木々は枯れ、生き物の気配は全くない。
死体ばかりが打ち捨てられている。
地均しの痕跡から、忌むべき幻獣ヨルムンガンドの仕業だと察知する。
(不死鳥たちはどこにいる――?)
辺りを見渡すが、しんと静まり返っているばかりで不死鳥の姿はない。
この場にいても埒が明かないので、ヨクサルを抱きしめたまま抜け出し、右手をかざして入り口を破壊した。
ここから亡者が出てくることもないだろうと束の間、安堵する。
「……父様?」
不意にヨクサルが灰色の空を仰ぎ見た。
父様、とは父親である不死鳥のことだろうか。
今になってなぜその名を呼ぶのか、ジョシュアは訝しむとともに激しい嫉妬で気が狂いそうになった。
「こちらへおいで、ヨクサル」
「はい、ご主人さ――んっ!」
乱暴に唇を奪い、ヨクサルの胸元を弄る。
「お前は私だけのものだ」
「んっ……! ああっ!」
慣らさずに入れられ、痛みに顔を歪ませるヨクサル。
その顔が堪らず、ジョシュア自身がさらに熱を帯びた。
ヨクサルを膝の上に抱いた状態で、二人は激しく繋がり合う。
深い場所へ愛情を注がれると同時に、ヨクサルも達する。
「愛している、ヨクサル。だから私だけをその目に映しておくれ」
「……は、い、ご主人、さま……」
苦痛と快楽の狭間で、ヨクサルは父であるダニールの顔をぼんやりと思い浮かべた。
自分の胎内に父がいるような気がしたが、そんなはずはないとすぐに思考の隅へと追いやる。
トクン、と小さな心音がした。
胎児のものだろうか。
それともやはり父の――いや、違うと首を横に振る。
ヨクサルは慈しむように、膨みつつあるお腹をそっと撫でた。
欲望を吐き出し正気に戻ったジョシュアも、ヨクサルのお腹に手を添える。
この中に自分とヨクサルの子がいるのだと思うと、なんとも不思議な気持ちになるのだった。
どんな形であれ、二人の愛の結晶である悪魔の子。
穢れるからと悪魔は不死鳥の出産に立ち会わないが、ジョシュアは無事に産まれるまでヨクサルの側にいるつもりだ。
「さあ、お腹の子のためにも栄養を摂らなければいけないよ」
「あの、でも――」
主人であるジョシュアの前で、死体を貪る姿を見せなくなかった。
ヨクサルはジョシュアのことを愛していると錯覚しているが、次第にその境界線が曖昧になりつつある。
「いいからお食べ、ほら」
「……はい、いただきます」
差し出された首から上の無い人間の死体に齧り付く。
初めて食べる味に、ヨクサルは無邪気に笑ってみせた。
「人間ってすごく美味しいんですね、ご主人様」
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