不死鳥は歪んだ世界を救わない

凛音@りんね

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アネモネ

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 対峙するファロムとイーサン。
 さらに天使であるサミュエルとテオが、不死鳥フェニックスを打ち負かさんと聖なるつるぎを構える。

 先ほどよりもやや近い場所で、稲妻が冬空を駆け抜けるのが見えた。
 未玖は三つ巴の戦いが始まるのを、ただ傍観する事しかできずにいる。
 
「クロ……ダニールは?」

 瀕死のダニールを飲み込んだ蛇のクロは、背中に乗っている未玖の方を振り向いた。
 黒く大きな瞳に不安そうな顔をした自分が映り、未玖は無性に泣きたくなった。

「私はどこにでもいる小学生なの……宇宙と意識を共有したからって、何も変わらない」

(そんなことはない)

「えっ……」

 顔を上げ、声の主を探すがどこにも見当たらない。
 もう一人の自分とは違う、鈴が鳴るように凛とした優しい声音。

(あなたは一人じゃない)

「もしかしてクロ、なの……?」

 クロは返事をする代わりに、こくりと頷いてみせた。
 爬虫類は脳の構造から本能のままに行動すると言われているが、クロには確かなる知性が宿っている。

(わたしを生んでくれてありがとう、未玖)
 
 途端に未玖の視界が滲む。
 ずっと耐えてきた感情がせきを切ったように、涙となって止めなく流れ出た。

「うぐっ……うっ、うわああんっ!」

 母親である未玖が落ち着くまで、クロは静かに見守っていた。
 涙がクロの鱗に落ちると、その部分から赤いアネモネが咲き乱れ、花弁が北風に舞った。
 
「どうして花が……?」

(もうすぐダニールが生まれ変わる)

「本当?」

(ええ、未玖の愛が彼を救った)

「良かった……本当に良かった……」

 クロは地上へ降りると、口からダニールを吐き出した。
 ダニールまるで生まれたばかりの嬰児えいじのように、臍の緒がついており血まみれだった。

「ダニール!」
「……未玖?」

 裸のままのダニールを未玖は抱きしめる。
 血液と体液で体中がベタベタしたが、そんなことはどうでも良かった。
 ダニールと再会できたことが嬉しくて、未玖は彼の額にそっとキスをした。

「クロ、お願いだからダニールに服を着せてあげて」

 すぐにダニールの体は浄化され、亜麻布が覆い隠す。
 以前と同じように古代ギリシャ人が纏っていたキトンのような形状をしており、右胸は完全に露出していた。
 
「……状況は?」
「……イーサンが紗南っていう女の子を殺して、ファロムが、その――」

 あのおぞましい光景を思い出し、未玖は胃の中のものが込み上げてくるのを必死で堪えた。
 
「なるほど。ファロムが紗南を食べた、そうだろう?」
「……ええ」

 不死身である不死鳥だが他の種族と恋に落ちると、伴侶や子どもが亡くなる度に遺体を食してきたという。
 そうすることで死者の魂や血肉を受け継ぎ、永遠の時を共に過ごせると信じられてきたのだ。

「今のファロムは狂気に突き動かされている。イーサン以上に厄介だ。天使も僕たちを抹殺しようとしているし、亡者もそこかしこに溢れているし、おまけにヨルムンガンドまで好き放題に暴れている。さて、どうしたものだろう」

 いつもの超前としたダニールの物言いに、ほっと胸を撫で下ろす。
 未玖はダニールが側にいてくれることが、こんなにも安心するのだと顔を綻ばせる。

「ありがとう、クロ。僕のために子守歌を歌ってくれて」

 頷くようにクロはこくりと頷く。
 ダニールを見上げるその目は、我が子を慈しむようにあたたかな色彩を帯びていた。
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