不死鳥は歪んだ世界を救わない

凛音@りんね

文字の大きさ
31 / 54

アネモネ

しおりを挟む
 対峙するファロムとイーサン。
 さらに天使であるサミュエルとテオが、不死鳥フェニックスを打ち負かさんと聖なるつるぎを構える。

 先ほどよりもやや近い場所で、稲妻が冬空を駆け抜けるのが見えた。
 未玖は三つ巴の戦いが始まるのを、ただ傍観する事しかできずにいる。
 
「クロ……ダニールは?」

 瀕死のダニールを飲み込んだ蛇のクロは、背中に乗っている未玖の方を振り向いた。
 黒く大きな瞳に不安そうな顔をした自分が映り、未玖は無性に泣きたくなった。

「私はどこにでもいる小学生なの……宇宙と意識を共有したからって、何も変わらない」

(そんなことはない)

「えっ……」

 顔を上げ、声の主を探すがどこにも見当たらない。
 もう一人の自分とは違う、鈴が鳴るように凛とした優しい声音。

(あなたは一人じゃない)

「もしかしてクロ、なの……?」

 クロは返事をする代わりに、こくりと頷いてみせた。
 爬虫類は脳の構造から本能のままに行動すると言われているが、クロには確かなる知性が宿っている。

(わたしを生んでくれてありがとう、未玖)
 
 途端に未玖の視界が滲む。
 ずっと耐えてきた感情がせきを切ったように、涙となって止めなく流れ出た。

「うぐっ……うっ、うわああんっ!」

 母親である未玖が落ち着くまで、クロは静かに見守っていた。
 涙がクロの鱗に落ちると、その部分から赤いアネモネが咲き乱れ、花弁が北風に舞った。
 
「どうして花が……?」

(もうすぐダニールが生まれ変わる)

「本当?」

(ええ、未玖の愛が彼を救った)

「良かった……本当に良かった……」

 クロは地上へ降りると、口からダニールを吐き出した。
 ダニールまるで生まれたばかりの嬰児えいじのように、臍の緒がついており血まみれだった。

「ダニール!」
「……未玖?」

 裸のままのダニールを未玖は抱きしめる。
 血液と体液で体中がベタベタしたが、そんなことはどうでも良かった。
 ダニールと再会できたことが嬉しくて、未玖は彼の額にそっとキスをした。

「クロ、お願いだからダニールに服を着せてあげて」

 すぐにダニールの体は浄化され、亜麻布が覆い隠す。
 以前と同じように古代ギリシャ人が纏っていたキトンのような形状をしており、右胸は完全に露出していた。
 
「……状況は?」
「……イーサンが紗南っていう女の子を殺して、ファロムが、その――」

 あのおぞましい光景を思い出し、未玖は胃の中のものが込み上げてくるのを必死で堪えた。
 
「なるほど。ファロムが紗南を食べた、そうだろう?」
「……ええ」

 不死身である不死鳥だが他の種族と恋に落ちると、伴侶や子どもが亡くなる度に遺体を食してきたという。
 そうすることで死者の魂や血肉を受け継ぎ、永遠の時を共に過ごせると信じられてきたのだ。

「今のファロムは狂気に突き動かされている。イーサン以上に厄介だ。天使も僕たちを抹殺しようとしているし、亡者もそこかしこに溢れているし、おまけにヨルムンガンドまで好き放題に暴れている。さて、どうしたものだろう」

 いつもの超前としたダニールの物言いに、ほっと胸を撫で下ろす。
 未玖はダニールが側にいてくれることが、こんなにも安心するのだと顔を綻ばせる。

「ありがとう、クロ。僕のために子守歌を歌ってくれて」

 頷くようにクロはこくりと頷く。
 ダニールを見上げるその目は、我が子を慈しむようにあたたかな色彩を帯びていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

僕らの10パーセントは無限大

華子
青春
 10%の確率でしか未来を生きられない少女と  過去に辛い経験をしたことがある幼ななじみと  やたらとポジティブなホームレス 「あり得ない今を生きてるんだったら、あり得ない未来だってあるんじゃねえの?」 「そうやって、信じたいものを信じて生きる人生って、楽しいもんだよ」    もし、あたなら。  10パーセントの確率で訪れる幸せな未来と  90パーセントの確率で訪れる悲惨な未来。  そのどちらを信じますか。 ***  心臓に病を患う和子(わこ)は、医者からアメリカでの手術を勧められるが、成功率10パーセントというあまりにも酷な現実に打ちひしがれ、渡米する勇気が出ずにいる。しかしこのまま日本にいても、死を待つだけ。  追い詰められた和子は、誰に何をされても気に食わない日々が続くが、そんな時出逢ったやたらとポジティブなホームレスに、段々と影響を受けていく。  幼ななじみの裕一にも支えられながら、彼女が前を向くまでの物語。

【完結】あやかし団地 管理人見習い日誌

双月ねむる
キャラ文芸
就活全滅で「自分には社会性がない」と思い込む凛は、遠縁の親戚に紹介され、昭和レトロな巨大団地・さくらヶ丘第一団地の『管理人見習い』として住み込みで働くことに。しかしその団地には、中庭の「靴鳴らし」、エレベーター表示盤に棲む狐など、団地限定あやかし達が当たり前のように暮らしていた。 最初は逃げ腰の凛だったが、すねた空き部屋や、ベランダの風鈴が告げるSOSなど、人とあやかしのトラブルに巻き込まれながら、少しずつ『共同体』に関わる勇気を取り戻していく。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

『後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました』

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。 それは愛のない政略結婚―― 人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。 後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。

処理中です...