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大罪
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イーサンの挑発的な言葉にジョシュアは押し黙る。
今、目の前に横たわる天使は実の兄、サミュエル。
兄は神々へ捧げる音楽を司るセオドアと愛し合っており、仲睦まじい二人の姿に密かな嫉妬心を抱いていた。
ジョシュアはかつて自身が天使であったことを思い出し、戦慄した。
「おや、顔色が優れませんが、どうかなされましたか?」
イーサンが追い打ちをかける。
意地の悪い笑みをたっぷりと浮かべながら。
「ご主人様、大丈夫ですか……?」
ヨクサルは心配そうにジョシュアのそばに寄るが、その声は届かない。
彼はサミュエルに対する許されぬ気持ちと、ヨクサルを愛する気持ちの間で板挟みになっていた。
「ジョシュア……最期に会えて、良かった……」
「あ、兄上……私は……私は……」
「どうか……テオ、を……ぐっ!」
「兄上!」
血反吐を吐くサミュエル。
ようやく状況を理解したファロムが嘲笑う。
「堕天した悪魔など主人とは言い難い」
「ふふ、君もやっと気づいたのかい?」
ファロムはイーサンを無視すると、ヨクサルを冷ややかな眼差しで見下ろした。
中性的な顔立ちは兄に――つまり自分とよく似ている。
だが不死鳥の象徴である燃える翼の炎は弱々しく、髪の毛も完全な黒色ではなく微かに銀色がかっていた。
まぎれもなく天馬との混血。
悪魔たちの気まぐれで、まだら模様の卵に入れられる数ヶ前。
ファロムがこっそり会いに行った時、母親の天馬はいなかった。
大方、出産の際に命を落としたのだろう。よくある事だ。
兄のダニールだけに愛されて育ったヨクサル。
そんな彼を妬ましいと思った。
殺してやりたいと思った。
(ヨクサルは純粋な不死鳥ではない。同族殺しの合言葉すら必要ないのだ)
ファロムの中で邪なものが渦巻いた。
魂の色が黒く深く澱んでいく。
(しかも悪魔もどきの子を孕んでいるとは。生きたまま腹を切り裂いて赤子の首を刎ねてやろう)
鈍色の空から雪が降り始めた。
寒さに強い不死鳥は肌を露出していても平気だが、混血のヨクサルは体を縮こませる。
「はは、ファロムは可愛い甥のヨクサルに御執心のようだな」
「そう言う君こそ天使と悪魔に執着しているではないか。テオはイーサンにくれてやろう」
二人は視線を交わす。
敵対する者同士であったが、ここは一時休戦となった。
狩人のように、それぞれの獲物を追い詰めていく。
「ご主人様が手を下されないのであれば、この私めが天使の息の根を止めて差し上げましょう」
悪魔としての威厳を失い、ただただ呆然とするしかなかったジョシュアは青ざめる。
「なぜ叔父様たちは天使を殺そうとしているのですか?」
主人であるジョシュアを庇おうとしゃがみ込むヨクサルが、小鳥のように首を傾げながら問うた。
真っ直ぐに見つめる瑠璃色の瞳は、一点の曇りもない。
ファロムにはそれがたまらなく癪に触った。
「なぜかって? それは俺たちが不死鳥だからさ」
「不死鳥だから……ですか?」
「長い時を生きるには、何かで憂さ晴らしをしなければならないからね」
「でも罪のない者を殺めるのはよくないことだと父様――父が言っていました」
それを聞いたイーサンはククッと腹を抱えて笑った。
「へえ、ダニールがそんなことを。いいかい、君の愛するお父さんは何の罪もない君のお母さんを殺したのだよ」
「っ!!」
驚きのあまり、ヨクサルは手で口元を押さえる。
「せっかくだからどうやって殺したのか教えてあげようか? 赤ん坊の君が泣く横で生きたまま首を刎ねたのさ。そればかりか亡骸の目玉や脳みそまで食べたのだよ。ああ、実に悍ましい」
「そんな……父様が母様を……」
ヨクサルの目に大粒の涙が浮かぶ。
「お母さん以外にも今まで数えきれないほどたくさんの幻獣や人間を殺してきた。君の愛するお父さんは償いきれない大罪を犯しているのさ」
(ふん、兄さんのことをさも悪く言うのは腹立たしいが、ヨクサルの絶望に打ちひしがれる顔は見ものだな)
確かにイーサンの話したことは紛れもない事実である。
しかし悪魔に仕える不死鳥たちは、命令されれば抗う術を持たない。
地球に住まう人間を抹殺したのも、他ならぬ悪魔の意志だ。
けれど純真なヨクサルは疑うこともせず、イーサンの台詞をそのまま受け止める。
「どうして……父様……」
「ヨクサル!」
そこへダニールと未玖が着到する。
未玖は天使たちがまだ息をしていることに安堵するが、同時にイーサンのファロムの魂の色が黒く澱んでいることに気がついた。
(ねえ、クロ。私、夢の中で見たの。魂が真っ黒に染まった不死鳥が最後はどうなってしまうのかを)
蛇のクロは翼をはためかせながら返事をする。
(ええ、彼らはもう間に合わない)
二人が駆けつけたことに気づかないイーサンとファロム。
イーサンはサミュエルを、ファロムはヨクサルを手にかけようとした。
瞬間、二人の燃える翼が漆黒に変ずる。
気高き炎は消え、頭部に耐え難い痛みが走った。
「ぐあっ!」
「うがっ!」
イーサンとファロムは頭を両手で押さえ、その場に蹲る。
皮膚を突き破って生えてきたのは、二本の黒い角だった。
両翼は禍々しい形になり、赤い瞳は光を無くす。
「ファロム!」
「叔父様……?」
上空で再び雷鳴が轟く。
二羽のワタリガラス、フギンとムニンは飛び去ることなく静かに観察していた。
今、目の前に横たわる天使は実の兄、サミュエル。
兄は神々へ捧げる音楽を司るセオドアと愛し合っており、仲睦まじい二人の姿に密かな嫉妬心を抱いていた。
ジョシュアはかつて自身が天使であったことを思い出し、戦慄した。
「おや、顔色が優れませんが、どうかなされましたか?」
イーサンが追い打ちをかける。
意地の悪い笑みをたっぷりと浮かべながら。
「ご主人様、大丈夫ですか……?」
ヨクサルは心配そうにジョシュアのそばに寄るが、その声は届かない。
彼はサミュエルに対する許されぬ気持ちと、ヨクサルを愛する気持ちの間で板挟みになっていた。
「ジョシュア……最期に会えて、良かった……」
「あ、兄上……私は……私は……」
「どうか……テオ、を……ぐっ!」
「兄上!」
血反吐を吐くサミュエル。
ようやく状況を理解したファロムが嘲笑う。
「堕天した悪魔など主人とは言い難い」
「ふふ、君もやっと気づいたのかい?」
ファロムはイーサンを無視すると、ヨクサルを冷ややかな眼差しで見下ろした。
中性的な顔立ちは兄に――つまり自分とよく似ている。
だが不死鳥の象徴である燃える翼の炎は弱々しく、髪の毛も完全な黒色ではなく微かに銀色がかっていた。
まぎれもなく天馬との混血。
悪魔たちの気まぐれで、まだら模様の卵に入れられる数ヶ前。
ファロムがこっそり会いに行った時、母親の天馬はいなかった。
大方、出産の際に命を落としたのだろう。よくある事だ。
兄のダニールだけに愛されて育ったヨクサル。
そんな彼を妬ましいと思った。
殺してやりたいと思った。
(ヨクサルは純粋な不死鳥ではない。同族殺しの合言葉すら必要ないのだ)
ファロムの中で邪なものが渦巻いた。
魂の色が黒く深く澱んでいく。
(しかも悪魔もどきの子を孕んでいるとは。生きたまま腹を切り裂いて赤子の首を刎ねてやろう)
鈍色の空から雪が降り始めた。
寒さに強い不死鳥は肌を露出していても平気だが、混血のヨクサルは体を縮こませる。
「はは、ファロムは可愛い甥のヨクサルに御執心のようだな」
「そう言う君こそ天使と悪魔に執着しているではないか。テオはイーサンにくれてやろう」
二人は視線を交わす。
敵対する者同士であったが、ここは一時休戦となった。
狩人のように、それぞれの獲物を追い詰めていく。
「ご主人様が手を下されないのであれば、この私めが天使の息の根を止めて差し上げましょう」
悪魔としての威厳を失い、ただただ呆然とするしかなかったジョシュアは青ざめる。
「なぜ叔父様たちは天使を殺そうとしているのですか?」
主人であるジョシュアを庇おうとしゃがみ込むヨクサルが、小鳥のように首を傾げながら問うた。
真っ直ぐに見つめる瑠璃色の瞳は、一点の曇りもない。
ファロムにはそれがたまらなく癪に触った。
「なぜかって? それは俺たちが不死鳥だからさ」
「不死鳥だから……ですか?」
「長い時を生きるには、何かで憂さ晴らしをしなければならないからね」
「でも罪のない者を殺めるのはよくないことだと父様――父が言っていました」
それを聞いたイーサンはククッと腹を抱えて笑った。
「へえ、ダニールがそんなことを。いいかい、君の愛するお父さんは何の罪もない君のお母さんを殺したのだよ」
「っ!!」
驚きのあまり、ヨクサルは手で口元を押さえる。
「せっかくだからどうやって殺したのか教えてあげようか? 赤ん坊の君が泣く横で生きたまま首を刎ねたのさ。そればかりか亡骸の目玉や脳みそまで食べたのだよ。ああ、実に悍ましい」
「そんな……父様が母様を……」
ヨクサルの目に大粒の涙が浮かぶ。
「お母さん以外にも今まで数えきれないほどたくさんの幻獣や人間を殺してきた。君の愛するお父さんは償いきれない大罪を犯しているのさ」
(ふん、兄さんのことをさも悪く言うのは腹立たしいが、ヨクサルの絶望に打ちひしがれる顔は見ものだな)
確かにイーサンの話したことは紛れもない事実である。
しかし悪魔に仕える不死鳥たちは、命令されれば抗う術を持たない。
地球に住まう人間を抹殺したのも、他ならぬ悪魔の意志だ。
けれど純真なヨクサルは疑うこともせず、イーサンの台詞をそのまま受け止める。
「どうして……父様……」
「ヨクサル!」
そこへダニールと未玖が着到する。
未玖は天使たちがまだ息をしていることに安堵するが、同時にイーサンのファロムの魂の色が黒く澱んでいることに気がついた。
(ねえ、クロ。私、夢の中で見たの。魂が真っ黒に染まった不死鳥が最後はどうなってしまうのかを)
蛇のクロは翼をはためかせながら返事をする。
(ええ、彼らはもう間に合わない)
二人が駆けつけたことに気づかないイーサンとファロム。
イーサンはサミュエルを、ファロムはヨクサルを手にかけようとした。
瞬間、二人の燃える翼が漆黒に変ずる。
気高き炎は消え、頭部に耐え難い痛みが走った。
「ぐあっ!」
「うがっ!」
イーサンとファロムは頭を両手で押さえ、その場に蹲る。
皮膚を突き破って生えてきたのは、二本の黒い角だった。
両翼は禍々しい形になり、赤い瞳は光を無くす。
「ファロム!」
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