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告白
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寒空の下、ダニールを抱きしめる未玖。
ようやく体の震えが治まると、ダニールは顔を上げた。
「すまない、未玖……」
「ううん、気にしないで」
未玖は優しく微笑んでみせたが、内心では彼のことが心配で堪らなかった。
悪魔に対して強い恐怖心を拭えないダニール。
それは彼が未玖の赦しを得て、魂の色がほんの少しばかり明るくなったからだろう。
(イーサンとヨクサルはきっとダニールほど恐れを抱かない)
蛇のクロが未玖の考えに同意する。
わざわざ言葉を発しなくとも、脳内で会話ができるのはとても便利だ。
(悪魔と一緒にいた不死鳥……)
未玖はダニールに訊いていいのか迷った。
夢の中では知得しなかった、ヨクサルという存在。
悪魔との会話からダニールの子どもだという事は理解できたが、彼の心情は分かりかねていた。
(ダニールは罪の告白を願っている)
未玖は小さく頷くとダニールに訊ねた。
「ねえ、ダニール。ヨクサルのこと、教えてくれる?」
「……」
「もちろん無理ならいいのよ」
少々間を置き、ダニールは俯きながら話し始める。
「……ヨクサルは十三年前、雌の天馬との間に生まれた子だった」
未玖は十二歳の小学六年生。
つまりヨクサルと未玖は、ほぼ年齢が同じということになる。
これも何かの運命だろうか。
「遺伝子的に優位な僕たちは、他の種族と交わっても純粋な不死鳥しか生まれない。でもヨクサルは違った」
「――両方の血を引いていたのね」
「ああ。大昔から混血の赤子は不吉の象徴を見なされ、忌み子として殺す習わしがあった。僕は何としてもヨクサルを守りたかった」
生まれたばかりの無垢な赤ん坊を殺してしまう。
あまりにもショッキングな内容に耳を塞ぎたくなったが、逃げずに最後まで向き合わなければならない。
「それでダニールはどうしたの?」
「僕は……」
ダニールは言い淀む。
しばらく二人は体を寄せ合ったまま、互いの心臓の音を感じていた。
雷は鳴り止み、鈍色の空から雪が舞い始める。
「ヨクサルを守ために母親である天馬を殺したんだ。彼女は群れの中でヨクサルを育てようとした。そんな事をしたらすぐに混血だと仲間にバレてしまう……だから彼女の首を刎ねた」
「――そう、だったのね」
吐く息が白い。
今にも肺が凍りつきそうだ。
「僕は彼女を愛していた。ただ愛し方が分からなかったんだ。暴力と苦痛でしか愛情を感じたことがなかったから」
「ダニール……」
「不死鳥は伴侶を亡くした際、遺体を食する。僕も彼女の目玉や脳みそを食べた。母親を求めて泣いているヨクサルの隣で」
ダニールの赤い瞳が揺れる。
「僕はヨクサルを人目のつかない森の奥まで連れて行くと母乳を与えた。飲みにくそうに一生懸命、乳首に吸いつく姿がたまらなく愛しかった。僕の可愛いヨクサル。穢れを知らないヨクサル。なのにヨクサルは……お腹に悪魔の子を宿していた」
「――妊娠していたのね」
「もうこんな暮らしは嫌だった。死ねるものなら死にたかった。けれど僕には愛するヨクサルがいた。ヨクサルだけが生きる希望だったんだ。悪魔の元なんかに行かせたくなかった……」
肩を震わせながらダニールは嗚咽を漏らす。
未玖はそっと彼の背中を撫でた。
「屈したくないのに、悪魔の姿を見ると足が竦んでしまう。虚勢を張っているだけで僕は弱くて情けなくて、大切な人さえ守れない……」
「――大丈夫。私がそばにいるわ。ずっとずっと」
未玖はダニールの頬に両手を添え、慈しむようにキスをした。
永遠の時。二人だけの世界。
再び時計の針が動き出す。
「ヨクサルを助けに行きましょう。天使たちもまだ生きているわ。やっぱり私には誰も放っておくことはできないの。例え敵対する相手であっても」
ダニールが鼻水を啜りながら言った。
「君は本当に聖女のようだな」
「違うわ。ただのお人好しな子どもよ」
二人はくすくすと笑い合う。
悴む指先を互いに温めながら。
「さあ、僕の背中に乗って。いいかい――」
「分かってるわ、絶対に手を離さないから」
ダニールは泣き腫らした目を擦ると、大空へ羽ばたいた。
愛するヨクサルを救うために。
ようやく体の震えが治まると、ダニールは顔を上げた。
「すまない、未玖……」
「ううん、気にしないで」
未玖は優しく微笑んでみせたが、内心では彼のことが心配で堪らなかった。
悪魔に対して強い恐怖心を拭えないダニール。
それは彼が未玖の赦しを得て、魂の色がほんの少しばかり明るくなったからだろう。
(イーサンとヨクサルはきっとダニールほど恐れを抱かない)
蛇のクロが未玖の考えに同意する。
わざわざ言葉を発しなくとも、脳内で会話ができるのはとても便利だ。
(悪魔と一緒にいた不死鳥……)
未玖はダニールに訊いていいのか迷った。
夢の中では知得しなかった、ヨクサルという存在。
悪魔との会話からダニールの子どもだという事は理解できたが、彼の心情は分かりかねていた。
(ダニールは罪の告白を願っている)
未玖は小さく頷くとダニールに訊ねた。
「ねえ、ダニール。ヨクサルのこと、教えてくれる?」
「……」
「もちろん無理ならいいのよ」
少々間を置き、ダニールは俯きながら話し始める。
「……ヨクサルは十三年前、雌の天馬との間に生まれた子だった」
未玖は十二歳の小学六年生。
つまりヨクサルと未玖は、ほぼ年齢が同じということになる。
これも何かの運命だろうか。
「遺伝子的に優位な僕たちは、他の種族と交わっても純粋な不死鳥しか生まれない。でもヨクサルは違った」
「――両方の血を引いていたのね」
「ああ。大昔から混血の赤子は不吉の象徴を見なされ、忌み子として殺す習わしがあった。僕は何としてもヨクサルを守りたかった」
生まれたばかりの無垢な赤ん坊を殺してしまう。
あまりにもショッキングな内容に耳を塞ぎたくなったが、逃げずに最後まで向き合わなければならない。
「それでダニールはどうしたの?」
「僕は……」
ダニールは言い淀む。
しばらく二人は体を寄せ合ったまま、互いの心臓の音を感じていた。
雷は鳴り止み、鈍色の空から雪が舞い始める。
「ヨクサルを守ために母親である天馬を殺したんだ。彼女は群れの中でヨクサルを育てようとした。そんな事をしたらすぐに混血だと仲間にバレてしまう……だから彼女の首を刎ねた」
「――そう、だったのね」
吐く息が白い。
今にも肺が凍りつきそうだ。
「僕は彼女を愛していた。ただ愛し方が分からなかったんだ。暴力と苦痛でしか愛情を感じたことがなかったから」
「ダニール……」
「不死鳥は伴侶を亡くした際、遺体を食する。僕も彼女の目玉や脳みそを食べた。母親を求めて泣いているヨクサルの隣で」
ダニールの赤い瞳が揺れる。
「僕はヨクサルを人目のつかない森の奥まで連れて行くと母乳を与えた。飲みにくそうに一生懸命、乳首に吸いつく姿がたまらなく愛しかった。僕の可愛いヨクサル。穢れを知らないヨクサル。なのにヨクサルは……お腹に悪魔の子を宿していた」
「――妊娠していたのね」
「もうこんな暮らしは嫌だった。死ねるものなら死にたかった。けれど僕には愛するヨクサルがいた。ヨクサルだけが生きる希望だったんだ。悪魔の元なんかに行かせたくなかった……」
肩を震わせながらダニールは嗚咽を漏らす。
未玖はそっと彼の背中を撫でた。
「屈したくないのに、悪魔の姿を見ると足が竦んでしまう。虚勢を張っているだけで僕は弱くて情けなくて、大切な人さえ守れない……」
「――大丈夫。私がそばにいるわ。ずっとずっと」
未玖はダニールの頬に両手を添え、慈しむようにキスをした。
永遠の時。二人だけの世界。
再び時計の針が動き出す。
「ヨクサルを助けに行きましょう。天使たちもまだ生きているわ。やっぱり私には誰も放っておくことはできないの。例え敵対する相手であっても」
ダニールが鼻水を啜りながら言った。
「君は本当に聖女のようだな」
「違うわ。ただのお人好しな子どもよ」
二人はくすくすと笑い合う。
悴む指先を互いに温めながら。
「さあ、僕の背中に乗って。いいかい――」
「分かってるわ、絶対に手を離さないから」
ダニールは泣き腫らした目を擦ると、大空へ羽ばたいた。
愛するヨクサルを救うために。
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