不死鳥は歪んだ世界を救わない

凛音@りんね

文字の大きさ
44 / 54

フェンリル

しおりを挟む
「ガルルルルルルルッ!!」

 フェンリルが唸り声を上げながら、獰猛な牙でダニールを噛み殺そうとする。
 大きく開いた口からよだれを垂らし、獲物の急所を確実に狙う。
 
 ダニールはフェンリルを手懐けなければならない。
 殺してしまったり、致命傷を負わせるのも駄目だ。

(確かに巨体ではあるが、ヨルムンガンドやクロほどではない)

 雷神が成り行きを見下ろしている。
 その目はどこまでも無慈悲であった。

 試しに硬化させた羽の矢を放つが、フェンリルは俊敏な動きで易々と避けてしまう。
 
(やはり素早いな)

 これでは動きを封じる程度の怪我さえ与えられそうにない。
 ダニールは燃える翼を羽ばたかせ、空中へ飛び上がる。

「グルルルルルルルルッ!!」

 決して獲物を逃すまいと、フェンリルも跳ねた。
 すんでのところで左足に噛みつかれそうになるのを、ダニールは上体を反らして回避する。

(なんて跳躍力だ)

 あれだけ心地よかった風は身を切り刻むように吹きすさび、可憐に咲き誇る花々の花弁を無常に散らしていく。
 落雷から生き長らえた小鳥たちはすっかり怯え、木の影に隠れて震えている。
 
(神は何度でも創造できるが――)

 愛おしい、美しいと感じたものが傷つき壊れていく様子に、ダニールは悲嘆に暮れる。
 少し前ならば抱かなかったであろう感情に戸惑いつつ、鈍色の空を見上げた。

 雷鳴が轟き、稲妻が駆け抜けていく。
 天国とは真逆の、神につき放された世界。

(僕が訪れなければ、こんな事にならなかったのだ)

 たくさんの無垢な命を奪い去ってしまった。
 またしても犯した罪の重さに、ダニールは両手を強く握り締める。
 今さら償ったところで、失った命は戻ってこない。
 
(ならば振り返らず、大槌の力を手に入れヨルムンガンドと――クロを止めるまで)

 不意に未玖とヨクサルの姿が脳裏をよぎる。

 穢れなき魂を持った、同い年の二人。
 ダニールにとって何よりも大切な存在。
 だからこそ、別れを告げたのだ。

(罪を重ねるのは自分だけでいい)

 翼を翻し、フェンリルと対峙する。
 変わらず牙を剥き出し、強靭な四本の足で飛び跳ねてはダニールに襲い掛かろうとしていた。

(戦うのではなく動きを封じなければ)

 ダニールは鋼鉄の羽を宙に浮かべると頭の中で念じながらっていき、器用に結び合わせていく。
 不死鳥の羽は炎に耐えられるようになっているため、とても丈夫だ。

 出来上がった長い紐を両手に持つと、フェンリルの手足を絡め取ろうとする。
 しかしダニールの四肢に食らいつこうとして、上手くいかない。
 
(フェンリルは本能的に噛み砕こうとする――)

 ダニールはフェンリルに接近すると翼を片方、目の前に差し出す。
 案の定、フェンリルは迷わず翼に噛み付いた。
 刃のように鋭い牙が肉と骨を貫通し、ダニールは顔を顰める。
 
「くっ……!」

 痛みを堪えてもう片方の翼で体勢を整えると、隙をついてフェンリルの手足を紐で縛り上げた。
 自由の利かなくなったフェンリルは口から翼を離すと、ダニールを睨みながら吠える。

「グワウウウウウウッ!!」
「縒の羽で作った紐はどうやっても切れはしない。フェンリル、僕に力を貸しておくれ」

 しかしフェンリルは半狂乱で、紐から逃れようと暴れ回る。

「すぐに紐を解くと約束する。信じられなければ僕の腕を噛み切ればいい」
「ガウウウッ!!」

 フェンリルは唸りながら、ダニールの右腕を噛み千切った。

「うぐっ!!」

 不死身である不死鳥も痛覚は存在するため、ダニールはあまりの痛みに気が狂いそうになる。
 歯を食いしばり、燃える翼で切断面を焼いて止血処理を施した。

「……どうだい? 少しは落ち着いたかい?」

 先ほどまでの獰猛さは影を潜め、じっとダニールを見つめている。
 しばらく互いに動こうとしなかったが、フェンリルはダニールに負わせた傷口を申し訳なさそうに舐めた。

「気にしなくていいのだよ。僕の方こそ自由を奪ってすまなかった」

 ダニールは燃える翼で、フェンリルの手足を縛っている紐を断ち切る。
 するとフェンリルはダニールに巨体を擦り付けた。
 存外に柔らかな白銀しろがね色の毛並みに、思わず顔をうずめたくなってしまう。

『そこまで』

 雷神の言葉が轟く。
 抑揚の無い、けれど有無を言わさぬ声。
 
『我が親の仇であるフェンリルを手懐けるとは見事であった』

 ひときわ大きな落雷とともに、大槌のが地面に突き刺さる。
 全体が真っ赤に焼けており、素手で持つには少しばかり難しい。 

 だが不死鳥は他の幻獣よりも熱さに強い。
 仮に皮膚が焼け爛れて腐敗したとしても、死することはないのだ。

『受け取るがよい』
「ありがとうございます」

 頭を下げ、地面から大槌を引き抜いた。
 覚悟していた痛みはなく、ずっしりとした大槌を左手に収める。

(宇宙の加護と未玖の赦しが守ってくれたのだろう)

 ダニールは目を閉じ、未玖に感謝した。
 たとえ二度と会えなくとも、彼女とヨクサルがこの歪んだ世界で生き延びてくれることを心から願う。

「フェンリルを一緒に連れて行ってもよいでしょうか?」
『構わぬ。儂も遠からず他の神々のように消えゆく運命にある』

 どこか哀愁を感じさせる雷神の声音に、ダニールはもの悲しい表情を浮かべる。
 フェンリルが慰めるように、ダニールの頬をぺろりと舐めた。

「君も傷ついているというのに優しいのだね」

 微笑みながら、フェンリルの大きな頭を撫でた。
 気持ちよさそうに目を細め、ダニールの愛撫を受け入れる。
 
『不死鳥よ。大槌の力を貸す見返りとして、忌むべき幻獣をを倒した暁には心臓をいただくぞ』
「はい、分かっています――行こう、フェンリル」

 ダニールはフェンリルに跨ると、地獄で死闘を繰り広げているヨルムンガンドとクロの元へと急いだ。

 角笛の音が響き渡り、世界の終焉を告げる。
 ついに新たなる終末ラグナロクが始まるのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

僕らの10パーセントは無限大

華子
青春
 10%の確率でしか未来を生きられない少女と  過去に辛い経験をしたことがある幼ななじみと  やたらとポジティブなホームレス 「あり得ない今を生きてるんだったら、あり得ない未来だってあるんじゃねえの?」 「そうやって、信じたいものを信じて生きる人生って、楽しいもんだよ」    もし、あたなら。  10パーセントの確率で訪れる幸せな未来と  90パーセントの確率で訪れる悲惨な未来。  そのどちらを信じますか。 ***  心臓に病を患う和子(わこ)は、医者からアメリカでの手術を勧められるが、成功率10パーセントというあまりにも酷な現実に打ちひしがれ、渡米する勇気が出ずにいる。しかしこのまま日本にいても、死を待つだけ。  追い詰められた和子は、誰に何をされても気に食わない日々が続くが、そんな時出逢ったやたらとポジティブなホームレスに、段々と影響を受けていく。  幼ななじみの裕一にも支えられながら、彼女が前を向くまでの物語。

【完結】あやかし団地 管理人見習い日誌

双月ねむる
キャラ文芸
就活全滅で「自分には社会性がない」と思い込む凛は、遠縁の親戚に紹介され、昭和レトロな巨大団地・さくらヶ丘第一団地の『管理人見習い』として住み込みで働くことに。しかしその団地には、中庭の「靴鳴らし」、エレベーター表示盤に棲む狐など、団地限定あやかし達が当たり前のように暮らしていた。 最初は逃げ腰の凛だったが、すねた空き部屋や、ベランダの風鈴が告げるSOSなど、人とあやかしのトラブルに巻き込まれながら、少しずつ『共同体』に関わる勇気を取り戻していく。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...