不死鳥は歪んだ世界を救わない

凛音@りんね

文字の大きさ
43 / 54

雷神

しおりを挟む
 未玖とヨクサルが自分の名前を叫んでいる。 
 ダニールは決して振り返るまいと大雲たいうんの中へ潜り込む。
 瞬間、数多あまたの稲妻が走り抜け、ドラゴンのような咆哮を上げた。

(神は随分とお怒りのようだな)

 身軽な動作で迫り来る稲妻を次々とかわしながら、ダニールは不敵に笑う。
 いにしえの神々は非常に誇り高く、また残酷だ。
 悪魔に仕える自分のことなど、鳥類の羽毛に寄生する羽虫はむし程度にしか思っていないだろう。
 いや、それ以下かもしれない。
 
不死鳥フェニックスである僕は招かれざる客、というわけか)

 再び凶暴な稲妻がダニールに襲い掛かる。
 あまりの風圧に、翼の羽がむしり取られてしまいそうだ。
 目を開けることさえままならない。  
 
(――右上だ)

 五感を研ぎ澄まし、雷神から放たれる圧倒的な力を感知する。
 ダニールは嵐のような風を切り、燃える翼でバランスを取りながら遙か上空を目指して昇っていく。

 やがて雷雲が退き、緑豊かな大地が広がる場所へと出た。

(ああ、ここが――)

 視界に収まりきらないほどの巨木が、どこまでも澄み渡る青空を悠然と覆っている。

 周りに生い茂る木々の根が盃の形を幾重にも成して、水を蓄えながら滝のように下へと流れていく。
 水の中に浮かぶ小島には荘厳な神殿が建てられ、見事な虹の橋が掛かっていた。
 
「これはすごいな……」

 感嘆せずにはいられない幻想的な景色に、ダニールは思わず息を呑む。

 吹き抜ける風が心地よい。
 暑くもなく寒くもない、快適な温度。
 麻で編んだ靴底から伝わる、野草の瑞々しさと柔らかさ。
 色とりどりの花が良い香りを漂わせながら、そこかしこで咲いている。

(きっと天国とはこういう場所なのだろう)

 自分たちはどう足掻いても行くことの許されない楽園。
 悪魔の使いとして生きる不死鳥は死して尚、地獄に縛り付けられる運命さだめなのだ。

 神殿へと続く虹の橋を渡ると、小鳥が囀りながら付いてきてはどこかへ飛び去っていった。
 ダニールを仲間だと思ったのかもしれない。
 と、いきなり虹の橋が消え、ダニールは翼をはためかせながら着地した。

 途端に雲行きが怪しくなり、頭上で閃光を発しながら稲妻が足早に駆けていく。
 雷神のお出ましだ。

『穢らわしき不死鳥よ、ここは神の住まう天空の国であるぞ』

 雷鳴が轟くような野太い声で、雷神が言い放つ。
 巨木の後ろに、とてつもなく大きな人影が見えた。
 輪郭はぼんやりとしていて、僅かに体が透けている。
 
 古の神々が遥かなる世界へと去って久しい。

 本来ならば、雷神も他の神々と共に姿を消すはずだった。
 だが地上に住まう人間から長きに渡り、畏怖の念と信仰を集め、辛うじて神として御身を保っていられたのだ。
 
『お前のような恐れ知らずがやって来るのは記憶にない』
「私は不死鳥のダニールと申します」

 恭しく頭を下げるが、雷神は気にも掛けない。

『大罪を犯しているお前がこの地を踏みしめるのは許されぬことなのだ』
「はい、許しを乞うつもりはありません」

 雷神がこちらへ手のひらを向けるなり物凄い音がして、ダニールのすくそばに雷が落ちた。
 感電しなかったのは宇宙の加護を、未玖の赦しを得ていたからだろう。

『ふむ、真実の雷に打たれぬとは――お前の目的はなんなのだ?』
「大槌の力をお借りしたいのです」

 しばしの沈黙。

『ほう、儂の大槌を寄越せとは大層な願いであるな』
「もちろん相応の対価を支払います」
『何を差し出すと言うのだ?』
「――私の心臓を」

 ダニールが左胸に手を当てながら顔を上げる。
 紅玉ルビーように輝く瞳に宿る、強い意志。
 雷神は険しい顔で応えた。

『では手始めにフェンリルを手懐けるのだ』

 落雷とともに巨大な狼が現れ、低く唸りながらダニールを睨め付ける。
 口から覗く牙は鋭く獰猛で、全てを噛み砕くために存在していた。

「まさか神の国でヨルムンガンドの兄弟と戦うことになるとはね」

 ダニールは飄々とした様子で笑む。
 同時に翼を硬化させ、戦闘態勢を取る。

『不死鳥を噛み殺せ、フェンリル』

 雷神の命令に、忌むべき幻獣が牙を剥き出しながら攻撃を仕掛けてきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

処理中です...