不死鳥は歪んだ世界を救わない

凛音@りんね

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雷神

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 未玖とヨクサルが自分の名前を叫んでいる。 
 ダニールは決して振り返るまいと大雲たいうんの中へ潜り込む。
 瞬間、数多あまたの稲妻が走り抜け、ドラゴンのような咆哮を上げた。

(神は随分とお怒りのようだな)

 身軽な動作で迫り来る稲妻を次々とかわしながら、ダニールは不敵に笑う。
 いにしえの神々は非常に誇り高く、また残酷だ。
 悪魔に仕える自分のことなど、鳥類の羽毛に寄生する羽虫はむし程度にしか思っていないだろう。
 いや、それ以下かもしれない。
 
不死鳥フェニックスである僕は招かれざる客、というわけか)

 再び凶暴な稲妻がダニールに襲い掛かる。
 あまりの風圧に、翼の羽がむしり取られてしまいそうだ。
 目を開けることさえままならない。  
 
(――右上だ)

 五感を研ぎ澄まし、雷神から放たれる圧倒的な力を感知する。
 ダニールは嵐のような風を切り、燃える翼でバランスを取りながら遙か上空を目指して昇っていく。

 やがて雷雲が退き、緑豊かな大地が広がる場所へと出た。

(ああ、ここが――)

 視界に収まりきらないほどの巨木が、どこまでも澄み渡る青空を悠然と覆っている。

 周りに生い茂る木々の根が盃の形を幾重にも成して、水を蓄えながら滝のように下へと流れていく。
 水の中に浮かぶ小島には荘厳な神殿が建てられ、見事な虹の橋が掛かっていた。
 
「これはすごいな……」

 感嘆せずにはいられない幻想的な景色に、ダニールは思わず息を呑む。

 吹き抜ける風が心地よい。
 暑くもなく寒くもない、快適な温度。
 麻で編んだ靴底から伝わる、野草の瑞々しさと柔らかさ。
 色とりどりの花が良い香りを漂わせながら、そこかしこで咲いている。

(きっと天国とはこういう場所なのだろう)

 自分たちはどう足掻いても行くことの許されない楽園。
 悪魔の使いとして生きる不死鳥は死して尚、地獄に縛り付けられる運命さだめなのだ。

 神殿へと続く虹の橋を渡ると、小鳥が囀りながら付いてきてはどこかへ飛び去っていった。
 ダニールを仲間だと思ったのかもしれない。
 と、いきなり虹の橋が消え、ダニールは翼をはためかせながら着地した。

 途端に雲行きが怪しくなり、頭上で閃光を発しながら稲妻が足早に駆けていく。
 雷神のお出ましだ。

『穢らわしき不死鳥よ、ここは神の住まう天空の国であるぞ』

 雷鳴が轟くような野太い声で、雷神が言い放つ。
 巨木の後ろに、とてつもなく大きな人影が見えた。
 輪郭はぼんやりとしていて、僅かに体が透けている。
 
 古の神々が遥かなる世界へと去って久しい。

 本来ならば、雷神も他の神々と共に姿を消すはずだった。
 だが地上に住まう人間から長きに渡り、畏怖の念と信仰を集め、辛うじて神として御身を保っていられたのだ。
 
『お前のような恐れ知らずがやって来るのは記憶にない』
「私は不死鳥のダニールと申します」

 恭しく頭を下げるが、雷神は気にも掛けない。

『大罪を犯しているお前がこの地を踏みしめるのは許されぬことなのだ』
「はい、許しを乞うつもりはありません」

 雷神がこちらへ手のひらを向けるなり物凄い音がして、ダニールのすくそばに雷が落ちた。
 感電しなかったのは宇宙の加護を、未玖の赦しを得ていたからだろう。

『ふむ、真実の雷に打たれぬとは――お前の目的はなんなのだ?』
「大槌の力をお借りしたいのです」

 しばしの沈黙。

『ほう、儂の大槌を寄越せとは大層な願いであるな』
「もちろん相応の対価を支払います」
『何を差し出すと言うのだ?』
「――私の心臓を」

 ダニールが左胸に手を当てながら顔を上げる。
 紅玉ルビーように輝く瞳に宿る、強い意志。
 雷神は険しい顔で応えた。

『では手始めにフェンリルを手懐けるのだ』

 落雷とともに巨大な狼が現れ、低く唸りながらダニールを睨め付ける。
 口から覗く牙は鋭く獰猛で、全てを噛み砕くために存在していた。

「まさか神の国でヨルムンガンドの兄弟と戦うことになるとはね」

 ダニールは飄々とした様子で笑む。
 同時に翼を硬化させ、戦闘態勢を取る。

『不死鳥を噛み殺せ、フェンリル』

 雷神の命令に、忌むべき幻獣が牙を剥き出しながら攻撃を仕掛けてきた。
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