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ルビー
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強風と雪が吹き荒れる上空はひどく寒かった。
不死鳥のダニールは平気だったが、人間の未玖と混血のヨクサルには少々、耐え難い。
「体が震えているね。翼の炎に当たってごらん」
ダニールは燃える翼で未玖の体をそっと包み込む。
赤い炎に触れても、不思議と火傷はしなかった。
「ありがとう、ダニール」
「ほら、ヨクサルもこちらへおいで」
ヨクサルは少し躊躇う素振りを見せたが、お腹の子のためだと言い聞かせ、ダニールのそばへと近づいた。
三人で身を寄せ合い、暖を取る。
(父様の匂いは落ち着きます……それに未玖さんの温もりも……)
両性具有の不死鳥は異性という概念が存在しない。
主人である悪魔には女性性のみを差し出しているが、他種族と愛し合う時は自由に性別を選ぶことができるのだ。
しかし天馬の血も引くヨクサルは、男性と女性の違いを意識的に感じ取っていた。
そして自分の本当の性はどちらなのか、と思い悩む。
(妊娠できるから女性なのは間違っていませんが、男性がお腹に子を宿す種族だっています。僕は……)
「どうしたんだい、ヨクサル?」
「あ、いえ、何でもありません」
ダニールの顔が近い。
ヨクサルは頬を赤らめながら目を逸らす。
長いまつ毛、紅玉のように輝く瞳、きめ細やかな白い肌。
艶のある絹のような黒髪は荒風でも絡まることなく、サラサラと靡いている。
父親であっても思わず見惚れてしまう、普遍的な美しさ。
不死鳥は永遠の時を生きる。
おおよそ人間には想像もつかない、果てしない悠久の時を。
子どもを生めるようになる年齢から成長は緩やかになり、程なくして止まる。
女性とも男性とも見分けのつかぬ、中性的な姿。
(僕も父様のように年を取らないのでしょうか……)
まだ十二歳のヨクサルには、永遠の時を生きる辛さが分からなかった。
とにかく今、最優先すべきはお腹の子を生み育てることだ。
愛するジョシュアとの約束を果たすために。
♢♢♢
三人は半時間ほど上空に留まっていたが、ヨルムンガンドとクロは一向に戦うことをやめない。
鱗は剥がれ落ち、皮膚が引き裂かれ、流れ出る血によって地獄と大地を赤黒く染め上げる。
「ああ、クロ……」
未玖が鎮痛な面持ちで呟いた。
そんな彼女をダニールとヨクサルが気にかける。
三人はクロを救出する方法を話し合ったが、いい案は思い浮かばなかった。
(これでは未玖とヨクサルが凍え死んでしまう)
ダニールは行動に出ることにした。
おそらく未玖とヨクサルには二度と会えないだろう。
けれど彼にしかできない、或いは彼なりの罪滅ぼしなのだ。
イーサンやファロムのように悪魔となるより、余程いい最期を迎えられるに違いない。
(ファロム……僕の愛する弟)
満足に弔ってやれていなかったことに気づき、ダニールは静かに魂の安寧を祈った。
同じ血を分けた、不死鳥では珍しい双子の兄弟。
(もうすぐ僕もそちらへ行くから待っていておくれ)
「ヨクサル、未玖をお前の背中に乗せてくれるかい?」
「はい。未玖さん、どうぞ乗ってください」
「でもお腹に赤ちゃんがいるのに大丈夫?」
「体力には自信があるので平気です」
ヨクサルは無邪気に微笑みながら、右腕に力こぶを作ってみせる。
華奢な見た目に反して、ぷくりと膨らむ逞しい筋肉。
未玖はヨクサルの言葉を信じ、ダニールの背中から乗り移る。
燃える翼の炎はダニールよりも控えめだが、心地よい暖かさと羽毛の柔らかさについ、顔を埋めたくなってしまう。
(いけないわ。ヨクサルとは出会ったばかりなのだから)
未玖にとってダニールは大切な人だ。
彼の子どもであるヨクサルのことも大切に想っている。
もっとダニールのことを知りたかった。
ヨクサルのことも知りたかった。
(三人でこの世界を生き抜きたい。クロを助けたい。それなのに――)
いつもとはまるで違う雰囲気をダニールから感じて、未玖は気を揉む。
「いいかい、ヨクサル。何があっても地上へ降りてはいけないよ。最後まで未玖を守るんだ」
「父様……?」
「未玖、ヨクサルのことを頼む」
「ダニール、急にどうしたの?」
ざわり、と胸騒ぎがした。
ダニールがどこか遠くへ行ってしまいそうな気がして、未玖はヨクサルの背中から身を乗り出し、彼へと手を伸ばす。
しかし指先が触れる寸前にダニールは翼をはためかせ、飛翔した。
「僕はこれから古の雷神へ会いに行く」
「えっ……」
「なぜ神の元へ行かれるのですか?」
「この歪んだ世界を救うためさ」
「じゃあ、私も一緒に行く――」
「それはできない。君とヨクサルは生き残らなければいけないから――愛しているよ、未玖、ヨクサル。どうか元気で」
そう言い残すと、ダニールは雷神の住まう大雲へと向かって飛び去った。
「ダニール!!」
「父様!!」
追いかけようにも、ヨクサルの飛躍力ではダニールの速さには到底、敵わない。
身重であったし、何より背中に誰かを乗せて飛ぶことに慣れていなかった。
「ヨクサル……」
「未玖さん……」
雷鳴が鳴り響き、吹雪が容赦なく肌を刺す。
二人は不安そうに互いの名前を呼び合い、ダニールが飛び込んだ大雲を見上げる。
突然の来訪者に怒り狂ったかのように、無数の稲妻が雲から雲へと駆けては消えた。
不死鳥のダニールは平気だったが、人間の未玖と混血のヨクサルには少々、耐え難い。
「体が震えているね。翼の炎に当たってごらん」
ダニールは燃える翼で未玖の体をそっと包み込む。
赤い炎に触れても、不思議と火傷はしなかった。
「ありがとう、ダニール」
「ほら、ヨクサルもこちらへおいで」
ヨクサルは少し躊躇う素振りを見せたが、お腹の子のためだと言い聞かせ、ダニールのそばへと近づいた。
三人で身を寄せ合い、暖を取る。
(父様の匂いは落ち着きます……それに未玖さんの温もりも……)
両性具有の不死鳥は異性という概念が存在しない。
主人である悪魔には女性性のみを差し出しているが、他種族と愛し合う時は自由に性別を選ぶことができるのだ。
しかし天馬の血も引くヨクサルは、男性と女性の違いを意識的に感じ取っていた。
そして自分の本当の性はどちらなのか、と思い悩む。
(妊娠できるから女性なのは間違っていませんが、男性がお腹に子を宿す種族だっています。僕は……)
「どうしたんだい、ヨクサル?」
「あ、いえ、何でもありません」
ダニールの顔が近い。
ヨクサルは頬を赤らめながら目を逸らす。
長いまつ毛、紅玉のように輝く瞳、きめ細やかな白い肌。
艶のある絹のような黒髪は荒風でも絡まることなく、サラサラと靡いている。
父親であっても思わず見惚れてしまう、普遍的な美しさ。
不死鳥は永遠の時を生きる。
おおよそ人間には想像もつかない、果てしない悠久の時を。
子どもを生めるようになる年齢から成長は緩やかになり、程なくして止まる。
女性とも男性とも見分けのつかぬ、中性的な姿。
(僕も父様のように年を取らないのでしょうか……)
まだ十二歳のヨクサルには、永遠の時を生きる辛さが分からなかった。
とにかく今、最優先すべきはお腹の子を生み育てることだ。
愛するジョシュアとの約束を果たすために。
♢♢♢
三人は半時間ほど上空に留まっていたが、ヨルムンガンドとクロは一向に戦うことをやめない。
鱗は剥がれ落ち、皮膚が引き裂かれ、流れ出る血によって地獄と大地を赤黒く染め上げる。
「ああ、クロ……」
未玖が鎮痛な面持ちで呟いた。
そんな彼女をダニールとヨクサルが気にかける。
三人はクロを救出する方法を話し合ったが、いい案は思い浮かばなかった。
(これでは未玖とヨクサルが凍え死んでしまう)
ダニールは行動に出ることにした。
おそらく未玖とヨクサルには二度と会えないだろう。
けれど彼にしかできない、或いは彼なりの罪滅ぼしなのだ。
イーサンやファロムのように悪魔となるより、余程いい最期を迎えられるに違いない。
(ファロム……僕の愛する弟)
満足に弔ってやれていなかったことに気づき、ダニールは静かに魂の安寧を祈った。
同じ血を分けた、不死鳥では珍しい双子の兄弟。
(もうすぐ僕もそちらへ行くから待っていておくれ)
「ヨクサル、未玖をお前の背中に乗せてくれるかい?」
「はい。未玖さん、どうぞ乗ってください」
「でもお腹に赤ちゃんがいるのに大丈夫?」
「体力には自信があるので平気です」
ヨクサルは無邪気に微笑みながら、右腕に力こぶを作ってみせる。
華奢な見た目に反して、ぷくりと膨らむ逞しい筋肉。
未玖はヨクサルの言葉を信じ、ダニールの背中から乗り移る。
燃える翼の炎はダニールよりも控えめだが、心地よい暖かさと羽毛の柔らかさについ、顔を埋めたくなってしまう。
(いけないわ。ヨクサルとは出会ったばかりなのだから)
未玖にとってダニールは大切な人だ。
彼の子どもであるヨクサルのことも大切に想っている。
もっとダニールのことを知りたかった。
ヨクサルのことも知りたかった。
(三人でこの世界を生き抜きたい。クロを助けたい。それなのに――)
いつもとはまるで違う雰囲気をダニールから感じて、未玖は気を揉む。
「いいかい、ヨクサル。何があっても地上へ降りてはいけないよ。最後まで未玖を守るんだ」
「父様……?」
「未玖、ヨクサルのことを頼む」
「ダニール、急にどうしたの?」
ざわり、と胸騒ぎがした。
ダニールがどこか遠くへ行ってしまいそうな気がして、未玖はヨクサルの背中から身を乗り出し、彼へと手を伸ばす。
しかし指先が触れる寸前にダニールは翼をはためかせ、飛翔した。
「僕はこれから古の雷神へ会いに行く」
「えっ……」
「なぜ神の元へ行かれるのですか?」
「この歪んだ世界を救うためさ」
「じゃあ、私も一緒に行く――」
「それはできない。君とヨクサルは生き残らなければいけないから――愛しているよ、未玖、ヨクサル。どうか元気で」
そう言い残すと、ダニールは雷神の住まう大雲へと向かって飛び去った。
「ダニール!!」
「父様!!」
追いかけようにも、ヨクサルの飛躍力ではダニールの速さには到底、敵わない。
身重であったし、何より背中に誰かを乗せて飛ぶことに慣れていなかった。
「ヨクサル……」
「未玖さん……」
雷鳴が鳴り響き、吹雪が容赦なく肌を刺す。
二人は不安そうに互いの名前を呼び合い、ダニールが飛び込んだ大雲を見上げる。
突然の来訪者に怒り狂ったかのように、無数の稲妻が雲から雲へと駆けては消えた。
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