不死鳥は歪んだ世界を救わない

凛音@りんね

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決意

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 悪魔が統べる地獄で蠢く、二匹の大蛇。

「あれはヨルムンガンドとクロ、なのかい……?」
「そうよ。クロは元の姿に戻れないからって、ひとりで地獄へ行ってしまったの」
「イーサンとファロムの――悪魔の魂を喰ったからだね」
「ええ。私たちを助けてくれたのに……こんなのってあんまりだわ」
「未玖さん……クロさん……」

 ヨクサルが心配そうに彼女を見つめた。

 堪えようとしても、未玖の目には涙が浮かぶ。
 たとえお腹を痛めて生んだわけでなくとも、クロに対する愛情からひどく胸が痛んだ。
 
 クロを失いたくない。
 未玖はダニールに切望する。

「ダニール、お願い。私を地獄へ連れて行って」
「ヨルムンガンドだけならいざ知らず、巨大化し知性をなくしたクロまでいるとなれば余りにも危険すぎる。だから君を連れて行くことはできない」
「そんな……! ねえ、お願いよ。クロがいなくなったら、私……!」

 嗚咽を漏らす未玖をダニールがそっと抱きしめる。
 同時にヨクサルも胸に抱かれ、恥じらうようにひょいとダニールの腕から抜け出した。

「……父様、僕はもう子どもではありません」
「でも身重なのだから無理をしてはいけないよ」
「……はい、分かっています」
「うん、ヨクサルはいい子だ」

 未玖を慰めながら、ダニールが優しく笑む。
 その顔にヨクサルは思わずドキリとしてしまう。

(やっぱり父様は僕のことを子ども扱いしています……)

 ヨクサルはぷうっと頬を膨らませる。
 母親のことがあっても、ダニールに対する初恋のような淡い感情を捨てきれずにいた。

(初めては父様でしたが、この子の父親は……)

 幾らか膨らみの増したお腹を愛しそうに撫でた。
 トンッ、トンッと元気な胎動がして、ヨクサルは何としてもこの子を守らなければ、と強く心に誓う。

(ご主人様……)

 ヨクサルは今なおジョシュアのことを愛していた。
 主従関係から成り立つ偽りの愛であったとは、微塵も感じていない。
 誰かを大切に想う気持ちは、不死鳥フェニックスでも人間でも悪魔でも決して変わらないのだ。

「未玖さん、その……クロさんのことを助ける方法、一緒に考えましょう」
「まあ、ヨクサル……ありがとう」

 未玖は涙を拭きながら微笑んだ。

(ヨクサルは本当に不死鳥らしくない――いや、天馬ペガサスとの混血だから当たり前か)

 ダニールは独りつ。
 純粋な不死鳥の自分たちとは明らかに違う、ヨクサルの持つ魂の色。
 
 彼は特別な存在なのだ。
 ダニールにとっても、おそらくこれからの世界にとっても。

 僅かに残されている不死鳥の予知能力から、半ば本能的に感知する。

(忌むべき太古の幻獣と乙女の髪から生まれし聖獣――本来ならば宇宙の加護を受けているクロに分がある。しかし僕の言葉がまるで通じないとなると、もはやヨルムンガンドと変わらない。クロ、君はそうなると分かっていて僕たちを助けてくれたのだね。ならば僕も――)

 守るべき者がいるから強くなれるのだ。
 ダニールは両手を握りしめ、固く決意する。
 
「ヨクサル、未玖を乗せて飛べるかい?」
「はい、飛べますがなぜですか?」
「念のための確認さ。この先、何が待っているか分からないからね」
「ダニール、私なら自分の足で走ったり逃げれるから平気よ」
「いや、もう地上を歩くことはできないだろう」

 三人は遙か下界を見遣る。
 かつて緑豊かな森に山々、青色に輝く海や湖があったなど、俄には信じがたい荒廃した景色がどこまでも広がっていた。
 冥府の門から放たれた亡者たちも、大地のうねりに飲み込まれ、呻き声を上げながら消えていった。

「私の知っている地球せかいは二度と見ることができないのね……」
「君なら最初から始めることができるはずさ」
「どういうこと……?」
「宇宙と意識を共有させるんだ、未玖」

 ダニールは何を知っているのだろうか。
 これまで二、三度、宇宙と意識を共有したが、いずれも未玖が望んで行ったことではない。
 現に今、目を閉じて試みるもは聞こえなかった。

 未玖は幼子のように、ダニールの胸へと顔をうずめる。
 トクン、と彼の心臓の音が聞こえ、安堵した。

(もう一人の私……宇宙の声……)


 ――ねえ、貴女あなたはどこににいるの? いるなら返事をして。


 だが鼓膜を震わせるのは、大地を荒々しく揺さぶる響きだけだった。
 ヨルムンガンドとクロが互いの息の根を止めようと獰猛な牙で噛みつき、巨体で締め上げ、口から瘴気を吐き出す。

 日本が、世界が、地球が壊れていく。

『未玖の内なる力が宇宙と一体化したのさ。それによって君の魂は高次元の存在となる資格を得た』

 いつだったか、ダニールに掛けられた言葉が脳裏をよぎる。
 けれども意味を分かりかね、自身の無力さを思い知り、未玖は途方に暮れた。
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