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ぼんやり令嬢と蔑まれ一方的に婚約破棄されたので、こちらも幸せになろうと思います。今さら後悔しても遅いですわ。
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「まぁ、婚約破棄でございますか?」
ルビー色に輝く瞳をぱちくりさせながら子爵令嬢であるレイシア・ロッソは小鳥のように首を傾げた。
彼女の動きに合わせて黄金色に輝く、艶やかで長い髪の毛が揺れる。
「そうだ。お前のように鈍感な女は俺に相応しくない」
レイシアの婚約者で王家の血筋を継ぐランバードル公爵家の嫡男、ザイルが険しい顔をしながら吐き捨てた。
「こちらにおいで、ミーク」
「ああ、ザイル様……」
彼の呼びかけに胸元をこれでもかと強調した、お世辞にも上品とは言い難いドレス姿の若い女性がしなだれかかる。
「私は別に構いませんが、ザイル様がご勝手に決められて問題ないのでしょうか?」
「フンッ! もう少し可愛げのある台詞を言えないのか?」
「可愛げのある台詞、とおっしゃいますと『どうか婚約破棄を考え直してくださいませ』で、ございますか?」
「ええい! だからお前の眠たくなるようなその喋り方が俺を苛立たせるのだ!」
「お可哀想なザイル様……」
ピンクブロンドの髪の毛を震わせながら、ミークが眉根をわざとらしく下げてみせる。
そこには明らかな嘲笑の色が含まれていた。
レイシアは普段の言動から社交界で『ぼんやり令嬢』と呼ばれ、他の貴族令嬢たちから馬鹿にされていた。
当の本人はちっとも気にしていないのだが、彼女の両親はひどく気を揉んだ。
目に入れても痛くない一人娘。
レイシアのことを思い、両親はある決断をする。
「話は済んだので帰らせてもらう」
「お待ちください。私からもザイル様に大切なお話がございます」
レイシアはソファからおもむろに立ち上がると、サロンへと歩いてゆく。
ふわり、とすずらんの良い香りが漂ってきた。
ザイルは少しばかり迷ったが、ミークを連れてレイシアの後について行った。
サロンには立派なグランドピアノが置かれていた。
レイシアは椅子に腰掛けると、ためらうことなくピアノを演奏し始める。
いつものぼんやりとした様子はすっかり影を潜め、彼女はとても生き生きとして楽しそうだった。
ピアノなど習ったことのないミークは、不機嫌な態度を隠そうともせずに言った。
「ザイル様、早く帰りましょう」
「あ、ああ……」
どこか上の空で返事をするザイル。
レイシアがこんなにも上手にピアノを弾けるなど、今まで知らずにいたのだ。
男爵令嬢のミークは正直、あまり教養がなかった。
華やかな容姿だけで選んだのだから、致し方ない。
と、一人の見知らぬ男性がレイシアのすぐ隣に立った。
レイシアの見事な演奏に合わせ、歌唱する。
二人は仲睦まじく笑い合い、二人以外のことにはまるで興味がないようだった。
ザイルは身勝手に腹を立て、男性に向かって怒鳴る。
「おい! 貴様は誰だ!?」
男性はザイルを一瞥したが、歌うことをやめようとはしなかった。
「こ、この俺を無視するとは……! 俺はランバードル公爵家の次期当主だぞ!」
レイシアの演奏が終わると、二人は熱い抱擁を交わす。
「俺のレイシアから離れろっ!」
「なっ! ザイル様!?」
ミークの存在など完全に忘れ、ザイルは男性と対峙した。
「貴方様は先ほど、私との婚約を破棄されたではありませんか」
「そっ、それは単なる気の迷いだ!」
「あら、そうでごさいましたか」
レイシアが花のように微笑んだ。
ピアノから離れた彼女は、いつものぼんやり令嬢だった。
文字通り鈍感なレイシアのことだ。
婚約破棄を無かったことにしても、気分を損ねることはないだろう。
「レイシア、先ほどの婚約破棄は取り消そう」
「ザイル様っ!?」
「お前は黙っていろ! レイシア、そんな見ず知らずの男から離れて俺のそばへ来い」
「せっかくですがお断りいたします」
「そうか――はぁっ!?」
まさかの返答に、ザイルは素っ頓狂な声を上げる。
「なっ、なぜだ!? 資産も領地もあるランバードル公爵家の俺と結婚すれば、貧しいお前の家は潤うのだぞ!?」
「確かに貴方様との婚約は親同士が決めたものです。ですが私の両親は、ランバードル公爵家の財産を手に入れるために貴方様と私を婚約させたのではありません」
レイシアは背筋をしゃんと伸ばし、両手を前で強く握りしめた。
見下していた相手から、しかもあのレイシアから面と向かって断られ、ザイルは頭に血が上った。
「子爵令嬢の分際で生意気だぞ! そういう貴様こそ何者なのだ!?」
「ご紹介が遅れましたが、この御方は隣国の第一王太子でいらっしゃるマリオン様でございます」
「……は? 隣国の第一王太子……だと?」
「えっ、王子様……?」
ザイルとミークは突然の告白に、ぽかんと口を開ける。
「はい、実は予てよりマリオン様から求婚されていたのですが、すでに貴方様と婚約していたため、お断りしていたのでございます」
「なっ、ならば……!」
「ですが先ほどの婚約破棄を聞きつけたマリオン様は、すぐさま私を迎えに来てくださいました」
「隣国からすぐ迎えに来るなど、人間では到底不可能――」
そこまで言って、ザイルはある事を思い出す。
隣国は人間よりも妖精族が多く住んでいることを。
そして、遥か昔より妖精王が国を治めていることを。
「ま、まさか……」
「はい。マリオン様は次期国王となられる御方でございます」
「どうして隣国の王子様とアンタが知り合いなのよ!?」
「だからお前は黙っていろと言っただろう!」
「きゃっ!」
ミークを突き飛ばし、ザイルは悠然と構えるレイシアに迫った。
「なぜ子爵令嬢ごときが隣国の王太子と通じている!?」
「ずっと隠しておりましたが、我がロッソ家は妖精族の末裔――そして私は草木や動物たちと会話ができるのです」
「……は?」
「彼らと会話をしている時、他の方にはぼんやりとして見えるようでございまして。だからぼんやり令嬢などというあだ名がついてしまったのですわね」
ふふ、と頬に手を添え微笑むレイシア。
そんな彼女をマリオンは愛しそうに見つめている。
「貴方様や社交界で鈍感だと蔑まれ、私の将来を憂いた両親は私を隣国へと旅に行かせました」
「なっ、なぜ旅などに!?」
「可愛い子には旅をさせろ、と昔から言うではありませんか」
「はぁ……?」
「馬に乗り、一人での旅路は不安もありましたが、草木や動物たちが親切に教えてくれたので、なんとか隣国まで辿り着きました」
そこで一旦、レイシアは目を瞑る。
長いまつ毛が帳を下ろし、ザイルは思わず魅入ってしまう。
彼女が目を見開くと、今度は宝石のように紅く煌めく瞳が彼を捉えた。
「ある森の中で一匹の幼竜と出会いました。なんでも母竜が怪我をして動けないと言うのです。私は治癒魔法で怪我を治しました。すると母竜はお礼に妖精王の元へと連れて行ってくれました。母竜は国を守る役目を与えられた、誉れ高い守護竜だったのです」
「そこで心優しきレイシアと出会ったのだ」
この日、初めてマリオンが口を開く。
歌声よりもやや低い、品のある落ち着いた喋り方。
その身に纏うオーラも格の違いをまざまざと感じさせられ、ザイルはたじろぐ。
「私は一目でレイシアに恋をした。本来、短命な人間と長命な妖精族は決して結ばれることのない運命。だが幸いにもレイシアは妖精族の血を引いていた。昔と違い、現在は守護者にもどう生きるか選ぶ権利がある、との考え方が尊重されている」
ザイルは婚約者であるレイシアのことなど気にも留めず約束された爵位に胡座をかき、好き放題やっていた。
その間に彼女が隣国へ旅立ち、次期国王となる第一王太子に求婚されていたなど知る由もなかったのだ。
「最初は人間とともに生きることを望んでいた両親でしたが、婚約者である貴方様や多くの貴族令嬢の態度を目の当たりにし、心変わりしたのです」
「な、何を心変わりしたのだ……?」
ザイルはなんとなくではあるが、嫌な予感がした。
「この国と人間を守護することを、でございますわ」
「んなっ!?」
「貴方様と私を婚約させたのは、この国を密かに守るため。王家の血と妖精族の血が交われば、それはそれは優秀な子が誕生すると言い伝えられています」
「……っ!!」
「ご心配なさらずとも、私たち以外にも守護の役目を与えられている者はまだおります。ですが、あまりにも度が過ぎた行いは謹んでいただかなければ、いずれこの国は滅ぶことでしょう。どうぞ貴方様から王家の皆様にそうお伝えくださいませ。では、これにて失礼いたします」
レイシアは優雅にカーテシーをすると、マリオンの逞しい腕に抱かれ姿を消した。
ザイルはその場に膝から崩れ落ち、項垂れる。
勝手に婚約破棄をし、この国の守護者であった妖精族の末裔に見限られたことを父親のみならず、王家の者たちに厳しく叱責されることを恐れ、激しく後悔した。
だがもう遅いのだ。
レイシアは隣国の王太子とともに去ってしまった。
すずらんの香りだけを、微かに残して。
「ああ……ああ……っ!!」
ミークは見切りをつけ、さっさと逃げ出していた。
女性というのは、いつの時代も強かで小賢しいのだ。
けれどザイルを唆し、ロッソ家を失うきっかけを生んだ罪は重い。
どこへ行方を眩まそうとも、ミークが相応の報いを受ける事実からは逃れられないだろう。
♢♢♢
今日、晴れて王太子妃となるレイシア。
二人のために小鳥たちが歌い、たくさんの蝶が舞い、色とりどりの花々が咲き誇る。
今頃ザイルがどうなっているかなど、レイシアにとってさして問題ではなかった。
愛する人、愛する両親、愛する国民。
平和な隣国での新たな暮らしは、愛と幸せで満ち溢れていた。
「――では誓いの口づけを」
神父に促され、二人はそっと口づけを交わす。
王宮のバルコニーを見上げる国民たちから、割れんばかりの拍手と祝福の声が沸き起こる。
「愛している、私の可愛いレイシア」
「私も愛していますわ、マリオン様」
ぼんやり令嬢と蔑まれたレイシアは、ようやく真実の愛を掴んだのだった。
END
ルビー色に輝く瞳をぱちくりさせながら子爵令嬢であるレイシア・ロッソは小鳥のように首を傾げた。
彼女の動きに合わせて黄金色に輝く、艶やかで長い髪の毛が揺れる。
「そうだ。お前のように鈍感な女は俺に相応しくない」
レイシアの婚約者で王家の血筋を継ぐランバードル公爵家の嫡男、ザイルが険しい顔をしながら吐き捨てた。
「こちらにおいで、ミーク」
「ああ、ザイル様……」
彼の呼びかけに胸元をこれでもかと強調した、お世辞にも上品とは言い難いドレス姿の若い女性がしなだれかかる。
「私は別に構いませんが、ザイル様がご勝手に決められて問題ないのでしょうか?」
「フンッ! もう少し可愛げのある台詞を言えないのか?」
「可愛げのある台詞、とおっしゃいますと『どうか婚約破棄を考え直してくださいませ』で、ございますか?」
「ええい! だからお前の眠たくなるようなその喋り方が俺を苛立たせるのだ!」
「お可哀想なザイル様……」
ピンクブロンドの髪の毛を震わせながら、ミークが眉根をわざとらしく下げてみせる。
そこには明らかな嘲笑の色が含まれていた。
レイシアは普段の言動から社交界で『ぼんやり令嬢』と呼ばれ、他の貴族令嬢たちから馬鹿にされていた。
当の本人はちっとも気にしていないのだが、彼女の両親はひどく気を揉んだ。
目に入れても痛くない一人娘。
レイシアのことを思い、両親はある決断をする。
「話は済んだので帰らせてもらう」
「お待ちください。私からもザイル様に大切なお話がございます」
レイシアはソファからおもむろに立ち上がると、サロンへと歩いてゆく。
ふわり、とすずらんの良い香りが漂ってきた。
ザイルは少しばかり迷ったが、ミークを連れてレイシアの後について行った。
サロンには立派なグランドピアノが置かれていた。
レイシアは椅子に腰掛けると、ためらうことなくピアノを演奏し始める。
いつものぼんやりとした様子はすっかり影を潜め、彼女はとても生き生きとして楽しそうだった。
ピアノなど習ったことのないミークは、不機嫌な態度を隠そうともせずに言った。
「ザイル様、早く帰りましょう」
「あ、ああ……」
どこか上の空で返事をするザイル。
レイシアがこんなにも上手にピアノを弾けるなど、今まで知らずにいたのだ。
男爵令嬢のミークは正直、あまり教養がなかった。
華やかな容姿だけで選んだのだから、致し方ない。
と、一人の見知らぬ男性がレイシアのすぐ隣に立った。
レイシアの見事な演奏に合わせ、歌唱する。
二人は仲睦まじく笑い合い、二人以外のことにはまるで興味がないようだった。
ザイルは身勝手に腹を立て、男性に向かって怒鳴る。
「おい! 貴様は誰だ!?」
男性はザイルを一瞥したが、歌うことをやめようとはしなかった。
「こ、この俺を無視するとは……! 俺はランバードル公爵家の次期当主だぞ!」
レイシアの演奏が終わると、二人は熱い抱擁を交わす。
「俺のレイシアから離れろっ!」
「なっ! ザイル様!?」
ミークの存在など完全に忘れ、ザイルは男性と対峙した。
「貴方様は先ほど、私との婚約を破棄されたではありませんか」
「そっ、それは単なる気の迷いだ!」
「あら、そうでごさいましたか」
レイシアが花のように微笑んだ。
ピアノから離れた彼女は、いつものぼんやり令嬢だった。
文字通り鈍感なレイシアのことだ。
婚約破棄を無かったことにしても、気分を損ねることはないだろう。
「レイシア、先ほどの婚約破棄は取り消そう」
「ザイル様っ!?」
「お前は黙っていろ! レイシア、そんな見ず知らずの男から離れて俺のそばへ来い」
「せっかくですがお断りいたします」
「そうか――はぁっ!?」
まさかの返答に、ザイルは素っ頓狂な声を上げる。
「なっ、なぜだ!? 資産も領地もあるランバードル公爵家の俺と結婚すれば、貧しいお前の家は潤うのだぞ!?」
「確かに貴方様との婚約は親同士が決めたものです。ですが私の両親は、ランバードル公爵家の財産を手に入れるために貴方様と私を婚約させたのではありません」
レイシアは背筋をしゃんと伸ばし、両手を前で強く握りしめた。
見下していた相手から、しかもあのレイシアから面と向かって断られ、ザイルは頭に血が上った。
「子爵令嬢の分際で生意気だぞ! そういう貴様こそ何者なのだ!?」
「ご紹介が遅れましたが、この御方は隣国の第一王太子でいらっしゃるマリオン様でございます」
「……は? 隣国の第一王太子……だと?」
「えっ、王子様……?」
ザイルとミークは突然の告白に、ぽかんと口を開ける。
「はい、実は予てよりマリオン様から求婚されていたのですが、すでに貴方様と婚約していたため、お断りしていたのでございます」
「なっ、ならば……!」
「ですが先ほどの婚約破棄を聞きつけたマリオン様は、すぐさま私を迎えに来てくださいました」
「隣国からすぐ迎えに来るなど、人間では到底不可能――」
そこまで言って、ザイルはある事を思い出す。
隣国は人間よりも妖精族が多く住んでいることを。
そして、遥か昔より妖精王が国を治めていることを。
「ま、まさか……」
「はい。マリオン様は次期国王となられる御方でございます」
「どうして隣国の王子様とアンタが知り合いなのよ!?」
「だからお前は黙っていろと言っただろう!」
「きゃっ!」
ミークを突き飛ばし、ザイルは悠然と構えるレイシアに迫った。
「なぜ子爵令嬢ごときが隣国の王太子と通じている!?」
「ずっと隠しておりましたが、我がロッソ家は妖精族の末裔――そして私は草木や動物たちと会話ができるのです」
「……は?」
「彼らと会話をしている時、他の方にはぼんやりとして見えるようでございまして。だからぼんやり令嬢などというあだ名がついてしまったのですわね」
ふふ、と頬に手を添え微笑むレイシア。
そんな彼女をマリオンは愛しそうに見つめている。
「貴方様や社交界で鈍感だと蔑まれ、私の将来を憂いた両親は私を隣国へと旅に行かせました」
「なっ、なぜ旅などに!?」
「可愛い子には旅をさせろ、と昔から言うではありませんか」
「はぁ……?」
「馬に乗り、一人での旅路は不安もありましたが、草木や動物たちが親切に教えてくれたので、なんとか隣国まで辿り着きました」
そこで一旦、レイシアは目を瞑る。
長いまつ毛が帳を下ろし、ザイルは思わず魅入ってしまう。
彼女が目を見開くと、今度は宝石のように紅く煌めく瞳が彼を捉えた。
「ある森の中で一匹の幼竜と出会いました。なんでも母竜が怪我をして動けないと言うのです。私は治癒魔法で怪我を治しました。すると母竜はお礼に妖精王の元へと連れて行ってくれました。母竜は国を守る役目を与えられた、誉れ高い守護竜だったのです」
「そこで心優しきレイシアと出会ったのだ」
この日、初めてマリオンが口を開く。
歌声よりもやや低い、品のある落ち着いた喋り方。
その身に纏うオーラも格の違いをまざまざと感じさせられ、ザイルはたじろぐ。
「私は一目でレイシアに恋をした。本来、短命な人間と長命な妖精族は決して結ばれることのない運命。だが幸いにもレイシアは妖精族の血を引いていた。昔と違い、現在は守護者にもどう生きるか選ぶ権利がある、との考え方が尊重されている」
ザイルは婚約者であるレイシアのことなど気にも留めず約束された爵位に胡座をかき、好き放題やっていた。
その間に彼女が隣国へ旅立ち、次期国王となる第一王太子に求婚されていたなど知る由もなかったのだ。
「最初は人間とともに生きることを望んでいた両親でしたが、婚約者である貴方様や多くの貴族令嬢の態度を目の当たりにし、心変わりしたのです」
「な、何を心変わりしたのだ……?」
ザイルはなんとなくではあるが、嫌な予感がした。
「この国と人間を守護することを、でございますわ」
「んなっ!?」
「貴方様と私を婚約させたのは、この国を密かに守るため。王家の血と妖精族の血が交われば、それはそれは優秀な子が誕生すると言い伝えられています」
「……っ!!」
「ご心配なさらずとも、私たち以外にも守護の役目を与えられている者はまだおります。ですが、あまりにも度が過ぎた行いは謹んでいただかなければ、いずれこの国は滅ぶことでしょう。どうぞ貴方様から王家の皆様にそうお伝えくださいませ。では、これにて失礼いたします」
レイシアは優雅にカーテシーをすると、マリオンの逞しい腕に抱かれ姿を消した。
ザイルはその場に膝から崩れ落ち、項垂れる。
勝手に婚約破棄をし、この国の守護者であった妖精族の末裔に見限られたことを父親のみならず、王家の者たちに厳しく叱責されることを恐れ、激しく後悔した。
だがもう遅いのだ。
レイシアは隣国の王太子とともに去ってしまった。
すずらんの香りだけを、微かに残して。
「ああ……ああ……っ!!」
ミークは見切りをつけ、さっさと逃げ出していた。
女性というのは、いつの時代も強かで小賢しいのだ。
けれどザイルを唆し、ロッソ家を失うきっかけを生んだ罪は重い。
どこへ行方を眩まそうとも、ミークが相応の報いを受ける事実からは逃れられないだろう。
♢♢♢
今日、晴れて王太子妃となるレイシア。
二人のために小鳥たちが歌い、たくさんの蝶が舞い、色とりどりの花々が咲き誇る。
今頃ザイルがどうなっているかなど、レイシアにとってさして問題ではなかった。
愛する人、愛する両親、愛する国民。
平和な隣国での新たな暮らしは、愛と幸せで満ち溢れていた。
「――では誓いの口づけを」
神父に促され、二人はそっと口づけを交わす。
王宮のバルコニーを見上げる国民たちから、割れんばかりの拍手と祝福の声が沸き起こる。
「愛している、私の可愛いレイシア」
「私も愛していますわ、マリオン様」
ぼんやり令嬢と蔑まれたレイシアは、ようやく真実の愛を掴んだのだった。
END
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