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3章 サマク商国
第31話 サマク商国
しおりを挟む少し向こうに見える巨大な門には大荷物の商人猫たちが列をなして荷物の確認をされているようだった。
「ちょ…っと、待て…うっ……」
門に向かうふわふわの猫を奇声をあげて追いかける等加やすっかり観光気分で目を輝かせる莉音とタスクを、最後尾でまだ丸太舟からも降りられていないたてのりが引き止める。
乗り物酔いが酷いたてのりの背中をアルアスルが憐れみの目で摩った。
「やあ、あんちゃん人売りか?珍しいもんばっか連れてんなぁ!儲かってんにゃろ」
誰も見向きもしない気分の悪いたてのりに仕方なく付きっきりになったアルアスルに通りすがりの猫人が声をかけてくる。
「見ぃへん顔やな。どこの店のもんや?」
二足歩行をしてはいるが、アルアスルのように皮膚や髪を持つヒューマン型ではない。
やけにきちんと着飾ったふわふわの猫である。
店を持たないアルアスルはどう誤魔化したものかと口籠るが、そこに服を着た二足歩行の猫に興奮した等加が飛んで戻ってきた。
「ネコチャン!カワイイ!」
「まーえらい別嬪さん!俺ぁフトンや。そこのホテル経営してんだが、そっちの商品は具合い悪そうやな。泊まって行かんか?安うしとくで」
「フトン…?カワイイ…」
商品扱いされたたてのりは馴れ馴れしい猫人を睨みつける。
「いくらや?…ほお…」
アルアスルはたてのりと猫人の間に入って視線を遮ると、ふたりで金額の相談を始めた。
「ええやんか!乗った!ほなフトン、3部屋で頼むわ。えーっと…ミツアミで頼む」
「なんや、人売りやないんか?髪結いかよ。ええモデル連れてんなぁ…ほな待ってるで~!」
フトンと名乗った二足歩行の猫は颯爽と門に向かって去っていった。
セバスチャンは丸太舟を捨ててたてのりを抱え上げる。
門の列はかなり長い。早く行かないと灼熱の中余計な体力を持って行かれそうだ。
ワクワクが表情に現れすぎているタスクと莉音、前後の猫たちにちょっかいをかけそうな等加にたてのりを抱き上げたセバスチャンとアルアスルが続いて並ぶ。
アルアスルは首に巻いている橙色のスカーフを広げると頭から首までを綺麗に覆って顔がなるべく見えないようにした。
「どうしたんやアルちゃん?」
「…名前で呼ぶな、莉音。サマクでは本名で呼ぶのはかなり目立つねん。家族でしか呼びあわん…普段は一発で何の仕事についてるかわかるような源氏名で呼び合うのが普通なんや」
アルアスルは声を顰めて言うと、周囲に聞こえないように一行を小さく集める。
「ええか、サマクはみんなが商人や。全員が店を持っとる。やから、その源氏名がない猫は不審者なんや…アルアスルの名前は盗賊として広まってしもてるから、バレたら即お縄や。俺をアルと呼んだらあかんぞ。ミツアミにしろ。俺は髪結いのミツアミ」
「ミツアミ」
「そうや。頼むぞ」
アルアスルが何度も注意事項を繰り返し、最も不安な莉音にミツアミを繰り返し言わせているうちに門はどんどんと近づいてくる。
門の左右には見上げて首が痛くなるほど大きな、魚を抱えた猫の置物が対になって飾られていた。
「新規商人…髪結いのミツアミとそのモデル、所持物問題なし、はい通ってよろしい」
「おおきに~」
門の下に立っていたアルアスルと同じような皮膚のある猫人に簡単なチェックをされて呆気なく中へと通される。
アルアスルは顔を見られることを恐れていたが、巻いていたスカーフを取られても特に気付かれることもなかった。
「わぁ…っ!」
いち早く中に入った莉音が歓声をあげる。
舗装された道には所狭しと露店が並び、活気ある呼びかけが飛び交っている。
潮の香りに乗って何か美味しいものを焼く匂いが充満し、莉音の視界にもわかるほど輝きを放つ色とりどりの装飾が吊り下げて売っていた。
アルアスルのような猫人、フトンのような二足歩行の猫から中途半端なものまであらゆる猫が客を手招き、それをさらに様々な種族が物色している。
ドワーフ村のように土と緑に覆われた場所ではない、熱く渇いた土煙と砂を固めた粘土やレンガで覆われた灼熱の街だ。
奥の広場からは楽しげな音楽とそれに合わせた手拍子が聞こえてくる。
「す、す、すごいお店の量や…!」
器用ゆえの自給自足と物々交換が主流で店というものがほとんど存在しないドワーフ村で過ごした莉音にとっては信じられない光景だ。
「すごい買い物のしがいがあるね。ここの気候に合わせたドレスと地酒が欲しいな」
「ドレス……!」
等加と莉音は露店に繰り出したくて仕方がないとうずうずしながらアルアスルを見上げる。
アルアスルはセバスチャンの抱えたたてのりの様子と目を輝かせる女性陣を交互に見て、ため息をついた。
「ほな、セバスチャンはたてのんのこと先にホテルまで連れてってくれる?俺らは先に露店に行くから…後で合流しよう」
「わかった」
「これ今日のホテルの先払い代とお前の小遣いな」
アルアスルが小袋を渡すと、セバスチャンはそれをしっかりと握りしめて露店とは違う方向へと歩き始めた。
セバスチャンを見送ってふと視線を戻すと足元で莉音がキラキラした目をして両手を出していた。
「なぁ、なぁ、ア…ミツアミちゃん、あても!あてもピカピカでお買い物してみたい!等加とお買い物行く!」
「あたしらにも小遣いおくれよ、経理担当」
アルアスルはうんざりとした顔で逡巡する。
西大陸で一番大きな街の一番大きな酒場の一番人気の踊り子と、世間知らずで金の価値など知らないドワーフである。
有り金を渡した日には何もかも一瞬でなくなる可能性も大いに有り得る。
「まぁまぁ、ア…ミツアミ。俺がちゃんと見とくから、経験もさせたってえや。ついでに俺にもお小遣いくれ」
「みんなしてもぉ~!しょうがないなあ!ちょっとずつやぞ!エルフ島ついたらちゃんとクエストも受けるんやからな!」
アルアスルは観念して全員にお金を渡す。
手元に残ったのはほんの僅かでアルアスルはさらに長く長くため息をついた。
「俺は食材の買い出しに行くから、あんまり羽目外したらあかんぞ。危ない場所もあるからあんまり露店の大通りからは離れるなよ」
「はぁい。いこ!等加!あてが着られるお洋服もあるかなぁ」
「なかったら仕立てさせればいいよ」
最初から恐ろしい会話が聞こえたが気のせいだと思うことにしてアルアスルはひとり食料を売っている露店の方へと歩き始めた。
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