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3章 サマク商国
第30話 移動
しおりを挟む「あぁ…あっつい…おえっ…」
「タスク、油はやめろ。俺しかだめだ」
オアシスで快適に過ごした一行は次の日からようやく歩みを進めた。
暑さがましになることもなく、雨が降ることもない。
むしろ年間で最も暑い期間が近付いている時期だ。日に日に暑さは増していく。
相変わらず焼け焦げるような猛暑と昼にかいた汗すら凍るほどの極寒を繰り返す自然に体力は根こそぎ持って行かれていた。
池で汲んだ水も数日もすればすぐになくなる。
セバスチャンの冷却用に体内に忍ばせていた水すらも飲み尽くして、まだ街は見えない。
「少なくともこの速度で歩いて数日かかる範囲に生き物の生活圏はない。まだ歩く必要がある」
アルアスルにもうひとりのたてのりだと称されていたセバスチャンは、似ているのはトーンの冷たさだけで意外にもお喋りな方だった。
オアシスを出てから無言を貫くたてのりとは真逆に水分と温度の管理や歩行速度など全員にあれこれと話しかけている。
「セバスチャン…あかんねん…そういうこと言ったら…絶望するやろ…」
「事実だ。オアシスならもう数分歩いたところにありそうだが」
「もう次のオアシスでまた休もうや…」
しきりに弱音を吐くタスクと莉音にたてのりが視線だけで同意する。
比較的涼しい顔色をしている等加は莉音に手を貸して歩きながらアルアスルの方を見た。
「早く抜けたほうがいいに決まってる、休んでも体力は回復しやん。…でもそうも言うてられへんか……」
体力の回復どころかもう次の一歩を踏み出すのもしんどそうなメンツにアルアスルは日差しから目元を覆いながらため息をつく。
本当に数分歩いたところにはセバスチャンが転がっていたのと同じようなオアシスがあった。
「あーっ涼しい、水…」
同じことの繰り返しでほとんど進んでいない。
水どころか食料まで完全に底をついてしまいそうだった。
「食料こそもう何も手に入らんぞ…困ったな…」
頭を抱えるアルアスルに水を飲んで回復したタスクが入れ物いっぱいの水を抱えて近付いてくる。
肩で料理できるほど熱くなったセバスチャンに水をかけて冷却しながらタスクは何やら難しい顔をした。
「そうや…これ改造して…無理か?何かに乗って…馬力が…」
「おい、タスク…何するんだ?」
冷めたセバスチャンをベタベタと触るや否や、抱えてまたしても修理を始めたタスクを引き止める元気があるのはいない。
水浴びする莉音と等加を見ながらアルアスルは今後を考えるのを完全に放棄していた。
「まぁ数日くらい食べんでも水ありゃなんとかなるやろ…」
「ネコ、このサボテンは食ってもいいか?」
「あかんに決まってるやろ!」
懲りないたてのりにげんこつを食らわせてアルアスルは何度目かもわからないため息を深々とついた。
数えるのも嫌になるほど経験した寒い夜を越えて目を覚ますと、そこには意味のわからないものができあがっていた。
より一層厳つい肩と奇妙な形の脚になったセバスチャンが心なしか自慢げに縄のようなものを握りしめている。
縄の先には近くに生えていた木を切り倒して作ったかのようなお粗末な丸田舟を模したものがくっついていた。
「建築は専門外やからちょっと歪やな。でもええ出来栄えや!もう試運転も終わってる」
「な…何やこれ…?」
寝ぼけ眼のアルアスルがセバスチャンに近付く。
タスクが修理してすぐのセバスチャンは一見プレートを纏ったヒューマンにも見えたが、流石に今はヒューマンではない。
あまりにもメカニックな出立ちで、むしろ自立型の兵器に見える。
「これで砂漠なんかひとっ飛びや!多分今日中に街につけるぞ!支度して早よ行こ、こんな生活とはおさらばや」
意味がわからないまま急かされた莉音や等加が顔を洗ったりたてのりが水を汲んでいる間、タスクは持っている油という油を全てセバスチャンに飲ませていた。
タスクが暴走して意味不明なものが出来上がるのにはアルアスルもたてのりも慣れている。
頭の上に疑問符を乗せながらも一行は身支度を終えた。
「ほないくで。セバスチャン、頼んだぞ」
「任せておけ」
「莉音と等加ちゃんは前に乗って。アルとたてのりはここや。これ持って…絶対離すなよ!」
タスクはお粗末な丸太舟の最前に莉音、すぐ後ろに等加を座らせると、2人を後ろで覆うようにアルアスルとたてのりを座らせた。
そして自分は一番後ろに乗り込み、全員に舟から伸びた紐を握らせる。
乗車人数の多すぎるソリのような形に一行はようやく状況を理解したように笑った。
「そういうことか!これでセバスチャンに牽引させるんやな。確かに自分で歩かへんくていいし、画期的…」
「アル、喋ってると舌噛むぞ」
セバスチャンの肩が開き、中で魔力の炎が燃え上がる。
油が全身に回るポンプの音や排気音が早朝の砂漠の空気を大きく揺らした。
目の前で灼熱の排気を食らった莉音は薄い玻璃のような目を白黒させて仰け反る。
飛んで行った帽子を等加が手を伸ばしてなんとか確保した。
「行くぞ」
「え、あ、あ、こ、これダイジョウ…」
莉音が言い終わる前にセバスチャンの変形した脚が砂の上を滑り出し、丸太舟を引っ張り始める。
動いた、と思った次の瞬間、その場には砂煙以外何もなかった。
それは体感したことがない速度だった。
悲鳴をあげようにも風圧で声が出せず、口を開けようものなら熱気と砂で口内は大きな損傷を受けそうだ。
呼吸ができずに肺に自動的に致死量の酸素が放り込まれては出ていく。
竜巻に呑み込まれたらきっとこういう風になるのだろう。
実際には何も考えることができず、ただ渡された紐を自分の命と思って握りしめるだけだった。
粗末な丸太舟のソリなど生易しいものではない。
人を殺すことができる音速の乗り物だ。
後に街におろされたたてのりは珍しく饒舌に語った。
「…見ろ、門や!人もおるぞ!いやネコか!」
速度に慣れたのか、命を失ったのかわからないもののなんとなく速度が緩やかになってきたと感じ始めたとき、タスクがそう叫んだ。
セバスチャンはそれを受けて肩を元の形に仕舞うと一気に速度を落とした。
「カハッ…ハッ…ハ…」
「ぜえ…ぜえ…」
反動で前に飛ばされそうになる一行をタスクとセバスが前後から支える。
走行中に飛ばされないようにとの配慮で前にされていた莉音は久しぶりの自我で行う呼吸が上手くいかず咽せた。
後ろから等加が咄嗟に防御膜を張って保護してのこの有様である。
呼吸や熱気だけでなく、莉音と等加が飛ばされないようにと自身の体で支えていたアルアスルとたてのりは舟の上で倒れた。
「た、た、タス…ゲホッ、ゲホッ!タスク…こ…これはいくら、なんでも…し…死ぬ…ぞ…!」
「でも日が高いうちに街まで来られた!最初からこうしとけばよかったんや」
自分で生み出した速い乗り物に乗り慣れているタスクは平気そうに笑う。
セバスチャンは油が底をつきかけているようで緩慢な動作になっていた。
「ここがサマク商国…」
街を囲んで佇む大きな壁は端が見えず圧巻だ。
砂嵐から街を守っている防波堤のようなものだが、美しい装飾やペイントが施されていて随分と派手である。
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