金なし道中竜殺し

しのはらかぐや

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3章 サマク商国

第36話 ニハヤ

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中央街を抜け、北の奥の貧困街まで来てもアルアスルの姿はない。
たてのりは暑さで垂れた汗を拭って息を整えた。
等加と莉音の話によると北の貧困街の方へかなりの追手に追われて逃げたということだったが、暴動の痕跡もなく露店は相変わらずのんびりとものを売っていた。

「…すまない。聞きたいことがあるのだが」

少し戻って、貧困街に面している糸を編み込んだアクセサリーを売る露店を覗き込んで銀貨を見せる。
人の良さそうな年老いた猫人は銀貨を受け取るとたてのりを見上げた。

「なんですかな、旦那」

「この辺りでつい先程問題が起きなかったか?その…盗賊が出たと聞いたのだが」

「ええ、見ていましたとも。あのアルアスルだということですよ」

自信ありげに答える老猫にたてのりは目を細める。

「どこへ行ったか知らないか」

「捕まえる気なんか?やめときなさいよ、向こうの廃墟を根城にしているごろつきの集団に捕えられたと聞きましたよ。そりゃあお金には目が眩むが…命あっての物種ですよ」

聞いていないことまで誤解してどんどん話しているが、たてのりにとっては好都合だった。
老猫に礼を言うとたてのりは北の貧困街の奥にある廃墟に向かって駆け出した。
等加のバフは切れている。
アルアスルほど速くは走れないたてのりを痩せ細って獰猛な目をした猫たちが虎視眈々と狙っていた。
過去に一度財布を盗まれた経験のあるたてのりは銅貨を数枚放り投げて猫の気を引く。
焦りながらも、懐かしい気持ちが込み上げてくるのを止めることはできなかった。
生ゴミと死臭に満ちた貧困街に揉まれ、今にも光の消えそうな金の瞳で見上げてくる弱った小さな盗人。

「アル…」

廃墟の前まで来たたてのりはごろつきなど恐れもせずに中へと進む。
弱いものほど群れるからこそ、こういった蟻の巣にはとんでもない量の雑魚がいると踏んでいたが中は人の気配すらない。
生ぬるく冷えた空気が頬を撫でる。
脛当てのプレートが擦れる金属音とヒールが床を鳴らす音以外に何も聞こえなかった。
窓から差し込む光も赤く染まり、ただでさえ暗い廃墟の中で余計に視界を奪っていた。
警戒しながら建物内を徘徊していると地下へと続く階段が見える。
螺旋になっているそれを覗き込んで地下で誰かが倒れているのを目にした刹那、たてのりは背後に気配を感じて咄嗟に飛び退った。
剣を抜いて構え、薄暗いフロアに向かって低く唸る。

「…誰だ」

「ん?なんや、たてのりか」

奥から音も立てずに背の高い男が歩いてくる。
左右に揺れる尻尾にいつも巻いている濃い橙色のスカーフ、たてのりのシャツと同じ素材のゆったりとしたパンツを身にまとう姿はよく見慣れたものだった。

「ネコ…」

一瞬気を緩めたたてのりは近付いてくる姿を見て眉間に皺を寄せ下ろした剣を再び構えた。

「…誰だ、お前…」

「怖い顔せんといてやぁ」

暗がりで見える姿形はアルアスルによく似ているが、声色が違う。
長年の付き合いに喋る抑揚や声を出す癖まで見知った仲だ。間違えるはずがない。
強烈に差し込む赤い逆光に照らされたアルアスルと同じ姿形の猫人は黒っぽくなった尻尾を振って黄色い瞳を細めた。
誰そ彼。
まさしくだ。

「アルアスルになりすました何かか?なぜ俺の名を知っている」

鋭いたてのりの詰問にアルアスルと同じ姿形のそれは面白がるように首を振った。

「それはボクも・・・アルやからな」

「ボク…も…?」

「いつもアスルが世話になってるなぁ」

たてのりは目を見開いて剣を下ろした。



たてのりと、アルアスルだと名乗ったものの間に沈黙が幕を下ろす。
断末魔のように赤く激しい光に燃える斜陽だけがふたりを覆った。

「…なんなんだ、お前は…?」

アルアスルらしきものは流し目でたてのりを一瞥するとその場で爪を舐め毛繕いをする。
蜘蛛の糸に絡め取るねちっこくいやらしい声の出し方と相反して彼自身はひどく幼く見える。
幼稚ゆえの残忍さや傲慢さ、自信が透けているような魅了される喋り方と仕草だ。
あっけからんと太陽のようにはっきりとした口ぶりのアルアスルとは真逆の存在だった。
疑いの目を向けるたてのりに彼は面白くて仕方がないと喉の奥で笑った。

「ボクはアルニハヤ」

「アルニハヤ…」

喉の奥に魚の小骨が引っかかったように言葉が出てこなくなる。
その様子を見てアルニハヤは大きく伸びをすると、光の速さで踏み込んでたてのりの懐まで詰め、首筋に抱きついた。

「おっ、わ…」

「はーやれやれっと」

咄嗟に手を出して体を抱えたたてのりを宵闇に浮かんだふたつの満月が射抜く。
反射で文句を言おうとしたたてのりの唇に指を押し当ててアルニハヤはいたずらっぽく笑った。

「…アスルは寂しがりでへなちょこで、可愛いやつでな」

何を言うのかと反抗もせず黙り込むたてのりにアルニハヤは優しい目をした。

「…弟をよろしく頼んだよ、たてのり」

吸い込まれる寸前にその満月は瞼の裏へと消えた。
黒いまだら模様の毛がふわふわと抜け落ちて光の塵となり、次第にアルニハヤの力が抜けていく。
黒いまだらがなくなった腕の中の男は薄い橙の髪に褐色ではない見慣れた肌の色をしたアルアスルだった。

「アル…」

呆然としたまま声をかけると、睫毛が震えて星屑の輝きをもつ金の瞳がのぞく。

「え?うわっ!何!?た、た、たてのん!?近っ!キショッ!」

アルアスルは目覚めた瞬間に飛び起きてたてのりの腕の中から飛び出す。
助けに来た上にアルアスルの方から腕に飛び込んできたというのに散々な言われようのたてのりは眉を顰めるだけで何も反応はしなかった。
アルアスルは薄暗いフロアを見回してから何かを考え込んでいるたてのりを見る。

「俺…え?どうなったんやっけ…麻酔打たれて…見張りは?たてのんが助けてくれたん?」

記憶が曖昧で混乱するアルアスルにたてのりは全ての合点がいったというようにため息をつく。

「え、なぁ…」

「来い」

何から説明をするべきか迷ったたてのりはアルアスルの腕を引いてひとまず廃墟から出る。
外は日暮れにも関わらず乾いた猛暑だった。
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