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3章 サマク商国
第37話 沈む太陽
しおりを挟む太陽が防砂堤の後ろに沈んでいき、頭上は星が少しずつ見え始めている。
藍色のキャンバスに滲んだ桃色とせっかちな紫を垂らしたような空を眺めながらたてのりは重たい口を開いた。
「お前の…兄に会った」
「え?俺の?」
「弟をよろしくと頼まれた」
アルアスルの視点からたてのりの顔は見えない。
もう姿も見えない夕日の残り香に照らされた銀細工が光を弾いて揺れる。
「俺には兄なんか…」
言いかけて口を噤んだアルアスルをたてのりは振り返って見た。
「お前の中にいるみたいだ」
アルアスルの瞳に銀細工が映る。
少し背の低いたてのりを見下げる形でアルアスルは目を伏せた。
歩みを止めることのないたてのりを追いかけて惰性で歩きながら遠くで光を放つ屋台を目指す。
「……俺、双子やったらしいねん」
街灯もなく暗い貧困街を抜け、昼間とはガラリと雰囲気を変えた市場の前までやって来たところでアルアスルは口を開いた。
「でも、双子の片割れは死産やったらしい。貧困街の生まれなんか誰が親かも分からんから、同じ段ボール屋根に住んでた酒飲みのおっさんから聞いただけで、信じてもなかったけど…」
たてのりは歩みを止めてアルアスルの話に耳を傾ける。
相槌すら打ってはいないが、無言で視線だけを向けている様子は口下手なたてのりの話の促し方だった。
「母親になるはずやった人もそのまま死んでもたって。寂しくて泣いてる俺に、せやからお前はひとりで段ボール屋根なんやってそのおっさんに言われたんよなぁ」
アルアスルはその生まれを悲観するでも非難するでもなくただ淡々と話を続ける。
すぐ目の前に並ぶ露店の通りから聞こえる喧騒の中でアルアスルの声は妙にはっきりと聞こえた。
「俺に名前をつけたのは俺自身や。アルアスル…昇る朝陽みたいな意味で…ひとりで生きて、ひとりで暮らす毎日があまりに辛くて寂しかったから…いいことがあればいいなと思って、縁起のいい贅沢な名前を探してさぁ…」
目の前の露店に光が吸われてふたりが立っているところは呑み込まれそうな闇に濡れている。
光に引き寄せられる人々はこちらを気にする様子もない。
「そのときに…ふと、本当に、もし俺が双子で…双子の片割れがいればなんて名前になるかなって思ったんや…俺が昇る朝陽なら、きっと…」
アルアスルの声が途切れ途切れになって消えていく。
俯いて黙り込んでしまったアルアスルの横に並んで腕を組むと、たてのりはその不安そうに揺れる瞳を見上げた。
「…彼は、アルニハヤ、と名乗っていた」
たてのりの声にアルアスルははっと顔をあげる。
そして、笑うのを失敗したようなくしゃくしゃの顔で再び俯く。
顔を上げたアルアスルはどことなく安心した顔でぎこちなく笑っていた。
「……お前はいつも…いてくれたんか…?ずっと、俺の中で…俺と一緒に…」
たてのりは何も答えずにただアルアスルから視線を外した。
真っ暗な闇の中でたてのりの白い肌と鮮やかな緑色の瞳、揺れる銀細工だけがアルアスルの瞳の中で光る。
「アルニハヤ…」
その場に力なく崩れる朝日は沈む夕陽に深く溶け込んだ。
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