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3章 サマク商国
第40話 幸せな猫の証
しおりを挟むたてのりの耳が夜の闇の中でもはっきりとわかるほど赤く染まっていく。
ヒューマンにもエルフにも婚約時に首輪を渡すという習慣はない。
ヒューマンは宝石の乗った指輪、エルフは珍しい植物を魔力で加工した耳飾りを婚約の証とするのが一般的である。
そのため、たてのりは首輪の意味など知る由もなかった。
「店員は全員が身につけていたぞ!」
「全員既婚者ってことなんやろなぁ…」
ただ飼育している愛玩動物に飼っている証をつけておく程度の認識だったたてのりは真っ赤になって振り払い、立ち上がる。
違和感もなく、気付かず婚約首輪を買ったたてのりの天然さと、その焦りようがより一層の面白さを掻き立ててアルアスルは咽せながら笑った。
「びっくりしてもうたわ!プロポーズされたんかと思ってどう反応したらええんかと…」
「ばか!そんなはずないだろ!」
いつまでも笑い転げるアルアスルにたてのりはむくれる。
本気で怒って拗ねるたてのりにアルアスルは涙を拭きながら立ち上がって肩を組んだ。
「普通、途中で気が付くやろ……ほんま、たてのんは…そもそもなんで首輪なんか買おうと思い立ったねん」
たてのりは深い緑の瞳でアルアスルを睨みつける。
どれだけ睨まれてもただ面白いだけのアルアスルはヘラヘラと笑い、たてのりは眉間に皺を寄せて嫌そうに口篭った。
「…その店の店主が……」
「サマクいちばんの婚約ジュエリー首輪ブランド、サイーダドの店主が?なんて?」
「…ッ」
からかい口調のアルアスルにたてのりは眦を決して足早に歩き出す。
「もお~ごめんって!店主がなんて?」
今度はたてのりの方が怒り狂って泣きそうな顔で立ち止まる。
またしてもからかって笑いそうになる口を必死で抑えながらアルアスルはたてのりの言葉を待った。
「店主が、首輪は幸せな猫の証だって言うから」
呟くような声にアルアスルは急に返事を失って口を噤む。
からかって笑う声が聞こえなくなって違和感を覚えたたてのりは肩越しにアルアスルを一瞥し、深くため息をついて振り返った。
目線は合わせないまま真面目な声でアルアスルに向き合う。
「もうずっと前のことだが…お前が俺の財布をすったとき、お前は二足歩行にもなれない、言葉も話せない、食うにも困っていつくたばってもおかしくないボロ切れみたいな子猫だっただろ」
「…………」
「魔力のないただの猫だと思ってペットにしようと拾ったらまさかの完全型になれる猫人で、想定外の腐れ縁になってしまったわけだが……」
たてのりは硬直してしまったアルアスルが手に持つ首輪を奪い取り、頭まで覆ってるスカーフもひん剥いた。
アルアスルがあっと声を上げる間もなくスカーフを自分のポケットに捩じ込む。
首輪のベルト金具を外すことに苦戦しながら、たてのりは言葉をぽつりと漏らした。
「さっきのお前が、昔の孤独に泣くから」
低く優しい声で、たてのりは自分の目線の高さにあるアルアスルの首に金具を外した首輪をまわす。
普段剣を扱う粗忽な指とは思えない優しさでゆっくり、丁寧に、大切に金具を止める。
「もう孤独じゃないだろ。だから証を贈ろうと思って…婚約ではないが、幸せな猫の証としてこれはつけとけよ。なぁ?相棒。似合ってるぜ」
暗闇の中、指先で首輪を止める指に雫が落ちた。
普段では考えられないほど饒舌に話したたてのりは、止め終わった金具を満足そうに見つめて雫を追ってアルアスルの顔を見上げる。
そして、顔をくしゃくしゃにして滅多に見せない満面の笑顔を浮かべた。
「なんて顔してんだよ!アル!」
「………ッ、お前の方がな!たてのり!」
「あはは!」
声を上げて笑い、走り去るたてのりをアルアスルは袖で顔を拭いて追いかける。
耳についた銀細工の飾りと首についたタグが揺れて涼しい音を奏でた。
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