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3章 サマク商国
第41話 一文なし
しおりを挟む「あれはアルアスルとたてのりでは?」
「アルちゃん!?」
ホテルの前で落ち着きなく歩き回る小さな影をおさえていた影が大手を振る。
ホテル前でたむろする治安の悪い連中かと思っていたアルアスルは、その人影が莉音とセバスチャンだと気がついて言いかけた余計なひと言を引っ込めた。
「なんや、みんな外なんかで…」
「待ってたんやんか!ごめん、アルちゃん、あてのせいで…」
ホテルから漏れ出る灯りだけでは何も見えないくせに、アルアスルに向かって駆け出した莉音をセバスチャンが抱え上げて肩に乗せる。
莉音はひどく焦燥していたようで聖女だと見る影もないほど砂に汚れて擦り傷だらけになっていた。
「大丈夫や、なんもない!無事やったし」
「たてのりに任せておけば大丈夫だと言っただろう。見えないくせに無茶して俺を探しにきて…」
セバスチャンは抱え上げた莉音の砂を払いながら呟く。
たてのりを呼びに行き、気が急いて階段から転げ落ちそうになった莉音を見た等加は入れ違いを防ぐための連絡係として莉音を部屋で待機させることにしていた。
まずは別れた場所がわかるタスクを探すと言って部屋を出た等加を見送った後、部屋でじっと待つなどできなかった莉音はセバスチャンを探して勝手に外へと繰り出したのである。
様々な油を買い、機械族以外が口にする食べ物などを露店で見て学びながら歩き回っていたセバスチャンが見つけた莉音はもうボロ切れになっていた。
「だって…だって、あてのせいで…心配で…」
起こった事態を聞いたセバスチャンはたてのりに任せれば大丈夫と判断し、莉音を抱え上げてホテルに戻り、そこからはずっと走り回りそうになる莉音の子守りである。
「ごめんな、心配かけて…あれ?ほんで、等加ちゃんとタスクは?」
「探しに行くって出て行った後、戻ってきてないんよ」
ミイラ取りがミイラになっている状態のようだ。
アルアスルは莉音の冷え切った手を取り、とりあえずホテルの中へと全員を連れて入った。
夜遅いこともあってか南国風に彩られたエントランスには従業員を含めて誰もいない。
ゆったりと寛げそうなローテーブルのソファに向かい合って座ると全員の口から疲労のため息が漏れた。
「なんだ、たてのりは功労者の割にそのような仏頂面で随分と機嫌が悪そうだな」
莉音が思っても言わなかったことをセバスチャンが直球で尋ねる。
アルアスルの後ろについて帰ったたてのりは、ホテルに着いたその時からもう随分と不機嫌だった。
「あーええねん、怒られて拗ねてるだけや。こいつめちゃめちゃえぐい金使いよってさ…」
「えー、いくらくらい?」
「それがもうびっくりしたんやけど、渡したお小遣い全額だけじゃなくて自分の持ってたへそくりまで全額やで!賃金の何ヶ月分やねんって話…」
パーティの中でそこまで金遣いの荒いイメージがないたてのりが大金を払って何を買ったのか気になった莉音が口を開くが、アルアスルは怒って早口で文句を捲し立てていて質問を挟む隙がない。
文句を言われ続けるたてのりも知らぬ存ぜぬの不機嫌顔で到底何を買ったか聞ける雰囲気ではなかった。
「ところで、アルアスルはそんな装飾をつけていたか?新しく買ったのか」
「えっ!?あー…いや、これはちょっと」
アルアスルの文句に上から被せてセバスチャンが質問を重ねる。まさに文字通りの鋼の精神だ。
セバスチャンに尊敬の眼差しを向ける莉音を見ながら、アルアスルは急に言葉尻を窄めて口の中でモゴモゴと言い籠る。
たてのりは全く興味がなさそうにあくびをして頭の後ろで腕を組み、寝る体制に入った。
机の下でたてのりを蹴飛ばして首輪の上からスカーフをきっちりと巻き直しながらアルアスルは目線を泳がせた。
「これは…これはまぁ置いといてやな!等加ちゃんとタスクをどうするか、あとはかなり減ってしもた資金を残りでどうするかやな…」
有耶無耶に話を誤魔化すアルアスルに追及するものはいない。
アルアスルはホッと胸を撫で下ろして全員に金の袋を出すようにと手を出した。
「等加ちゃんとタスクはそのうち帰ってくるやろ。とりあえず今ある分の残り出してくれる?」
「あてはもうないねん、残り盗まれてしもたさかい」
「俺もない。貰った小遣いはホテルの前払いと油を買うのに使ってしまった」
「知っての通りだ」
手にはひとつの袋も乗らなかった。
アルアスルの背中を冷や汗が伝う。
「…ほな、等加ちゃんとタスクの帰りを待つしかない…か…」
タスクはともかくとして、等加の袋がずっしりと残っているはずがない。
昼間に出会った段階でいくつかの装飾が増えていたくらいだ。
それでも一縷の望みにかけてアルアスルは青ざめた顔の前で手を組んで普段信じてもない神に祈った。
「…あてが代わりにお祈りしとこか?」
「いや、ええ……」
固まってしまったアルアスルを置いて部屋に行けるはずもなく、全員が重たい空気の中ただ座って等加とタスクの帰りを待つことになった。
永遠にも感じる時間の流れを斬ったのは今まで誰も出入りしなかったホテルのドアが開く音だった。
ロビーで過ごしていた4人全員が同時に鬼気迫る顔で振り返ったため、入ってきた等加は目を丸くする。
「あれ?みんなこんなとこで何してるの?」
「等加!」
「タスク、分かれた酒場で見つかんなかったんだ。どうせたてのりがなんとかすると思ったし、せっかくだから色々お買い物してきたよ」
タスクを探しに行ったはずの等加はその大男の影を引き連れていなかった。
その代わりに、ホテルを出た際とは全く違う煌びやかな衣装を身につけていた。
滑らかな光沢のある絹の地に魔力で紡いだ輝く糸で縫い込まれたきめ細やかな刺繍のワンピース、星明かりでも向こう側が透けて見えるほど薄く編まれた柔らかなストール、上品だが大粒の宝石が嵌ったペンダントに偏光で虹色に輝く純白の貝石のイヤリング、変わったデザインのヒール。
どれも初めて見るものだった。
その上で手にはまだ袋や大きな酒瓶まで抱えている。
「ねー見てこのドレス!可愛いでしょ」
「わあ、等加これ新しいやつ?見てたのになかったよな、こんな細かい模様の…」
「誂えてもらったの~」
等加は莉音が見えやすいように近くまで行くと細かい刺繍の入ったスカートの裾を持ち上げて見せた。
莉音は手で触りながら模様を確認して目を丸くする。
向かいでアルアスルが頭を抱えた。
「あ、そうそうこれは莉音にお土産!ほら、サイズがなくて何買うか迷ってたじゃない?ついでに作ってもらったんだ。ドワーフの聖女に着せるって言ったら丈とか露出とか考えて、あたしのと同じデザインでドレスにしてくれたよ」
「え~!ありがとう!ほな部屋に戻って着てみよかぁ!」
「ちょ、ちょっと待てえ!」
和気藹々と戦利品を見せて楽しむ女性陣にアルアスルが割って入る。
そして、怖い顔で等加へ手を差し出した。
「等加ちゃん…残りは?」
等加はきょとんと目を丸めてアルアスルを見上げる。
催促された等加はしばらく考えたあと合点がいったように袋を取り出して丁寧に折りたたみ、優しく手の上に載せた。
「ありがとうね!これ、入れ物!」
「…………………」
アルアスルは無言で袋を開いて中を確認し、その場にそのまま崩れ落ちた。
「ない…ない……!銅貨一枚すらない!このままやとあかんぞ……!タスクの残りのお金次第では、お前ら!明日を生きるための金もないぞ!」
悲鳴に近い叫びで嘆くアルアスルを無情にも置いて等加と莉音は楽しげに二階へと階段を上がっていく。
セバスチャンがアルアスルを慰めるように背中を叩いた。
「タスクは無駄遣いをするような男ではないだろう。明日の宿代だけ確保して、あとは適当に日銭を稼げばいい」
「そ…そうよなぁ…」
セバスチャンの励ましになんとか立て直したアルアスルに後ろから声がかかった。
「おーっす!ただいまあ!」
待望のタスクの帰還である。
アルアスルはくるりと一回転すると一瞬で懐に飛び込み、期待と悲哀に満ちた眼差しでタスクを見上げた。
「タスク~!どこ行ってたねん!あとはお前だけが頼り…ん?なんやお前臭いな……」
擦り寄って金を催促しようとしたアルアスルはタスクから漂うきつい香水と酒の匂いに眉を顰めて離れる。
タスクの服や顔には大量の唇の跡、体には落書き、そして当の本人はデレデレと機嫌よく締まりのない表情をしていた。
「いやー、すまん!ぼったくられた!もうへそくりまですっからかんや!いや、良い思いして妥当か?ワハハ」
タスクが懐から取り出した金の袋は萎れていた。随分とお楽しみだったようだ。
全員が全員、他の人も小分けで持っているから自分くらいは大丈夫だろうというくらいの軽い意識で金を使い切った結果、このパーティの所持金はゼロになったことがここで判明した。
アルアスルは何もかも諦めた穏やかな表情で気を失ってその場に倒れた
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