金なし道中竜殺し

しのはらかぐや

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4章 ファオクク島

第55話 たてのりの秘密

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たてのりを追いかけて走り回ったアルアスルは、見慣れたその姿を城の裏庭で見つけた。
いくらたてのりが普通の成人男性より足が速いとは言っても神速を誇るアルアスルから逃げ切れるはずがない。

「たてのん!」

アルアスルは走るたてのりを追い越し、しっかりと捕まえると勢いのまま丁寧に刈られた庭木へ突っ込んだ。

「う…っ、はぁ…はぁ」

「どういうことや、急に逃げよって…」

アルアスルに馬乗りになって押さえつけられたたてのりは抵抗も虚しくただ荒い呼吸を繰り返す。
中央に置かれた噴水を取り囲む背の低い庭木は綺麗に手入れされてはいるが、この裏庭には誰もいない。
春うららかな日差しがたてのりの銀の耳飾りに当たっては乱反射する。アルアスルと出会った頃にはもう身につけていた装飾品であったため今まではそんなに気にしたことがなかったが、よくよく見ればこれだけ光を綺麗に弾く金属は珍しい。

「離せよネコ。俺は…」

「アルー!たてのりー!」

「みんな!こっちや!」

追いかけて来た他のメンバーが合流したことでいよいよたてのりは逃げることができなくなった。
舌打ちと観念したような顔を見て、アルアスルはたてのりを解放する。
それでもたてのりはひとしきり人目を避けるような素振りをしていたため、アルアスルは全員を裏庭の隅にある人に忘れられたように薄汚れたガゼボに連れて行った。
汚れたステンドグラスの屋根がついたガゼボは陽の光を取り入れられず庭園の中でそこだけがどこか薄暗い。

「等加が足止めしてくれてるから、しばらく追っ手は来おへんと思う」

「ほな、ここならええやろ。全部話してもらうからな」

重みで壊れそうなセバスチャン以外はガゼボの中にあるベンチに腰掛け、たてのりに話すよう促す。
たてのりは座ることもなく何度か城の方を確認した後、心底嫌そうな顔で、それでも必死で言葉を探しているようだった。
全員に対して斜に構え、微妙に表情が見えないよう立つ姿を誰も咎めることはない。

「……何から話せばいいか…わからん」

喋り下手なたてのりには事の顛末を遡って話すのは荷が重い。アルアスルはため息をつくとひとつずつ質問し始めた。

「会場から逃げたんは何でや?王様とか側近の反応も変やった。俺みたいに犯罪者として追われる身なんか?」

「犯罪者では…俺は、ないが。……追われる身ではある」

莉音とタスクは意外そうに顔を見合わせる。
たてのりという男は、それはもう人としては赤点のハーフエルフである。偏屈で堅物でプライドと攻撃力だけがやけに高く付き合いにくい大馬鹿者であるというのが一行内での評価ではあるが、それゆえに真っ直ぐで間違ったことは嫌いなはずだ。どんな理由であれ何かに追われるような汚い身であるということが信じられなかった。
アルアスルだけは特に驚いた様子もなく、普段のたてのりを真似するように視線だけで続きを促した。

「…その、俺の母が…、この国のかつての姫なんだ」

「…は?」

「前王と王妃はなかなか子に恵まれなかったから、やっと生まれた母には兄弟はもいなくてな。王妃の代わりに後継を産むために、母は若い頃から城に閉じ込められて王族の男の相手をしていたらしいが…あるときに側仕えだったひとりのヒューマンの奴隷と恋に落ち、その奴隷の子を腹に孕んで駆け落ちしたそうだ」

かつて寝物語として先輩の聖女に読み聞かせてもらった童話のような話に莉音は目を白黒させる。
アルアスルもタスクも理解ができなかったのは同じようで、ただ、たてのりが嘘や冗談を言うはずもなく、茶化すなと怒ることもできなかった。
誰からも反応がないことで気まずさを抱えながらたてのりは剣をそっと触った。

「身分制度が厳しいエルフの国では血筋が何より重んじられるから、下手なエルフは王にはなれない。母が逃げたことで後継が絶たれたんだ。国は何としても母とその子供を取り返そうとしていたらしい」

汚れたステンドグラスの隙間から木漏れ日が落ち、たてのりの髪の上で揺らぐ。
触れられたくないであろうことから誰も言及はしてこなかったが、莉音やタスクと同じ漆黒の髪はたてのりの親のどちらかが奴隷身分の種族か奴隷一族である証だ。
身分を重んじるエルフの血が入ってる者で黒髪というのは非常に珍しい例である。ありえないことはないが、愛玩として飼育される奴隷がうっかり主人の子を孕んでしまい隠れて産んだというような稀な例しか聞いたことがない。
エルフにとって奴隷など家畜同然だ。姫が奴隷の子を孕むなどどんなお伽話にも出てはこないだろう。

「しばらくはファオククの森の奥で隠れて暮らしてたんだ。ただ、雷の夜の日に…追っ手に見つかって…追い詰められた母は俺を逃して、その行き場を吐かなかったせいで酷い拷問にかけられたみたいで…そのまま死んだらしい。母が死んだことでエルフの王族の直径の血筋は途絶えた」

たてのりが一行の方を向く。
奴隷種族にはほとんどいない、かといってエルフでは珍しい深く濃い緑の瞳がやけにくっきりと見えた。

「……俺を除いて」

「……………」

誰も口を開かない。
たてのりの話を信じるのであればたてのりはエルフの王の唯一の直系だということだ。
それは、たてのりがエルフ族の頂点であることを示唆していた。

「深緑の瞳のエルフ…見たことがあるか?エルフでは珍しいだろ」

「まぁ…せやな」

エルフどころかヒューマンやその他の種族でも深い緑の瞳というのは物珍しい。エルフの瞳は大概、緑や黄色、空色など自然を溶かし込んだような色をしているが濃い色というのはほとんど見かけない。
アルアスルは昔、サマクの裏路地で治安の悪い闇商人が深緑の瞳を高貴な珍物であるとして偽造して売っているのをぼんやりと思い出していた。

「エルフの瞳は緑に近ければ近いほど、濃ければ濃いほど王族の血筋が濃いとされている。だから俺は見られたくなかったんだ。…現王は黄緑色だった。あれはジジイどもが勝手にたてている遠い親戚とかのお飾り王だろうな」

「…………」

「むしろ、等加さんがこの目を見て気が付かないのが不思議なくらいだった」

この場に等加がいればたてのりの話が本当なのかもわかったかもしれない。ここにいるのはドワーフ族と機械族、猫人族だけだ。そもそもが身分制度のない生まれの者ばかりで瞳の色など尚更気にしたこともない。
全員が茶化すことも頷くこともできずに困った顔をしているのを見てたてのりは深いため息をついた。
疑われるのも仕方がないことではあるが、冗談だと思われて医者に診せられてはひとたまりもない。たてのりは左耳につけている銀細工を外すとアルアスルの手に乗せた。
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