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4章 ファオクク島
第54話 スリジエ
しおりを挟むポンチョを脱いだ等加は絹の艶を纏う布一枚を体に巻きつけたような、上品さと妖艶さを兼ね備えた格好をしていた。
女神も恥じらい裸足で逃げるほどの輝きに会場からはため息が溢れた。
恭しい動きで等加の手足が舞台と空を撫でる。全てのエルフの視線を独り占めしながらそこで披露された踊りは、今まで見た等加の舞の中で最も美しく洗練されたものだった。
シュテルンツェルトで踊っていた民族舞踊や酒に酔った際に踊っていた陽気な足捌きではない。一挙一動が重々しく、それでいて春風のように軽やかなステップには艶かしい絹が体をなぞるように波打つ。
「なんと…プランタン・ヴァンドゥか……」
「エルフの伝統舞踊ですな。踊れる者はもういないかと思っておりましたが、いやはやこれは…」
王と王の側近の口からも思わず感嘆の声が漏れる。
まばゆい光とともに奏でられる美しい調べにも激しいリズムにも等加は汗ひとつかかず、魅了のバフを惜しげもなく撒き散らし睫毛の一本まで美しい状態を保っていた。
等加の舞台のすぐ側で控えるアルアスルとたてのりは間近でその様子を見て、息を呑んだ。
「うわ…等加ちゃん、ほんまに…こんな…本物やな。なぁ、たてのん…」
「あぁ…」
アルアスルは同意を求めるように興奮気味にたてのりを見て、顔を顰めた。
「なんや、こんな室内でもまだ黒眼鏡してんの?それに帽子も…いくら何でも王の御前で失礼じゃないんか?外した方がええで」
「ち、ちょっ…やめ、やめろネコ、やめ…アル!あっ…!」
アルアスルは未だに黒眼鏡と大きな帽子を目深に被っているたてのりに手を伸ばしそのふたつを剥ぎ取ろうとする。たてのりは抵抗するも全員がうっとりと等加を見ている宴の席で大仰に暴れることもできず、背が高く手足の長いアルアスルに押されて地味な取っ組み合いになった。
「…なんだ、あの奴隷ども……うるさいな、黙らせろ」
「は」
王の視界にその様子が入り、側近にふたりを摘み出すように命令が下る。
その瞬間、アルアスルの爪に引っかかった帽子がたてのりの頭から外れその衝撃で黒眼鏡も吹っ飛んだ。
鬱陶しそうにふたりの様子を見ていた王の瞳とたてのりの深い緑の瞳が交差する。
帽子をかぶっていたにも関わらず癖ひとつついていない黒髪と、たてのりの耳で大きく揺れた銀の装飾が等加を輝かせるために瞬いていた光を弾いて王の目を射抜いた。
「は……ッ、あの瞳と耳飾り、ま…まさ…か」
「どうされましたか!?え?…え!?」
「何だ?王が…え?あの者…!」
王の体が強張り、異変を察知した側近がその視線を追って絶句する。
王と側近の様子を見た常盤院と群青院のエルフたちもたてのりの存在に気が付き次々に言葉や落ち着きを失った。
たてのりはざわめく会場の視線が等加ではなく自分に集まっていることに気がつくと今まで見たことがないほど動揺した顔をして、アルアスルを押し除け走り出した。
「あ、たて…っ」
「お待ちを!スリジエ様!」
常盤院の長老らしきエルフが走り去るたてのりに声をかける。
たてのりは振り返る様子もなく、騒々しくなった会場を飛び出した。
「ん?たてのりどうした、もう終わったんか?」
扉の外に突っ立っていたタスクに話しかけられたことにも気が付かずたてのりはただ真っ直ぐ走り抜け、すぐに姿を眩ませた。
「何やあいつ?」
「何やろ?お腹でも痛かったんやない?」
呑気に呟いた莉音が会場の様子を覗こうと隙間から中を確認した瞬間、再び勢いよく扉が開いて今度は血相を変えたアルアスルが飛び出してきた。
「うわーっ!アルちゃん!びっくりするやんか」
「たてのんは!?どっち行った!?」
「え?ま、真っ直ぐ走って行ったけど…」
「…っ、韋駄天!」
莉音の返答を聞くや否や、アルアスルは言葉も返さず速度上昇のバフをつけるとほとんど瞬間移動のようにたてのりの後を追った。
残り風で乱れた髪を整えながらタスクと莉音は何が起こったのかと再び会場を覗き見る。
中ではちょっとした騒動が起こっていた。
「あれは…今のは」
「いや、そんなはずはない。死んだと聞いていたが…」
「しかし、あの耳飾りに深緑の瞳…その上であの黒髪だ。間違いない」
王と両院は口々に何かを述べ議論し、宴どころの騒ぎではない。
今逃げて行ったたてのりを追う、捕まえる、殺すなどと物騒な言葉も聞こえ始めて外で伺っていた莉音とタスクは身を竦めた。
実際に席を立って衛兵を集めるような仕草をし始めたエルフもおり、宴はこの場で中止となりそうだった。
そこに等加が立っていた舞台から強烈な光が放たれた。
「うわ…っ!」
「錯視」
凛とした等加の声が響き一瞬の閃光に目を眩ませたエルフたちが脳を焼かれて惑う。
全員の目に光の次に映ったのは、纏った絹を婀娜な仕草で捲る等加の熱っぽい視線だった。
「皆様、まだ私の全てをお見せしておりませんわ。さぁ、おかけになって」
等加の視線と猫撫で声に絡め取られた観衆は自分が何をしようとしていたかも曖昧になり、再び席に腰掛けて熱心に等加の舞の続きを見た。
今まで見たことがなかった等加の技にタスクと莉音は異常事態を感じ取る。
「…なんか、やばいことになってる?」
「そうかも。等加が惹きつけてくれてる間に、あてらも追いかけようか」
タスクと莉音は、セバスチャンに掴まるとたてのりとアルアスルが駆け抜けていった方へ足を進めた。
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