金なし道中竜殺し

しのはらかぐや

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4章 ファオクク島

第57話 防衛戦

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被せるように震えたセバスチャンの低い声に、思わずたてのりは足を一歩後ろに引いた。

「…!」

それは、長年連れ添ったアルアスルにとっても仲間として過ごしてきたタスクにとっても、最近知り合った莉音やセバスチャンにとっても衝撃的な出来事だった。
戦闘狂で誰よりも最前で戦うたてのりが敵の前で足を引いたことなどなかった。
気持ち悪いキメラの群れを前にしても、犬の化け物に体を半分噛みちぎられても前に立ち常に仲間を守ってきた。
セバスチャンが盾役として来てからもセバスチャンの隣に立ってはアルアスルに下がるよう叱られていたものだ。
そのたてのりが怖気付いて逃げ出そうと足を引いた。
一歩下がったたてのりを見たアルアスルは、頭で考えるよりも先にガゼボを飛び出した。

「あ…っ」

「スリジエ様!」

同時に庭木の迷路を潜り抜けてきた近衛兵たちが顔を出した。後ろまでは見えないが、数十人の大所帯で全員が森の中で迷彩となる緑の装いに革のブーツ、手には金に輝く弓を持って背にいくつもの矢をさしている。全員が首に深緑色のストールを巻いていることを見るに、常盤院の近衛兵だろう。
ガゼボがあるのは庭の隅だ。後ろに逃げ場がない。
セバスチャンとアルアスルはガゼボから飛び出したところで近衛兵が近付けないよう威嚇をしながらなるべく庭の中央へと隊を追いやっていく。
柱と屋根しかないガゼボでは、弓矢など到底防げない。とにかく距離を取る必要があった。

「…あんたらのスリジエ様とやらは王にはならへん言うてる。帰してもらおか」

「なんだ、この汚い獣人は…こっちは機械だと?蛆虫如きが!邪魔するな!構え!」

一際偉そうな兵が合図を出すと後ろに並んだ近衛兵たちが一斉に弓を構えた。
番えられた弓矢は、明るくないアルアスルやセバスチャンが見ても一目でわかるほど強力な魔力が込められていた。

「撃て!」

守護神の翼クストス・アラス

高魔力の矢が降り注ぐ。
アルアスルの瞳孔がぎゅっと縮んで金の面積が増え、猫の瞳を映したと思うと矢を浴びる前に姿を消した。
アルアスルに一歩遅れてセバスチャンの背中が開き、ガゼボの方を覆うように機械の翼が展開される。
矢はセバスチャンの翼に当たって光を撒き散らしながら散っていくがその強靭さは剣にも勝るとも劣らないものだ。セバスチャンは衝撃に踏ん張り、自身の身体を犠牲により大きく翼を広げた。

「うっ……!?」

エルフの近衛兵ほど訓練された者は一寸の隙もなく弓矢を番えて連投してくる。
手持ちの盾では庇いきれず矢が頬を掠めた一瞬の怯みを突いて、翼の一部を砕いたものが勢いよくたてのりの方へ向かって飛んでいく。

「アテナ!」

タスクはたてのりと莉音を突き飛ばし前に立つと咄嗟に収納空間を開いて豪奢な盾を取り出した。
飾りの多い盾は矢にぶつかると大きな金属音を立てたが、タスクが大きく腕を振り払うことで何とか弾き飛ばした。

「硬ぇ矢やなぁ!アル、全員始末してまえ!」

タスクの声に近衛兵の悲鳴が混じる。疾風が駆け抜けたところから順番に兵が倒れ、全体に動揺が広がっていった。
アルアスルが兵の間を縫って中で暴れているようだ。

「構うな!強弓を撃て!蛆虫の息の根を止めろ!スリジエ様は足だけ狙え!」

しかし、隊長の鶴の一声で近衛兵はすぐに持ち直すと弓を持ち替え一息で矢を番えて放った。風を切る轟音と共に光の速さでセバスチャンの翼に矢とは思えない衝撃が加わり、一瞬の静寂の後に凄まじい破壊音が響き渡る。
セバスチャンの体は吹き飛ばされて翼は歯車を吹き出して粉々に崩れた。

「セバス……ッ!うわ…っ!」

吹き飛んだセバスチャンの名を呼ぶ暇もなく、タスクは次に放たれた矢を盾で受け止めた。
防御壁がなくなった今ガゼボの中は狙い放題だ。
セバスチャンで耐えられなかった矢をタスクの盾が受け止め切れるはずもない。
二度目には砕け散った盾に気を取られたタスクは、その腕に矢を受けてもんどりうって倒れた。

「タスク!」

アルアスルの声と莉音の声が響く。
ガゼボに立っているのは莉音とたてのりだけだ。守れる人がいないと判断したアルアスルは近衛兵の隊の中から飛び出すとガゼボの方へ大きく跳んだ。
次に放たれた矢が風を切って光の速さで莉音とタスク、たてのりの足を狙って飛ぶ。
アルアスルの脚よりもほんの少し矢の方が速い。
莉音は飛んでくる矢の音とアルアスルの舌打ちを捉えると、杖をぎゅっと握りしめ、たてのりの前に躍り出た。

「り……っ!」

冥護みょうご…っ!」

小さな両手を広げて精一杯たてのりの体を庇う莉音は、目を閉じることもなく飛んでくる矢を真っ直ぐ見つめた。ゆっくりとした速度でその身体を眩い光が覆っていくが、間に合いそうにない。

「莉音!」

アルアスルは既視感のある光景に喉の奥が熱く焼けるような感覚を抱いた。
あの時は間に合った。
しかし、今度は。
莉音が死んでしまえば、莉音は。

「りお……っ!」

矢が目前に迫る。
刹那、りおんの身体は後ろに大きく倒れ、けたたましい金属の擦れる音が庭いっぱいに響き渡った。
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