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4章 ファオクク島
第58話 王として
しおりを挟む「…!全体、やめ!」
隊長の合図で近衛兵は全員弓をおろす。
莉音が立っていた位置にはその身体を守るように巨大化した大剣が防御壁の代わりに地面に突き刺さり、矢を受け止めていた。
剣に触れた矢は光を失い脆く崩れ落ちる。
後ろに引っ張られて尻もちをついた莉音は前に立ったたてのりを見上げ、呆然としていた。
「於菟……」
着地したアルアスルも巨大化したたてのりの剣を見上げて呆然と呟いた。
エルフ全員が弓をおろしたことを確認すると剣はするりと普段の大きさに戻り、たてのりはそれを拾い上げて砂を払った。
いつも通り背中の鞘に剣をしまったたてのりは、ガゼボから進み出て近衛兵たちの前へ立った。
「王の前で殺生はご法度だと習っているはずだが。常磐院の教育はどうなっている」
たてのりの銀の耳飾りが風に揺れて光を弾く。感情を含まない冷たい声音で叱責された近衛兵たちは一瞬逡巡した。
「誰の前にいる?俺はお前たちが嫌うお飾りとは違う。前王の娘、サティラ・スリジエの正当な血を引く者ぞ」
しかし、高貴な深い緑の瞳に射抜かれてすぐにその場に膝をついて礼の姿勢をとった。
血筋を重んじる常磐院の一派にとって、直系の存在は神に等しい存在である。
「はっ……!し、失礼いたしました…!」
「この者共を傷付けるな。すぐ向かう」
「はっ!」
「たてのん!!!」
たてのりの変わりように驚いていた一同だったが、その手が小さく震えていることを見たアルアスルが声を上げる。
剣を振ることができなかった。
でも、失えなかった。
たてのりにとって取らざるを得なかった選択肢であったことは明白だ。
「あかん!行くな!」
「大丈夫だ」
莉音がタスクの傷に回復を施す様子を目の端で捉え、たてのりは微笑む。
「このままではどうしようもない。なんとかしてくる。自由は権力の特権だからな。お前たちは等加さんを回収したら先に行ってろ」
滅多なことで揺るがない落ち着いた声が、少しだけ上擦ったことを聞き逃すアルアスルではない。
伸ばした手は虚しく空を切り、たてのりは近衛兵を引き連れて城の方へとゆっくり歩いて行った。
「くそ……っ!」
「アルちゃん…」
その場に崩れ落ちるアルアスルの背を、タスクの回復が終わった莉音が優しく叩く。
「望むなら、ええんや…身分が違うって言うなら、それはそれで……。たてのんが望まへんことを…俺はやらせたない…」
ぽつりと呟くアルアスルの後ろにセバスチャンの部品を抱えたタスクが立つ。
そして、その場にどさっと腰を下ろすと収納空間からいくつか工具を取り出してセバスチャンの身体を修理し始めた。
「…ほな、待ってようや」
「…え?」
「あのままやったら、全員死んでたてのりも連れ去られるだけやった。何とかできたのはたてのりだけやったんや」
タスクはセバスチャンの部品を確かな手つきで丁寧に取り付けながらアルアスルに言い聞かせた。
敵も殲滅できず、莉音を庇うのに間に合うことすらできなかったアルアスルはぐうの音も出ず唇を噛み締める。
「たてのりは大丈夫やろ。なんとかしてくれるって。だから、俺らもたてのりが戻ってくるまでこの島にいよう」
「でも…」
「まぁ、ドワーフと猫人と機械族や。等加ちゃんに依存してもここでは暮らしにくいやろな。途中でうっかり殺されるかもしれへんで。でも、待とうや」
アルアスルは莉音の方を見上げる。
見てすぐにわかるドワーフで、聖女ということは孤児で、その上盲の莉音はこの島で最も厳しい目を向けられる存在だ。
そもそも謁見とクエスト受注が終わればすぐに出る予定で長居するつもりでもなかったこの場所で過ごすことをよしとするかは定かではない。
莉音は戸惑うアルアスルの視線に気がつくと、にっこり笑った。
「大丈夫、あては等加のお人形さんでいけるさかい。衣装箪笥で過ごせばええから、心配いらんよ」
不安そうなアルアスルの瞳に映るのは、たてのりを待つことが当然といった仲間の視線だった。
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