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第一章・望まない形で
4・真実の扉
見つめ合う美しい二人…まるで物語の主人公のように。あの時だって私は、シンシアと一緒にいた。なのにどういうこと?
エズラから望まれて結婚した筈がそうじゃなかったのなら、何もかもに納得がいく。それから私は私達が婚約して初めての、顔合わせの時のことを思い出す。
仕事が忙しいとかで軍服のままノートン邸へとやって来たエズラ。私達帝国民にとって、大事なお役目をしているんだからと、そんなことは気にしてもいなかった私。聞けば、そんな時は精一杯着飾るものらしいけど。
持って来た花束を、私の顔を見るなりパサリと落とすエズラ。きっと自分と同じで、緊張しているのだと却って好ましく思ったのを憶えている。それからなかなか会話が弾むとこもなく、押し黙ったまま過ぎて行く時間。だけど私はそれでも嬉しかったから…心配なんてしていなかった。慣れたらきっと大丈夫!そう思った時…
「シンシア嬢は今日、屋敷におられないのですか?」
急にポツリと言ったエズラ。私は特にそれをどうこう思うことはなく、話すことがなくて咄嗟にそう聞いたのだと思っていた。それが…違っていた?
そんなこととは知らない私は、嬉々としてデビュタントのパートナーを頼み、それを快く了承してくれたんだと思い込んでいた。それから何度か会った後に結婚した私達。その後もよそよそしい態度だったけど、それはきっと時間が解決してくれるんだと思った。妻となった私にきっと振り向いてくれる…そう信じて。
だけどそれって、エズラから見初められたという事実があったからこその思考。そしてそうだったからこそ、大きく傷付くことにもなった。会ってみたら思っていたのと違っていた?家格は下だけど、裕福なノートン伯爵家の援助が欲しくて?そんなことをくどくど考え日々過ごしてきた。そして二人の子が出来たなら、全てが丸く収まるって…そうじゃなかったの?そもそも全てが間違えていたとしたら…それって空恐ろしいことだわ!
死に戻りする前の人生での苦労が、全て無駄だったかも知れない事実に慄く。だけど本当にそうなのかしら…もしもその仮説が真実だったとしたら、あることが浮き彫りになる。
エズラが私とシンシアの名前を取り違えていたのか、わざとエズラと私を結婚させた人がいたってことにならない?後者だったらきっと、それはお父様だわ…
どうして!そんなの当事者全てに恨まれることになる。悔しいけど、エズラとシンシアは幸せな夫婦になれたはず…ああ、もう何が何だか分からない!あの孤独で虚しい日々が、しなくてよい苦労だったなら…きっと私は恨んでしまうわ!お父様を。
そう沸々と考えていると、いつの間にかノートン伯爵家に帰り着いていた。今の私はここから街へと出掛けて行ったのだろうけど、死に戻った私にとっては懐かしい我が家。シンシアが来てからはここにそれ程良い思い出はないけど、それでも懐かしさが勝ってしまう。そんな思いでノートン邸を見上げていると…
「フレデリカお嬢様、お帰りなさいませ。おや?他の方々は別にお帰りになるのですか」
最も聞きたかった懐かしい声に勢いよく振り向く。そこに立っていたのは、ノートン伯爵家の執事であるカイ。
カイはお母様が生きていた頃からの使用人で、私にとっては唯一の味方だと言える。他の使用人達から疎まれるのを分かっていても、カイだけはいつも私を庇ってくれたから。だけど…そんなカイは、私が結婚してこの家を出た後不慮の事故で亡くなっている。だからこうして再び会えるのは奇跡のよう。そう感じて涙が出そうになる…
「ただいま、カイ。少し体調が悪くて一人先に帰って来たの。今日はもう夕食はいいから、早いけど休むことにするわね」
「えっ、それならお医者様をお呼びした方が…」
感動して瞳がうるんでいるのを誤魔化そうとすると、即座に心配してくれるカイ。それでこれ以上心配をかけてはいけないと、精一杯の笑顔を作る。
「大丈夫、寝たら直ぐに治るわ。だから心配しなくてもいいのよ?」
そう話しながら二人で屋敷の中に入るとそこには、お父様達も帰って来たのだと思ったらしい使用人達が一列に並んで待っていた。だけど私が一人だと気付いた後は、その使用人達は気の抜けたような顔をする。まるで敬意を払う必要などないかのような態度…おまけに一人のメイドなどは、明らかに面倒臭そうに私を睨んでいる。あれは…シンシア付きのメイド?
「フレデリカお嬢様のお帰りだぞ。さあ、挨拶をしないか!」
カイが厳しい声で注意すると、やっと使用人達はボソリと「お帰りなさいませ…」と言いながら頭を下げる。だけど明らかにお父様やお兄様、そしてシンシアに対するような、にこやかさが皆無。そしてあろうことか、先程のシンシア付きのメイドは頭を下げもしない。今まではそれでも見逃されてきたかもしれないけど…これは捨て置けないわ!
「ちょっとあなた、こっちへ来てくれる。確か…シンシア付きのメイドよね?」
「わ、私ですか!?」
私はそのメイドを正面から見据える。そしてそのメイドは最初こそは戸惑っていたものの、私が何も出来ないと高を括っているのか悪びれることなく目の前まで来る。この人は私の記憶が確かなら、シンシアと一緒に男爵家から来たはず。名前は…ロリーだったかしら?
私はシンシアにとって大事な存在…そう思っているから尚更、こんな態度なんでしょうね。
「あなた…次に私に対して失礼な態度を取れば、この屋敷から出て行ってもらうわ!心して今後は働いてちょうだい。今日クビにしないことを有り難いと思って欲しいわ」
「な、何を!嘘でしょう?」
私は相変わらずの態度のメイドをギロリと睨んで、それから今日だけは大目に見ようとクルリと踵を返す。それからカイに「後は頼むわね」と言い残して自室に入った。今のことできっとこれから大変なことが起こる…そう予想は出来る。もしかしてお父様達から叱責されることだって…
だけど私は、もう自分の心を偽ることは出来ないと感じていた。
どうしてだか生かされている命…だからもう、怖いものなんてないと思う。これから再び命を落とすことになっても、後悔だけはしたくはない。だから…
──自分を信じて生きて行こう。もう失うものなんてないから!
そう決めた私は、この後早速その気持ちが揺らぐことになる。本当に?そんな馬鹿なと戸惑うことになって…
エズラから望まれて結婚した筈がそうじゃなかったのなら、何もかもに納得がいく。それから私は私達が婚約して初めての、顔合わせの時のことを思い出す。
仕事が忙しいとかで軍服のままノートン邸へとやって来たエズラ。私達帝国民にとって、大事なお役目をしているんだからと、そんなことは気にしてもいなかった私。聞けば、そんな時は精一杯着飾るものらしいけど。
持って来た花束を、私の顔を見るなりパサリと落とすエズラ。きっと自分と同じで、緊張しているのだと却って好ましく思ったのを憶えている。それからなかなか会話が弾むとこもなく、押し黙ったまま過ぎて行く時間。だけど私はそれでも嬉しかったから…心配なんてしていなかった。慣れたらきっと大丈夫!そう思った時…
「シンシア嬢は今日、屋敷におられないのですか?」
急にポツリと言ったエズラ。私は特にそれをどうこう思うことはなく、話すことがなくて咄嗟にそう聞いたのだと思っていた。それが…違っていた?
そんなこととは知らない私は、嬉々としてデビュタントのパートナーを頼み、それを快く了承してくれたんだと思い込んでいた。それから何度か会った後に結婚した私達。その後もよそよそしい態度だったけど、それはきっと時間が解決してくれるんだと思った。妻となった私にきっと振り向いてくれる…そう信じて。
だけどそれって、エズラから見初められたという事実があったからこその思考。そしてそうだったからこそ、大きく傷付くことにもなった。会ってみたら思っていたのと違っていた?家格は下だけど、裕福なノートン伯爵家の援助が欲しくて?そんなことをくどくど考え日々過ごしてきた。そして二人の子が出来たなら、全てが丸く収まるって…そうじゃなかったの?そもそも全てが間違えていたとしたら…それって空恐ろしいことだわ!
死に戻りする前の人生での苦労が、全て無駄だったかも知れない事実に慄く。だけど本当にそうなのかしら…もしもその仮説が真実だったとしたら、あることが浮き彫りになる。
エズラが私とシンシアの名前を取り違えていたのか、わざとエズラと私を結婚させた人がいたってことにならない?後者だったらきっと、それはお父様だわ…
どうして!そんなの当事者全てに恨まれることになる。悔しいけど、エズラとシンシアは幸せな夫婦になれたはず…ああ、もう何が何だか分からない!あの孤独で虚しい日々が、しなくてよい苦労だったなら…きっと私は恨んでしまうわ!お父様を。
そう沸々と考えていると、いつの間にかノートン伯爵家に帰り着いていた。今の私はここから街へと出掛けて行ったのだろうけど、死に戻った私にとっては懐かしい我が家。シンシアが来てからはここにそれ程良い思い出はないけど、それでも懐かしさが勝ってしまう。そんな思いでノートン邸を見上げていると…
「フレデリカお嬢様、お帰りなさいませ。おや?他の方々は別にお帰りになるのですか」
最も聞きたかった懐かしい声に勢いよく振り向く。そこに立っていたのは、ノートン伯爵家の執事であるカイ。
カイはお母様が生きていた頃からの使用人で、私にとっては唯一の味方だと言える。他の使用人達から疎まれるのを分かっていても、カイだけはいつも私を庇ってくれたから。だけど…そんなカイは、私が結婚してこの家を出た後不慮の事故で亡くなっている。だからこうして再び会えるのは奇跡のよう。そう感じて涙が出そうになる…
「ただいま、カイ。少し体調が悪くて一人先に帰って来たの。今日はもう夕食はいいから、早いけど休むことにするわね」
「えっ、それならお医者様をお呼びした方が…」
感動して瞳がうるんでいるのを誤魔化そうとすると、即座に心配してくれるカイ。それでこれ以上心配をかけてはいけないと、精一杯の笑顔を作る。
「大丈夫、寝たら直ぐに治るわ。だから心配しなくてもいいのよ?」
そう話しながら二人で屋敷の中に入るとそこには、お父様達も帰って来たのだと思ったらしい使用人達が一列に並んで待っていた。だけど私が一人だと気付いた後は、その使用人達は気の抜けたような顔をする。まるで敬意を払う必要などないかのような態度…おまけに一人のメイドなどは、明らかに面倒臭そうに私を睨んでいる。あれは…シンシア付きのメイド?
「フレデリカお嬢様のお帰りだぞ。さあ、挨拶をしないか!」
カイが厳しい声で注意すると、やっと使用人達はボソリと「お帰りなさいませ…」と言いながら頭を下げる。だけど明らかにお父様やお兄様、そしてシンシアに対するような、にこやかさが皆無。そしてあろうことか、先程のシンシア付きのメイドは頭を下げもしない。今まではそれでも見逃されてきたかもしれないけど…これは捨て置けないわ!
「ちょっとあなた、こっちへ来てくれる。確か…シンシア付きのメイドよね?」
「わ、私ですか!?」
私はそのメイドを正面から見据える。そしてそのメイドは最初こそは戸惑っていたものの、私が何も出来ないと高を括っているのか悪びれることなく目の前まで来る。この人は私の記憶が確かなら、シンシアと一緒に男爵家から来たはず。名前は…ロリーだったかしら?
私はシンシアにとって大事な存在…そう思っているから尚更、こんな態度なんでしょうね。
「あなた…次に私に対して失礼な態度を取れば、この屋敷から出て行ってもらうわ!心して今後は働いてちょうだい。今日クビにしないことを有り難いと思って欲しいわ」
「な、何を!嘘でしょう?」
私は相変わらずの態度のメイドをギロリと睨んで、それから今日だけは大目に見ようとクルリと踵を返す。それからカイに「後は頼むわね」と言い残して自室に入った。今のことできっとこれから大変なことが起こる…そう予想は出来る。もしかしてお父様達から叱責されることだって…
だけど私は、もう自分の心を偽ることは出来ないと感じていた。
どうしてだか生かされている命…だからもう、怖いものなんてないと思う。これから再び命を落とすことになっても、後悔だけはしたくはない。だから…
──自分を信じて生きて行こう。もう失うものなんてないから!
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