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第一章・クリスティーヌの逃亡
6・幼馴染みの助言
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「ロベルトお前、何てことをしてくれたんだ?貴族の間でお前達夫婦の話題でもちきりだぞ!それにしても公衆の面前で夫人の頰を打つとは…」
ガレリア帝国の第一皇子であるブロン・ヴォン・アーガソンは、この国で数少ない気の置けない相手ロベルト・イェガーに対して憤りを隠せない。女性に暴力を振るうなど、あるまじき行為だからだ。今は執務中だというのに、そう言わずにはいられなかった。
そもそもこのロベルトという男は、公爵という高き身分の割に、口下手で正直何を考えているのか分からないところがある…
だけど決して嘘はつかず仕事ぶりは真面目、だから少々寡黙過ぎるという困った点があったとしても、自身の補佐官としては及第点を与えてきた。そんな間柄の二人だが、そもそも同級生同士ということがなかったら、こうして関係を築くこともなかったかも知れない。お互いの長所など一切知らぬまま敬遠して…そのくらい性格が真逆だった。
「だけどな、言うべきことすらお前は言わないところがある。扱いにくいんだよ!まったく…」
ブロン皇子がそう密かに呟くと、ロベルトは聞き取れなかったらしく怪訝そうに見つめる。だけど案の定、面倒くさいのかそれ以上は追及すらしない。それに皇子は益々苛立ちを隠せなくなっていく。するとロベルトは…
「私ども夫婦のことは、口出し無用と申し上げた筈です。そもそもあれには理由があって…」
「理由?夫人がカレン嬢のブローチを盗んだことか?馬鹿な!あれには目撃者がいて、夫人は偶然拾っただけだったと判明している。その件については既に訂正して報せ済みだ。だがな…一度ついたイメージっていうのはなかなか消せないんだぞ?夫人の評判は地に落ちるだろう。それも、夫の誤解から起きたことだと知ったら…どうなると思う?」
そう尋ねる皇子にロベルトは、一切反応せず口を真一文字に結んだまま。すると業を煮やした皇子が大声を上げて…
「離婚だ!そんなの離婚するって言われるのがオチだろ?おまけにその相手というのが、あろうことか以前から夫と噂になってるあの人で…我慢できん!」
皇子はイェガー夫人にでもなったかのように、その気持ちを強く代弁する。そしてそれでも反応のないロベルトをキッ!と睨みつけている。すると皇子は、ロベルトのいつもの仏頂面の中に、少しだけ違う感情を見て取る。それは親友だとも呼べる間柄だからこそ、分かる僅かな変化だった。
「なっ、嘘だろう…もしかして既に言われたとか?わあぁぁ~とうとう引導を渡されたのか…離婚だって!」
俯いて押し黙るロベルト…その姿が、それが事実だと物語っている。だけど特にそれに反省を述べる訳でもないロベルト。それに皇子は更にイライラとしだして…
「なあ、ロベルト。そろそろカレン嬢との関係を解消すべきじゃないのか?お前の気持ちも分かるが…。それに私だって色々言われているんだぞ?婚約者候補を奪われた憐れな皇子だとか何とか…」
「それは出来ません。それは殿下も、よく分かっているではありませんか…。そしてカレンは、決して皇子妃になることはない…ご存知ですね?」
それに苦虫を噛み潰したような表情をするブロン皇子。それから暗い表情のまま、暫くじっと考えている。それから…
「かと言って、そのままで本当にいいのか?夫人がそんなお前を許してくれるとでも思うのか!もう流れ出した水は元には戻らないんだぞ?」
そう言われたロベルトは、ほんの少し表情を変える。他の人ならばその変化には決して気付かない。幼馴染みの間柄だからこそ分かる変化で…
そしてロベルトは皇子を見つめながら密かに笑う。そして…
「大丈夫です。クリスティーヌがイェガー家を出て、どこへ行くというのです?自分を売り渡した実家とは疎遠で、おまけに援助は受けられなくなる為にあちらからも手を差し伸べることはないでしょう。友人とも呼べる者などおらず、だから頼るところなどないに等しい。かと言って一人でなどとても生きてなどいけません。そんな女が一体どうすると?」
ロベルトは嘲りに似た笑みを浮かべている。それに皇子は、ハァーッと大きな溜め息を吐く。そして…
「その自信満々な言動を後悔しないことを祈っているよ。だけどお前…いい加減自らを解放しても良いのではないか?私は心配だ…本当に心配なだけなんだよ!」
先程までの砕けた態度とは明らかに違う真剣な顔…それにはロベルトもスッと身を正した。そしていつものポーカーフェイスで口を開くと…
「ご心配をお掛けしてすみません。ですが…私達は本当に大丈夫なんです。クリスティーヌが私の元を去るなど、ある筈がないのです。頬を叩いた一件を抗議する意味でああ言ったのかと。その罪滅ぼしに新しいブローチを贈ります。前の物は壊れてしまいましたから…それで機嫌を直してくれるでしょう。前もそうでしたから…」
「そ、そうか?ではせめてカレン嬢のよりも良い物を…それは絶対だぞ!」
そう言いながらも眉間にしわを寄せる皇子に、ロベルトは大きく頷いた。それから再び笑みを浮かべて…
「まだクリスティーヌには役目がありますから…せいぜい高価なブローチを贈ることに致します。それで文句はありませんよね?」
そう言うロベルトに皇子は心底呆れ、微かな声で呟いた。
「本当に大切なものは、失って初めて気付くのだよ…ロベルト。私のようには決してなるな…」
幼馴染みを想ってのそんな呟きは、ロベルトの元に届くことはなかった。
ガレリア帝国の第一皇子であるブロン・ヴォン・アーガソンは、この国で数少ない気の置けない相手ロベルト・イェガーに対して憤りを隠せない。女性に暴力を振るうなど、あるまじき行為だからだ。今は執務中だというのに、そう言わずにはいられなかった。
そもそもこのロベルトという男は、公爵という高き身分の割に、口下手で正直何を考えているのか分からないところがある…
だけど決して嘘はつかず仕事ぶりは真面目、だから少々寡黙過ぎるという困った点があったとしても、自身の補佐官としては及第点を与えてきた。そんな間柄の二人だが、そもそも同級生同士ということがなかったら、こうして関係を築くこともなかったかも知れない。お互いの長所など一切知らぬまま敬遠して…そのくらい性格が真逆だった。
「だけどな、言うべきことすらお前は言わないところがある。扱いにくいんだよ!まったく…」
ブロン皇子がそう密かに呟くと、ロベルトは聞き取れなかったらしく怪訝そうに見つめる。だけど案の定、面倒くさいのかそれ以上は追及すらしない。それに皇子は益々苛立ちを隠せなくなっていく。するとロベルトは…
「私ども夫婦のことは、口出し無用と申し上げた筈です。そもそもあれには理由があって…」
「理由?夫人がカレン嬢のブローチを盗んだことか?馬鹿な!あれには目撃者がいて、夫人は偶然拾っただけだったと判明している。その件については既に訂正して報せ済みだ。だがな…一度ついたイメージっていうのはなかなか消せないんだぞ?夫人の評判は地に落ちるだろう。それも、夫の誤解から起きたことだと知ったら…どうなると思う?」
そう尋ねる皇子にロベルトは、一切反応せず口を真一文字に結んだまま。すると業を煮やした皇子が大声を上げて…
「離婚だ!そんなの離婚するって言われるのがオチだろ?おまけにその相手というのが、あろうことか以前から夫と噂になってるあの人で…我慢できん!」
皇子はイェガー夫人にでもなったかのように、その気持ちを強く代弁する。そしてそれでも反応のないロベルトをキッ!と睨みつけている。すると皇子は、ロベルトのいつもの仏頂面の中に、少しだけ違う感情を見て取る。それは親友だとも呼べる間柄だからこそ、分かる僅かな変化だった。
「なっ、嘘だろう…もしかして既に言われたとか?わあぁぁ~とうとう引導を渡されたのか…離婚だって!」
俯いて押し黙るロベルト…その姿が、それが事実だと物語っている。だけど特にそれに反省を述べる訳でもないロベルト。それに皇子は更にイライラとしだして…
「なあ、ロベルト。そろそろカレン嬢との関係を解消すべきじゃないのか?お前の気持ちも分かるが…。それに私だって色々言われているんだぞ?婚約者候補を奪われた憐れな皇子だとか何とか…」
「それは出来ません。それは殿下も、よく分かっているではありませんか…。そしてカレンは、決して皇子妃になることはない…ご存知ですね?」
それに苦虫を噛み潰したような表情をするブロン皇子。それから暗い表情のまま、暫くじっと考えている。それから…
「かと言って、そのままで本当にいいのか?夫人がそんなお前を許してくれるとでも思うのか!もう流れ出した水は元には戻らないんだぞ?」
そう言われたロベルトは、ほんの少し表情を変える。他の人ならばその変化には決して気付かない。幼馴染みの間柄だからこそ分かる変化で…
そしてロベルトは皇子を見つめながら密かに笑う。そして…
「大丈夫です。クリスティーヌがイェガー家を出て、どこへ行くというのです?自分を売り渡した実家とは疎遠で、おまけに援助は受けられなくなる為にあちらからも手を差し伸べることはないでしょう。友人とも呼べる者などおらず、だから頼るところなどないに等しい。かと言って一人でなどとても生きてなどいけません。そんな女が一体どうすると?」
ロベルトは嘲りに似た笑みを浮かべている。それに皇子は、ハァーッと大きな溜め息を吐く。そして…
「その自信満々な言動を後悔しないことを祈っているよ。だけどお前…いい加減自らを解放しても良いのではないか?私は心配だ…本当に心配なだけなんだよ!」
先程までの砕けた態度とは明らかに違う真剣な顔…それにはロベルトもスッと身を正した。そしていつものポーカーフェイスで口を開くと…
「ご心配をお掛けしてすみません。ですが…私達は本当に大丈夫なんです。クリスティーヌが私の元を去るなど、ある筈がないのです。頬を叩いた一件を抗議する意味でああ言ったのかと。その罪滅ぼしに新しいブローチを贈ります。前の物は壊れてしまいましたから…それで機嫌を直してくれるでしょう。前もそうでしたから…」
「そ、そうか?ではせめてカレン嬢のよりも良い物を…それは絶対だぞ!」
そう言いながらも眉間にしわを寄せる皇子に、ロベルトは大きく頷いた。それから再び笑みを浮かべて…
「まだクリスティーヌには役目がありますから…せいぜい高価なブローチを贈ることに致します。それで文句はありませんよね?」
そう言うロベルトに皇子は心底呆れ、微かな声で呟いた。
「本当に大切なものは、失って初めて気付くのだよ…ロベルト。私のようには決してなるな…」
幼馴染みを想ってのそんな呟きは、ロベルトの元に届くことはなかった。
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