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第一章・クリスティーヌの逃亡
11・手紙
「良く似た色の貝が見つかりました!これでほぼ同じように仕上げることが叶います。どうぞご安心下さいませ」
年配の店員は、そう言って満面の笑顔をつくる。もしかして見つからないかもと心配していたようだからホッとした様子だ。それには心から申し訳なく思う…だってそのブローチは、再び私の胸に飾られることはない。そのことを心の中だけで詫びる。
「どうもありがとう!それで納期はどれくらいになるかしら?一応知っておきたいのだけれど」
そう聞く私に、サッと笑顔を引っ込める店員。その問題があったか…と思い出したように焦り出す。そして遠慮がちに…
「お急ぎでしょうか?そうですね…金具の修理や傷消しはあっという間に終わります。ですが後の工程は職人次第になります。一カ月ほど…いえ、三週間ほどお待ち下さいますか?」
「ちょうどいいわね…」
恐々と言った感じで伝えた後、私のその言葉でより戸惑った様子の店員が。それに苦笑いして、フルフルと首を振る。そして…
「それで充分よ?特に急いでいないから大丈夫です」
それから私は再び下を向き、借りたペンを走らせる。上質な便箋を用意してくれたけど、自分の物ではないから少し下手な字になってしまった。それでもどうしても伝えなければと…
もしかしたら、余計なお世話なのかも。そして私の心の中にある『復讐』という文字…それを否定するつもりはない。あの人に傷付けられてズタズタになった心が、私にそう囁くの…復讐しなさいと。だけど…
そんな陳腐な言葉で、片付けられるかしら?あの人から受けた一つ一つのことを書き連ねれば、それで気が晴れるというものでもない。そんな時期はとっくに過ぎてしまっていて…
──それなら私は、何を伝えようとしているの?
そう悩んだ末に一言だけ書くことにする。
『あなたの恋は、叶うことはありません』
この手紙を受け取ったロベルトは激昂するでしょうね。ただ黙って去って行けばいいものを、こんな憎まれ口を叩いてから行くとは!…なんて思うんじゃないかしら?そして何ヶ月…何年か経ったある日、思い知るのよ?あの時私が言っていたのは、このことだったのかと。そのことにフッと笑いが溢れた私は、その一言だけの手紙を丁寧にたたみ、そっと封筒に仕舞う。それから固く封をする…
「ブローチの修理が終わったら、この手紙と一緒にイェガー邸まで届けてくれる?夫にサプライズをしたいの!お願い出来るかしら?」
そう言った瞬間、店員の顔が引き攣ったように見えた。きっとこの人は、ロベルトとカレンの時も接客したんじゃないかしら?そして修理なんかじゃなく、高価なブローチを購入してプレゼントしていた。それなのに可哀想な妻の方は、夫にサプライズしたいなんて…さぞかし憐れだと思っているでしょう。
だけどそこはプロ。ほんの一瞬動揺しただけで、笑顔でそれを了承してくれる。
そしてここまでは私の願い通りになった。約三週間後…この手紙と、かつて自分が私に贈った物…壊れたはずのブローチを受け取るロベルト。おまけにそのブローチはまるで新品のようになっている。
──あなたにこのブローチ、お返しするわ!私の心と一緒に…
そして舞台が整った私は、次の工程に移ろうとする。早くしなければロリーが戻って来る…そうなれば延期か、そもそも計画全てが失敗に終わるかも知れない。だけどもう…ここまで来たら後戻りは出来ない。あの牢獄のような屋敷で、ロベルトを待つだけの生活を送るの?
ロベルトの気まぐれで抱かれ、そしていつの日か子供が生まれても、きっとカレンとの幸せの為に奪われてしまう…そんなの無理よ!
そう心を新たにした私は、スクッと立ち上がる。そして…
「もう直ぐメイドが戻ってくると思うの。それまで待たせてくれる?私は化粧室をお借りするから…いない間に戻って来たらそう伝えていただけるかしら」
それにうやうやしく頭を下げる店員。そして私はこの個室を出て行く。この宝石店には何度も来ていて、どこに何があるのか程度は把握していた。そして店の最奥には化粧室が…
なるべく首は動かないようにして、周りに気を配る。そして誰もいないことを確認すると、素早く化粧室の前を通り過ぎて…
化粧室を過ぎたところは行き止まりで壁になっている。そしてそこには背の高い花台が置かれているだけ…以前からこんなところに花を?って思っていた。化粧室の中や店先、個室の前ならまだしも、こんな人の通らないところに必要なの?って。
そんなある日、たまたま私は目撃することに…化粧室を出たところで不穏な気配を感じて…
覗き?と慌ててまた化粧室に戻り、扉を薄ら開けたままでその隙間から覗いた。そこに居たのはこのクレランス宝石店のオーナー。
そして大いに驚いたのは、あるはずがない扉から現れたこと。そしてその背後を目を凝らして見ると、その扉の奥には通路が!
この店は正面にしか出入り口はない。そう言われていた…だけど実際は隠し通路があった。驚いたものの、それは店側の都合だからと誰にも言わず見ないふりした。そんな記憶が今日役に立つとは…本当に不思議な巡り合わせ。
そしてキョロキョロともう一度誰も来ないことを確認した私は、その花台の前に立つ。そして…
「ええっと…確かここ?」
アイアンで作られた花台の上を掴んで、思いっ切り右に倒す。すると…
──カコン。
そんな微かな音…すると目の前の壁が、人ひとり通れるくらいの大きさが1センチほど奥に窪む。それをそっと押すと…現れたのはいつか見た通路。だけど思っていたよりずっと暗く、そして狭い!そしてその先は、延々と続くような闇が広がっていて…恐怖でゾクリとする。
「行くのよ…クリスティーヌ。でなければ何も変わらない!」
そう自分を奮い立たせて、その闇にそっと足を踏み入れる。迷っている暇などない!そう思って振り返り、勇気を振り絞って内側から扉を閉ざした。すると私に真っ暗な闇が襲いかかって…
年配の店員は、そう言って満面の笑顔をつくる。もしかして見つからないかもと心配していたようだからホッとした様子だ。それには心から申し訳なく思う…だってそのブローチは、再び私の胸に飾られることはない。そのことを心の中だけで詫びる。
「どうもありがとう!それで納期はどれくらいになるかしら?一応知っておきたいのだけれど」
そう聞く私に、サッと笑顔を引っ込める店員。その問題があったか…と思い出したように焦り出す。そして遠慮がちに…
「お急ぎでしょうか?そうですね…金具の修理や傷消しはあっという間に終わります。ですが後の工程は職人次第になります。一カ月ほど…いえ、三週間ほどお待ち下さいますか?」
「ちょうどいいわね…」
恐々と言った感じで伝えた後、私のその言葉でより戸惑った様子の店員が。それに苦笑いして、フルフルと首を振る。そして…
「それで充分よ?特に急いでいないから大丈夫です」
それから私は再び下を向き、借りたペンを走らせる。上質な便箋を用意してくれたけど、自分の物ではないから少し下手な字になってしまった。それでもどうしても伝えなければと…
もしかしたら、余計なお世話なのかも。そして私の心の中にある『復讐』という文字…それを否定するつもりはない。あの人に傷付けられてズタズタになった心が、私にそう囁くの…復讐しなさいと。だけど…
そんな陳腐な言葉で、片付けられるかしら?あの人から受けた一つ一つのことを書き連ねれば、それで気が晴れるというものでもない。そんな時期はとっくに過ぎてしまっていて…
──それなら私は、何を伝えようとしているの?
そう悩んだ末に一言だけ書くことにする。
『あなたの恋は、叶うことはありません』
この手紙を受け取ったロベルトは激昂するでしょうね。ただ黙って去って行けばいいものを、こんな憎まれ口を叩いてから行くとは!…なんて思うんじゃないかしら?そして何ヶ月…何年か経ったある日、思い知るのよ?あの時私が言っていたのは、このことだったのかと。そのことにフッと笑いが溢れた私は、その一言だけの手紙を丁寧にたたみ、そっと封筒に仕舞う。それから固く封をする…
「ブローチの修理が終わったら、この手紙と一緒にイェガー邸まで届けてくれる?夫にサプライズをしたいの!お願い出来るかしら?」
そう言った瞬間、店員の顔が引き攣ったように見えた。きっとこの人は、ロベルトとカレンの時も接客したんじゃないかしら?そして修理なんかじゃなく、高価なブローチを購入してプレゼントしていた。それなのに可哀想な妻の方は、夫にサプライズしたいなんて…さぞかし憐れだと思っているでしょう。
だけどそこはプロ。ほんの一瞬動揺しただけで、笑顔でそれを了承してくれる。
そしてここまでは私の願い通りになった。約三週間後…この手紙と、かつて自分が私に贈った物…壊れたはずのブローチを受け取るロベルト。おまけにそのブローチはまるで新品のようになっている。
──あなたにこのブローチ、お返しするわ!私の心と一緒に…
そして舞台が整った私は、次の工程に移ろうとする。早くしなければロリーが戻って来る…そうなれば延期か、そもそも計画全てが失敗に終わるかも知れない。だけどもう…ここまで来たら後戻りは出来ない。あの牢獄のような屋敷で、ロベルトを待つだけの生活を送るの?
ロベルトの気まぐれで抱かれ、そしていつの日か子供が生まれても、きっとカレンとの幸せの為に奪われてしまう…そんなの無理よ!
そう心を新たにした私は、スクッと立ち上がる。そして…
「もう直ぐメイドが戻ってくると思うの。それまで待たせてくれる?私は化粧室をお借りするから…いない間に戻って来たらそう伝えていただけるかしら」
それにうやうやしく頭を下げる店員。そして私はこの個室を出て行く。この宝石店には何度も来ていて、どこに何があるのか程度は把握していた。そして店の最奥には化粧室が…
なるべく首は動かないようにして、周りに気を配る。そして誰もいないことを確認すると、素早く化粧室の前を通り過ぎて…
化粧室を過ぎたところは行き止まりで壁になっている。そしてそこには背の高い花台が置かれているだけ…以前からこんなところに花を?って思っていた。化粧室の中や店先、個室の前ならまだしも、こんな人の通らないところに必要なの?って。
そんなある日、たまたま私は目撃することに…化粧室を出たところで不穏な気配を感じて…
覗き?と慌ててまた化粧室に戻り、扉を薄ら開けたままでその隙間から覗いた。そこに居たのはこのクレランス宝石店のオーナー。
そして大いに驚いたのは、あるはずがない扉から現れたこと。そしてその背後を目を凝らして見ると、その扉の奥には通路が!
この店は正面にしか出入り口はない。そう言われていた…だけど実際は隠し通路があった。驚いたものの、それは店側の都合だからと誰にも言わず見ないふりした。そんな記憶が今日役に立つとは…本当に不思議な巡り合わせ。
そしてキョロキョロともう一度誰も来ないことを確認した私は、その花台の前に立つ。そして…
「ええっと…確かここ?」
アイアンで作られた花台の上を掴んで、思いっ切り右に倒す。すると…
──カコン。
そんな微かな音…すると目の前の壁が、人ひとり通れるくらいの大きさが1センチほど奥に窪む。それをそっと押すと…現れたのはいつか見た通路。だけど思っていたよりずっと暗く、そして狭い!そしてその先は、延々と続くような闇が広がっていて…恐怖でゾクリとする。
「行くのよ…クリスティーヌ。でなければ何も変わらない!」
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