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19.王都サリュース

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 王都の周囲は高い塀に囲まれ、その周りを海から引き入れた海水で満たした堀で守られている。
 入り口は南と北の二ヵ所のみ。
 南口は、海に面した入江で、船での出入りしか出来ない。
 北口は、堀に掛けられた跳ね橋が敵の侵入を阻む造りになっており、十数人の門番達が守りを固めている。

 響達が乗った荷馬車が近づくと、門番二人が寄ってくる。
 あの時点で、アリシアを起こしたのは正解だった。
 門番達とアリシアは、顔見知りだったようで、あっさりと王都へ入る許可が出た。
 跳ね橋を渡ると、人や荷馬車が余裕で往来出来る程の道が、小麦畑を通り町へと続く。
 町の中央には広場から放射線状に道が広がり、その一本が王の通り道であり、王の住まう城へと石畳が敷かれている。
 アリシアは響達に、王道から西へ向かうように伝え、街中を進むと大きな屋敷が現れる。
 そこは、貴族が住むような豪華な建装で、門扉の前には門番の他に、数名の騎士の姿があった。
 その騎士達は、アリシアの顔を見るなり、姿勢を正し門番に門扉を開けさせる。
 荷馬車が門を通りぬけると、屋敷の中から騎士やメイド達が、アリシア達を出迎えに出てくる。
 どうやら先に使いが、アリシア達が戻った事を伝えたようだ。
 騎士達が亡くなり、その遺体が戻って来たのだ。
 迎えに出て来るのは、当然と言えば当然である。

 荷馬車が屋敷の前に付くと、見るからにこの屋敷の主らしき夫妻が立っていた。

 「お母さま! お父様、ただいま戻りました」

 アリシアは、荷馬車から飛び降りて、母に抱き付き父に帰還の挨拶をする。
 その姿は、まだあどけなさが残る少女のようでもあった。

 えっ、お父様? アリシアって……お嬢様なの? 
 荷馬車から降りた響は、アリシア達を見て呆然と立ち尽くすのであった。

 響は、アリシア達が屋敷の中に入るのを確認し、村人の一人に駆け寄り、亡くなった騎士達から集めた、銀貨を手渡し礼を言う。
 荷馬車は、騎士達に守られるかように、騎士達の宿舎に棺は運ばれて行く。
 その姿は、敬愛する指揮官が、一緒に酒を酌み交わした親しい友が、戦の危機に助けた者、助けられた者、それぞれに亡くなった者への思いがあるのだろう。後姿がもの悲しそうだ。

 「どうぞこちらへ、ご案内致します」

 「はい、すみません!」

 元気よく返事をした響が後ろを振り向くと、そこには背筋を伸ばして笑顔を見せる、メガトン級の筋肉を蓄えたメイド長が立っていた。

 ヒェッ~!

 響は、メイド長の後ろに従い、屋敷の中に入って行く。
 その姿ははたから見ると、さながら叱られた子供が、母親の後をついて行くようであった。

 屋敷の中に入ると、二人のメイドが響の後を付いて来る。奥に歩いて行くと、テラスに面した大広間に通される。
 テラスのガラス窓には、夕焼けの明かりが室内の長テーブルを照らし、この建物の主をそこで待つ事になる。
 親子で無事に戻った事や、報告でもしているのだろう。日が落ちて、メイド達がキャンドルに、火を灯し始めている。

 「どうぞこちらで、お待ち下さい」

 立ってテラスの外を、ひたすら見ていた響に、メイドがテ-ブルの椅子を勧めてくる。その後メイド達は、響を残して部屋から出て行く。

 「ングング・・・・・・なんだか、雰囲気がピリピリしてるねぇ」

 「食べながら話すなよ! だけど、クロエの言う通りかもな。敷地内の騎士の数が多いし、何かに警戒してるみたいだなぁ」

 響が、独り言のようにクロエと話をしていると、奥の大扉が開き、護衛騎士とメイドを連れ立て、公爵夫婦とドレスに着替えたアリシアが入って来た。

 「まあ、遠慮せずに掛けてくれたまえ。」

 威厳ある口調で、口に髭を蓄えった公爵が、テーブルに着きながら響に席を勧めてくれる。

 公爵の口髭は、丁寧に手入れされており、高貴な身の上であることを感じさせる。自衛隊が中東に派遣された折に、見下されないように皆で、髭を伸ばしたと聞いた覚えがある。

 俺も伸ばした方がいいのか……

 「君が響くんか? 私は、この国の公爵マクマオン・シ-ドル、そして妻のケリ-・シ-ドルだ」

 「初めまして、大地 響です」

 立ち上がり、響は公爵夫婦に挨拶をする。

 「まあ座りたまえ。今は娘を助けてくれた恩人に、礼が言いたいだけなのだ……本当に有難う」

 公爵夫婦は、響に頭を下げて礼を述べる。

 「お気になさらず、運が良かっただけなので……」

 響は、偉い方達から礼を言われ戸惑ってしまう。

 うわっ、公爵って貴族の中でも、結構偉い人達だよなぁ……
 見ず知らずの人間に頭を下げるなんて。

 「ところで君は、探検者だと言う事だが、どこから来たのかな?」

 おおっ!やっぱり素性が気になりますよね~

 「はい、北部のアルン村を拠点に、遺跡の探検をしていました。 『ナイン リング』を探しています」

 アルン村は野人に占領されてるし。調べようにも村人はみんな第一ブロックに居るから、外との接触は出来ないので大丈夫と。

 「アルン村か……確か、村長は……」

 公爵は、確認するかのように、響を見る。

 なるほど、答えろって事ね!

 「ウルムさんですか? ご存知なんですか?」

 まずいなぁ~

 メイド長が、公爵に近づき耳打ちをする。

 「そうか、いやぁすまぬ。このアリス・ノートンが、前にアルン村に、立ちよった事があったそうでな」

 エッ~! メイド長って、アリスって言うんだぁ!
 それで、何!

 「村長の名は、ウルムで間違いないようだな。それでアルン村は、どうなったか分かるのかね?」

 取りあえずセ-フなのかな?

 「アリシアさんを助けた後、アルン村の近くまで行きましたが、既に野人に占領された後でした。その後三百人以上の野人が、村に向かうのを見ました。」

 響は、村人達を助けた事を公爵に伝えなかった。
 畑が焼かれ、住むべき家も焼かれた今となっては、村を奪還したとしても、村人達の生活は成り立たないだろう。
 ならば今は、響達が保護できる安全な場所で、落ち着きを取り戻すまででも、生活して貰えればと良い。

 「部族で移動しているようだな。野人の一部族は、だいたい二百~三百位で、部族間の仲はあまり好くはないと言うからね。それに、今まで略奪はあったが、部族の移動は無かった」

 公爵は、事の深刻さに考え込む。

 「旦那様、もうそろそろお夕食になさっては、いかがですか?」

 アリスメイド長が、事の深刻さを察して、公爵に話しかける。

 「そうだな、そうしてくれたまえ」

 「かしこまりました」

 メイド長は、筋肉質の割に機敏な身のこなしで、部屋を後にする。
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