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53.シアンとマゼンタ

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 マゼンタは、広い空き地を前に呆然と一人、立ち尽くしていた。
 ガズール帝国から仲間を失い、追われながらここまで来て、有るべきはずのシ-ドル公爵邸が無いのだ。
 どこを頼ればいいのか、何も考えられなくなっても仕方がない。
 次への切っ掛けが掴めないのだ。
 後は明日の朝、冒険者組合で生き残った仲間と落ち合う………生きていればだが。

 そこへ、夜中だと言うのにガヤガヤと騒がしい一団がやって来る。
 暗闇にたたずむマゼンタに気付いた男達が、剣に手をやり身構える。

 マゼンタも、マントの下の剣をそっと握りしめる。

 「どうかなさったのですか? この様な所にお一人で………」

 男達の一団の中から、優しく問いかける女性の声がする。
 その声の主は、出前途中のアリシアだった。

 マゼンタは、男達に敵意の無い事を示すかのように、マントの下から両手を垂らし、男達の方へ振り返るのであった。

 「怪しい者ではありません。私はガズール帝国から、書簡をシ-ドル公爵様に届けに来た者です。シ-ドル公爵様は、今どちらにおられるのでしょうか? 教えていただけませんか!」

 「………………」

 男達は黙り込み、誰一人、口を開こうとはしなかった。
 アリシアがあの日の事を思い出し、悲しい思いを再びするような事は、有って欲しくはないのだ。
 そんな男達の優しい心使いを、肌で感じ取ったアリシアは、マゼンタの前に進み出る。

 「私はアリシア・シ-ドル。残念ですが、父マクマオン・シ-ドルは、何者かの襲撃を受けて亡くなりました」

 アリシアは、オカモチを両手でしっかりと握りしめて説明する。
 両親の事は、今でもアリシアの胸をえぐる程の思いとして、深く刻み込まれていた。
 男達にとっては、そんなアリシアが、いとしくてまらないのだ。

 「………亡くなった………では、今この国の舵取りは何方どなたが?」

 マゼンタにとっては、アリシアの感情などはどうでもよいのだ。
 この国の実力者と会い、ガズール帝国の王と第一王子を解放し、戦を食い止めたいのだから。

 「カ-ル・オクタ-ビア大公様とハイリガ-・ム-ス公爵様の、お二人でしょうか」

 マクマオン・シ-ドル公爵亡き後、その後をになえる貴族は出て来なかった。
 『出て来ない』と言うよりも、ム-ス公爵による陰謀で、力を持つ貴族のことごとくは、暗殺されるか、自分の領地で野人や盗賊が暴れ回り、王都での執務どころではなかったのだ。

 マゼンタは、シアンの後を追いム-ス公爵家へ向かうか、当初の予定通り冒険者組合へ向かうか考えていた。

 「マゼンタ、逃げて~」

 マゼンタは、声のする方を振り返り、目を凝らしてその姿を見る。
 そこには、三人の大男に追われるシアンの姿があった。

 「シアン!」

 マゼンタは、マントを手で跳ねのけ、剣を抜きシアンの元に走り出す。
 幼い頃より一緒に育ち、今回の任務もマゼンタが参加したので、シアンは名乗りを上げたのだ。
 シアンを残して、逃げられる訳がない。
 その姿を見た冒険者の男達も、マゼンタの後に続く、相手が誰であろうと弱い者の味方なのだ。

 「アリシアさんと駆け出し二人は、そこに居ろ!」

 ベテランの冒険者が、一緒に斬り込もうとしているアリシアを見て、機転を利かせた指示を伝える。
 安全を考えてと言う事も有るが、組織だった戦いに慣れていない者が入ると、邪魔になるか、早死にするだけだからだ。

 大男が、走るシアンに追い付いた。
 真ん中に位置する大男の、右手が振り下ろされたかと思うと、シアンの背中から血しぶきが舞い上がる。

 「シアンに何をする!」

 マゼンタは、大男に斬りかかるが、横から別の大男の一撃を喰らい、右腕を斬り飛ばされて、地面に叩き付けられ、気を失ってしまった。

 「真ん中の大きな奴には四人、両脇には三人づつであたれ! 力負けしないように距離を取るのを忘れるな!」

 的確な指示を受けた冒険者達は慣れたもので、それぞれ連携して大男との戦いに入って行く。
 暗闇で気付かなかったが、剣を交えて大男の本当の正体に気付くのであった。

 「コイツら……ワーウルフだぁ! 気を付けろ!」

 マントの下から突き出した物は、人の手により作られた武器ではなく、鋭い爪をむき出しにした、ワーウルフの手だった。

 「銀装備だ! 銀装備を持って来い!」

 「応援を呼べ! 駆け出し! 走れ~!」

 冒険者達は、ワーウルフと戦いながら、経験から必要な事を声に出して行く。
 ワーウルフの弱点。
 それは傷の再生能力を妨げる、銀の薬液が混ぜ込まれた銀装備もしくは、銀の薬液その物なのだ。
 銀の薬液があれば、剣に流し付けて戦える。
 しかし、こんな王都の町中で、銀装備や銀の薬液が必要になる事を、誰が予想出来たであろう。

 ベテラン冒険者の声を聴いた駆け出しの一人が、アリシアの手からオカモチを取り、もう一人がアリシアの手掴み走り出そうと後ろを振り返る。

 「逃がしませんよ」

 そこには、身なりの整った老齢の男が立っており、右手から突き出されたブロードソードは、アリシアのふくよかな胸を貫いていた。
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