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60.ガズール帝国へ

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 昼時のお食事処『サミット』は忙しい。
 料理は直ぐ食べる事が出来る『丼物』しかないが、価格が手頃でそこで働くメイド服姿の女性達が可愛いいとくれば、男達が集まるのは何処の世界でも共通のパタ-ンである。
 そして、あの事件以来行方不明だったアリシア・シ-ドルが、一ヶ月ぶりに戻って来たのである。
 一目アリシアを見ようと、男達がいつもより多く集まって来ていた。
 
 「はい、親子丼! たまにはケチケチしないで、ステ-キ丼でも頼みな! どいつもこいつも、稼ぎが悪いねぇ~」

 そこには、親子丼の三倍はする値段の、ステ-キ丼を勧めるアリシアが居た。
 物静かなお嬢様風だったアリシアが、酒場の女のような豪快な性格に変わって、戻って来たのだ。
 始めは驚いていた男達も、気さくな受け答えをするアリシアに、戸惑いつつも馴れ馴れしく、話しかけて来るのであった。

 「何すんだい! バコン! 銀貨一枚! それで許してやんよ」

 「へぇ~ぃ………」

 調子に乗って、アリシアのお尻を触った男は、トレ-で頭を殴られて転がっていた。
 響は、アリシアの所に駆け寄り、釘をさす。

 「もっと自重しろ! 分かったな!」

 「はい、はい………もう殴らないから~」

 アリシアは、手を後ろに組み、胸を突き出しながら体をもじもじさせている。
 それを見た一人の男が………叫ぶ。

 「銀貨十枚で、オッパイ揉ませて~」

 「いいよ~!」

 それを見た男達は、ふところから銀貨を取出してアリシアの周りを取り囲む。
 他のメイドの所に走った男達は、ことごとくマリア組合長が、ノックアウトしていた。
 響は、男達に取り囲まれているアリシアの所に行き、手を掴むと罵声を浴びながら、無理やり店の奥に連れ込んで行く。
 
 「バカか! バカなのか? お前は! アリシアは、尻を触らせたり、胸を揉ませたりしねぇから! 分ってるのか、クロエ!」

 そう、ここに居るアリシアは、クロエが変化へんげしていたのである。と言うのもアリシアが行方不明になってから、アリシア捜索騒動が大事となり、事態の収拾を図るため、マリア組合長、『ファルコン』のチ-ムリーダ-ジュリアン、フェスタ-騎士団のアリス団長、響の四人で集まり密かに対策を協議した。
 その結果、響の新たに手に入れたスキルで、アリシアのエイリアスを作りクロエと融合させ、アリシアの代わりをさせる事になったのだ。
 これには、魔王ベルランスの復活により、リングの縛りが無くなったクロエを、誰かしらの監視下に置く目的もあった。
 
 「だけどあんな事で、金儲けになるんだよ! もったいないじゃないかい! 一日で十日分くらいの儲けになるんだよ?」

 「それでも、だめぇ~!」

 そんなの許したら、禁酒にした意味がないし。アリシアが知ったらどうなる事やら………

 仁王立ちで響は、クロエにダメ出しをする。
 そして、久しぶりにチョウカ-の刑を執行して、クロエにトラウマを思い出させる。

 「分かった、分かったから~もう、やめとくれよ!」
 
 その後、アリシアクロエの接客態度は変わらなかったものの、お触りを仕掛けた者は、ことごとくトレ-の餌食となって行った。





 「彼女が、ガズール帝国から来たマゼンタさん。そして、彼が響、この店の店主です」

 マリア組合長は、響を店の二階に連れて行き、先日、意識を取り戻したマゼンタと引き合わせる。
 先の出来事で右腕を失ったマゼンタは、今も命を狙われているため、マリア組合長が密かに連れて来て、かくまっていたのだ。
 
 「マゼンタさん、経緯いきさつはマリア組合長から聞きました。ガズール帝国が、ランベル王国に侵攻して来た所で、ランベル王国を直ぐに手に入れる事は、難しいのではないですか?」

 響が聞いていたこの国の戦力であれば、そう簡単には負ける事はないと考えていた。

 「ガズール帝国三万に対して、ランベル王国二万九千、数的には互角ですが………ランベル王国内に内通者が居たとしたら? その手勢がガズール帝国三万と呼応して、後から攻めて来たら。勝ち目は有りますか?」

 「この国に内通者が………いる」

 マゼンタの話を聞いた響は、椅子に座るマリア組合長見る。
 先に、この話を聞いていたのであろう。マリア組合長は、一つ相槌を打つ。

 「この事を、何処かに伝えたんですか。」

 響は、マリア組合長の横に椅子を置くとまたいで座り、背持たれに両腕を乗せて、自分達だけでは事が事だけに、二人に確認する。

 「私の亡くなった仲間が、ム-ス公爵の所へ密書を持って行きましたが、密書を渡せたのかどうか分かりません?」

 マゼンタは、右腕の傷の痛みを堪えながら、思い出したくないであろう事を話す。

 「その件に付いては、今朝ム-ス公爵に密書を渡して確認しましたが、会っていないと言う事でした。それに、遺体から密書は見付かりませんでした。敵の手に落ちたと考えるべきでしょうね………」
 
 「それでは、私達の村が危ない! うぅ………」

 村の危機を悟ったマゼンタは、起き上がろうとするが、腕に激痛が走り倒れこむ。
 マゼンタの村はガズール帝国の北にあり、その地は昔から余り気候が良くないため作物が取れなかった。
 だから、若者達の大半は金銭を得る目的で、秘密機関タンバに入り村に送金していたのだ。
 しかし、第二王子が政権を取った後、必要無くなったタンバの粛清しゅくせいが始まった。
 それを受けて、秘密機関タンバのメンバ-は、各々おのおのの故郷に姿を消した。
 そして、マゼンタの村に居るタンバのメンバ-の中から、ランベル王国に使者が派遣される事になったのだ。
 その使者が持っていた密書が奪われたと言う事は、マゼンタの村が第二王子側に、知られたと言う事になるのだ。

 「貴女の村に使いを出しましょう! 今から出て、間に合えばよいのですが………」
 
 「それなら、俺が行きましょう。だけど、マゼンタさんの使いだと言う事を、どのように信じて貰えばよいか………手紙だけでは、信用は得られませんよね」

 今の状況で、色々と対応が出来るのは自分だけだと思い、言ってはみたものの響にはいい案が思い付かなかった。

 「それでしたらこれを」

 マゼンタは、首に掛けていたネックレスを取出し、響に手渡した。
 それは、マゼンタが村を出る時に、族長から渡された守り神が掘られたメダルであった。

 響は、店の警護をマリア組合長に託し、その日の夜、王都サリュースから旅立っていった。
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