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61.コタン村

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 馬の脚元には、固く締まった土と岩が散乱する大地が広がっている。
 大きな川の一つでもあれば、ナイルの砂漠地帯でも作物が取れるように、この大地でも何らかの作物が出来たであろうが、見渡す限りその様なすがたを見る事は無かった。

 本来であれば、馬を使うよりも走る方が早く目的地に着けるのだが、ここまで五日をかけて、響は馬を使い旅をして来た。
 理由としては、単に最近一人で馬に乗れるようになったからであった。
 一人で馬に乗れるようになったのが、嬉しいのである!
 それと、響の走る姿を見られると、『まずい』と言う事を周りから言われたようだ。
 
 「この先だよなぁ~マゼンタさんのコタン村があるのは………」

 辺りを見回しながら馬を進めて行くと、十人程の武装した集団に取り囲まれる。
 急に現れたので、空間移動でもして来たのかと思うと、迷彩とカモフラ-ジュで、辺りに溶け込んで潜んでいたのだ。
 響も、怪しまれない様に、気配を消さず辺りの警戒をしていなかった。
 今の響であれば、大抵の攻撃を避けるのは、容易い事である。

 「お前は何者だ! 何をしにここに来た?」

 リーダ-らしき男が、バスタードソードを響に向けて、問いかけて来る。

 「ここは、コタン村か? 俺は大地 響、ランベル王国からマゼンタの使いで来た」

 「マゼンタの………ランベル王国に向かった奴らは皆、無事なのか?」

 マゼンタの名前が出たとたん、響を取り囲む集団から殺気が消えて行く。

 この集団の奴らは、コタン村の関係者で間違いないようだな。

 「そのあたりの事は、族長に直接話す。これが、マゼンタの使いだと言う証だ!」

 響は、懐からマゼンタより預かった、族長から渡された守り神が掘られたメダルを、リーダ-らしき男に投げ渡す。

 「………………分かった、ついて来い! 後は任せる」

 「はっ!」

 リーダ-らしき男は、部下に後を任せると、響の前を歩き出す。
 その後、部下達は身を沈め、その姿は見事に周りと同化していた。

 これは………余程の者でなければ気付かないな。

 響は、改めて彼らの能力の高さを感じ取る。
 辺りをサ-チしてみると、至る所に罠が施されており、敵を誘い込んで戦力を減らす意図が見られた。

 先程の平地の先には切り立った崖があり、その崖の壁面には、人の手によって作られた馬車一台が通れる登り道が続き、二百メ-トルごとに馬車が行き交う空間が造られていた。
 戦になればこの空間は、敵を撃退するのに格好の場所となるだろう。
 崖を登る道はしばらく続き、石造りの砦が見えて来る。
 ここまで案内して来た男が、砦の見張りに合図を送ると、門が開き中から屈強な男達が響を取り囲む。
 その向こうでは、ここまで案内してくれた男が、片目の男と話をしている。
 そして、話が終わると案内してくれた男は、元来た道を帰って行き、片目の男が近づいて来る。

 「話は聞いた! 族長の所に案内するから、念のために武器を渡してくれ」

 「分かった」

 響は、片目の男に言われた通り、腰のブロードソードと短剣を渡し、コ-トを両手で開き他に武器が無い事を見せてやる。

 「それじゃ、付いて来てくれ」

 響は、一つうなずくと片目の男の後をついて、砦の門をくぐって行く。
 そこには、ひらけた大地が広がり、豊かではないが作物が作られ、村が形成されていた。
 片目の男に連れられた響は、見張りの立っている家の中へと案内される。
 その中には、テ-ブルに座る二人の老夫婦が、響を迎えるかのように立ち上がり、椅子に座るように手で促す。
 片目の男は、族長に耳打ちした後、響が渡した守り神が掘られたメダルを手渡し、テ-ブルに響の武器を置くと外へと出て行った。
 老夫人は、さ湯が入った器を響の前に置くと、族長がテ-ブルに置いたメダルを見つめる。
 老夫婦は、互いに見つめ合い手を握り合うと、何かを決意したように響に向き直る。

 「私はこのコタン村のおさアクラ、そして妻のキリクです。我が村の者の願いを聞き入れ、遠くよりよくぞ参られました。礼を申します」
 
 老夫婦は、その白髪交じりの頭を深々と下げて、礼を言うのであった。

 「いいえ、頭を上げて下さい。ただ知らせに来ただけなんですから………」

 響は、少し慌てた。もっと警戒されるのではないかと思っていたのに、着いて直ぐに目的の人に会えたのだから。

 「早速で申し訳ないが、村の者の事を教えて頂きたい」

 「はい、申し遅れましたが、俺の名は大地 響。ランベル王国の冒険者組合で冒険者をしています。まずは、マゼンタさんは生きています。今は、私の店で保護しています。ただ彼女は、ワーウルフの襲撃に会い、右腕を無くしてしまいました。その時に………仲間のシアンさんは亡くなったそうです。そして、他の仲間の方に付いては、この手紙に書いてあります」

 響は、ポ-チからマゼンタの手紙を出すと、アクラの前に差し出す。
 二人の老人は、直ぐに手紙に手を出そうとはしなかった。
 気付いているのであろうが、その手紙を見て現実を知る事が、受け入れる事が出来るのか怖いのだ。
 しかし、響にはそんな二人の気持ちなど、分かるはずも無かった。
 アクラは、意を決めたように手紙を手に取ると、手紙を開き、なぐり書かれた文字を目に刻み込んで行く………手紙を読み終えたアクラは、目を閉じてその手紙をキリクの前に置く、キリクが手紙を手にして見始めると、アクラは目を開き、響に問いかける。

 「密書は、公爵の元に届いたのですね!」

 「はい、マゼンタさんから受け取りマリア組合長が、直接ム-ス公爵に手渡したと聞きました。ですが、もう一通は敵の手に落ちたと思われます。ですから、この地を早く離れた方が」

 響の話が終わらぬ前に、キリクは奥の部屋へと走り去って行った。

 「すみません。密書を届けるためにこの村を出た者が十六人。その中に、私達の孫が居たんです。息子夫婦は、あの子が五歳の時に、村を襲う魔物と戦い命を落としました。それ以来、キリクが母親のかわりに育てて来たんです。十八になるまで………」

 マゼンタの手紙には、亡くなった十五人の詳細が事細かに、書かれていたのだ。
 そして、王都サリュースでマゼンタとシアンを逃がすために、ワーウルフに立ち向かって行った男達の中に、老夫婦の孫が居たのであった。
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