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70.クロエの災難

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 響が、亜空間ベース『レオン』のメインコントロールルームに入ると、そこには『ファルコン』のメンバ-とマリア組合長が、静止衛星から送られてくるアリシアクロエの乗る馬車の映像に、興味深くモニタ-を見ていた。
 戻った響に気付いたア-リン・リドルは、熱が出たかのように色白の頬を染めて、響から目を逸らすのであった。

 「響、まだ伝えてないのか?」

 ジュリアンが響に近づいて、響の耳元でささやくように確認して来る。

 「………」

 響は、頷く事しか出来なかった。
 あんなに嬉しそうにしているア-リンに、本当の事が言い出せなかったのだ。
 女性と付き合った事がない響にとっては、仕方のない事かもしれない。

 「じゃっ、ア-リンと一緒になるといい」

 「そんな無責任な~」

 ここぞとばかりに、響を揶揄からかうジュリアンであった。

 「これ凄い! 夜間なのにハッキリと見える~」

 響とジュリアンを他所よそに、映像に驚くア-リンは、飛び跳ねながら驚いていた。

 「これが有れば、斥候を出さずに敵の動向が手に取るように分かりますね」

 マリア組合長は、静止衛星の軍事的価値に気付いていた。
 これが有れば、経験と人手のかかる斥候・索敵で得られる情報が、後方から手に取るように簡単に得られるのだ。

「敵のアジトに付いたようだね!」

 ア-リンが見る映像には、二頭立ての馬車が一軒の屋敷の前に止まり、後ろ手に縄で縛られたアリシアクロエが、馬車から降りて来る所が映っていた。その周りには、屈強な男達五人が辺りを気にしながら、アリシアクロエを一件の屋敷の中へと連れて入って行く。その屋敷の周りには、スラムのような建物が並び、警備隊も立ち入らない治安の悪さが見て取れるようであった。

 「映像を視覚モ-ドに変更するよ~!」

 琴祢の声には、いつも緊張感がない。今まで真剣に見ていたア-リン達も、思わず吹き出して笑い始める始末だ。 しかし、映像が切り替わると、またしてもモニタ-にくぎ付け状態になっていた。モニタ-の映像は、先程までの上からの視点から、アリシアクロエの目に映る映像に切り替わっていた。そこには、殺風景な廊下の先に二つの扉があり、男達はアリシアクロエを奥の扉へと引っ張って行く。
 扉が開かれると、身なりの整った紳士風の男が、二匹のワ-ウルフを従えてソファ-に座り、アリシアクロエを向いの椅子へ座るように招き入れるのであった。
 アリシアクロエが椅子に座ると、椅子の背もたれに新たなロ-プで縛り付けられる。

 「こんな小娘に、用心深すぎないかい?」

 「貴女が本当に、アリシア・シ-ドルであるのならいいんですけどね。クロエさん!」

 「………………」

 その男は、クロエがアリシアと入れ替わっている事を、知ってでもいるかのように、クロエの名前を呼ぶのであった。
 クロエは、それが男のブラフなのか本当にバレているのかを、見極めようとする。

 「何の事かしら? クロエなんて、私は知らないんだけど」

 その時、扉が開き貴族風の一人の男が入って来る。その男は、アリシアクロエの前まで行くと、下から舐めるように体を眺めたかと思うと、徐にアリシアクロエの胸に手を伸ばし、胸の感触を味わうかのように触り始める。

 「何をするんだい! お前みたいな奴が触っていいもんじゃないんだよ! やめないと痛い目を見る事になるよ………………」

 頭に来たアリシアクロエは、縛られたロ-プから抜け出そうと、体に力を込めてロ-プを千切ろうとするがビクともしない。普通であれば、ロ-プを千切るくらいの事は、クロエにとっては造作もない事なのだが、幾ら力を込めてもこのロ-プが切れる事は無かった。

 「そのロ-プは、切れませんよ! ア-ネストスパイダ-が百年に一度吐き出す糸を、集めて編んだロ-プです。魔剣でもない限り切る事はできません!」

 「………………」

 紳士風の男の言葉に、アリシアクロエは押し黙ってしまった。ア-ネストスパイダ-の糸の事は、聞いた事があったが、まさかこれ程強度がある物とは思ってもいなかった。まして自分がそのロ-プで縛られるとは………。さらに、こんな貴族風の変な男に胸を揉まれるとは、こんな屈辱は初めてであった。

 「俺の事を忘れたようだなぁ~。て言うかお前やっぱり、アリシア・シ-ドルじゃないな! アリシアなら俺の事を忘れるはずがない!」

 自信満々に、アリシアの恋人でもあるかのように言い切るその男は、シ-ドル公爵領を奪い取り男爵となったタイリン男爵家の三男、ヘン・タイリン男爵その人であった。彼は、響に領内の建物、領民の全てを奪われ、落ちぶれ彷徨っている所を悪魔ガルニアに拾われて、秘密結社アーネストの一員となっていたのだ。

 「クッソ~!」

 この男が誰であろうと、そんな事は関係ない。そんな事よりも、コイツに好き勝手に胸を揉まれている事の方が、気持ち悪く、コイツを殴りたくて仕方ないのである。サキュバスと言えば、男に快楽を齎(もたら)しその代償として、精気を吸い取ると言われている。そんなクロエが、触られて気持ち悪いのだから、ヘン・タイリンと言う男の放つオーラは、余程の物である。
 響は知らない、クロエが女性であった事の幸いを………男のサキュバスであれば、身近な女性達は皆、子供をはらむ事になっていたであろう。

 「だけどお前、ほんとに良い胸してるな~」

 ヘン・タイリンの手は、先程よりも巧みに動くのであった。

 「×××××いい加減にしろ!」

 クロエのボディ-ブロ-が炸裂する。
 殴られたヘン・タイリンは、紳士風の男の方へクルクルと回ながら飛ばされて、ワ-ウルフ諸共壁に激突する。

 「………………えっ!」

 クロエは、ア-ネストスパイダ-の糸を編んで作ったロ-プを断ち切り、自分が動いている事に驚いた。魔王でさえ断ち切る事は難しいと言われているロ-プを、怒りに任せて切ったのである。驚くのも仕方がない。その時、クロエの肩を叩く何者かが居た。
 先程、後には五人の男達がいたはずだ。 
 クロエが後を振り向くと、そこには覆面姿の響が立っていた。そして五人の男達は、気持ちよさそうに床で眠っていたのである。

 「お待たせ!」

 響の表情は見えないが、サキュバスの姿に戻ったクロエは、響に抱き付きため息を一つ吐いた。



 亜空間ベース『レオン』で、モニタ-に映る響を見たジュリアン達は、一斉に後ろに居たはずの響に向かって振り返る………が、既にそこには響の姿は無かった。
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