NineRing~捕らわれし者たち~

吉備津 慶

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71.転送とテレポート

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 「くッ! そんな馬鹿な! ア-ネストスパイダ-の糸で編んだロ-プが、切れるはずが………」

 紳士風の男が起き上がり二人を見る。
 そこには、サキュバスの姿に戻ったクロエと,覆面姿の男が抱き合っていた。
 そして、その男の手には、黒炎が刀身から沸き上がる短剣が握られていた。
 その短剣は、破損した魔剣を琴祢が解析し、『ヒビキアイランド』の王都アルンに住む、ドワ-フの鍛冶職人が鍛え上げた一振りだった。

 当初、琴祢が素材や機能を解析した後、オートモジュールジェネレーターを使い、七色鋼、アダマンタイト鋼、鉄鉱石等を素材にして作ってみたが、七色鋼を使った事で属性魔法の効果は上がったが、魔剣としての機能は発揮されなかった。

 そこで、素材をドワ-フに渡して試作の短剣を作らせた所、見事な魔剣が完成した。
 その短剣が、今響が持っている短剣なのである。

 やはり、何処の世界でも匠の技には、「敵わない」と言った事なのであろう。

 「そッ、その手に持っている短剣は! 魔剣か!」

 紳士風の男は、響が持ている魔剣を見て、驚きの色が隠せない。
 更に、魔剣持ちの横には、魔王の四天王の一人クロエが、自由の身となり此方こちらにらんんでいるのである。
 その力を知る者の一人である紳士風の男が、恐れない訳がない。

 「お前達!」

 紳士風の男の号令で、ワーウルフ二体が左右に分かれて、響達を攻撃してくる。

 それを見たクロエは、ナックルダスターを両手にハメて、右から牙をむくワーウルフの頭を一撃する。
 そのワーウルフの頭は、皮の固いスイカが砕けるように、音を立てワーウルフの頭は飛び散って行った。
 もう一体のワーウルフの胸には、響が投げた魔剣が刺さり、ワーウルフの体は黒炎に包まれて燃え上がり、ワーウルフはその苦しみの為に地面をのた打ち回る。

 紳士風の男は、ワーウルフを足止めに使い、その隙に窓から飛び出すと一目散に逃げて行く。
 
 「待ってくれ~! 置いて行かないでくれ~」

 ワーウルフの頭が砕け散るのを、目の当たりにしたヘン・タイリンは、もたつきながらも紳士風の男の後を追って、窓から逃げて行く。

 「待ちな! 逃がさないよ! ………そこをどきな!」
 
 「………」

 ヘン・タイリンを追いかけようとするクロエの前に立ち、響はクロエを止める。

 「響、このままだと、奴ら逃げてしまうよ」

 「クロエ、大丈夫。ちゃんと後を追いかけているから」

 焦るクロエの前で、響は、上を指さしウィンクをして「大丈夫だ」と合図する。

 「ああぁ!」

 クロエも、響の仕草で『静止衛星』の事を思い出したようだ。
 先日、『静止衛星』から送られて来る映像に驚き。
 その時に響から、「敵が逃げた時には、後を追わなくても大丈夫だ」と言われていたのだ。

 その時、家の周り一帯が炎に包まれる。



 ヘン・タイリンは、窓から飛び出し、地面で思い切り頭を打ち付ける。
 クラクラする頭を摩りながら、建物から離れようとすると、先に逃げていた紳士風の男が、火の点いた松明をヘン・タイリンに向けて投げ付ける。
 ヘン・タイリンはよろけながらその松明を避けると、あらかじめ用意していた油に火が点き建物の周りに火が広がる。
 その炎は、油の燃える勢いで渦を巻き、建物を飲み込んで行く。

 「これだけの炎の中で、逃げる所は無いだろう! 我らは、ガルニア様に報告に行くぞ」

 「はい………」

 紳士風の男の後を追って、ヘン・タイリンは走り出す。

 その後、彼らの放った火は近隣の家々に移り、スラム街を焼いて行くのだった。



 「あいつら火を点けやがった。この火は直ぐには消えないぞ!」
 
 モニタ-を見ていたジュリアンは、その炎の勢いが凄い事に、いきどおりを覚える。
 スラム街と言えども、悪人ばかりではない。
 中には、腕一本で冒険者として働く知り合いもいるのだ。

 「何て酷い!」

 「これじゃぁ………どうしようもないよ~」

 ア-リンとモカは、火事に対して自分達に出来る事は、何もない事をよく知っていた。
 
 「は~死ぬかと思った~。響! 『テレポート』するならもっと早くしな!」

 「仕方ないだろ。一回の移動で一人しか運べないなんて、知らなかったんだから」

 響は、琴祢の転送と空間移動は、同じものだと思い込んでいた。
 しかし、転送は座標設定すれば、幾らでも移す事が出来るが、『テレポート』は術者本人と一人を、他に移す事しか出来なかった。

 その為、気を失っていた男五人を、五回に渡り『テレポート』して移動した事で、クロエは燃え行く建物に最後まで残され、煙に巻かれて死ぬ思いを味わっていたのだ。

 「琴祢に頼めばよかったんだよ!」

 「あぁ~て、もっと早く言え!」

 「今、思い付いたんだよ!」

 「………………」

 琴祢の転送に、同じく気付かなかった響は、すすまみれの顔で涙を浮かべて見つめるクロエに、何も言えなかった。
 
 クロエもこんな顔するんだ………あっ!

 響は思い出した。メディカルポッドに縋り付いて、泣きじゃくるクロエの事を………

 「マスタ-、奴らを見失った~~~」

 「どうした」

 響は、モニタ-の前に駆け寄る。
 どうやら、スラム街に広がる炎の勢いが強く、暗視モ-ドで追っていた事が、あだになったようだ。
 と言うのも、逃げ惑うスラムの住人達も多く、炎の勢いで映像が白く飛んで、見失ったようなのだ。

 「琴祢、アレ使えるかぁ?」

 「アレ?………あ~アレッネ!」

 「直ぐに出来るか?」

 「大丈夫だよ~!」
 
 響と琴祢のやり取りを、不思議そうにジュリアン達が見ている。
 ただ、ア-リンの目だけは違っている。
 響に寄り添い、腕を組んで来る。
 響の肘が、ア-リンのふくよかな胸にあたる。
 そんなア-リンを、響は横目で見ながら『どうしたものか』と、悩むのであった。

 「準備完了、マスタ-どうする~やっちゃう?」

 「琴祢、あっちに行って合図するから、ちょっと待って」

 「あっ」

 響は、ア-リンの腕をそっと解くと、『テレポート』で燃え盛る奴らのアジトへと移動した。




 「うっ、あっち~。こりゃ急がないと、王都がまる焦げだ! 琴祢、やっちゃっていいぞ」

 「了解! マスタ-気を付けてね」

 「ん?」

 ドォ~~~~~~! ザッバァ~~~~~~!

 「うわっ! ドォ~ ゴボゴボ………」

 空から大量の水が建物を目がけて、バケツを逆さにしたような勢いで降って来る。
 水の勢いは、建物付近の炎を消し去り、洪水の如く響を飲み込んで、路地に沿って流れて行く。
 その水の勢いが治まったのは、三つ目の路地の角であった。
 響は、ずぶ濡れになりながら、ゆっくりと立ち上がる。

 「琴祢! もっと上から水を雨のように降らせろ。これじゃぁ死人が出る………」

 今の水は、衛星を静止軌道に転送した時に、『水を空に転送したら火事とか消えるんじゃねぇ~』と、響が琴祢と考えた事だった。
 テレビで山火事の時に、ヘリから水を散布している映像をよく見る。
 それを参考にした作戦だったが、転送した水の量が大量だった事と、地上からの距離があまりにも近かったため、あわや大惨事になる所だった。

 その後、水を落とす良い位置を見付け、大雨の如く水は降り注ぎ、広がっていた炎は鎮火したのである。
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