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75.ブラッド騎士団

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 ガズール帝国のニッツ村は、ランベル王国との国境から四十キロメートルと、馬で移動しても二時間程度の近い距離にある。
 この距離は、戦艦大和の主砲の最大射程距離、四十二キロメートルよりも近い。
 この村で取れる果実で造る果実酒は、ガズール帝国の特産品でもあり、人気も高かった。
 今、その村が三百の騎士に襲撃され、至る所から火の手が上がる。
 
 「タイリン男爵、ニッツ村が何処かの騎士達に、襲われております。どう致しますか?」

 目の前で、罪もない人々が居れば助けたくなる。
 タイリン男爵の部隊の中にも、そんな良心を持った部隊長は居た。

 「あそこの果実酒が飲めなくなるのは残念だが、放っておけ。他国の村だ、我らには関係ない」

 部隊長の気持ちを気にも留めず。
 悪魔ガルニアの命により、ガズール帝国領に入ったヘン・タイリンは、トリニド陛下に会うため、千名の兵を引き連れて帝都に向かっていた。

 「しかし、これ程の兵を連れて行けとは、ガルニア様も何を考えているのやら………」

 紳士風の男は、ランベル王国の使者と言う事で、タイリンの横に居る。

 「何か、おかしいですか?」

 何を気に掛けているのか分からない。この位兵を引き連れた方が、安心出来ると思っていたタイリンは頭を傾ける。
 
 「考えてもみなさい! トリニド陛下への使者一行にしては兵が多すぎる。相手から見れば、使者一行と言うよりも、戦闘部隊です………部隊長! 村を襲っていた奴らは、どんな奴らだったね?」

 「はい。それが、ランベル王国の騎士風の出で立ちだったそうです」

 「なに! タイリン男爵、直ぐに引き返しますよ!」

 「………………」

 タイリンは、急に引き返そうと言う意図が理解出来なかった。
 しかし、次の瞬間、目の前に現れた騎士の集団が、騎馬突撃の陣容で此方に向かって来る。
 その部隊を見て、流石のタイリンも置かれている立場に気付くのだった。



 「天より下されし輝く雷を、汝らに与えん! 『ライトニング』」

 ゾンネル・エスタニア侯爵は、千の騎馬隊を引き連れて、走る騎馬の上で両手を広げて詠唱を唱え、指輪をはめた右手を前に突き出すと、指輪が光りタイリン達の頭上に雷が落ちる。
 雷の落ちた側にいた騎士達は即死し、離れていた騎士も感電して気絶し倒れて行く。ゾンネルの一撃で、タイリン部隊の一割が死傷した。

 「何なんだ! どうなってる? どう言う事だ。いきなり攻撃して来るなんて?」

 今まで、魔法攻撃と言う物を、味わった事がないタイリンは、浮足立ち慌てふためく。
 そんなタイリンをよそに、部下達はゾンネルの騎馬隊の攻撃を受け撃退しようと試みるが、至る所で突破されて騎馬隊に蹂躙され総崩れだ。
 逃げ出す者も出始めるが、タイリンの部隊の八割が歩兵の為、その逃げ足は遅く直ぐに追い付かれて、槍の餌食になって行くのだった。
 
 「落ち着きなさい。私達はめられたんです。私が、時間を作る間に、兵をまとめなさい!」

 紳士風の男は召喚魔法を使い、ゾンネル達の周りに死人を召喚する。
 召喚した死人の数は五十体と少ないものの、始めて見る死人の異様さに戸惑い、槍で突いても刃物で切り付けても、ことごとく起き上がって来る。

 「ランベル王国の奴ら、死人を使うのか! こいつら何で死なねんだ~!」

 「おりゃっ! 死人が二度も死ぬかよ!」

 ゾンネルの周りを固める騎士達は、ブラッド騎士団の中でも精鋭揃いである。

 「はっはっは、それだけ冗談が言えればよい。奴らの頭を狙え! 頭を砕けば動かなくなる」

 ゾンネルは死人に囲まれながらも、冷静に周りを見回し部下に指示を出す。
 先程、ゾンネルに襲い掛かって来た死人の頭を、馬上からロングソ-ドで叩き割った事で死人の動きが止まり、ゾンネルは死人の弱点に気付いたようだ。
 戦い方が分かれば、ゾンネルの部下達に怖いものはない。的確に頭を狙い、頭を砕き、首を飛ばして行く。
 徐々に死人の数を減らして行き、ブラッド騎士団が体制を立て直すころには、タイリンの部隊も隊列を組み直していた。



 「死人はもう出せないのか? 隊列を組み直しても、こちらが不利だぞ! 防戦一方だ! なんとかしてくれ~」

 歩兵対騎馬、やはり騎馬の突撃を歩兵が跳ね返す事は難しく、タイリンの目の前で隊列が崩れて行く。

 「仕方ありませんね~」

 紳士風の男の背中から、服を切り裂きコウモリの様な羽が広げられる。
 手足が伸びて行き筋肉が膨張ぼうちょうすると着ていた服は四散し、紳士風の男は、三メ-トル程の角が生えた悪魔へと姿を変えて行く。

 「ひぃ~!」

 タイリンは、この男が下級悪魔だと言う事は知っていたが、その姿を見るのは、これが初めてであった。
 流石に、この至近距離で悪魔を見ると、知っていてもおぞましい。
 ましてや、日の有る内にこの姿を見ると、皮膚の細部まで確認出来るため、『気持ち悪い』のである。
 悪魔は、空に飛び立つと、一気にゾンネルの首を狙い突っ込んで行く。

 ゾンネルは、襲い掛かる悪魔の鋭い爪を、ロングソ-ドで振り払う。
 だが、悪魔の爪や皮膚は硬く、傷は与えられるものの、致命傷とはいかなかった。
 
 「皆の者、ゾンネル様をお守りしろ!」

 ブラッド騎士団の騎士達が、ゾンネルを守ろうと盾になり、悪魔の鋭い爪の餌食となって死んで行く。
 これだけ混戦になっては、ゾンネルの魔法も威力が強く、部下を巻き込むため使えない。
 ここに来て悪魔一匹で形成は逆転し、ゾンネル達は追い込まれて行く。

 「ゾンネル様! 我らが食い止めている間に、魔法を!」

 「それでは、おぬし達が皆死んでしまうではないか!」

 「仕方ありません! それが運命です」

 「………………」

 「ゾンネル様! お早く、このままでは全滅してしまう!」

 ゾンネルの部下達は、口々にゾンネルへ魔法を使うように言って来る。
 この部下達は、ブラッド騎士団の中でも、ゾンネルと苦楽を共にして来た古参の騎士達であった。
 ゾンネルは迷う。魔法を使えばこの悪魔を倒せるかもしれない。だが、この部下達の半数は死傷する。
 ゾンネルが、悩み決め兼ねる内にも、次々と部下が倒れて行くのだった。

 「父上~! これを~!」

 その時、襲撃されていた村に差し向けた。
 次女ナルミ・エスタニアが、兵二千を引き連れて駆け付ける。
 ナルミは父ゾンネルから預かった短剣を、ゾンネルに投げ渡す。
 
 「皆の者、下がれ~!」

 ゾンネルは、受け取った短剣を抜き。
 右手にロングソ-ド、左手に短剣を握ると、馬を走らせ悪魔に向かって行く。

 「はっはっは、死にに来たか~!」
 
 悪魔が、右腕を伸ばしてゾンネルに襲い掛かると、ゾンネルはロングソ-ドで受け流し、二の腕を短剣で斬り付ける。
 ロングソ-ドで切り付けた時は、皮膚に傷しか付ける事しか出来なかったが、その短剣で斬り付けると、悪魔の二の腕はパックリと割れ、どす黒い紫色の血をまき散らす。

 「その短剣は~!」

 二の腕を斬られた悪魔は、ゾンネルから遠ざかろうと後方に退く。
 ゾンネルは、この機を逃すまいと、短剣を悪魔に向けて投げ付けた。

 「ぐぅぇ!」

 ゾンネルの投げ付けた短剣は、悪魔の喉笛に見事に刺さり、悪魔はその場に倒れこむ。
 ブラッド騎士団の騎士達は、この機を逃すまいと悪魔に駆け寄り、刺さった短剣でめった刺しにする者、剣で切り付ける者、槍で突き刺す者と様々に攻撃するが、効果があったのは短剣のみだった。
 この短剣は、村に赴くナルミに護身用として貸し与えた物で、神の加護を受けた神聖属性の効果を持つ短剣であった。
 だから、悪魔に対して絶大な効果があったのだ。

 その後、悪魔の鼓とが切れると、タイリンの部隊を取り囲み、タイリン以下三百の兵を捕虜にして、ゾンネルは、帝都に帰還したのである。
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