Good day ! 3

葉月 まい

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広がる喜びの輪

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「はい、順調に大きくなってますよ。二人とも心拍を確認出来ました」

次の週。
大和のオフの日に合わせて、二人はまたクリニックを訪れていた。

「二つのお部屋の中に、白い丸がそれぞれ見えるでしょ?これが赤ちゃんへと成長する胎芽です」
「可愛いなあ」

二つの白い豆粒のような胎芽に、大和は既にメロメロになっている。

恵真はそんな大和に若干苦笑いしつつも、赤ちゃんが二人とも無事に成長している様子にホッとした。

「今日で妊娠6週目に入りました。双子出産は多くの場合出産予定日よりも早く、帝王切開での出産になるかと思います。このクリニックではなく、大きな病院に転院してもらいますので、次回の健診で紹介状を書きますね。どこがいいか、考えておいてください。ちなみに里帰り出産はお考えですか?」

先生の言葉に、いえ、と恵真は首を振る。

「実家ではなく、自宅近くの病院で出産したいと考えています」

恵真…と大和が呟く。

「分かりました。では次回は2週間後に来てくださいね。それまでに何かありましたら、いつでもお電話ください」
「はい、よろしくお願い致します。ありがとうございました」

診察室を出て会計を待つ間、大和が恵真に問いかける。

「恵真、本当に長野の実家に帰らなくていいの?」
「ええ。だって大和さんに会えなくなっちゃうもん」
「でも…」
「大丈夫!マンションの近くに大きな総合病院があるでしょう?あそこなら、タクシーで10分で着くから、そこで出産しようと思ってるの。それでもいい?」
「いや、俺はいいけど…。大丈夫?恵真がマンションに一人でいる時に産気づいたら?」
「帝王切開なら、そんな事にはならないと思うけど。体調によっては、その前に管理入院になるかもしれないし」

そうか…と大和はしばらく考え込む。

「とにかくもう一度ゆっくり考えよう。それに、俺も産休と育休を申請するよ。出産前後は、ずっと恵真のそばにいるから」
「はい!ありがとうございます」

恵真は嬉しそうに微笑んだ。



また2週間後、ドキドキしながらクリニックに行くと、先生はエコーのモニターを恵真に見せながら明るく話す。

「とっても順調よ。ほら、随分しっかり成長してるでしょう?」
「わあ、可愛い!」

二つの胎嚢、それぞれの中で、頭と体の区別がはっきりしてきた小さな赤ちゃんが映っている。

双子が珍しいのか、看護師達も代わる代わるモニターを見に来ては、可愛いーと声を上げていた。

「ご主人にも早く見せてあげましょうか。隣の部屋で、首を長くして待ってらっしゃるでしょうから」
「はい」

どうやら大和は既に、メロメロパパの認定をされているらしい。

恵真は苦笑しながら、隣の部屋に戻る。

「うわっ、こんなに可愛くなってる!なんていい子達なんだ」

案の定、大和はエコー写真を見た途端に、目尻を下げてデレデレし始めた。

「それじゃあ、名残惜しいけど今日でこのクリニックは卒業です。次回は紹介状を持って、転院先の病院に行ってくださいね。それと、区役所で母子手帳ももらってきてください。もちろん、二冊ね」

母子手帳!と、恵真はいよいよ気分が高まる。

「恵真、これからすぐもらいに行こう!」
「ちょ、ちょっと大和さん…」

恥ずかしさに恵真が赤くなっていると、先生は声を上げて笑う。

「うふふ、本当にいいパパさんね。この先を見届けられなくて寂しいけど、ご無事な出産を心からお祈り致します。佐倉さん、どうかお元気でね」
「はい、ありがとうございました!お世話になりました」

早くも涙が込み上げてしまい、慌てて恵真は目元を拭った。



言葉通り、病院の帰り道に区役所に立ち寄り、母子手帳を二人分もらってきた。

マンションのダイニングテーブルで、恵真と大和は一冊ずつ読み始める。

「ひゃー、可愛いな。なんて夢がいっぱいの手帳なんだ。お、恵真。両親の名前とか職業を書く欄があるぞ。早速書こう!」

大和はボールペンで、一文字一文字丁寧に書き込んでいく。

恵真も書こうとして、ふと疑問に思う。

「大和さん。職業って、運航乗務員って書く?それとも航空機操縦士?」
「ええー?どうなんだろう。そんな正式名称じゃなくていいんじゃない?要は、誰にも分かりやすく伝わればいいんだろ?」
「じゃあ…」
「パイロットって書いちゃえ!」
「ええ?いいのかな…」
「いいんだ!嘘じゃないもーん」
「やっぱり航空機操縦士の方が…って、大和さん!もう書いちゃったの?」
「うん」

悪びれもなく、大和はあっさり頷く。
父親の職業欄には、大きく『パイロット』と書かれていた。

「ええー?じゃあ私はなんて書こう。副操縦士?」
「何言ってんだ。恵真もパイロットだぞ!」

大和は横から手を伸ばして、自分で書き込みそうな勢いだ。

「分かりました!私が書きますから」
 
仕方なく、恵真も母親の職業欄に『パイロット』と記入する。

「ほんとにいいのかな?これで」
「当たり前だ!俺達はいつか子ども達を乗せて飛ぶ、パイロット夫婦なんだからな」
「そうか、そうですよね」

ふふっと恵真も笑う。

「しっかりこの子達をお腹の中で育てて無事に出産して、必ず大和さんと一緒に、二人を乗せて飛びます!」
「ああ。それが俺達四人家族の夢だ」
「はい」

恵真はしっかりと頷いた。



妊娠3ヶ月の半ばになり、転院先の病院での初診を間近に控えたある日。

結婚式を挙げるホテルの料亭で、恵真と大和は互いの両親を招いて食事をする事になった。

入籍の際、大和と恵真はそれぞれの実家に行って両親に紹介を済ませていたが、両家の顔合わせは先延ばしになっていた。

今日はその顔合わせと結婚式の詳細を伝える事、そしてもう一つ大事な事も一緒に伝えるつもりだった。

ところが、初めて顔を合わせた互いの両親は、恵真と大和をそっちのけで話が盛り上がる。

「まあまあ、ご挨拶がすっかり遅くなりまして。大和の母です。こんなに素敵なお嬢さんにお嫁に来て頂いて、私達とっても嬉しくて。ご両親にも感謝の気持ちでいっぱいです。ねえ、あなた」
「本当に。もっと早くご挨拶を申し上げるべきところ、遅くなりまして申し訳ありません。息子との結婚をお許し頂き、ありがとうございます」

頭を下げる大和の両親を、恵真の両親は慌てて止める。

「こちらこそ、ふつつかな娘を迎えてくださって感謝しております。本当にありがとうございます。大和さんはとても優秀なパイロットでいらっしゃるのに、まだまだ未熟者の娘を選んでくださって」
「いやー、何をおっしゃいますか。お嬢さんこそ、女性パイロットとして立派に操縦桿を握っていらっしゃる。素晴らしいですよ」
「いやはや、ちゃんとやっているのかどうか…。パイロットになりたいと言い出した時には、もうびっくり仰天致しまして」
「そうでしょうねえ。息子が言い出した時ですら、私達もびっくりしましたから。お嬢さんが、しかも恵真ちゃんのようなおしとやかな娘さんなら、尚更驚かれたでしょうね」

いやいやーと、恵真の両親は手を振って否定する。

「おしとやかなんて、とんでもない。昔から娘は、言い出したら聞かない頑固者でしてね。パイロットなんて、と必死に止めましたけど、やはり無駄でした。あはは!」
「そうでしたか。でもそのおかげで、うちの大和は恵真ちゃんと結婚してもらえたのですから。いやー、本当に有り難い。もう私達、大和の結婚は諦めてたんですよ」
「ええー?本当ですか?こんなにハンサムで、しかも優秀なキャプテンでいらっしゃるのに?」
「いえいえ。空ばっかり見て、全く女性とおつき合いする気配もなくてですね。息子は飛行機と結婚しました、なんて、周りの知り合いには自虐的に報告してましたよ。あはは!」

一向に止む気配のない会話の流れに、大和と恵真は口も挟めず、苦笑いしながら顔を見合わせる。

「あー、ゴホン。あの、そろそろ料理をオーダーしても?」

なんとか隙を見て、大和がやおら手で遮ると、四人はようやく我に返る。

「あら、まあ。そう言えば注文もまだでしたわね」
「ほんと。お茶だけでしゃべり続けてましたね」

四人で笑い合っている。

「あの、では皆さんコース料理でいいですか?」
「ええ、そうしましょう」

食事よりも話を続けたそうな四人に、大和は季節のおすすめコースを人数分オーダーした。

「良かったな、個室にしておいて」
「本当に。もう宴会状態ですね」

コソコソと話す大和と恵真には目もくれず、四人はまたもや話に夢中になっている。

「もうね、恵真ちゃんが結婚してくれただけでも嬉しかったのに、式も挙げてくれるなんて!あー、恵真ちゃんのウェディングドレス姿が楽しみだわ。うちは息子一人だから、恵真ちゃんみたいな素敵なお嫁さんが来てくれて、本当に嬉しくて!」
「おふくろ、何回同じ事言ってるの?」

大和が、呆れ気味に口を挟む。

「あら、何回でもいいでしょ?あー、6月6日が楽しみだわ。もう遠足待ってる子どもの気持ちが良く分かる」

遠足って…と、大和は眉を寄せる。

「恵真ちゃん、ドレスはもう選んだの?」
「はい。大和さんと先日試着して来ました」
「そうなのね!どんなドレス?あ、ううん。やっぱり当日のお楽しみにしておくわ」

舞い上がったり、冷静になったり、大和の母は落ち着かない様子でワクワク、ソワソワしている。

運ばれて来た料理を味わいながら、ふと大和の父が思い出したように話し出した。

「そう言えば、この間大和と恵真ちゃん、一緒に飛んだんだってね」
「そうそう!どうして教えてくれなかったのよー。会社のSNS見てびっくりしたのよ。知ってたら、私も乗りたかったのに」

いや…と、大和はまたしても苦笑いする。

「おふくろ、あれはハネムーンフライトだ。新婚旅行のカップル向けに企画されたフライト」
「ええー?じゃあ今度はフルムーンフライトに乗せてよ。あ!藤崎さんご夫婦もご一緒に乗りません?」
「まあ!いいですね。素敵だわー。フルムーンフライトなんて」

いやいや、そんなのないから、と恵真も小さく母親を止める。

「そうなの?じゃあ、何フライトでもいいから、今度あなた達が一緒に飛ぶ時は教えて頂戴ね」

あ…と恵真は視線を逸らす。

「ん?どうかしたの、恵真」

恵真は隣の大和を見上げる。
大和は落ち着いた表情で頷いてみせた。

恵真も頷いて、皆に向き直る。

「あの、実は私、今、乗務停止中で…」
「ええ?あなた、何かやっちゃったの?」
「いえ、あの。そういう訳では…。ただ、航空身体検査の基準で飛べなくなって」
「え?どこか具合が悪いの?」

心配そうな母親に首を振り、恵真はひと呼吸置いてから皆に告げる。

「実は私、妊娠しています」

え…と、小さな呟きのあと、ええーー?!と四人の大きな声が響き渡る。

「に、妊娠!って事は…」
「恵真、あなた…。大和さんとの赤ちゃんが、お腹に?」
「まあ!恵真ちゃんと大和の赤ちゃんが?!」

なんてこと、ああ!もう、感激しすぎて!

母親同士、なぜだか手を握り合ってワーワー盛り上がっている。

「どうしましょう、こんなに幸せな事が…」
「とにかく、落ち着いて」
「お嫁さんだけじゃなく、孫の顔も見られるなんて…。うっ」
「あなた!まさか泣いてる?」
「だって、何度も夢見ては諦めてたのに。本当に孫が産まれてきてくれるなんて!それで恵真ちゃん。予定日はいつなんだい?」

大和の父が前のめりに聞いてくる。
他の三人も固唾を呑んで、恵真の言葉を待っていた。

「あ、はい。出産予定日は11月22日ですが、実際は数週間早く産むことになると思います」
「え?それはどうして?」
「実は、その。双子なので…」

は?と皆は、しばしキョトンとしたあと、
ふ、双子ー?!と、見事に声を揃えて驚いた。

「双子ちゃん?え、赤ちゃんが二人いるの?」
「まあー、どうしましょう!そんな事って…。双子ちゃん!絶対可愛いわよね?」
「一気に幸せが…。え、待って、結婚式も挙げて双子ちゃんも産まれてくるの?」
「ひゃー!お祭り騒ぎよー!」
「こりゃ大変だ!何から準備すればいいんだ?」
「ベビーベッドも、洋服も、全部二つずつか!」

恵真と大和は、ひたすら皆が落ち着くのを黙って待つ。

ひとしきり盛り上がったあと、ようやく話が出来る状態になり、恵真は少しずつ詳細を話し出す。

「今は妊娠3ヶ月の半ばで、近々大きな病院に転院します。そこで出産することになると思います」
「え、それじゃあ恵真、こっちで産むの?」
「うん。大和さんが産前産後に合わせて休暇を申請してくれるの。だから産後も二人でやっていこうと思って」

すると大和の母が心配そうな顔をする。

「恵真ちゃん、ご実家で里帰り出産してもいいのよ?お母様のそばが安心じゃない?」
「いえ。私は出産も子育ても、大和さんと一緒にやっていきたいです。上手くいかないかもしれませんが、まずは二人で少しずつやっていこうと思っています。それでもやっぱり何かあった時には、長野にいる母より、お母様に頼らせて頂くかもしれませんが」
「もちろんよ。いつでも連絡してね。すぐに駆けつけるから。タクシーで30分くらいの距離だしね」
「はい、とても心強いです。ありがとうございます」

しばらく黙っていた恵真の母が口を開く。

「恵真。あなたが頑固者なのは良く分かってるから、きっと何を言っても自分の決めた事を貫くのだろうけど。でもね、妊娠や出産はホルモンバランスが乱れて、心が不安定になったりもするから、いつでも電話してきなさい。遠くにいても、いつだってあなたを支えるからね」
「うん。ありがとう、お母さん」

恵真は目を潤ませて頷いた。

そのあと、結婚式の事も相談する。

「挙式のちょうど次の日に、妊娠5ヶ月に入ります」
「あら、安定期ね」
「はい。ですが、双子妊娠には安定期はないと言われました。なので結婚式についても、直前まで様子を見て、体調を第一に考えさせて頂ければと」
「そうね。日程を変更したり、場合によっては取りやめたり、恵真ちゃんの体調を第一にしていきましょう」
「ありがとうございます」

それにしても、と皆は改めて喜びを噛みしめる。

「今年の秋には双子ちゃんに会えるのか。楽しみだなー」
「つわりはどう?大丈夫?」
「はい、今のところは」
「そう、良かったわ。ね、写真とかあるの?」
「あ、はい。1番新しいエコー写真がこれです」

恵真が手帳に挟んで持ち歩いている写真をテーブルに置くと、両親達が顔を寄せ合って覗き込む。

「まあ!可愛いわー」
「小さいわねー。でもほんとに二人並んでるわ」
「ほうー、今はこんな写真が撮れるんだ」
「どっちだろう、男の子かな?女の子かな?」

四人はまたワイワイと盛り上がる。

「こっちの子は男の子じゃないかな?」
「ええ?どうして?」
「え、いや、なんとなく」
「やだー、なあに?それ」 
「男の子だったら、大和さんに似てかっこいいでしょうね」
「あら、女の子だったら絶対恵真ちゃんそっくりで可愛いわよね」

そして両家の両親と大和と恵真の六人で、メッセージアプリのグループも作った。

初対面とは思えないほど、仲良く楽しそうな両親達に、恵真と大和も嬉しくなって微笑み合った。



数日後の4月28日。

「恵真。誕生日おめでとう!」

29歳の誕生日を迎えた恵真を、大和はケーキでお祝いする。

「わあ!ありがとうございます」

フルーツがたくさん載せられた生クリームのケーキに『Happy Birthday!EMA』のチョコプレート。

ロウソクを吹き消すと、大和が笑顔で拍手した。

「恵真、29歳は色んな事がある1年になると思う。一緒に幸せになろうな」
「はい」

二人並んでソファでケーキを食べると、大和はラッピングされた小さな箱を差し出した。

「はい。誕生日プレゼント」
「嬉しい!開けてもいい?」
「もちろん」

ワクワクした様子でリボンを解く恵真を、大和は微笑んで見守る。

「わあ…、なんて素敵なの」

箱を開けた恵真は、感嘆のため息をつく。

天使の羽をモチーフにしたネックレスに、4つの宝石が輝いていた。

「きれい…」

ネックレスを手に取り、恵真はしばしその輝きに見とれる。

「この4つの宝石はね、俺達家族の誕生石なんだ」
「家族の?」
「そう」

大和は一つ一つ説明する。

「このグリーンは俺の誕生石、5月のエメラルド。その下は恵真の誕生石、ダイヤモンド。そしてその下の二つは、11月の誕生石。トパーズとシトリン」
「そうなのね!素敵。トパーズはブルー、シトリンは透き通ったオレンジ色で、どれも凄くきれい。ありがとう!大和さん。私、これをずっとお守りにするね」

大和は頷くと、そっとネックレスを手にして恵真に着ける。

恵真はモチーフの羽を手のひらに載せてもう一度じっくり眺めてから、大和に笑いかけた。

「素敵なプレゼントをありがとう!大和さん」
「どういたしまして。恵真、いつも俺に幸せをくれてありがとう」

二人は微笑んで見つめ合い、どちらからともなく顔を寄せてキスをした。
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