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自信と成長
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結婚式の翌日から無事に妊娠5ヶ月目に入り、恵真は気持ちも穏やかに毎日を過ごしていた。
大和は月に半分程の勤務日数で、恵真も大和に合わせて一緒に出社する。
SNSを更新する作業は、色々な部署に顔を出し、あらゆる職種の人と知り合える良い機会だった。
まるで職場見学をさせてもらっているようで、恵真は毎回興味深く取材する。
整備士やグランドハンドリング、オフィスの運行管理のオペレーターやディスパッチャー。
まだまだたくさんの部署の人達が関わり合い、助け合いながら飛行機を飛ばしている。
パイロットに託された想いはとてつもなく大きいものだと、恵真は改めて身が引きしまる。
パレットドーリーやトーイングカー、ハイリフトローダーや給水車など、お客様も目にする事がある特殊車両を紹介したりもした。
子育て交流会の二回目の準備も進めており、前回の内容を、恵真は読みやすくまとめてイラストで飾った。
全社員に『第二回子育て交流会 開催のお知らせ』とメール配信する際に、前回の内容をお便りとして添付する。
「第二回は、なんとなくだけど、オススメの育児グッズや役立つ情報などをメインにおしゃべりしてもらいましょうか」
「はい!」
川原の言葉に、恵真も楽しみになった。
そして自宅にいる間は、大和と操縦についての勉強会をした。
スタティック プロシージャー トレーナーという、コックピットの写真を立体的に貼った練習機材を使って、一連の操作手順を忘れないようにプロシージャーを毎日行う。
エンジンスタートプロシージャーやエンジンファイヤープロシージャーなど。
エンジン火災の場合はまず警報を止め、どちらのエンジンから火が出ているかを確認する。
スラストレバーを引き、 燃料弁を閉じ、油圧装置や発電機を停止、鎮火しなければ消火剤を噴射する。
決まった手順をチェックリストに添って行い、もしもの時も冷静に対処出来るようにしておく。
他にも、大和が色々なシチュエーションでの対応を質問する。
「じゃあ、このフライトルートで飛行中、積乱雲がこの位置に発生したら?」
「はい。燃料の重さを考えると上昇は見込めません。風向きを考慮して左側に避けます。右翼に少し引っかかるので、キャビンにシートベルト着用サインを出します」
「うん、いい判断だ」
更に大和は、計算式を書き込みながら揚力や風の抵抗、バンク角を何度取ると飛行機はどうなるか、など、飛行力学を詳しく恵真に説明する。
教材に載っている事を、噛み砕いて分かりやすく説明してもらい、恵真は何度も頷きながら理解を深めていく。
実際に空は飛べなくても、こうして日々学ぶ事は出来るのだと、恵真は自信がついた。
◇
二度目の子育て交流会の日を迎えた。
前回を上回る人数に、パパの参加も見られる。
「前回の内容のお便りを見て、面白そうだなと思って」
「妻が行きたがってたけど、シフトが抜けられなくて代わりに来ました」
そんな男性社員の言葉に、恵真は嬉しくなった。
「今回は、主にオススメ情報について自由にお話してもらいたいと思います。オススメ育児グッズ、オススメのお出かけスポットなど、何かありますか?」
司会の川原がそう言うと、早速色んな声が上がる。
「新発売された抱っこ紐、オススメですよ。軽いし、パパも使いやすいシックな色合いで。何より着けてて楽なの!腰のベルトがしっかりしてるから、肩凝りもしなくなりました」
「へえー、どこのメーカーの?」
その会話を恵真は熱心にメモする。
お便りに載せる為だが、自分も参考にしたかった。
「ベビーシッターもオススメの会社があるわよ。急にお願いしても、快く引き受けてもらえるの。優しいシッターさんばかりで、研修もしっかりされてて安心よ」
「私が行きつけの親子カフェ、いいですよ。お子様メニューもたくさんあるし、キッズコーナーで遊ばせながら横でゆっくりお茶が飲めるし」
「あ、誰か2歳の女の子の服、いらない?たくさん買ったのに、あっという間に大きくなってサイズアウトしたの。1回しか着たことなかったり、新品のもあって、もったいないからもらってくれない?」
司会進行の必要もなく、次々と話は盛り上がる。
恵真がメモを取るのに必死になっているうちに、あっという間に時間になった。
「藤崎さん、今日のお話の内容もまとめてお便りにしてもらえるの?」
「はい。とても役立つ情報ばかりなので、まとめたらすぐにメール配信しますね」
「助かるわー、ありがとう!」
笑顔で部屋をあとにする参加者達を、恵真は川原と見送る。
「今回も充実した時間だったわね。藤崎さん、お便り作りもよろしくね」
「はい!」
恵真は張り切って返事をした。
◇
また健診の日がやって来た。
大和はいつもの如く、ソワソワ、ワクワク。
待合室で恵真からもらった手帳を見返し、早くもニヤニヤが止まらない。
手帳には前回のエコーの写真と、新たに結婚式の写真も追加していた。
「可愛いなあ、恵真のドレス姿。こんなに可愛いママから産まれたら、絶対可愛い赤ちゃんに決まってる」
近くの人に聞かれたらどうしようと、恵真はとにかくヒヤヒヤする。
(早く名前呼ばれないかな)
ようやく、佐倉さーん!と呼ばれて、二人で診察室に入った。
「こんにちは!よろしくお願いします!」
大和が張り切って挨拶すると、ベテランの助産師が、ああ、このパパね、と言わんばかりに真顔で頷いた。
「じゃあ早速診てみますね」
まずは木村先生が、画面を真剣に見ながら静止画を撮る。
やがてにっこり笑って画面を見せてくれた。
「大きくなってるわよ、ほら」
「うわー、可愛い!」
第一声は、もちろん大和の声だ。
「ふっくらして、随分赤ちゃんらしくなってきましたね。そう言えば、性別は?事前に知りたい?」
恵真は、ちらりと大和を見てから口を開く。
「私は特に聞かなくても大丈夫です。産まれてからのお楽しみにしようかなと…」
「そう。パパさんはどうする?分かったらこっそり教えましょうか?」
話を振られ、大和はじっと考え込む。
「う、うーん、それは、その…」
決断力が大事なパイロットが、大いに悩んでいる。
「知りたい、けど…。いや、大丈夫です!妻と同じ瞬間を分かち合いたいので。産まれてからのお楽しみにします」
「あら、奥様への愛が勝ったわね。ふふふ。じゃあもし分かっても、私は黙ってますね。安心して。私、しれーっととぼけるの得意だから」
あはは!と皆で笑い合って、和やかに健診は終わった。
帰宅して、お茶を飲みながら二人でソファでくつろぐ。
大和は早速、今日のエコー写真を手帳に貼りつけていた。
なんだか急に大きくなってきたな、と恵真がお腹をなでていると、彩乃から電話がかかってきた。
「恵真さん、お元気?体調はどう?」
「彩乃さん!元気です。今、ちょうど健診から帰ってきたところで」
「あら、私もなの。それでねー、聞いて!性別分かっちゃったの」
ええー!ほんとですか?と大きな声を出してしまい、何事かと大和が様子をうかがってくる。
「エコー始めた途端、足をパッカーンて開いてるのが映ってね。私も真一さんも、あ…って。先生も、そんなに見せつけなくてもって。もうみんなで大笑いよ」
「え、ってことは、もしかして?」
「そう、男の子よ」
「わあ!男の子!」
思わず笑顔になると、大和がこっそり聞いてきた。
「野中さんと彩乃さんの赤ちゃん、男の子なの?」
うん、と恵真は頷く。
「そっかあ!男の子かー。パイロット目指すのかな?」
大和は、ほわわーんと宙を見ている。
(いやいや、あなたのお子さんではないですよ?)
恵真は心の中でツッコミを入れた。
「この間、恵真さんが言ってたでしょう?男の子だったら真一さんに似て、ひょうきん者だろうなって。もうその通りよ。産まれる前から笑わせてくれるんだもの」
「うふふ、ほんとですね。目に浮かびます。パパ、ママ、見て見てー!って嬉しそうに見せてくれたんでしょうね」
「そうなのよー。エコー写真にもばっちり写ってるの。見返す度に笑っちゃう」
「ふふ。産まれてくるのが楽しみですね!私も早く会いたいなー」
「ほんとね。恵真さん達の赤ちゃんとも、仲良くさせてもらえると嬉しいわ」
「もちろんです!こちらこそ、仲良くさせてくださいね」
「ええ」
彩乃の報告に恵真も嬉しくなり、この先の赤ちゃんの成長も、ますます楽しみになった。
◇
6月の下旬、待ちに待った結婚式の写真が届いた。
その日恵真は、朝から大和と一緒に出社し、昼過ぎに帰宅してひと息ついているところだった。
ダンポールを開けると、梱包材に包まれたアルバムの他に、六つ切りの台紙が数冊、スナップ写真の束とデジタルデータも入っている。
「うわあ、こんなにたくさん!」
恵真はワクワクしながら手に取る。
だが少し考えて、包みを開けずに元に戻した。
(大和さんと一緒に見ようっと!)
首を長くして大和の帰りを待ちながら、夕食の支度をする。
夜の7時に、ようやく玄関の開く音がした。
「ただいま」
「お帰りなさい!」
「ん?恵真。何かいい事あった?」
恵真の頬にキスをしてから、大和が微笑んで顔を覗き込む。
「うん!あのね、結婚式の写真が届いたの」
えっ!と言って、大和はそそくさとリビングに向かう。
これは夕食どころではないかも、と思い、恵真は、せめて手を洗って来てください、と声をかけた。
言われた通り手を洗ってから、大和は包みが並んだローテーブルの前に正座する。
「どれから見る?」
「そうですね…。じゃあ、六つ切りの写真から」
大和は頷くと、台紙を1冊手に取り、いい?と恵真に声をかけてからそっと開いた。
「うわあ…」
二人で声を揃えてうっとりする。
タキシードとウェディングドレス姿の二人が、腕を組んでにこやかに微笑んでいる。
「えっ、素敵!実物よりも何割か増しで素敵!」
「あはは!何だよ、それ」
恵真の感想に大和が笑い出す。
「だってほんとにそう思うんだもん。プロの腕って凄いですね」
「確かに。じゃあ他のも見てみようよ」
「はい!」
別の台紙を開くと、両家の両親との集合写真が入っていた。
「みんないい笑顔!」
「ああ、そうだな。早速両家に送ろう」
「ええ」
そしていよいよ、アルバムを手にする。
大和はふう、とひとつ深呼吸してから、そっとページをめくった。
「わあ…」
声にならないため息が漏れる。
控え室での様子から始まり、結婚式を時間と共に振り返っていく。
鏡に映る、ヘアメイクを整えた恵真のきれいな横顔や、恵真に見とれる大和。
手にしたブーケに顔を寄せて微笑む恵真。
チャペルの扉の前で、父と腕を組むうしろ姿を捉えた一枚。
あの日のあの瞬間の気持ちが蘇り、恵真は思わず目を潤ませる。
バージンロードを歩き始めた恵真を、優しく見つめる大和の眼差し。
父がそっと恵真の手を大和に託す瞬間。
向かい合い、互いに見つめ合って微笑む二人。
指輪を交換し、ベールを上げ…
そっと口づける二人。
どれもこれもが美しく心震える瞬間を捉えていた。
ロビーの大階段では、恵真のドレスのトレーンが波打つように広がり、恵真に手を差し伸べる大和との写真はまるで映画のワンシーンのようだ。
やがて二人は、アルバムの最後のページをめくる。
そこには。
「す、凄い…」
思わず二人は言葉を失う。
見開きいっぱいに大きく写る飛行機と、その前に集まった笑顔の仲間達。
「なんて素敵なの…」
恵真の瞳に涙が溢れる。
大好きな飛行機、大好きな仲間達、そして大好きな人…
自分にとっての幸せが、この一枚にぎゅっと凝縮されていた。
こんなにも輝く場所があるのだ。
自分はそこにいられるのだ。
そのことが、恵真の心の中に、喜びとなって広がっていく。
涙をこぼす恵真の肩を、大和がそっと抱き寄せた。
恵真は照れたように大和に笑いかけてから、大和の肩に頭をもたれさせる。
幸せを噛みしめながら二人でアルバムを見つめていると、ふいに、あっ…と恵真が声を上げた。
「大和さん、今…」
「えっ、どうしたの?」
「動いたの、お腹の赤ちゃんが!」
ええ?!と大和は身体を起こし、恵真のお腹に手を当てる。
「分かったの?動いたのが」
「うん。この辺りで」
恵真は大和の手を取って、お腹の右側に持ってくる。
じっと二人で息を潜めた。
「あ!」
二人同時に声を上げて、顔を見合わせる。
「今、ピクってしたよな?」
「ええ!」
「凄い!凄いよ、恵真。赤ちゃんが、恵真のお腹の中で動いてる!」
興奮したあと、大和は恵真のお腹に顔を寄せ、再び手を当ててじっとしている。
「あ、また!今のそうだよな?」
「ええ、動きました」
「凄いなあ。おーい、パパとママの声、聞こえるかー?」
「ふふっ。きっと聞こえてると思います」
「元気に大きくなるんだよー。会えるのを楽しみにしてるからねー」
大和は恵真のお腹に呼びかけてから、愛おしそうになでる。
恵真も微笑んで、大和と手を重ねた。
初めての胎動の瞬間を分かち合えたことに感謝しながら、二人はいつまでも感動の余韻に浸っていた。
大和は月に半分程の勤務日数で、恵真も大和に合わせて一緒に出社する。
SNSを更新する作業は、色々な部署に顔を出し、あらゆる職種の人と知り合える良い機会だった。
まるで職場見学をさせてもらっているようで、恵真は毎回興味深く取材する。
整備士やグランドハンドリング、オフィスの運行管理のオペレーターやディスパッチャー。
まだまだたくさんの部署の人達が関わり合い、助け合いながら飛行機を飛ばしている。
パイロットに託された想いはとてつもなく大きいものだと、恵真は改めて身が引きしまる。
パレットドーリーやトーイングカー、ハイリフトローダーや給水車など、お客様も目にする事がある特殊車両を紹介したりもした。
子育て交流会の二回目の準備も進めており、前回の内容を、恵真は読みやすくまとめてイラストで飾った。
全社員に『第二回子育て交流会 開催のお知らせ』とメール配信する際に、前回の内容をお便りとして添付する。
「第二回は、なんとなくだけど、オススメの育児グッズや役立つ情報などをメインにおしゃべりしてもらいましょうか」
「はい!」
川原の言葉に、恵真も楽しみになった。
そして自宅にいる間は、大和と操縦についての勉強会をした。
スタティック プロシージャー トレーナーという、コックピットの写真を立体的に貼った練習機材を使って、一連の操作手順を忘れないようにプロシージャーを毎日行う。
エンジンスタートプロシージャーやエンジンファイヤープロシージャーなど。
エンジン火災の場合はまず警報を止め、どちらのエンジンから火が出ているかを確認する。
スラストレバーを引き、 燃料弁を閉じ、油圧装置や発電機を停止、鎮火しなければ消火剤を噴射する。
決まった手順をチェックリストに添って行い、もしもの時も冷静に対処出来るようにしておく。
他にも、大和が色々なシチュエーションでの対応を質問する。
「じゃあ、このフライトルートで飛行中、積乱雲がこの位置に発生したら?」
「はい。燃料の重さを考えると上昇は見込めません。風向きを考慮して左側に避けます。右翼に少し引っかかるので、キャビンにシートベルト着用サインを出します」
「うん、いい判断だ」
更に大和は、計算式を書き込みながら揚力や風の抵抗、バンク角を何度取ると飛行機はどうなるか、など、飛行力学を詳しく恵真に説明する。
教材に載っている事を、噛み砕いて分かりやすく説明してもらい、恵真は何度も頷きながら理解を深めていく。
実際に空は飛べなくても、こうして日々学ぶ事は出来るのだと、恵真は自信がついた。
◇
二度目の子育て交流会の日を迎えた。
前回を上回る人数に、パパの参加も見られる。
「前回の内容のお便りを見て、面白そうだなと思って」
「妻が行きたがってたけど、シフトが抜けられなくて代わりに来ました」
そんな男性社員の言葉に、恵真は嬉しくなった。
「今回は、主にオススメ情報について自由にお話してもらいたいと思います。オススメ育児グッズ、オススメのお出かけスポットなど、何かありますか?」
司会の川原がそう言うと、早速色んな声が上がる。
「新発売された抱っこ紐、オススメですよ。軽いし、パパも使いやすいシックな色合いで。何より着けてて楽なの!腰のベルトがしっかりしてるから、肩凝りもしなくなりました」
「へえー、どこのメーカーの?」
その会話を恵真は熱心にメモする。
お便りに載せる為だが、自分も参考にしたかった。
「ベビーシッターもオススメの会社があるわよ。急にお願いしても、快く引き受けてもらえるの。優しいシッターさんばかりで、研修もしっかりされてて安心よ」
「私が行きつけの親子カフェ、いいですよ。お子様メニューもたくさんあるし、キッズコーナーで遊ばせながら横でゆっくりお茶が飲めるし」
「あ、誰か2歳の女の子の服、いらない?たくさん買ったのに、あっという間に大きくなってサイズアウトしたの。1回しか着たことなかったり、新品のもあって、もったいないからもらってくれない?」
司会進行の必要もなく、次々と話は盛り上がる。
恵真がメモを取るのに必死になっているうちに、あっという間に時間になった。
「藤崎さん、今日のお話の内容もまとめてお便りにしてもらえるの?」
「はい。とても役立つ情報ばかりなので、まとめたらすぐにメール配信しますね」
「助かるわー、ありがとう!」
笑顔で部屋をあとにする参加者達を、恵真は川原と見送る。
「今回も充実した時間だったわね。藤崎さん、お便り作りもよろしくね」
「はい!」
恵真は張り切って返事をした。
◇
また健診の日がやって来た。
大和はいつもの如く、ソワソワ、ワクワク。
待合室で恵真からもらった手帳を見返し、早くもニヤニヤが止まらない。
手帳には前回のエコーの写真と、新たに結婚式の写真も追加していた。
「可愛いなあ、恵真のドレス姿。こんなに可愛いママから産まれたら、絶対可愛い赤ちゃんに決まってる」
近くの人に聞かれたらどうしようと、恵真はとにかくヒヤヒヤする。
(早く名前呼ばれないかな)
ようやく、佐倉さーん!と呼ばれて、二人で診察室に入った。
「こんにちは!よろしくお願いします!」
大和が張り切って挨拶すると、ベテランの助産師が、ああ、このパパね、と言わんばかりに真顔で頷いた。
「じゃあ早速診てみますね」
まずは木村先生が、画面を真剣に見ながら静止画を撮る。
やがてにっこり笑って画面を見せてくれた。
「大きくなってるわよ、ほら」
「うわー、可愛い!」
第一声は、もちろん大和の声だ。
「ふっくらして、随分赤ちゃんらしくなってきましたね。そう言えば、性別は?事前に知りたい?」
恵真は、ちらりと大和を見てから口を開く。
「私は特に聞かなくても大丈夫です。産まれてからのお楽しみにしようかなと…」
「そう。パパさんはどうする?分かったらこっそり教えましょうか?」
話を振られ、大和はじっと考え込む。
「う、うーん、それは、その…」
決断力が大事なパイロットが、大いに悩んでいる。
「知りたい、けど…。いや、大丈夫です!妻と同じ瞬間を分かち合いたいので。産まれてからのお楽しみにします」
「あら、奥様への愛が勝ったわね。ふふふ。じゃあもし分かっても、私は黙ってますね。安心して。私、しれーっととぼけるの得意だから」
あはは!と皆で笑い合って、和やかに健診は終わった。
帰宅して、お茶を飲みながら二人でソファでくつろぐ。
大和は早速、今日のエコー写真を手帳に貼りつけていた。
なんだか急に大きくなってきたな、と恵真がお腹をなでていると、彩乃から電話がかかってきた。
「恵真さん、お元気?体調はどう?」
「彩乃さん!元気です。今、ちょうど健診から帰ってきたところで」
「あら、私もなの。それでねー、聞いて!性別分かっちゃったの」
ええー!ほんとですか?と大きな声を出してしまい、何事かと大和が様子をうかがってくる。
「エコー始めた途端、足をパッカーンて開いてるのが映ってね。私も真一さんも、あ…って。先生も、そんなに見せつけなくてもって。もうみんなで大笑いよ」
「え、ってことは、もしかして?」
「そう、男の子よ」
「わあ!男の子!」
思わず笑顔になると、大和がこっそり聞いてきた。
「野中さんと彩乃さんの赤ちゃん、男の子なの?」
うん、と恵真は頷く。
「そっかあ!男の子かー。パイロット目指すのかな?」
大和は、ほわわーんと宙を見ている。
(いやいや、あなたのお子さんではないですよ?)
恵真は心の中でツッコミを入れた。
「この間、恵真さんが言ってたでしょう?男の子だったら真一さんに似て、ひょうきん者だろうなって。もうその通りよ。産まれる前から笑わせてくれるんだもの」
「うふふ、ほんとですね。目に浮かびます。パパ、ママ、見て見てー!って嬉しそうに見せてくれたんでしょうね」
「そうなのよー。エコー写真にもばっちり写ってるの。見返す度に笑っちゃう」
「ふふ。産まれてくるのが楽しみですね!私も早く会いたいなー」
「ほんとね。恵真さん達の赤ちゃんとも、仲良くさせてもらえると嬉しいわ」
「もちろんです!こちらこそ、仲良くさせてくださいね」
「ええ」
彩乃の報告に恵真も嬉しくなり、この先の赤ちゃんの成長も、ますます楽しみになった。
◇
6月の下旬、待ちに待った結婚式の写真が届いた。
その日恵真は、朝から大和と一緒に出社し、昼過ぎに帰宅してひと息ついているところだった。
ダンポールを開けると、梱包材に包まれたアルバムの他に、六つ切りの台紙が数冊、スナップ写真の束とデジタルデータも入っている。
「うわあ、こんなにたくさん!」
恵真はワクワクしながら手に取る。
だが少し考えて、包みを開けずに元に戻した。
(大和さんと一緒に見ようっと!)
首を長くして大和の帰りを待ちながら、夕食の支度をする。
夜の7時に、ようやく玄関の開く音がした。
「ただいま」
「お帰りなさい!」
「ん?恵真。何かいい事あった?」
恵真の頬にキスをしてから、大和が微笑んで顔を覗き込む。
「うん!あのね、結婚式の写真が届いたの」
えっ!と言って、大和はそそくさとリビングに向かう。
これは夕食どころではないかも、と思い、恵真は、せめて手を洗って来てください、と声をかけた。
言われた通り手を洗ってから、大和は包みが並んだローテーブルの前に正座する。
「どれから見る?」
「そうですね…。じゃあ、六つ切りの写真から」
大和は頷くと、台紙を1冊手に取り、いい?と恵真に声をかけてからそっと開いた。
「うわあ…」
二人で声を揃えてうっとりする。
タキシードとウェディングドレス姿の二人が、腕を組んでにこやかに微笑んでいる。
「えっ、素敵!実物よりも何割か増しで素敵!」
「あはは!何だよ、それ」
恵真の感想に大和が笑い出す。
「だってほんとにそう思うんだもん。プロの腕って凄いですね」
「確かに。じゃあ他のも見てみようよ」
「はい!」
別の台紙を開くと、両家の両親との集合写真が入っていた。
「みんないい笑顔!」
「ああ、そうだな。早速両家に送ろう」
「ええ」
そしていよいよ、アルバムを手にする。
大和はふう、とひとつ深呼吸してから、そっとページをめくった。
「わあ…」
声にならないため息が漏れる。
控え室での様子から始まり、結婚式を時間と共に振り返っていく。
鏡に映る、ヘアメイクを整えた恵真のきれいな横顔や、恵真に見とれる大和。
手にしたブーケに顔を寄せて微笑む恵真。
チャペルの扉の前で、父と腕を組むうしろ姿を捉えた一枚。
あの日のあの瞬間の気持ちが蘇り、恵真は思わず目を潤ませる。
バージンロードを歩き始めた恵真を、優しく見つめる大和の眼差し。
父がそっと恵真の手を大和に託す瞬間。
向かい合い、互いに見つめ合って微笑む二人。
指輪を交換し、ベールを上げ…
そっと口づける二人。
どれもこれもが美しく心震える瞬間を捉えていた。
ロビーの大階段では、恵真のドレスのトレーンが波打つように広がり、恵真に手を差し伸べる大和との写真はまるで映画のワンシーンのようだ。
やがて二人は、アルバムの最後のページをめくる。
そこには。
「す、凄い…」
思わず二人は言葉を失う。
見開きいっぱいに大きく写る飛行機と、その前に集まった笑顔の仲間達。
「なんて素敵なの…」
恵真の瞳に涙が溢れる。
大好きな飛行機、大好きな仲間達、そして大好きな人…
自分にとっての幸せが、この一枚にぎゅっと凝縮されていた。
こんなにも輝く場所があるのだ。
自分はそこにいられるのだ。
そのことが、恵真の心の中に、喜びとなって広がっていく。
涙をこぼす恵真の肩を、大和がそっと抱き寄せた。
恵真は照れたように大和に笑いかけてから、大和の肩に頭をもたれさせる。
幸せを噛みしめながら二人でアルバムを見つめていると、ふいに、あっ…と恵真が声を上げた。
「大和さん、今…」
「えっ、どうしたの?」
「動いたの、お腹の赤ちゃんが!」
ええ?!と大和は身体を起こし、恵真のお腹に手を当てる。
「分かったの?動いたのが」
「うん。この辺りで」
恵真は大和の手を取って、お腹の右側に持ってくる。
じっと二人で息を潜めた。
「あ!」
二人同時に声を上げて、顔を見合わせる。
「今、ピクってしたよな?」
「ええ!」
「凄い!凄いよ、恵真。赤ちゃんが、恵真のお腹の中で動いてる!」
興奮したあと、大和は恵真のお腹に顔を寄せ、再び手を当ててじっとしている。
「あ、また!今のそうだよな?」
「ええ、動きました」
「凄いなあ。おーい、パパとママの声、聞こえるかー?」
「ふふっ。きっと聞こえてると思います」
「元気に大きくなるんだよー。会えるのを楽しみにしてるからねー」
大和は恵真のお腹に呼びかけてから、愛おしそうになでる。
恵真も微笑んで、大和と手を重ねた。
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次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
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