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いよいよ産休へ
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「いいわねー、素敵!」
次の日。
恵真は早速イベントの様子をSNS用の記事にして、川原にチェックしてもらっていた。
「子ども達、本当に熱心に話を聞いていたわよね。佐倉キャプテンのレクチャーも、とても丁寧で良かったわ。帰り際に保護者の方から、たくさんお礼のお言葉を頂いたのよ。子ども達のアンケートも、ほら!パイロットになりたくなりました、とか、機長さんがかっこよくてあこがれます、とか」
わあ…と、恵真は川原が差し出したアンケートに目を通す。
どれも子ども達の素朴な言葉で、楽しかった様子が綴られている。
「じゃあ、このアンケートの言葉も記事に付け加えていいですか?」
「そうね、お願い。女の子達のCA体験の方は、私が記事を書くわね」
「はい、お願いします」
デスクでじっくりとアンケートを読み、いくつかのセリフをピックアップして記事に載せる。
写真は、子ども達の顔が分からないように斜めうしろから写しているが、それでも皆が真剣に大和の話を聞いている様子がうかがえる。
川原に再度チェックしてもらい、OKをもらうと早速アップロードした。
『未来のパイロット達
今日は現役の機長に教わりながら、コックピットで操縦桿を握りました。
皆、真剣で、表情はパイロットそのもの。
『楽しかった!』『ぜったいパイロットになります!』など、嬉しい感想もたくさん。
皆さんが操縦桿を握って空を飛ぶ日を、楽しみにしています!』
機長席に座る男の子と、隣で優しく指導している大和が写った写真、皆でサムアップした制服姿の写真。
2枚の写真を添えてアップした。
(それにしても大和さん、本当にかっこいいなあ)
恵真が載せたばかりの写真を見返していると、次々といいね!やコメントが付く。
(わあ、早い!)
『こんなイベントあったんだー?!』
『すごーい!次回は参加したい!』
『どの子もみんな、かっこいいですね!』
『機長さん、ステキ!』
など、矢継ぎ早にコメントが寄せられる。
そのうちに、『あれ?』というコメントが書き込まれた。
『このキャプテン、確かパイロットと結婚した人じゃないですかね?』
『あ!そうだ。夫婦パイロットの佐倉キャプテンだ』
『去年の12月頃にSNSで紹介されてましたよね。奥さん、お元気なのかしら?』
(は、はい。お陰様で…)
と、恵真はコメントを読んで頭を下げる。
『あの時のハネムーンフライト、乗りたかったのに都合がつかなくて。またやって欲しいな』
『フルムーンフライトもあったらいいですね』
(えっ!まさかこのコメント、お母様じゃないわよね?)
恵真は思わず、投稿者の名前を確認してしまう。
『フルムーンフライト!それ、いいですね』
『お子様のフライトデビューとかもやってもらいたいです。搭乗証明書、子どもの記念に残したいな』
『あー、搭乗証明書いいですよね。ハネムーンフライトでもらった人が、ブログで紹介してるの見ました』
(えっ、そうなの?!ひえー、なんてこと)
もはや恵真は、次々と書き込まれるコメントに、一つ一つ反応してしまう。
「ん?藤崎さん。さっきから百面相してるけど、どうかしたの?」
川原が不思議そうに恵真を見る。
「あ、はい。早速SNSにたくさんコメント頂きまして…」
「へえ、どれどれ?」
自分のデスクのパソコンで、川原がSNSをチェックする。
「なるほどー。フルムーンフライトに、お子様のフライトデビューか。なかなか良いアイデアね」
そう言うと川原は、じっと一点を見据えて考え込む。
「上層部にこのアイデア上げてみるわ。お客様のコメントも引き続きチェックして、反応が良さそうなら実現するかも」
「えっ、本当ですか?」
「ええ。何と言ってもお客様からのご要望だものね。貴重なご意見よ」
確かに、と恵真は頷く。
「あー、本当だったらこの先も藤崎さんに手伝ってもらいたいくらいよ。でももう、こんなにお腹も大きいものね。無理させちゃいけないわ。そろそろ具体的な産休と育休の話もしておかなきゃね」
少し寂しさを感じながら、恵真は、はいと返事をした。
◇
「大和さん。私、9月末で産休に入ろうかと思っています」
その日、夕食を食べながら恵真は大和に切り出す。
「9月末って、妊娠9ヶ月に入っちゃうよ?大丈夫なの?」
「ええ。もちろんそれまでに不調があれば、すぐに休みます。でももしこのまま順調なら、9月末までは、少しだけでもお仕事をしたくて」
大和は少し考え込む。
「そう、分かった。でもあくまで順調なら、の話だからね。次回の健診で木村先生にも相談しよう。あと、いつ休みに入ってもいいように、川原さんに仕事の内容を共有しておくんだよ」
「はい、分かりました」
「でもいよいよだなー。俺も、10月までは7割の単日数乗務をお願いしてるけど、11月は丸々休暇申請しようかな」
ええー?!と恵真は驚く。
「そ、そんな…。1ヶ月も飛ばないんですか?」
「うん。だって恵真一人で双子見るのは大変だもん」
「でも、さすがに1ヶ月はちょっと…。せめて3週間とか」
「あんまり変わらない気もするけど…。そうだなー。それじゃあ、恵真が産後入院している間は、少しだけでも飛んでおこうかな」
「はい、それがいいと思います」
とにかく、全ては恵真の今後の体調次第、ということで話は保留になった。
◇
「んー、なるほど。お仕事は9月末までなのね」
次の健診で、赤ちゃんと母体に異常がない事を確認したあと、主治医の木村がカレンダーを見ながら考える。
「順調なら、それでも大丈夫よ。佐倉さんは、確かご主人の車で出勤して、数時間のデスクワークだものね。週に2、3回でしたっけ?」
「はい、そうです」
「これまで順調なのも、きっとそのライフスタイルが身体に合っているからなんでしょう。続けてもいいわよ。ただし、いつもと違う体調の日は、すぐに病院に連絡してね」
「分かりました」
それと、と木村医師は続ける。
「佐倉さんは、予定帝王切開で出産というお話だったわよね。37週で仮押さえを入れてあるけれど、その辺りの平日で見ると、37週4日目の11月5日になると思うわ」
「え!その日に出産ということですか?」
大和が驚いたように聞く。
「順調ならね。もちろん、何かあればもっと前になるかもしれないし、いきなり緊急帝王切開になるかもしれません」
はい、と恵真と大和は真剣に頷く。
「このまま順調にいくといいわね。あともう少し。これまで通り、心穏やかに毎日を過ごしてね」
「はい!」
にっこりと笑いかけられ、恵真も大和も笑顔で頷いた。
◇
妊娠8ヶ月目に入り、恵真は少しずつ仕事の整理を始めた。
子育て交流会も、参加出来るのはあと1回だけだ。
自分が抜ければ、今までのように毎月企画出来なくなるかもしれないし、お便りも廃止になるだろう。
(仕方ないか。他の皆さんは、ただでさえ普段の業務で忙しいものね。気軽に頼む訳にもいかないし)
恵真は、自分が最後に関われる交流会を良いものにしようと、準備に励んだ。
そして迎えた交流会当日。
いつもの顔ぶれに、新しい人も加えて、和やかにおしゃべりが弾む。
今日は、使わなくなった子ども服や絵本、おもちゃの交換会も行われ、皆はテーブルに並べられた品を、ワイワイと選んでいく。
「可愛いー!このお洋服、ほんとに頂いてもいいの?」
「もちろん、もらって。捨てちゃうよりも、知ってる人に使ってもらえる方が私も嬉しいもの」
「ありがとう!」
そんな会話を聞いて、恵真も嬉しくなった。
他にも、夏休みの子連れ旅行の話やオススメのホテルなどを紹介し合い、あっという間に時間になる。
「では名残り惜しいですが、今日はこの辺で」
川原が締めの言葉を言い、恵真も机の上を片付ける。
と、ふいに佐々木が立ち上がり、藤崎さん!と呼んだ。
「え?あ、はい!」
慌てて恵真も立ち上がる。
「これ、ここにいるみんなから藤崎さんに」
「…はい?」
何が起きているのか分からないまま、恵真は近づいてきた佐々木から、色紙と小さな箱を受け取る。
「この色紙は、みんなからのメッセージ。それとこのプレゼントは、赤ちゃん用の枕なの。ふわふわのバンドが付いていて、ママの腕にはめれば、授乳の時にも使えるのよ。あ、ちゃんと2つあるからね」
「ええー?!プ、プレゼントですか?」
戸惑う恵真に、皆は笑顔で口々に言う。
「その赤ちゃん枕、オススメよ。うちの子も、それがあると良く寝たもの」
「そうそう、うちも。それに、授乳の時は汗を吸ってくれて、ママも赤ちゃんも快適だし。何より、赤ちゃんの頭の形がきれいに丸くなるのがいいわよね」
「そう!それがないと、向き癖がついちゃうところだったわ」
すると、一人のママが声を上げる。
「早く教えてよー!私、知らなくて。うちの子、見事に向き癖がついちゃったのよー」
まあまあ、と周りの皆が慰める。
「だから藤崎さん。あなたはどうか使ってね!」
「あ、は、はい!あの、皆様、本当にありがとうございます」
恵真は深々と頭を下げる。
思いも寄らない皆の心遣いに、嬉しくて涙が込み上げてきた。
「こちらこそ!交流会を企画してくれてありがとう。おかげでたくさんの人と知り合えたわ」
「手書きのお便りも、役に立つ情報ばかりで、永久保存版よね」
「藤崎さん、どうか元気な赤ちゃんを。嬉しい報告と可愛い写真を、楽しみにしてるわね!」
ありがとうございます、と恵真は声を詰まらせながらお礼を言った。
◇
そしていよいよ、9月30日の朝を迎えた。
「恵真、今までお疲れ様。今日も無理せずね」
車を降りたあとオフィスまで恵真に付き添いながら、大和が労いの言葉をかける。
「はい、ありがとうございます」
こうして大和と一緒に出勤するのもこれが最後かと思うと、それだけで恵真は寂しさを覚える。
(いけない。最後まで頑張らないと)
気持ちを入れ替えて、仕事を始めた。
まずは、前回の交流会のお便りを仕上げて川原にチェックしてもらい、全社員にメールで送信する。
そのあと、SNSの記事を1本アップロードした。
あとは、産休と育休について佐野と一緒に確認してから、皆に挨拶して回る。
「わー、ついに産休なのね!」
「今までお疲れ様でした」
「元気に産まれてきますように」
皆、恵真に優しく声をかけてくれ、その度に恵真も感激しながらお礼を言った。
最後に、川原と佐野に挨拶する。
「お二人には本当にお世話になりました。ありがとうございました」
「ううん、こちらこそ!双子ちゃん妊娠して大変なのに、手伝ってくれてありがとう。とっても助かったわ」
「藤崎さん。休暇の申請や復帰のご相談も、いつでもご連絡くださいね。まずは出産、頑張ってください。可愛い赤ちゃんの写真、ぜひ送ってくださいね」
そう言って川原と佐野は、恵真に大きな花束を渡す。
「えっ!こんなきれいなお花を?」
「オフィスのみんなからです!」
顔を上げると、皆が仕事の手を止めて立ち上がり、恵真に拍手を送った。
「藤崎さん、お疲れ様でした!」
「安産をお祈りしています」
「パイロットの復帰も、気長にお待ちしていますね」
恵真は涙を溢れさせながら、頭を下げる。
「ありがとうございます!本当に、お世話になりました」
「おいおい、退職する訳じゃないんだから。ちゃんと戻って来てね」
笑いながら部長が言うと、皆も、そうですよ!と頷く。
「ありがとうございます。必ず戻って来ます!」
泣き笑いの表情で、恵真はもう一度頭を下げた。
次の日。
恵真は早速イベントの様子をSNS用の記事にして、川原にチェックしてもらっていた。
「子ども達、本当に熱心に話を聞いていたわよね。佐倉キャプテンのレクチャーも、とても丁寧で良かったわ。帰り際に保護者の方から、たくさんお礼のお言葉を頂いたのよ。子ども達のアンケートも、ほら!パイロットになりたくなりました、とか、機長さんがかっこよくてあこがれます、とか」
わあ…と、恵真は川原が差し出したアンケートに目を通す。
どれも子ども達の素朴な言葉で、楽しかった様子が綴られている。
「じゃあ、このアンケートの言葉も記事に付け加えていいですか?」
「そうね、お願い。女の子達のCA体験の方は、私が記事を書くわね」
「はい、お願いします」
デスクでじっくりとアンケートを読み、いくつかのセリフをピックアップして記事に載せる。
写真は、子ども達の顔が分からないように斜めうしろから写しているが、それでも皆が真剣に大和の話を聞いている様子がうかがえる。
川原に再度チェックしてもらい、OKをもらうと早速アップロードした。
『未来のパイロット達
今日は現役の機長に教わりながら、コックピットで操縦桿を握りました。
皆、真剣で、表情はパイロットそのもの。
『楽しかった!』『ぜったいパイロットになります!』など、嬉しい感想もたくさん。
皆さんが操縦桿を握って空を飛ぶ日を、楽しみにしています!』
機長席に座る男の子と、隣で優しく指導している大和が写った写真、皆でサムアップした制服姿の写真。
2枚の写真を添えてアップした。
(それにしても大和さん、本当にかっこいいなあ)
恵真が載せたばかりの写真を見返していると、次々といいね!やコメントが付く。
(わあ、早い!)
『こんなイベントあったんだー?!』
『すごーい!次回は参加したい!』
『どの子もみんな、かっこいいですね!』
『機長さん、ステキ!』
など、矢継ぎ早にコメントが寄せられる。
そのうちに、『あれ?』というコメントが書き込まれた。
『このキャプテン、確かパイロットと結婚した人じゃないですかね?』
『あ!そうだ。夫婦パイロットの佐倉キャプテンだ』
『去年の12月頃にSNSで紹介されてましたよね。奥さん、お元気なのかしら?』
(は、はい。お陰様で…)
と、恵真はコメントを読んで頭を下げる。
『あの時のハネムーンフライト、乗りたかったのに都合がつかなくて。またやって欲しいな』
『フルムーンフライトもあったらいいですね』
(えっ!まさかこのコメント、お母様じゃないわよね?)
恵真は思わず、投稿者の名前を確認してしまう。
『フルムーンフライト!それ、いいですね』
『お子様のフライトデビューとかもやってもらいたいです。搭乗証明書、子どもの記念に残したいな』
『あー、搭乗証明書いいですよね。ハネムーンフライトでもらった人が、ブログで紹介してるの見ました』
(えっ、そうなの?!ひえー、なんてこと)
もはや恵真は、次々と書き込まれるコメントに、一つ一つ反応してしまう。
「ん?藤崎さん。さっきから百面相してるけど、どうかしたの?」
川原が不思議そうに恵真を見る。
「あ、はい。早速SNSにたくさんコメント頂きまして…」
「へえ、どれどれ?」
自分のデスクのパソコンで、川原がSNSをチェックする。
「なるほどー。フルムーンフライトに、お子様のフライトデビューか。なかなか良いアイデアね」
そう言うと川原は、じっと一点を見据えて考え込む。
「上層部にこのアイデア上げてみるわ。お客様のコメントも引き続きチェックして、反応が良さそうなら実現するかも」
「えっ、本当ですか?」
「ええ。何と言ってもお客様からのご要望だものね。貴重なご意見よ」
確かに、と恵真は頷く。
「あー、本当だったらこの先も藤崎さんに手伝ってもらいたいくらいよ。でももう、こんなにお腹も大きいものね。無理させちゃいけないわ。そろそろ具体的な産休と育休の話もしておかなきゃね」
少し寂しさを感じながら、恵真は、はいと返事をした。
◇
「大和さん。私、9月末で産休に入ろうかと思っています」
その日、夕食を食べながら恵真は大和に切り出す。
「9月末って、妊娠9ヶ月に入っちゃうよ?大丈夫なの?」
「ええ。もちろんそれまでに不調があれば、すぐに休みます。でももしこのまま順調なら、9月末までは、少しだけでもお仕事をしたくて」
大和は少し考え込む。
「そう、分かった。でもあくまで順調なら、の話だからね。次回の健診で木村先生にも相談しよう。あと、いつ休みに入ってもいいように、川原さんに仕事の内容を共有しておくんだよ」
「はい、分かりました」
「でもいよいよだなー。俺も、10月までは7割の単日数乗務をお願いしてるけど、11月は丸々休暇申請しようかな」
ええー?!と恵真は驚く。
「そ、そんな…。1ヶ月も飛ばないんですか?」
「うん。だって恵真一人で双子見るのは大変だもん」
「でも、さすがに1ヶ月はちょっと…。せめて3週間とか」
「あんまり変わらない気もするけど…。そうだなー。それじゃあ、恵真が産後入院している間は、少しだけでも飛んでおこうかな」
「はい、それがいいと思います」
とにかく、全ては恵真の今後の体調次第、ということで話は保留になった。
◇
「んー、なるほど。お仕事は9月末までなのね」
次の健診で、赤ちゃんと母体に異常がない事を確認したあと、主治医の木村がカレンダーを見ながら考える。
「順調なら、それでも大丈夫よ。佐倉さんは、確かご主人の車で出勤して、数時間のデスクワークだものね。週に2、3回でしたっけ?」
「はい、そうです」
「これまで順調なのも、きっとそのライフスタイルが身体に合っているからなんでしょう。続けてもいいわよ。ただし、いつもと違う体調の日は、すぐに病院に連絡してね」
「分かりました」
それと、と木村医師は続ける。
「佐倉さんは、予定帝王切開で出産というお話だったわよね。37週で仮押さえを入れてあるけれど、その辺りの平日で見ると、37週4日目の11月5日になると思うわ」
「え!その日に出産ということですか?」
大和が驚いたように聞く。
「順調ならね。もちろん、何かあればもっと前になるかもしれないし、いきなり緊急帝王切開になるかもしれません」
はい、と恵真と大和は真剣に頷く。
「このまま順調にいくといいわね。あともう少し。これまで通り、心穏やかに毎日を過ごしてね」
「はい!」
にっこりと笑いかけられ、恵真も大和も笑顔で頷いた。
◇
妊娠8ヶ月目に入り、恵真は少しずつ仕事の整理を始めた。
子育て交流会も、参加出来るのはあと1回だけだ。
自分が抜ければ、今までのように毎月企画出来なくなるかもしれないし、お便りも廃止になるだろう。
(仕方ないか。他の皆さんは、ただでさえ普段の業務で忙しいものね。気軽に頼む訳にもいかないし)
恵真は、自分が最後に関われる交流会を良いものにしようと、準備に励んだ。
そして迎えた交流会当日。
いつもの顔ぶれに、新しい人も加えて、和やかにおしゃべりが弾む。
今日は、使わなくなった子ども服や絵本、おもちゃの交換会も行われ、皆はテーブルに並べられた品を、ワイワイと選んでいく。
「可愛いー!このお洋服、ほんとに頂いてもいいの?」
「もちろん、もらって。捨てちゃうよりも、知ってる人に使ってもらえる方が私も嬉しいもの」
「ありがとう!」
そんな会話を聞いて、恵真も嬉しくなった。
他にも、夏休みの子連れ旅行の話やオススメのホテルなどを紹介し合い、あっという間に時間になる。
「では名残り惜しいですが、今日はこの辺で」
川原が締めの言葉を言い、恵真も机の上を片付ける。
と、ふいに佐々木が立ち上がり、藤崎さん!と呼んだ。
「え?あ、はい!」
慌てて恵真も立ち上がる。
「これ、ここにいるみんなから藤崎さんに」
「…はい?」
何が起きているのか分からないまま、恵真は近づいてきた佐々木から、色紙と小さな箱を受け取る。
「この色紙は、みんなからのメッセージ。それとこのプレゼントは、赤ちゃん用の枕なの。ふわふわのバンドが付いていて、ママの腕にはめれば、授乳の時にも使えるのよ。あ、ちゃんと2つあるからね」
「ええー?!プ、プレゼントですか?」
戸惑う恵真に、皆は笑顔で口々に言う。
「その赤ちゃん枕、オススメよ。うちの子も、それがあると良く寝たもの」
「そうそう、うちも。それに、授乳の時は汗を吸ってくれて、ママも赤ちゃんも快適だし。何より、赤ちゃんの頭の形がきれいに丸くなるのがいいわよね」
「そう!それがないと、向き癖がついちゃうところだったわ」
すると、一人のママが声を上げる。
「早く教えてよー!私、知らなくて。うちの子、見事に向き癖がついちゃったのよー」
まあまあ、と周りの皆が慰める。
「だから藤崎さん。あなたはどうか使ってね!」
「あ、は、はい!あの、皆様、本当にありがとうございます」
恵真は深々と頭を下げる。
思いも寄らない皆の心遣いに、嬉しくて涙が込み上げてきた。
「こちらこそ!交流会を企画してくれてありがとう。おかげでたくさんの人と知り合えたわ」
「手書きのお便りも、役に立つ情報ばかりで、永久保存版よね」
「藤崎さん、どうか元気な赤ちゃんを。嬉しい報告と可愛い写真を、楽しみにしてるわね!」
ありがとうございます、と恵真は声を詰まらせながらお礼を言った。
◇
そしていよいよ、9月30日の朝を迎えた。
「恵真、今までお疲れ様。今日も無理せずね」
車を降りたあとオフィスまで恵真に付き添いながら、大和が労いの言葉をかける。
「はい、ありがとうございます」
こうして大和と一緒に出勤するのもこれが最後かと思うと、それだけで恵真は寂しさを覚える。
(いけない。最後まで頑張らないと)
気持ちを入れ替えて、仕事を始めた。
まずは、前回の交流会のお便りを仕上げて川原にチェックしてもらい、全社員にメールで送信する。
そのあと、SNSの記事を1本アップロードした。
あとは、産休と育休について佐野と一緒に確認してから、皆に挨拶して回る。
「わー、ついに産休なのね!」
「今までお疲れ様でした」
「元気に産まれてきますように」
皆、恵真に優しく声をかけてくれ、その度に恵真も感激しながらお礼を言った。
最後に、川原と佐野に挨拶する。
「お二人には本当にお世話になりました。ありがとうございました」
「ううん、こちらこそ!双子ちゃん妊娠して大変なのに、手伝ってくれてありがとう。とっても助かったわ」
「藤崎さん。休暇の申請や復帰のご相談も、いつでもご連絡くださいね。まずは出産、頑張ってください。可愛い赤ちゃんの写真、ぜひ送ってくださいね」
そう言って川原と佐野は、恵真に大きな花束を渡す。
「えっ!こんなきれいなお花を?」
「オフィスのみんなからです!」
顔を上げると、皆が仕事の手を止めて立ち上がり、恵真に拍手を送った。
「藤崎さん、お疲れ様でした!」
「安産をお祈りしています」
「パイロットの復帰も、気長にお待ちしていますね」
恵真は涙を溢れさせながら、頭を下げる。
「ありがとうございます!本当に、お世話になりました」
「おいおい、退職する訳じゃないんだから。ちゃんと戻って来てね」
笑いながら部長が言うと、皆も、そうですよ!と頷く。
「ありがとうございます。必ず戻って来ます!」
泣き笑いの表情で、恵真はもう一度頭を下げた。
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