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嬉しい報告
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10月に入り、恵真は毎日をのんびりと過ごしていた。
こずえから誕生日プレゼントにもらったフォトフレームには、結婚式の日に飛行機の前で撮った写真。
そしてその横には、子育て交流会のメンバーからのメッセージ色紙が飾ってある。
それらを見ながらソファに座り、スノードームのオルゴールを聴く。
穏やかな日常と、これから訪れる幸せに胸が高鳴るのを感じながら、恵真は赤ちゃんの誕生を心待ちにしていた。
「どんな子達が産まれてくるのかな?」
恵真は、肌身離さず着けている、大和から贈られた羽のモチーフのネックレスに手を触れる。
大和の誕生石の、エメラルドグリーン
恵真の誕生石、ダイヤモンドの透明な輝き
そして11月の誕生石、トパーズのブルーとシトリの透き通ったオレンジ色
じっくり見ているうちに、恵真はふと頭の中にイメージが湧いてきた。
エメラルドグリーンの大きな海
キラキラ輝く満天の星
きれいに澄み渡った青い空
温かいオレンジ色の太陽
(素敵だな。どうか私達四人が、そんな家族になりますように)
恵真はネックレスを見つめて微笑んだ。
◇
「恵真、久しぶり!わあ、こんなに大きくなったんだね」
その日恵真は、こずえとまた自宅近くのカフェで会うことになっていた。
開口一番、こずえは恵真のお腹の大きさに驚く。
「うん、もう9ヶ月に入ったの。帝王切開の予定日まで1ヶ月切ったし」
「そっかー、いよいよだね。頑張ってね!」
「ありがとう!」
そして恵真は、こずえに顔を寄せて声を潜めた。
「こずえちゃんは、その後どう?伊沢くんと」
「あ、そうそう。新しく住む部屋決まったよ。ここからも近いの」
「そうなの?嬉しい!」
「うん。空港関係者って、やっぱりこの辺りで部屋探す人多いもんね。恵真とも会いやすくなるなー。楽しみ!」
笑顔のこずえに、恵真はためらいがちに尋ねる。
「ってことは、伊沢くんとは、その…」
「あー、入籍ね。11月11日にするよ」
そうなんだー!と、恵真は笑顔になる。
「うん。紙切れ1枚出してくるよー」
「こ、こずえちゃん。そんな夢のない言い方…」
恵真は苦笑いする。
「まあね。結婚って夢の世界じゃないから。ちゃんと地に足つけて二人で生きていくよ」
「こずえちゃん…。かっこいい、男前!もしかして、プロポーズもこずえちゃんから?」
思わず聞いてしまうが、こずえは首を振った。
「ううん、伊沢から。ストレートなセリフだったけどね」
「わあ、さすが伊沢くん。かっこいい!」
「そう?でも、そのあとすぐ現実的な話題になったのよ。いつ入籍するかってモメてね。伊沢の誕生日のワンワンワンの日か、私の誕生日のワンワンニャンニャンの日か。で、結局は間を取って、ワンワンワンワンの日になったの」
「そ、そうなんだ…」
恵真の頭の中に、犬と猫が駆け巡る。
「でも本当に良かったなあ。私もとっても嬉しい!これからもずっとよろしくね。こずえちゃんご夫妻」
「ふふ、こちらこそ」
二人で微笑み合う。
そう言えば、とこずえが思い出したように話題を変えた。
「恵真のウェディングドレスの写真、すっごく素敵だったよ!飛行機の前で、制服姿のパイロットやCAさんや整備士さん達もいて」
「うん、あれね。私は何も知らなくて、大和さんにいきなりハンガーに連れて行かれたの。もうびっくりしちゃった」
「へえ、そうだったんだね」
「でもおかげでとっても良い思い出になった。こずえちゃんにもらったフォトフレームに入れて、大事に飾ってあるよ」
そっか、とこずえも嬉しそうに笑う。
「それでね、伊沢がその写真見る度に、やっぱり結婚式挙げたいって言うのよ」
「そうなんだ!こずえちゃんは?挙げたくないの?」
「んー、挙げたくないっていうか、あんまり興味なくて。私がウェディングドレス着るなんて、似合う訳ないしね」
「そんな事ないよ。こずえちゃん、クールビューティーだもん。絶対に似合うって!私もこずえちゃんのドレス姿、見たいなあ。ね、迷ってるなら思い切ってやってみたら?結婚式」
こずえは腕を組んで、うーんと考え込む。
「まあ、そうね。多分、人生で一度切りだと思うし」
「た、多分って…」
「よし!いっちょ、伊沢の望みも叶えてやるか!」
「うん!伊沢くん、喜ぶよー。私も二人の写真、楽しみにしてるね!」
「おう!」
こずえはかっこ良く恵真にサムアップしてしてみせた。
◇
またある日の午後。
恵真は彩乃と電話で近況報告をしていた。
「臨月に入った途端、お医者様に歩きなさい!って毎回言われるの。もういつ産まれても大丈夫だからって。だけど真一さんが心配して、遠くに行っちゃダメだって言うから、ひたすらマンションの周りをぐるぐる回ってるの。もう不審者扱いされそうよ」
「ふふ、野中さん、心配なんですよ。そう言えば、野中さんもそろそろ休みに入りますか?」
「ええ、明日からしばらくね。でも私は、そんなに長く休んで大丈夫なのかって逆に心配で。パイロットって、やっぱり少しだけでも飛んだ方がいいんじゃないかしら?感覚が鈍らないように」
「そうですね。私も大和さんに、全く飛ばない期間は出来るだけ少なくして、少しだけでも飛んで欲しいなと思ってるんです。単日数乗務を申請して、月に10日ほどは飛んで欲しいなって」
「やっぱりそうよね。私ももう一度、真一さんに話してみるわ」
恵真さんに聞いて良かった、と彩乃は明るく言う。
「私、パイロットのことも会社の制度も全然分からなくて。これからも色々相談させてね」
「もちろんです。私も育児のこと、あれこれ相談させてください。まずは彩乃さんの出産報告、楽しみに待ってますね」
「ありがとう!お互いあと少し頑張りましょうね」
「はい!」
初めての出産が近づき少し緊張してくるが、彩乃と一緒だと思うと、恵真は心強かった。
◇
「うん!順調ね。ほんとにびっくりするわ。双子ママで、ここまで何もトラブルがないなんて。少し貧血気味だから、一応、鉄剤を出しておくわね。それくらいかな?」
36週の健診でも、恵真も赤ちゃんも元気で問題なし。
このままなら、管理入院も必要ないと言われる。
「子宮頸管も4cmあるしね。赤ちゃんの体重も、二人とも2400g超えてるけど、ママの身長も高いから大丈夫そう。予定通り11月4日に前日入院、5日に帝王切開で出産しましょう」
「はい」
いよいよだなと、恵真は深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
「先生、退院は何日になりそうでしょうか?」
隣で大和が尋ねる。
「そうね、初産で何もなければ7日後だから…。11月12日になると思います」
「分かりました」
大和は頷くと、恵真に「11日までは飛ぶかもしれない」と告げる。
恵真も、そうしてくださいと頷いた。
「えっと、入院は個室希望だったかしら?」
「はい。個室は面会時間が長いのですよね?」
「そうね。朝9時から夜8時まで大丈夫よ」
「では個室でお願いします」
大和はそう答えてから、恵真に
「乗務の前か後、どちらかには毎日顔を出すよ」と微笑む。
恵真も、安心して頷いた。
「パパは、立ち会い出産ご希望ですか?」
ふいに尋ねられ、大和は、えっ!と驚く。
「帝王切開でも立ち会えるんですか?」
「ええ。その時の状況にもよるけれど、うちの病院では可能です。もちろんどうなるか分からないし、ママのその時の気分にもよるけれどね」
大和は、そっと恵真の様子をうかがう。
「恵真、もし大丈夫そうなら立ち会ってもいい?」
恵真はにっこり笑って頷いた。
「はい。大和さんがそばにいてくれたら、私も心強いです」
「良かった!先生、可能なら立ち会わせてください」
「分かりました。お二人で一緒に赤ちゃんを迎えられるといいですね」
はい!と返事をしてから、二人で顔を見合わせて微笑む。
「それでは、このまま引き続きお大事に。出産まで本当にあと少し。頑張りましょうね!」
二人で、はい、よろしくお願いしますと頭を下げて病室をあとにした。
◇
10月31日、ハロウィンの夜。
恵真は夕食を作って、大和の帰りを待っていた。
ケチャップライスにチーズをかぶせて海苔で顔を描いたお化けオムライスや、かぼちゃコロッケ、パンプキンスープにかぼちゃプリン、ジャック・オ・ランタンなど…。
(子ども達が産まれたら、こういう季節のイベントをたくさん楽しんで欲しいな)
そう思いつつ、実際は育児が大変でそれどころではないかも?と、苦笑いする。
その時、ただいまーと玄関から大和の声が聞こえてきた。
「お帰りなさい」
「ただいま、恵真。ん?何かいい匂いがする」
恵真の頬にキスをしてから、大和はいそいそとダイニングに行く。
「わー、これまた凄いな!ハロウィンか」
「ええ。かぼちゃだらけの献立ですけど」
「美味しそう!早速食べよう」
「はい」
手を洗ってきた大和と一緒に、いただきますと食べ始める。
「可愛いな、このお化け。オムライスになってるんだ!へえー、これは子ども達も喜びそうだな」
大和もどうやら、子ども達とハロウィンを楽しむのを想像しているらしい。
「でも育児をしながらだと、ここまで作る余裕があるかどうか…」
「あー、そうだな。もちろん俺も手伝うし、無理なくね。ほら、チーズをかぶせてお化けにするなんて、子ども達が自分でやったら楽しそうじゃない?」
「ふふ、そうですね。2年後には楽しめるかなー?」
子ども達との生活を想像するだけでも楽しくなる。
二人は終始笑顔で、美味しいハロウィンの料理を味わった。
ソファで食後のお茶を飲みながら、大和が今後のフライトスケジュールを恵真に見せる。
「11月4日と5日は休みで、恵真の入院中は国内線1往復。12日から赤ちゃんの1ヶ月健診まではまた休み。とりあえず今はそんな感じだよ。スタンバイの体制も強化してもらってるから、当日飛べなくなっても構わないって部長にも言われてる」
「そうなんですね。とっても有り難いです」
「ああ、そうだな。俺もいつか後輩が産休取る時は、協力して恩返しするよ」
はい、と恵真が頷いた時、スマートフォンにメッセージが届いた。
彩乃からで、件名に『トリック・オア・トリート!』とある。
ハロウィンのメッセージかな、と気軽に読み始めた恵真は、途中で、ええー?!と大きな声を上げる。
「どうしたの?恵真」
大和が驚いたように、恵真の顔を覗き込んだ。
「う、産まれたって、赤ちゃんが…」
「えっ?!彩乃さんと野中さんの赤ちゃん?」
コクコクと恵真は頷き、二人で顔を寄せてメッセージを読む。
『ハッピーハロウィン!恵真さん、いかがお過ごしですか?実は我が家に元気な男の子が誕生しました!今朝陣痛が来て、昼過ぎには産まれるという安産で、母子共に元気です。ハロウィンに産まれてくるなんて…。「お菓子くれなきゃイタズラするぞ!」って言いながら産まれたみたい、と真一さんと大笑い。恵真さんの言うように、間違いなくひょうきん者です』
クスッと、恵真は大和と顔を見合わせて笑う。
『恵真さんも、出産頑張ってね!安産パワー送ります。あ、申し遅れました。息子の名前は、野中 翔一です。どうぞよろしくね!』
そして笑顔で赤ちゃんを抱っこする彩乃と、彩乃の肩を抱き、満面の笑みを浮かべる野中の写真が添付されていた。
「わあ!可愛い。なんて小さいの」
「ほんと。まさに天使だな。翔一くんかあ、野中さんらしい名付けだな」
「そうね、とっても良いお名前」
二人でしばらく写真を見つめる。
ようやく我に返り、恵真は返事を打った。
『彩乃さん、野中さん、おめでとうございます!嬉しいご報告に、私も大和さんもとても幸せな気持ちにさせてもらいました。翔一くん、とっても良いお名前ですね!それに凄く可愛いです。彩乃さんも安産で良かった。ママも赤ちゃんも元気で何よりです。安産パワー、ありがとうございます。私もあとに続けるように頑張ります。彩乃さん、ゆっくり身体を休めてくださいね。可愛い翔一くんに会える日を、楽しみにしています』
送信してから、また写真を見返す。
「5日後には、我が家にもこんなに可愛い赤ちゃんが来てくれるのかしら」
「ああ、そうだな。しかも二人も!」
「ふふ、楽しみですね」
そして、ふと恵真が大和に尋ねた。
「そう言えば大和さん。私達の赤ちゃんの名前、決まりましたか?」
すると大和は、うーん、と眉間にシワを寄せる。
「それがなかなか…。なにせ、どの組み合わせかも分からないだろ?男の子二人なのか女の子二人なのか、はたまた男女なのか」
「そうですね、確かに」
「だから、実際に顔を見てからピンと来る名前にするよ」
「ピンと、来ますかね?」
「うっ、分からん。来ないかな?」
「どうでしょう…?」
だんだん二人は真顔になる。
「とにかく!まずは無事に産まれて欲しい。それが一番だよ」
「そうですね」
二人で恵真のお腹に手を当てて、赤ちゃんに話しかける。
「元気に産まれておいで。パパもママも待ってるよ!」
ポコッと返事をするように動いたお腹に、また二人で微笑み合った。
こずえから誕生日プレゼントにもらったフォトフレームには、結婚式の日に飛行機の前で撮った写真。
そしてその横には、子育て交流会のメンバーからのメッセージ色紙が飾ってある。
それらを見ながらソファに座り、スノードームのオルゴールを聴く。
穏やかな日常と、これから訪れる幸せに胸が高鳴るのを感じながら、恵真は赤ちゃんの誕生を心待ちにしていた。
「どんな子達が産まれてくるのかな?」
恵真は、肌身離さず着けている、大和から贈られた羽のモチーフのネックレスに手を触れる。
大和の誕生石の、エメラルドグリーン
恵真の誕生石、ダイヤモンドの透明な輝き
そして11月の誕生石、トパーズのブルーとシトリの透き通ったオレンジ色
じっくり見ているうちに、恵真はふと頭の中にイメージが湧いてきた。
エメラルドグリーンの大きな海
キラキラ輝く満天の星
きれいに澄み渡った青い空
温かいオレンジ色の太陽
(素敵だな。どうか私達四人が、そんな家族になりますように)
恵真はネックレスを見つめて微笑んだ。
◇
「恵真、久しぶり!わあ、こんなに大きくなったんだね」
その日恵真は、こずえとまた自宅近くのカフェで会うことになっていた。
開口一番、こずえは恵真のお腹の大きさに驚く。
「うん、もう9ヶ月に入ったの。帝王切開の予定日まで1ヶ月切ったし」
「そっかー、いよいよだね。頑張ってね!」
「ありがとう!」
そして恵真は、こずえに顔を寄せて声を潜めた。
「こずえちゃんは、その後どう?伊沢くんと」
「あ、そうそう。新しく住む部屋決まったよ。ここからも近いの」
「そうなの?嬉しい!」
「うん。空港関係者って、やっぱりこの辺りで部屋探す人多いもんね。恵真とも会いやすくなるなー。楽しみ!」
笑顔のこずえに、恵真はためらいがちに尋ねる。
「ってことは、伊沢くんとは、その…」
「あー、入籍ね。11月11日にするよ」
そうなんだー!と、恵真は笑顔になる。
「うん。紙切れ1枚出してくるよー」
「こ、こずえちゃん。そんな夢のない言い方…」
恵真は苦笑いする。
「まあね。結婚って夢の世界じゃないから。ちゃんと地に足つけて二人で生きていくよ」
「こずえちゃん…。かっこいい、男前!もしかして、プロポーズもこずえちゃんから?」
思わず聞いてしまうが、こずえは首を振った。
「ううん、伊沢から。ストレートなセリフだったけどね」
「わあ、さすが伊沢くん。かっこいい!」
「そう?でも、そのあとすぐ現実的な話題になったのよ。いつ入籍するかってモメてね。伊沢の誕生日のワンワンワンの日か、私の誕生日のワンワンニャンニャンの日か。で、結局は間を取って、ワンワンワンワンの日になったの」
「そ、そうなんだ…」
恵真の頭の中に、犬と猫が駆け巡る。
「でも本当に良かったなあ。私もとっても嬉しい!これからもずっとよろしくね。こずえちゃんご夫妻」
「ふふ、こちらこそ」
二人で微笑み合う。
そう言えば、とこずえが思い出したように話題を変えた。
「恵真のウェディングドレスの写真、すっごく素敵だったよ!飛行機の前で、制服姿のパイロットやCAさんや整備士さん達もいて」
「うん、あれね。私は何も知らなくて、大和さんにいきなりハンガーに連れて行かれたの。もうびっくりしちゃった」
「へえ、そうだったんだね」
「でもおかげでとっても良い思い出になった。こずえちゃんにもらったフォトフレームに入れて、大事に飾ってあるよ」
そっか、とこずえも嬉しそうに笑う。
「それでね、伊沢がその写真見る度に、やっぱり結婚式挙げたいって言うのよ」
「そうなんだ!こずえちゃんは?挙げたくないの?」
「んー、挙げたくないっていうか、あんまり興味なくて。私がウェディングドレス着るなんて、似合う訳ないしね」
「そんな事ないよ。こずえちゃん、クールビューティーだもん。絶対に似合うって!私もこずえちゃんのドレス姿、見たいなあ。ね、迷ってるなら思い切ってやってみたら?結婚式」
こずえは腕を組んで、うーんと考え込む。
「まあ、そうね。多分、人生で一度切りだと思うし」
「た、多分って…」
「よし!いっちょ、伊沢の望みも叶えてやるか!」
「うん!伊沢くん、喜ぶよー。私も二人の写真、楽しみにしてるね!」
「おう!」
こずえはかっこ良く恵真にサムアップしてしてみせた。
◇
またある日の午後。
恵真は彩乃と電話で近況報告をしていた。
「臨月に入った途端、お医者様に歩きなさい!って毎回言われるの。もういつ産まれても大丈夫だからって。だけど真一さんが心配して、遠くに行っちゃダメだって言うから、ひたすらマンションの周りをぐるぐる回ってるの。もう不審者扱いされそうよ」
「ふふ、野中さん、心配なんですよ。そう言えば、野中さんもそろそろ休みに入りますか?」
「ええ、明日からしばらくね。でも私は、そんなに長く休んで大丈夫なのかって逆に心配で。パイロットって、やっぱり少しだけでも飛んだ方がいいんじゃないかしら?感覚が鈍らないように」
「そうですね。私も大和さんに、全く飛ばない期間は出来るだけ少なくして、少しだけでも飛んで欲しいなと思ってるんです。単日数乗務を申請して、月に10日ほどは飛んで欲しいなって」
「やっぱりそうよね。私ももう一度、真一さんに話してみるわ」
恵真さんに聞いて良かった、と彩乃は明るく言う。
「私、パイロットのことも会社の制度も全然分からなくて。これからも色々相談させてね」
「もちろんです。私も育児のこと、あれこれ相談させてください。まずは彩乃さんの出産報告、楽しみに待ってますね」
「ありがとう!お互いあと少し頑張りましょうね」
「はい!」
初めての出産が近づき少し緊張してくるが、彩乃と一緒だと思うと、恵真は心強かった。
◇
「うん!順調ね。ほんとにびっくりするわ。双子ママで、ここまで何もトラブルがないなんて。少し貧血気味だから、一応、鉄剤を出しておくわね。それくらいかな?」
36週の健診でも、恵真も赤ちゃんも元気で問題なし。
このままなら、管理入院も必要ないと言われる。
「子宮頸管も4cmあるしね。赤ちゃんの体重も、二人とも2400g超えてるけど、ママの身長も高いから大丈夫そう。予定通り11月4日に前日入院、5日に帝王切開で出産しましょう」
「はい」
いよいよだなと、恵真は深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
「先生、退院は何日になりそうでしょうか?」
隣で大和が尋ねる。
「そうね、初産で何もなければ7日後だから…。11月12日になると思います」
「分かりました」
大和は頷くと、恵真に「11日までは飛ぶかもしれない」と告げる。
恵真も、そうしてくださいと頷いた。
「えっと、入院は個室希望だったかしら?」
「はい。個室は面会時間が長いのですよね?」
「そうね。朝9時から夜8時まで大丈夫よ」
「では個室でお願いします」
大和はそう答えてから、恵真に
「乗務の前か後、どちらかには毎日顔を出すよ」と微笑む。
恵真も、安心して頷いた。
「パパは、立ち会い出産ご希望ですか?」
ふいに尋ねられ、大和は、えっ!と驚く。
「帝王切開でも立ち会えるんですか?」
「ええ。その時の状況にもよるけれど、うちの病院では可能です。もちろんどうなるか分からないし、ママのその時の気分にもよるけれどね」
大和は、そっと恵真の様子をうかがう。
「恵真、もし大丈夫そうなら立ち会ってもいい?」
恵真はにっこり笑って頷いた。
「はい。大和さんがそばにいてくれたら、私も心強いです」
「良かった!先生、可能なら立ち会わせてください」
「分かりました。お二人で一緒に赤ちゃんを迎えられるといいですね」
はい!と返事をしてから、二人で顔を見合わせて微笑む。
「それでは、このまま引き続きお大事に。出産まで本当にあと少し。頑張りましょうね!」
二人で、はい、よろしくお願いしますと頭を下げて病室をあとにした。
◇
10月31日、ハロウィンの夜。
恵真は夕食を作って、大和の帰りを待っていた。
ケチャップライスにチーズをかぶせて海苔で顔を描いたお化けオムライスや、かぼちゃコロッケ、パンプキンスープにかぼちゃプリン、ジャック・オ・ランタンなど…。
(子ども達が産まれたら、こういう季節のイベントをたくさん楽しんで欲しいな)
そう思いつつ、実際は育児が大変でそれどころではないかも?と、苦笑いする。
その時、ただいまーと玄関から大和の声が聞こえてきた。
「お帰りなさい」
「ただいま、恵真。ん?何かいい匂いがする」
恵真の頬にキスをしてから、大和はいそいそとダイニングに行く。
「わー、これまた凄いな!ハロウィンか」
「ええ。かぼちゃだらけの献立ですけど」
「美味しそう!早速食べよう」
「はい」
手を洗ってきた大和と一緒に、いただきますと食べ始める。
「可愛いな、このお化け。オムライスになってるんだ!へえー、これは子ども達も喜びそうだな」
大和もどうやら、子ども達とハロウィンを楽しむのを想像しているらしい。
「でも育児をしながらだと、ここまで作る余裕があるかどうか…」
「あー、そうだな。もちろん俺も手伝うし、無理なくね。ほら、チーズをかぶせてお化けにするなんて、子ども達が自分でやったら楽しそうじゃない?」
「ふふ、そうですね。2年後には楽しめるかなー?」
子ども達との生活を想像するだけでも楽しくなる。
二人は終始笑顔で、美味しいハロウィンの料理を味わった。
ソファで食後のお茶を飲みながら、大和が今後のフライトスケジュールを恵真に見せる。
「11月4日と5日は休みで、恵真の入院中は国内線1往復。12日から赤ちゃんの1ヶ月健診まではまた休み。とりあえず今はそんな感じだよ。スタンバイの体制も強化してもらってるから、当日飛べなくなっても構わないって部長にも言われてる」
「そうなんですね。とっても有り難いです」
「ああ、そうだな。俺もいつか後輩が産休取る時は、協力して恩返しするよ」
はい、と恵真が頷いた時、スマートフォンにメッセージが届いた。
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ハロウィンのメッセージかな、と気軽に読み始めた恵真は、途中で、ええー?!と大きな声を上げる。
「どうしたの?恵真」
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「う、産まれたって、赤ちゃんが…」
「えっ?!彩乃さんと野中さんの赤ちゃん?」
コクコクと恵真は頷き、二人で顔を寄せてメッセージを読む。
『ハッピーハロウィン!恵真さん、いかがお過ごしですか?実は我が家に元気な男の子が誕生しました!今朝陣痛が来て、昼過ぎには産まれるという安産で、母子共に元気です。ハロウィンに産まれてくるなんて…。「お菓子くれなきゃイタズラするぞ!」って言いながら産まれたみたい、と真一さんと大笑い。恵真さんの言うように、間違いなくひょうきん者です』
クスッと、恵真は大和と顔を見合わせて笑う。
『恵真さんも、出産頑張ってね!安産パワー送ります。あ、申し遅れました。息子の名前は、野中 翔一です。どうぞよろしくね!』
そして笑顔で赤ちゃんを抱っこする彩乃と、彩乃の肩を抱き、満面の笑みを浮かべる野中の写真が添付されていた。
「わあ!可愛い。なんて小さいの」
「ほんと。まさに天使だな。翔一くんかあ、野中さんらしい名付けだな」
「そうね、とっても良いお名前」
二人でしばらく写真を見つめる。
ようやく我に返り、恵真は返事を打った。
『彩乃さん、野中さん、おめでとうございます!嬉しいご報告に、私も大和さんもとても幸せな気持ちにさせてもらいました。翔一くん、とっても良いお名前ですね!それに凄く可愛いです。彩乃さんも安産で良かった。ママも赤ちゃんも元気で何よりです。安産パワー、ありがとうございます。私もあとに続けるように頑張ります。彩乃さん、ゆっくり身体を休めてくださいね。可愛い翔一くんに会える日を、楽しみにしています』
送信してから、また写真を見返す。
「5日後には、我が家にもこんなに可愛い赤ちゃんが来てくれるのかしら」
「ああ、そうだな。しかも二人も!」
「ふふ、楽しみですね」
そして、ふと恵真が大和に尋ねた。
「そう言えば大和さん。私達の赤ちゃんの名前、決まりましたか?」
すると大和は、うーん、と眉間にシワを寄せる。
「それがなかなか…。なにせ、どの組み合わせかも分からないだろ?男の子二人なのか女の子二人なのか、はたまた男女なのか」
「そうですね、確かに」
「だから、実際に顔を見てからピンと来る名前にするよ」
「ピンと、来ますかね?」
「うっ、分からん。来ないかな?」
「どうでしょう…?」
だんだん二人は真顔になる。
「とにかく!まずは無事に産まれて欲しい。それが一番だよ」
「そうですね」
二人で恵真のお腹に手を当てて、赤ちゃんに話しかける。
「元気に産まれておいで。パパもママも待ってるよ!」
ポコッと返事をするように動いたお腹に、また二人で微笑み合った。
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それは、彼が初めて見せた弱さであり、
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