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新たな家族の誕生
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「恵真、忘れ物ない?」
「んー、多分…。母子手帳も持ったし、保険証も。あ、大和さん。退院の日は、この荷物を持って来てください。赤ちゃんのお洋服が入ってるの。あと、車にベビーシートも付けて来てくださいね」
「分かった」
11月4日の昼過ぎ。
恵真は荷物をまとめて入院の準備をする。
「次にここに帰って来る時は、四人家族になってるのね」
「ああ、そうだな」
大和は恵真の肩を抱いて、リビングを振り返る。
すると恵真が、じっと大和を見上げてきた。
「ん?どうかした?」
「うん…。もう大和さんと二人きりじゃなくなるの、なんだか少し寂しい気もして」
「どうして?」
「だって…。今までみたいに私のこと抱きしめてくれたり、その…、ただいまのキスも、してくれなくなるでしょう?」
「なーんだ。そんなこと?」
大和はニヤリと笑う。
「ご心配なく。これからも恵真のこと、抱きしめてキスして、散々甘やかすよ。だって俺は、ますます恵真を好きになるんだから」
「そ、そうですか。それは、良かった、です」
恵真は耳まで真っ赤になる。
「じゃあ、この部屋で過ごす二人の最後の時間に…」
そう言って大和は恵真に、うっとりするほど甘いキスをした。
◇
「佐倉さん、こんにちは!いよいよですね」
病院に到着し、まずは看護師から入院の説明を聞き、血圧、NSTなどの検査を受ける。
その後、診察室に通されると、主治医の木村がにこにこと恵真を出迎えてくれた。
「よくここまで頑張りましたね!あとは私達にドーンとお任せください」
「はい、ありがとうございます」
明るい先生の言葉に、恵真も心強くなった。
内診や、エコーも詳しくチェックしてから、明日の手術の時間と流れを説明される。
さらに麻酔医も挨拶に来てくれた。
どんな麻酔を使うか、どの様な感覚になるかを詳しく説明してくれ、最後に大和に話し出す。
「明日、麻酔が効いて手術の準備が整ったら、ご主人に入室して頂きますね。奥様の枕元に座って、励ましてあげてください」
「はい、分かりました」
「何かご不明な点はありますか?」
「いえ、ありません。どうか妻をよろしくお願い致します」
大和は、先生達に深々と頭を下げた。
◇
「えーっと、恵真。何か足りない物はない?」
病室で身の回りの整理をしながら、大和が聞く。
「大丈夫です」
「そう?もし何か忘れ物あったら、あとで連絡してね。明日持って来るから」
「はい」
そうこうしているうちに、病室に夕食が運ばれてきた。
「わあ、美味しそう!」
「恵真、しっかり食べてね。夜9時以降は絶食で、次に食べられるのは明後日になるみたいだから」
大和が入院スケジュールを見ながら、恵真に話す。
「そうなんですね。じゃあ味わって頂きます。大和さん、夕食は?」
「ん?俺は帰ってから適当に済ませるよ」
「すみません。冷蔵庫に常備菜と、煮物も少し残ってるので、良かったら食べてください」
「ありがとう。俺のことなんて、気にしなくていいから」
そう言って、大和は恵真が食べるのを優しく見守る。
「恵真。退院したら何食べたい?好きな物たくさん用意しておくよ」
「え、ほんとに?」
「ああ。妊娠中、色々食べたい物我慢してきただろ?退院したら、好きなだけ食べたらいいよ」
「うーん、それがそういう訳にもいかないんですよね」
え、どうして?と大和は意外そうに聞く。
「母乳の為にカフェインも控えないといけないし、甘い物もまだ…。引き続き野菜中心の食事にしないとダメみたいです」
「そうなんだ。恵真、大好きなデザートもずっと我慢してたのに、まだ食べられないのか」
大和は残念そうにうつむく。
「こういう時、男って何も出来ないんだな。恵真にばかり色々我慢させて、ごめんな」
ううん、と恵真は明るく笑う。
「我慢だなんて、思ってません。大好きな大和さんとの赤ちゃんを授かって、とっても嬉しかったです。最初は心配でたまらなかったけど、胎動を感じられるようになってからは、毎日が幸せで。無事に臨月まで育てられてホッとしています。明日、いよいよ会えますね。とっても楽しみ!」
「恵真…」
ふふっと笑う恵真を、大和は優しく抱きしめる。
「ありがとう、恵真。いつもこんなにも俺を幸せにしてくれて」
「私の方こそ。大和さん、いつも守ってくれてありがとうございます」
二人で微笑み合う。
「恵真。明日、一緒に赤ちゃんを迎えよう」
「はい」
「そして必ず俺が幸せにする。恵真も、赤ちゃんも」
「私も、必ず幸せにします。大和さんも、赤ちゃんも」
大和は頷くと、恵真に優しく口づける。
これまでの感謝と、これからの幸せを約束して…。
二人は、この先もずっと続く明るい未来を感じながら、いつまでも抱き合っていた。
◇
『おはよう!恵真。良く眠れた?』
11月5日。
いよいよ出産の日の朝を迎えた。
恵真は、大和からのメッセージを読むとすぐに返信する。
『おはようございます。夕べは、大和さんがいないから寂しくてなかなか寝つけなかったけど、オルゴールを聴いていたら、いつの間にかぐっすり!体調もばっちりです』
『そう、良かった。退院したら、毎晩抱きしめてあげるからね』
返信を読んで、恵真は顔を真っ赤にする。
「やだ、なんか、文字で書かれると余計に…」
するとドアをノックして、看護師が入って来た。
「佐倉さーん、おはようございます。体調はいかがですか?あら、顔が赤いわね。まさか熱があるんじゃ?」
「い、いえ!大丈夫です。ほら、さっき測った体温も、36度5分でした」
恵真は慌てて体温計を見せる。
「そう、それなら良かったわ。えーっと、ご主人は立ち会い希望よね?10時に病院に来てもらえるかしら?」
「はい、伝えてあります」
「じゃあ、佐倉さんもそろそろ準備始めましょうね」
「はい」
いよいよか、と恵真は深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
(大丈夫。大和さんもそばにいてくれるし、何よりやっと赤ちゃんに会えるんだもん!)
緊張よりも、ワクワクする気持ちの方が大きくなってきた。
『じゃあ大和さん。これから手術の準備始めますね』
『分かった。俺もあとで行くから。恵真のそばについてるからね』
『はい。待ってます』
恵真は微笑んでメッセージを送信すると、よし、頑張るぞ!と気合いを入れた。
手術着に着替えると、歩いて手術室に向かう。
(手術室って、ストレッチャーに乗せられて運ばれるのかと思ってたけど、自分で歩いて入るんだ。まあ、そうね。歩けるものね)
妙な事に感心しつつ手術室に入ると、主治医の木村先生が、いつもと変わらない笑顔で明るく迎えてくれた。
「佐倉さん、やっと赤ちゃんに会えるわね」
「はい、よろしくお願いします」
看護師の手を借りながら、恵真は手術台に横になった。
(え、狭い!落っこちないかな?)
何もかもが初めてで、些細な事も気になってしまう。
昨日、挨拶に来てくれた麻酔科の先生や、看護師達も大勢いて、皆せわしなく準備をしている。
「では佐倉さん。ゆっくり着ているものを脱いでくださいね」
看護師が恵真に大きなバスタオルを掛けてくれ、恵真は前開きの手術着を脱ぐ。
「左手に点滴付けますねー」
「はい、では横を向いて背中を少し丸めてくださいねー」
恵真はひたすら言われるがままになる。
「麻酔入りましたよー。少しずつ腰の下が温かくなってきます」
(わっ、ほんとだ。それに何だか、感覚が鈍くなってきたような…)
「佐倉さん、これ分かりますか?何か感覚ありますか?」
「え?いえ、全く」
これってどれ?と思いながら、恵真は首を振る。
「じゃあこれは?」
「あ、胸の辺りが冷たいです」
「はい、分かりました」
いつの間にか大きなビニールの幕で仕切られ、恵真は自分の胸から下が見えなくなっていた。
先生同士、何か会話をしたあと、看護師が恵真に声をかけてきた。
「では、佐倉さん。手術の準備が整ったので、ご主人に入って頂いても大丈夫ですか?」
「え、もうそんな時間ですか?あの、主人はもう来てますか?」
「ふふっ。ええ、首を長くしてお待ちですよ。ではお呼びしますね」
「はい、お願いします」
しばらくすると、医療用のガウンを着た大和が入って来た。
「恵真」
「大和さん…」
優しく名前を呼ばれた瞬間、思いがけず恵真の目に涙が浮かぶ。
大和は、恵真の頭のすぐ横の椅子に座り、恵真の顔を覗き込んで微笑む。
「大丈夫、そばにいるからね」
「うん」
大和は頷くと、両手で恵真の右手を握りしめた。
「大和さん?何か持ってる?」
「ああ。これ」
大和は手を開いて恵真に見せる。
大和が握っていたのは、今朝恵真が病室に置いてきた結婚指輪と誕生石の羽のネックレス。
肌身離さず着けていたかったが、手術では外さなければいけないと言われ、仕方なく病室に置いてきたのだった。
「良かった、嬉しい…」
恵真が微笑むと大和も頷き、しっかりと恵真の手と一緒に握りしめた。
「それでは、始めます」
「よろしくお願いします」
医師達の声で、手術室の空気が変わる。
恵真はそっと目を閉じ、大和の手の温もりを感じながら祈るようにその時を待つ。
しばらくして、木村先生が呼びかけてきた。
「佐倉さん、一人目産まれますよ!」
えっ!と、恵真と大和が顔を上げた時だった。
「ホギャー、ホギャー…」
大きな産声が手術室に響き渡る。
「う、産まれた!」
「うん!泣いてるね」
「ああ、元気に泣いてる」
二人は手を握り合い、目に涙を浮かべる。
「元気な男の子よ」
男の子!と、二人で顔を見合わせた。
「大和さん、男の子だって!」
「ああ、元気な男の子だ」
すると助産師が、「ほら!パパとママよ」と言って、産まれたての赤ちゃんを見せてくれた。
「わあ!可愛い!」
「ああ、可愛いな。可愛くて元気で…」
声を詰まらせ、大和は言葉が続けられない。
「大和さん…」
恵真も涙が込み上げてきて、それ以上何も言えずに大和の手を握る。
「佐倉さん、二人目よ」
木村先生の言葉に、また二人で顔を上げる。
「ホワー、ホワー…」
今度は柔らかい産声が聞こえてきた。
「おめでとう!二人ともとっても元気ね。お兄ちゃんと妹ちゃんよ」
「妹?!」
「え、女の子?!」
大和と恵真は、また互いに顔を見合わせる。
「はい!今度は女の子の方ね」
助産師がまた赤ちゃんを見せてくれた。
「うわー、可愛い!」
「ああ、良かった。二人とも元気で本当に良かった…」
大和は恵真の手をぎゅっと握りながら、涙を堪える。
「恵真、ありがとう。こんなにも可愛くて大切な命を産んでくれて…。俺、幸せで、胸がいっぱいで…」
大和は声を震わせ、目を潤ませながら、恵真に微笑みかける。
「大和さん…」
恵真の瞳からも涙がこぼれ落ちた。
愛する人との大切な赤ちゃん。
私達二人の一生の宝物。
かけがえのない命の誕生を一緒に迎えられ、同じ感動を分かち合えた。
(忘れない。この瞬間の気持ちを。ずっとずっと)
恵真はもう一度、大和の手をぎゅっと握りしめた。
「はい、きれいにしてきましたよー」
恵真の処置が続く中、身長や体重を測り、身体をきれいにしてもらった双子が、真っ白なおくるみに包まれて戻って来た。
「パパとママに抱っこしてもらいましょうね」
そう言って助産師が、まずは大和に男の子を抱かせる。
「うわっ…」
大和は緊張しながら、男の子を腕に抱く。
ガチガチに固くなって抱いていたが、赤ちゃんの顔を見ると、一気に頬を緩める。
「可愛いなあ。小さくてすべすべで。なんて柔らかいんだろう」
微笑ましく見ている恵真に、助産師は女の子を抱かせた。
「じゃあ妹ちゃんは、ママに抱っこしてもらいましょうね」
胸の上に寝かされた赤ちゃんを、恵真はそっと抱きしめる。
「わあ…。可愛い」
恵真は赤ちゃんの頬を、人差し指でチョンと触る。
「ふふっ、ぷくぷくしてる」
すると大和の興奮気味の声がした。
「恵真、見て!俺の指、握ってくれた!」
顔を上げて見ると、大和の人差し指を男の子がぎゅっと握りしめている。
「ほんとだ。私も握ってくれるかな?」
恵真もそっと女の子の手に、人差し指を近づける。
つんつんと触ると、赤ちゃんは一度手を開いてから、恵真の指をきゅっと握った。
「あっ、私も握ってくれた!」
二人ではしゃいでいると、看護師が近づいて来た。
「良かったらお写真撮りますよ」
「あっ、お願いします」
「はーい、笑ってー」
恵真と大和は赤ちゃんを抱き、とびきり幸せそうな笑顔をみせた。
「んー、多分…。母子手帳も持ったし、保険証も。あ、大和さん。退院の日は、この荷物を持って来てください。赤ちゃんのお洋服が入ってるの。あと、車にベビーシートも付けて来てくださいね」
「分かった」
11月4日の昼過ぎ。
恵真は荷物をまとめて入院の準備をする。
「次にここに帰って来る時は、四人家族になってるのね」
「ああ、そうだな」
大和は恵真の肩を抱いて、リビングを振り返る。
すると恵真が、じっと大和を見上げてきた。
「ん?どうかした?」
「うん…。もう大和さんと二人きりじゃなくなるの、なんだか少し寂しい気もして」
「どうして?」
「だって…。今までみたいに私のこと抱きしめてくれたり、その…、ただいまのキスも、してくれなくなるでしょう?」
「なーんだ。そんなこと?」
大和はニヤリと笑う。
「ご心配なく。これからも恵真のこと、抱きしめてキスして、散々甘やかすよ。だって俺は、ますます恵真を好きになるんだから」
「そ、そうですか。それは、良かった、です」
恵真は耳まで真っ赤になる。
「じゃあ、この部屋で過ごす二人の最後の時間に…」
そう言って大和は恵真に、うっとりするほど甘いキスをした。
◇
「佐倉さん、こんにちは!いよいよですね」
病院に到着し、まずは看護師から入院の説明を聞き、血圧、NSTなどの検査を受ける。
その後、診察室に通されると、主治医の木村がにこにこと恵真を出迎えてくれた。
「よくここまで頑張りましたね!あとは私達にドーンとお任せください」
「はい、ありがとうございます」
明るい先生の言葉に、恵真も心強くなった。
内診や、エコーも詳しくチェックしてから、明日の手術の時間と流れを説明される。
さらに麻酔医も挨拶に来てくれた。
どんな麻酔を使うか、どの様な感覚になるかを詳しく説明してくれ、最後に大和に話し出す。
「明日、麻酔が効いて手術の準備が整ったら、ご主人に入室して頂きますね。奥様の枕元に座って、励ましてあげてください」
「はい、分かりました」
「何かご不明な点はありますか?」
「いえ、ありません。どうか妻をよろしくお願い致します」
大和は、先生達に深々と頭を下げた。
◇
「えーっと、恵真。何か足りない物はない?」
病室で身の回りの整理をしながら、大和が聞く。
「大丈夫です」
「そう?もし何か忘れ物あったら、あとで連絡してね。明日持って来るから」
「はい」
そうこうしているうちに、病室に夕食が運ばれてきた。
「わあ、美味しそう!」
「恵真、しっかり食べてね。夜9時以降は絶食で、次に食べられるのは明後日になるみたいだから」
大和が入院スケジュールを見ながら、恵真に話す。
「そうなんですね。じゃあ味わって頂きます。大和さん、夕食は?」
「ん?俺は帰ってから適当に済ませるよ」
「すみません。冷蔵庫に常備菜と、煮物も少し残ってるので、良かったら食べてください」
「ありがとう。俺のことなんて、気にしなくていいから」
そう言って、大和は恵真が食べるのを優しく見守る。
「恵真。退院したら何食べたい?好きな物たくさん用意しておくよ」
「え、ほんとに?」
「ああ。妊娠中、色々食べたい物我慢してきただろ?退院したら、好きなだけ食べたらいいよ」
「うーん、それがそういう訳にもいかないんですよね」
え、どうして?と大和は意外そうに聞く。
「母乳の為にカフェインも控えないといけないし、甘い物もまだ…。引き続き野菜中心の食事にしないとダメみたいです」
「そうなんだ。恵真、大好きなデザートもずっと我慢してたのに、まだ食べられないのか」
大和は残念そうにうつむく。
「こういう時、男って何も出来ないんだな。恵真にばかり色々我慢させて、ごめんな」
ううん、と恵真は明るく笑う。
「我慢だなんて、思ってません。大好きな大和さんとの赤ちゃんを授かって、とっても嬉しかったです。最初は心配でたまらなかったけど、胎動を感じられるようになってからは、毎日が幸せで。無事に臨月まで育てられてホッとしています。明日、いよいよ会えますね。とっても楽しみ!」
「恵真…」
ふふっと笑う恵真を、大和は優しく抱きしめる。
「ありがとう、恵真。いつもこんなにも俺を幸せにしてくれて」
「私の方こそ。大和さん、いつも守ってくれてありがとうございます」
二人で微笑み合う。
「恵真。明日、一緒に赤ちゃんを迎えよう」
「はい」
「そして必ず俺が幸せにする。恵真も、赤ちゃんも」
「私も、必ず幸せにします。大和さんも、赤ちゃんも」
大和は頷くと、恵真に優しく口づける。
これまでの感謝と、これからの幸せを約束して…。
二人は、この先もずっと続く明るい未来を感じながら、いつまでも抱き合っていた。
◇
『おはよう!恵真。良く眠れた?』
11月5日。
いよいよ出産の日の朝を迎えた。
恵真は、大和からのメッセージを読むとすぐに返信する。
『おはようございます。夕べは、大和さんがいないから寂しくてなかなか寝つけなかったけど、オルゴールを聴いていたら、いつの間にかぐっすり!体調もばっちりです』
『そう、良かった。退院したら、毎晩抱きしめてあげるからね』
返信を読んで、恵真は顔を真っ赤にする。
「やだ、なんか、文字で書かれると余計に…」
するとドアをノックして、看護師が入って来た。
「佐倉さーん、おはようございます。体調はいかがですか?あら、顔が赤いわね。まさか熱があるんじゃ?」
「い、いえ!大丈夫です。ほら、さっき測った体温も、36度5分でした」
恵真は慌てて体温計を見せる。
「そう、それなら良かったわ。えーっと、ご主人は立ち会い希望よね?10時に病院に来てもらえるかしら?」
「はい、伝えてあります」
「じゃあ、佐倉さんもそろそろ準備始めましょうね」
「はい」
いよいよか、と恵真は深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
(大丈夫。大和さんもそばにいてくれるし、何よりやっと赤ちゃんに会えるんだもん!)
緊張よりも、ワクワクする気持ちの方が大きくなってきた。
『じゃあ大和さん。これから手術の準備始めますね』
『分かった。俺もあとで行くから。恵真のそばについてるからね』
『はい。待ってます』
恵真は微笑んでメッセージを送信すると、よし、頑張るぞ!と気合いを入れた。
手術着に着替えると、歩いて手術室に向かう。
(手術室って、ストレッチャーに乗せられて運ばれるのかと思ってたけど、自分で歩いて入るんだ。まあ、そうね。歩けるものね)
妙な事に感心しつつ手術室に入ると、主治医の木村先生が、いつもと変わらない笑顔で明るく迎えてくれた。
「佐倉さん、やっと赤ちゃんに会えるわね」
「はい、よろしくお願いします」
看護師の手を借りながら、恵真は手術台に横になった。
(え、狭い!落っこちないかな?)
何もかもが初めてで、些細な事も気になってしまう。
昨日、挨拶に来てくれた麻酔科の先生や、看護師達も大勢いて、皆せわしなく準備をしている。
「では佐倉さん。ゆっくり着ているものを脱いでくださいね」
看護師が恵真に大きなバスタオルを掛けてくれ、恵真は前開きの手術着を脱ぐ。
「左手に点滴付けますねー」
「はい、では横を向いて背中を少し丸めてくださいねー」
恵真はひたすら言われるがままになる。
「麻酔入りましたよー。少しずつ腰の下が温かくなってきます」
(わっ、ほんとだ。それに何だか、感覚が鈍くなってきたような…)
「佐倉さん、これ分かりますか?何か感覚ありますか?」
「え?いえ、全く」
これってどれ?と思いながら、恵真は首を振る。
「じゃあこれは?」
「あ、胸の辺りが冷たいです」
「はい、分かりました」
いつの間にか大きなビニールの幕で仕切られ、恵真は自分の胸から下が見えなくなっていた。
先生同士、何か会話をしたあと、看護師が恵真に声をかけてきた。
「では、佐倉さん。手術の準備が整ったので、ご主人に入って頂いても大丈夫ですか?」
「え、もうそんな時間ですか?あの、主人はもう来てますか?」
「ふふっ。ええ、首を長くしてお待ちですよ。ではお呼びしますね」
「はい、お願いします」
しばらくすると、医療用のガウンを着た大和が入って来た。
「恵真」
「大和さん…」
優しく名前を呼ばれた瞬間、思いがけず恵真の目に涙が浮かぶ。
大和は、恵真の頭のすぐ横の椅子に座り、恵真の顔を覗き込んで微笑む。
「大丈夫、そばにいるからね」
「うん」
大和は頷くと、両手で恵真の右手を握りしめた。
「大和さん?何か持ってる?」
「ああ。これ」
大和は手を開いて恵真に見せる。
大和が握っていたのは、今朝恵真が病室に置いてきた結婚指輪と誕生石の羽のネックレス。
肌身離さず着けていたかったが、手術では外さなければいけないと言われ、仕方なく病室に置いてきたのだった。
「良かった、嬉しい…」
恵真が微笑むと大和も頷き、しっかりと恵真の手と一緒に握りしめた。
「それでは、始めます」
「よろしくお願いします」
医師達の声で、手術室の空気が変わる。
恵真はそっと目を閉じ、大和の手の温もりを感じながら祈るようにその時を待つ。
しばらくして、木村先生が呼びかけてきた。
「佐倉さん、一人目産まれますよ!」
えっ!と、恵真と大和が顔を上げた時だった。
「ホギャー、ホギャー…」
大きな産声が手術室に響き渡る。
「う、産まれた!」
「うん!泣いてるね」
「ああ、元気に泣いてる」
二人は手を握り合い、目に涙を浮かべる。
「元気な男の子よ」
男の子!と、二人で顔を見合わせた。
「大和さん、男の子だって!」
「ああ、元気な男の子だ」
すると助産師が、「ほら!パパとママよ」と言って、産まれたての赤ちゃんを見せてくれた。
「わあ!可愛い!」
「ああ、可愛いな。可愛くて元気で…」
声を詰まらせ、大和は言葉が続けられない。
「大和さん…」
恵真も涙が込み上げてきて、それ以上何も言えずに大和の手を握る。
「佐倉さん、二人目よ」
木村先生の言葉に、また二人で顔を上げる。
「ホワー、ホワー…」
今度は柔らかい産声が聞こえてきた。
「おめでとう!二人ともとっても元気ね。お兄ちゃんと妹ちゃんよ」
「妹?!」
「え、女の子?!」
大和と恵真は、また互いに顔を見合わせる。
「はい!今度は女の子の方ね」
助産師がまた赤ちゃんを見せてくれた。
「うわー、可愛い!」
「ああ、良かった。二人とも元気で本当に良かった…」
大和は恵真の手をぎゅっと握りながら、涙を堪える。
「恵真、ありがとう。こんなにも可愛くて大切な命を産んでくれて…。俺、幸せで、胸がいっぱいで…」
大和は声を震わせ、目を潤ませながら、恵真に微笑みかける。
「大和さん…」
恵真の瞳からも涙がこぼれ落ちた。
愛する人との大切な赤ちゃん。
私達二人の一生の宝物。
かけがえのない命の誕生を一緒に迎えられ、同じ感動を分かち合えた。
(忘れない。この瞬間の気持ちを。ずっとずっと)
恵真はもう一度、大和の手をぎゅっと握りしめた。
「はい、きれいにしてきましたよー」
恵真の処置が続く中、身長や体重を測り、身体をきれいにしてもらった双子が、真っ白なおくるみに包まれて戻って来た。
「パパとママに抱っこしてもらいましょうね」
そう言って助産師が、まずは大和に男の子を抱かせる。
「うわっ…」
大和は緊張しながら、男の子を腕に抱く。
ガチガチに固くなって抱いていたが、赤ちゃんの顔を見ると、一気に頬を緩める。
「可愛いなあ。小さくてすべすべで。なんて柔らかいんだろう」
微笑ましく見ている恵真に、助産師は女の子を抱かせた。
「じゃあ妹ちゃんは、ママに抱っこしてもらいましょうね」
胸の上に寝かされた赤ちゃんを、恵真はそっと抱きしめる。
「わあ…。可愛い」
恵真は赤ちゃんの頬を、人差し指でチョンと触る。
「ふふっ、ぷくぷくしてる」
すると大和の興奮気味の声がした。
「恵真、見て!俺の指、握ってくれた!」
顔を上げて見ると、大和の人差し指を男の子がぎゅっと握りしめている。
「ほんとだ。私も握ってくれるかな?」
恵真もそっと女の子の手に、人差し指を近づける。
つんつんと触ると、赤ちゃんは一度手を開いてから、恵真の指をきゅっと握った。
「あっ、私も握ってくれた!」
二人ではしゃいでいると、看護師が近づいて来た。
「良かったらお写真撮りますよ」
「あっ、お願いします」
「はーい、笑ってー」
恵真と大和は赤ちゃんを抱き、とびきり幸せそうな笑顔をみせた。
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