Good day ! 3

葉月 まい

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膨らむ夢、広がる幸せ

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「お子様の、フライトデビュー、ですか?」

恵真が乗務に復帰してから、1ヶ月が経った頃。
大和と恵真は、部長と川原に会議室に呼ばれていた。

「そう。藤崎さんが産休に入る前に、SNSのコメントでお客様が提案されてたの、覚えてる?」
「えっと、確かお子様イベントの時の記事でしたよね?」

大和が子ども達に操縦をレクチャーしたイベントの様子を、SNSにアップすると、たくさんのコメントが寄せられた。 

その時に、夫婦パイロットの機長だ!から始まり、次はフルムーンフライトや、子どものフライトデビューも企画して欲しい、とコメントが付いていた。

「その案を上層部に伝えたら、是非やろうって事になってたの。もちろん今回も、パイロットは佐倉夫妻でね」
「だから藤崎くんの復帰を、上層部も首を長くして待っていたんだよ」

恵真は驚いて身を縮こませる。

「そ、そうだったんですか」

それで双子が1歳になった時に、部長は大和に恵真の復帰を聞いてきたのだろう。

そこから更に2年近く待たせてしまった事に、恵真は申し訳なさを感じた。

「どうだろう、引き受けてくれるかね?」
「え、あ、はい。もちろんです」

恵真が頷くと、大和も続いた。

「良かった!早速、大々的に告知するよ。日程は12月15日。行き先は前回と同じくホノルルだ。ご搭乗の特典として、お子様向けの飛行機のグッズをプレゼント。機内食も特製のお子様ランチ。そしてこれまた前回同様、搭乗証明書を発行する。もちろん、君達のサイン入りのな」

あ、は、はい…と、恵真は大和と苦笑いする。

「いやー、遂に始動するな。良かった良かった。川原くん、早速進めてくれ。頼んだよ」
「かしこまりました。佐倉さん、藤崎さん、告知に合わせて、お二人のインタビューもSNSに載せたいと思っています。お願い出来ますか?」
「あ、はい。分かりました」

大和は頷いたあと、少し何かを考え込む。
やがて顔を上げると、
「部長、早速そのフライトのチケットを買いたいのですが」と、部屋を出ようとしていた部長を呼び止めた。



「翼、舞。お誕生日おめでとう!」

クラッカーを鳴らして、恵真と大和は二人に拍手する。
 
11月5日、翼と舞は3歳の誕生日を迎えた。

「二人とも、元気に大きくなってくれてありがとう。はい、プレゼント」
「わー、ありがとう!」
「あけてもいい?」
「どうぞ」

二人は目を輝かせてプレゼントを開ける。

中には、飛行機のおもちゃと子ども図鑑。
二人に同じ物を贈ることにした。

「あ、ひこうきだ!」
「ほんとだ!」

二人は早速、ぶーんと飛行機を手で飛ばして遊んでいる。

「ほんもある!」
「ひこうき、たくさんあるね」

図鑑には、可愛いイラストと一緒に色々な種類の飛行機の写真が載っていた。
 
「おとうさんとおかあさんのひこうき、どれ?」
「これだよ」
「これ?かっこいいね!」
「はは!ありがとう。実は翼と舞に、もう一つプレゼントがあるんだ」

二人は手を止めて、え?と大和を見る。

「はい、これ。飛行機のチケットだよ」
「え?ひこうきにのれるの?」
「そうだよ。お父さんとお母さんが飛ばす飛行機に乗るんだ」
「ほんとだー。おとうさんとおかあさんの、かおがかいてある」
「さくら まいってかいてあるよ」

二人に渡したのは、本物ではなく手書きのチケットだった。

大和と恵真の似顔絵と、飛行機のイラスト、フライトの日付や二人の名前を書いてある。

あの時大和は部長に、フライトデビューのチケットを6枚買いたいと申し出た。

翼、舞、そして両家の両親の分だった。

部長は、もちろんプレゼントすると言ってくれ、両家の両親も大喜びで、必ず乗る!と張り切っていた。

大和と恵真の夢
『いつか双子をキャビンに乗せて一緒に飛ぶ』

そして両家の両親の願い
『恵真と大和が一緒に飛ぶ飛行機に乗りたい』

それが遂に叶うのだ。

恵真も大和も、翼も舞も、両親達も、皆がワクワクとその日を待ちわびていた。

そしてSNS用のインタビューも二人で受けた。

会議室で向かい合って座り、川原の質問に答える様子を動画で撮影する。

「えー、パイロットの佐倉夫妻にインタビューするのは、かなり久しぶりですね。副操縦士の恵真さん、近況を教えてもらえますか?」
「はい。実は子どもを出産して、しばらく乗務から離れていました。復帰訓練を経て先月復帰したところです」
「おめでとうございます!以前、女性パイロットにとって、妊娠出産はハンデになるか?というお話をしましたね。どうですか?実際に経験してみて」

そうですね…と、恵真は少し言葉を選ぶ。

「やはりハンデだとは思いません。確かに妊娠が分かってから乗務停止となり、結果として3年以上のブランクとなりました。ですが、子どもが産まれた喜びは大きく、一人の人間としても親としても、成長出来たのではないかと思います。そして、子ども達に飛行機の魅力を伝えたいという想いも、一層強くなりました。また復帰訓練では初心に返って、空を飛べる喜びと素晴らしさを改めて感じる事も出来ました。一度お休みした期間は、私にとっては有意義だったと思います」

川原は頷きながら聞いている。

「なるほど。他の女性パイロットにとっても、恵真さんの言葉は大きな励みになると思います。出産や育児は、夫婦でどのようにされてきたのでしょうか?」
「はい。会社の制度がとても充実していたので、有り難く利用させて頂きました。妊娠中は、地上勤務で広報課のお仕事を手伝わせて頂きましたし、主人も産休を1ヶ月取り、産後は乗務を半分に減らしてもらったりと、随分助かりました」
「会社のバックアップ体制としては、充分だったと思いますか?」
「はい、とても」

恵真は、同意を求めるように隣の大和に顔を向ける。

「そうですね。私もとても会社の制度に助けられました。そのおかげで妻の出産にも立ち会えましたし、産後1ヶ月は、自宅でゆっくりと家族で過ごせました。短日数乗務の制度もとても有り難く、産前と産後に、7割や5割など、その時の希望でシフトを調整してもらい、ステイの免除などの希望も聞いてもらえました。会社には本当に感謝しています」

川原は、にっこりと笑う。

「それは良かったです。これから結婚や出産を控えているパイロット達に、お二人は道筋を示してくださったような気がします。そうそう、恵真さんは妊娠中、私と一緒にSNSの記事も書いてくれましたよね。皆様、実は恵真さんが、ご主人の佐倉キャプテンの記事を載せた事もあるんですよ」

カメラ目線で暴露する川原に、恵真は真っ赤になる。

「ふふふ、皆様どの記事か覚えていらっしゃるでしょうか?随分前になりますよね。3年前、でしたか?」
「は、はい」

恵真はまだ赤い顔のまま頷く。

「その時の記事に、皆様からたくさんのコメントを頂きました。ハネムーンフライト、またやって欲しいというお言葉や、フルムーンフライトや、お子様のフライトデビューも企画してもらいたい、という貴重なアイデアも頂きました。そして!ここでいきなり重大発表なのですが。皆様、お子様のフライトデビューの企画、実現致します!その名も『応援します!お子様のフライトデビュー』」

パチパチパチパチーと、三人で拍手する。

「えー、日程は12月15日。羽田発ホノルル行きの便です。お子様が初めてのフライトですと申告して頂くと、様々なグッズをプレゼント致します。もちろん、操縦は佐倉キャプテンと恵真副操縦士の夫婦パイロット。お二人のサイン入り搭乗証明書も、もちろんプレゼント致しますよー」

恵真と大和は、若干苦笑いになる。

「では、実生活でもお母さんである恵真さんから、何かメッセージをお願いします」
「はい。お子様が初めて飛行機に乗るという、大切な経験のお手伝いをさせて頂く事を大変光栄に思います。私達の操縦する機種は、最新の技術によって設計されていて、客室内も静かです。また、機内の気圧が高めになっているので、耳がツンとなりにくいですし、加湿機能もあるので乾燥で咳き込む事もあまりないと思います。お肌にも優しいですし、お子様にも安心して乗って頂けると思います」
「それはママにとっても良い情報ですね。では最後に佐倉キャプテンから、一言お願いします」
「はい。初めて飛行機に乗った時の事を、私は今でも覚えています。たくさんのお子様達にも、ワクワクする気持ち、空を飛ぶ感動、様々な思いを共有してもらえたら嬉しいです。ご家族皆様にとっての大切な日になりますよう、精一杯心を込めて乗務致します。皆様のご搭乗、心よりお待ちしております」

恵真は大和と二人で頭を下げる。

「素敵なフライトになりそうですね。ご予約は、ホームページでも受け付け中です。どうぞ皆様、お早めにご予約ください。佐倉キャプテン、恵真副操縦士、本日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
「それでは、また」

三人でカメラに手を振って、撮影は終了した。

「ありがとうございました!いやー、これまたアップした途端、コメントたくさん付きそうですね。楽しみ!」

川原は、ソワソワと録画をチェックする。

「急いで編集しなきゃ!それじゃあ、佐倉キャプテン、藤崎さん、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」

そそくさと部屋をあとにする川原を見送ってから、ふう…と二人で椅子に座り直す。

「なんだか、懐かしいような新鮮なような、変な感じだな」
「そうですね。あのフライトから3年以上経つんですね」

思い出しながら、二人で静かに話をする。

「あの時は、恵真と結婚出来たことが、ただただ嬉しかった。それが今度は、子ども達を乗せて飛ぶんだ」
「ええ。それに、両親達も」
「ああ。そしてまた、恵真と一緒にコックピットに入る。恵真、前回のハネムーンフライトの時、俺は幸せの絶頂にいると思っていたんだ。でも今、もう一度恵真と一緒に飛べることが、あの時以上に嬉しい」

大和は優しく恵真を見つめる。

「恵真と結婚した時が幸せの絶頂じゃなかったんだ。夢はどんどん膨らむ。幸せもどんどん大きくなる。そして俺は、ますます恵真を好きになっていく」

恵真も微笑んで頷く。

「私も、日に日に喜びを感じます。翼と舞がいてくれることに、大和さんがいつも変わらず抱きしめて守ってくれることに」

大和はそっと恵真を抱き寄せる。

「これからも、毎日を大切に過ごそう。家族四人で過ごせる幸せを感じながら」
「はい。大和さんのそばにいれば、私はいつだって幸せです」

恵真…と大和が切なげに呟く。
恵真の頭のうしろに手を置き、ゆっくりと顔を傾けて目を閉じた時だった。

ピタッと恵真が大和の胸を両手で押さえて止める。

「え、恵真?」
「ではキャプテン。私はフライトがありますので、失礼致します」

すくっと立ち上がり、お辞儀をしてから部屋を出ていく。

「くーっ!この、可愛い頑固者!帰ったら覚悟しろよ!」

大和は思わず、恵真のうしろ姿に向かって叫んだ。



「藤崎さーん!聞いて、またまた完売よ。お子様のフライトデビュー」
「え、本当ですか?」

2週間後、川原がオフィスで恵真を手招きした。

「そうなの。それで、見て!SNSのコメント。あなた達パイロット夫婦を、皆様覚えていてくださったようよ」

川原のパソコンを覗き込むと、
『わー、お二人にお子さんが産まれていたとは。おめでとうございます』
『しばらく話題に上がらないなと思っていたら、奥様おめでただったのね!』
『フライトデビュー、素敵な企画ですね!』
『うちの子もそろそろって思ってたから、思い切って乗りたいと思います!』

数々の嬉しいコメントの中、あるコメントが目についた。

『私達、お二人のハネムーンフライトに乗りました!そして今、2歳半の子どもがいます。まだ飛行機に乗ったことないです。これはもう運命的!子どもと一緒にまたお二人の便に乗ります!』

えー、凄い!嬉しい!と、恵真も笑顔になる。

『なんならフルムーンフライトも乗りたい!3つ搭乗証明書集めたらコンプリート?』

すると、いいね!と他の人もたくさんのコメントで盛り上がっている。

『コンプリートしたら、写真載せてください!』
『フルムーンフライト…って、何歳?』
『あはは!確かに』
『JWAさーん、いつですかー?』

恵真は驚いて川原を見る。

「わっ、聞かれてますよ?川原さん」
「そうなのよー。でもね、実は上層部の人達は既にやることを視野に入れてるみたい」
「そうなんですか?」
「そう。具体的に何歳の方を対象にするかは、まだ決まってないけどね」

すると話が聞こえたのか、部長が近づいて来た。

「藤崎くん、君達のお子さんが20歳になった時に、また夫婦で飛んでくれないか?フルムーンフライトとして」
「ええー?!」

恵真は仰け反って驚く。

「部長、一体いつのお話を?」
「えーっと、今から17年後か。あはは!わしはもう定年でいないな。でも、君達の勇姿を見届けに来るよ」
「いえ、あの、そんな先のお話、今はまだ…」
「そうだな。まずは来月の、お子様のフライトデビュー、しっかり頼むよ」
「は、はい」

部長は満足そうに頷いて、離れていった。



「おかあさん、おようふく、これでいい?」

夕飯の支度をしながら、恵真は舞に呼ばれて振り返る。

舞はモコモコのお気に入りのトレーナーを、リュックに入れようとしていた。

「ふふ、舞。ハワイは暑いの。だから半袖のTシャツでいいのよ」

ええー?!と、舞も翼も驚く。

「どうして?おそとはさむいよ?」
「はんそで、かぜひいちゃうよ?」

恵真はガスコンロを止めてから、舞と翼に世界地図を広げて見せる。

「あのね、日本は今、冬で寒いけど、他の国は季節が違うの。例えばここ、オーストラリアは今は夏なのよ」

ええー?!と、これまた二人は目を丸くする。

「そして、ここがハワイ。今度みんなで行くところね。ここは、1年中暖かくて過ごしやすいの」
「ふうん。ポカポカしてるの?」
「そうよ。海もすぐ近くにあるの」
「うみ?やった!」
「およげる?」
「んー、そうね。お天気良ければ波打ち際で遊びましょうか」

わーい!と二人はバンザイして喜ぶ。
その時、ただいまーと玄関から大和の声がした。

「おとうさんだ!」

二人は玄関に走って行き大和に飛びつく。

「おとうさん!おかえりなさい」
「あのね、ハワイ、うみがあるの」
「おとうさんもおよぐ?」

あはは!と笑いながら、大和は二人の手を繋いでリビングに入る。

「お帰りなさい、大和さん」
「ただいま、恵真」

恵真の頬に口づけると、大和は翼と舞が広げた荷物に気づく。

「おっ、二人ともハワイに行く準備してたの?」
「うん!ハワイはポカポカだって」
「そうだよー。少し雨がサーッて降ったあとに、虹もきれいに見えるんだよ」

にじー?!と二人は声を揃える。

「みたい!ね、おにいちゃん」
「うん!みたい」
「見えるといいな」

夕飯を食べながら、四人でハワイの話をする。

「飛行機の中は、おじいちゃんとおばあちゃんが一緒にいるからね」
「おとうさんとおかあさんは?」
「お父さんとお母さんは、コックピットっていう飛行機の一番前の部屋にいるよ。飛行機を安全に優しく飛ばすから、二人とも安心して空の旅を楽しんでね。窓からきれいな景色も見えるよ」

わー!と、翼も舞も目を輝かせる。

「そらのうえ?くもよりうえ?」
「ああ、そうだ。雲より上だよ。雲の中を通り抜けるんだ」
「え、ぶつからないの?」
「あはは!雲はふわふわだから、大丈夫だよ。綿あめみたいなんだ」

綿あめ…と、二人はうっとりする。

「あ、綿あめみたいだけど、食べられないからな?」

真面目に補足する大和に、恵真はふふっと笑う。

「翼、舞、夜明けも見えるわよ。太陽が空に昇るの」

わあ…と二人はまた目を輝かせる。

「たのしみ!まい、たくさんみよう」
「うん!たのしみ」

そんな二人に、恵真も大和と笑顔で頷いた。
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