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ANGEL
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マスターと約束した木曜日の夜。
閉店の時間に合わせてやって来た想は、エレベーターホールのソファに座り、仲良く腕を組んでバーから出て来るカップルを眺めていた。
「素敵だったねー、もう感動しちゃった」
なにかのイベントでもあったのだろうか。
顔を見合わせてそう話す幸せそうな恋人たちを、ただぼんやりと見送る。
クリスマスイブの恋人たちは、自分とは別世界にいる気がした。
人波が途切れると、そろそろかと立ち上がる。
バーの入り口に足を踏み入れた瞬間、聴こえてきたピアノの音色に、想はハッとして動きを止めた。
(まさか……)
ブルームーンの夜、心のままに弾いた『ANGEL』
(どうしてこの曲が……。誰が弾いている?)
呆然としながら歩を進める。
ステージのピアノが見える位置まで来ると、想は心臓を鷲掴みされたように息を呑んだ。
視線の先でピアノを弾いていたのは、間違いなく小夜。
カウンターにいる数人の男性客とマスターが遠くから見守る中、月明かりに浮かび上がるステージで、小夜がピアノに向かっていた。
夜空に溶け込み、まるで雲の遥か上で弾いているような、幻想的な光景。
静かに心に染み入るメロディは、想の全身をしびれさせた。
自分がこの曲を弾いた時の気持ちをすべて受け止め、癒やしてくれるような音色。
小夜は、小夜だけは、自分のすべてを理解してくれている、そう思った。
そしてそんな自分に手を差し伸べ、優しく温かく包み込んでくれている。
そう、まるで天使のように。
最後のフレーズに差し掛かった時、想の心に小夜の声が聞こえた気がした。
May you find some comfort here……
*
とにかくこの場を離れなければと、演奏が終わると想はすぐにバーを出た。
エレベーターホールのソファに、再び座り込む。
組んだ両手に顔を伏せ、懸命に気持ちを落ち着かせようとした。
(こんな形でまた会うなんて……)
だが、なんとか気づかれずに済んだ。
大丈夫、再会したことにはならない。
そう自分に言い聞かせる。
やがて店内に残っていた数人の男性客が出てきた。
見覚えのある顔ぶれだったが、向こうは想に見向きもしない。
年輩の馴染みの客にまじって、一人だけ若い男性もいた。
「小夜ちゃんの演奏、なんというか、神々しかったな」
「まさに。よほどあの曲に思い入れがあるんでしょうね」
興奮冷めやらぬ様子の会話が聞こえてきた。
彼らがエレベーターに乗り込み、静けさが広がる。
想はノロノロと立ち上がり、バーに向かった。
*
「来栖さん、こんばんは。お待ちしていました」
「こんばんは。今日は無理を言ってすみません」
なんとかマスターに挨拶するものの、顔はこわばったままだ。
マスターは特に詮索することもなく「私は裏で作業してますので、ごゆっくり」と言って去っていった。
想は顔を上げて、静まり返った店内を見渡す。
先程見た小夜の姿は幻だったかのように、ピアノだけが残されていた。
(これもブルームーンの奇跡なのか? 今夜ここで『小夜曲』を弾いて彼女への気持ちを昇華しようとした俺に、もう一度だけ夢を見せてくれたのだろうか)
最後に小夜に会えた。
そして彼女のピアノを聴くことができた。
ようやくそのことが喜びに変わる。
(俺も演奏で応えよう。彼女の気持ちに)
想はグッと拳を握ると、表情を引き締めてピアノに近づいた。
閉店の時間に合わせてやって来た想は、エレベーターホールのソファに座り、仲良く腕を組んでバーから出て来るカップルを眺めていた。
「素敵だったねー、もう感動しちゃった」
なにかのイベントでもあったのだろうか。
顔を見合わせてそう話す幸せそうな恋人たちを、ただぼんやりと見送る。
クリスマスイブの恋人たちは、自分とは別世界にいる気がした。
人波が途切れると、そろそろかと立ち上がる。
バーの入り口に足を踏み入れた瞬間、聴こえてきたピアノの音色に、想はハッとして動きを止めた。
(まさか……)
ブルームーンの夜、心のままに弾いた『ANGEL』
(どうしてこの曲が……。誰が弾いている?)
呆然としながら歩を進める。
ステージのピアノが見える位置まで来ると、想は心臓を鷲掴みされたように息を呑んだ。
視線の先でピアノを弾いていたのは、間違いなく小夜。
カウンターにいる数人の男性客とマスターが遠くから見守る中、月明かりに浮かび上がるステージで、小夜がピアノに向かっていた。
夜空に溶け込み、まるで雲の遥か上で弾いているような、幻想的な光景。
静かに心に染み入るメロディは、想の全身をしびれさせた。
自分がこの曲を弾いた時の気持ちをすべて受け止め、癒やしてくれるような音色。
小夜は、小夜だけは、自分のすべてを理解してくれている、そう思った。
そしてそんな自分に手を差し伸べ、優しく温かく包み込んでくれている。
そう、まるで天使のように。
最後のフレーズに差し掛かった時、想の心に小夜の声が聞こえた気がした。
May you find some comfort here……
*
とにかくこの場を離れなければと、演奏が終わると想はすぐにバーを出た。
エレベーターホールのソファに、再び座り込む。
組んだ両手に顔を伏せ、懸命に気持ちを落ち着かせようとした。
(こんな形でまた会うなんて……)
だが、なんとか気づかれずに済んだ。
大丈夫、再会したことにはならない。
そう自分に言い聞かせる。
やがて店内に残っていた数人の男性客が出てきた。
見覚えのある顔ぶれだったが、向こうは想に見向きもしない。
年輩の馴染みの客にまじって、一人だけ若い男性もいた。
「小夜ちゃんの演奏、なんというか、神々しかったな」
「まさに。よほどあの曲に思い入れがあるんでしょうね」
興奮冷めやらぬ様子の会話が聞こえてきた。
彼らがエレベーターに乗り込み、静けさが広がる。
想はノロノロと立ち上がり、バーに向かった。
*
「来栖さん、こんばんは。お待ちしていました」
「こんばんは。今日は無理を言ってすみません」
なんとかマスターに挨拶するものの、顔はこわばったままだ。
マスターは特に詮索することもなく「私は裏で作業してますので、ごゆっくり」と言って去っていった。
想は顔を上げて、静まり返った店内を見渡す。
先程見た小夜の姿は幻だったかのように、ピアノだけが残されていた。
(これもブルームーンの奇跡なのか? 今夜ここで『小夜曲』を弾いて彼女への気持ちを昇華しようとした俺に、もう一度だけ夢を見せてくれたのだろうか)
最後に小夜に会えた。
そして彼女のピアノを聴くことができた。
ようやくそのことが喜びに変わる。
(俺も演奏で応えよう。彼女の気持ちに)
想はグッと拳を握ると、表情を引き締めてピアノに近づいた。
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