Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜

葉月 まい

文字の大きさ
21 / 29

バレンタインコンサート

しおりを挟む
元旦と二日も、小夜は想のマンションで一緒に過ごした。
作って来たおせち料理を食べ、ピアノを弾き、ソファでおしゃべりをしてまたピアノを弾く。
贅沢に気ままに時間を過ごし、三日の朝に仕事に向かう想に最寄駅まで車で送ってもらった。

「じゃあな、小夜。実家でゆっくりしてきて」
「うん。お仕事がんばってね、想」
「ああ。また連絡する」

駅から少し離れた路地裏で、小夜は想の車を降りた。
見えなくなるまで見送ると、駅へと歩き出す。
電車を乗り継いで千葉の実家に帰り、久しぶりに家族揃って新年を祝った。

仕事始めの六日に、実家からそのまま勤務先の楽器店に出勤する。

「明けましておめでとうございます」

皆で挨拶しながら、久しぶりの再会を喜んだ。

「小夜、あけおめ」

光もいつものように声をかけてくる。

「明けましておめでとう、光くん。今年もよろしくね」
「ああ、こちらこそ」

年末はどこかぎこちない雰囲気のまま別れたが、時間が経って落ち着いた気がした。
それでも、いずれは光にきちんと話をしよう。
悩みを聞いて、心配してくれていたのだから。
小夜はそう思いながら、戻って来た日常をいつものように過ごしていた。



新年最初のバーでの演奏の日。
小夜はマスターから、バレンタインコンサートについて聞かされていた。

「この日もクリスマスと同じように、カップル向けのディナーを予約制でご用意します。またあの時のように、光くんと藤原さんで演奏してもらえないかな? とっても好評だったので」
「わかりました。彼に聞いてみますね」

翌日、早速職場で話をしてみると、光は二つ返事で引き受ける。

「やるやる、やりますとも」
「ほんと? よかった。じゃあマスターとの打ち合わせに一緒に行ってくれる? 来週の土曜日の、私の演奏の前に相談したいって」
「オッケー」

そして土曜日。
仕事終わりに二人で連れ立ってバーに向かった。

「今回はバレンタインにちなんだ愛の曲がメインでお願いします。前回と同じ流れで、光くんのソロ、二人のセッション、それから藤原さんのソロ。そんな感じで」
「わかりました」

打ち合わせはスムーズに終えたが、問題は選曲だ。

「愛の曲かあ、なにがいいかな」
「バレンタインだから、チョコレートのCMソングは?」

おどける光に「絶対だめ」と真顔で牽制する。

「光くんは、ジャズとかシャンソンとか色々ありそうだね。私もクラシックから選んでおこう」
「クラシックこそ、色々ありそうだろ? 愛の曲なんて」
「それが案外、ドロドロだったりするのよね。今でいう不倫だったり略奪愛だったり」
「そんな背景、詳しい人しか知らないって。聴いた感じがロマンチックだったらいいんじゃねえ?」
「そうかなあ」

そう言って考え込んだ小夜は、想に聞いてみようと思い立った。



『バレンタインの愛の曲か……』

その日の夜遅く、早速電話で相談すると、想も真剣に考え始めた。
久しぶりに聞く想の声に少しドキッとして、小夜は顔を赤らめる。
お正月に会った切り、半月ほど顔を合わせていなかった。
想が忙しいのもあるが、小夜はなるべく会う回数を減らそうと思っていた。
誰かに見られては困るし、こうして電話をするだけで充分幸せだから。

(でもそろそろ会いたいな)

本題とは別のことを考え始めた小夜は、いけない、と真顔に戻る。

「想、なにか思いつかない? お母さんからクラシックピアノ教わってたんだよね?」
『ああ。だけどビシビシしごかれただけで、曲の思い出なんてほとんどないな。ましてや、愛の曲なんて』
「そ、そうなのね。想のお母さんって、厳しかったんだ」
『普段はおっとりしてるけどな。ピアノ弾くと人が変わる感じ』
「へえ。想の今の活躍も、喜んでくれてるでしょうね」
『いや。俺がクラシックの道に進まなかったから、見捨てられたかな。どんな曲書いてるかなんて、きっと知らないと思う』
「そうなの?」
『ああ。年の離れた高三の妹がいてさ、音大に推薦で受かったから、そっちに大喜びしてる』

初めて聞く話に、小夜は興味津々になった。

「想、高校生の妹さんがいるんだ! 美人でしょうねえ。彼氏とかいるんでしょ?」
『知るかよ。そんなの兄貴に知られたくないだろうし』
「確かに。私もお兄ちゃんには知られたくないな」
『小夜も兄弟いるんだ』
「うん。三歳年上の二十七歳で、普通のサラリーマンやってる」
『えっ、俺と同い年じゃないか? 来月、俺も二十七になるから』
「ほんと? やだ! お兄ちゃんと想なんて全然違う……ってそうじゃなくて。想、来月お誕生日なの? 何日?」
『十五日』

ということは、バレンタインデーの翌日になる。

「私、張り切ってお祝いしたい! その日、ちょっとだけでも会えない?」
『お祝いなんていいよ。けど、小夜には会いたい』
「じゃあバレンタインデーの演奏が終わったら、ホテルの部屋で会わない? そうすればバレンタインも一緒に過ごせるし、十五日に日付けが変わった瞬間にお祝いできるから」
『わかった、ありがとう。仕事が終わったらすぐに向かう』
「うん! 部屋の予約は私がしておくね。ふふっ、楽しみ!」
『俺もだ』

心は早くもバレンタインデーに行ってしまい、肝心の曲の相談もしないまま、二人はひたすら待ち切れないとばかりにわくわくしていた。



「じゃあ二人でやる曲、決めるぞ」

仕事が終わった店内で、久しぶりに光とピアノに向かう。

「耳馴染みのある曲を、色んなジャンルで展開していく……。うーん、愛の曲ではないけど、パッヘルベルのカノンは?」
「おお、いいかも。やってみるか」
「うん」

まずは小夜がオリジナルを弾き、途中で光が引き取ってジャズ風にアレンジする。
あとは即興で、色々なテイストで繋げていった。
ラストは小夜がまたオリジナルに戻し、光が華やかに彩りを添えて終わる。

「うん、いいんじゃね? あとは本番のノリで」
「そうだね。当日のお楽しみにしよう」
「じゃ、小夜はソロがんばって」
「ありがとう。って、光くんもでしょ?」
「俺は余裕っすよー」

軽く手を挙げて去っていくうしろ姿を見送ると、小夜はひたすら曲をさらっていった。



無事に二月十四日のホテルを予約し、小夜はコンサートと想の誕生日を祝う準備に忙しくなる。

(えっと、コンサートの曲はこれで決まり。あとは想の誕生日プレゼントか。なにがいいだろう? 私のお給料で買えるものなんて、想にとっては嬉しくもなんともないかな。でも少しでも喜んでもらいたい)

頭を悩ませるが、なかなかいいものが思いつかない。
勤務先の楽器店で、音楽モチーフの小物やインテリアを眺めてみたが、いまいちピンと来なかった。
そうこうしているうちに、二月に入る。

(わー、ほんとに早く決めないと)

コンサートに向けて練習しつつ、毎日あれこれとオンラインショップを検索する。
そのうちに、ふとあるものが目についた。

(これいいかも! 多分、想は持ってないだろうし。よし、これに決めた)

早速ポチッとして、自宅に届くのを待つ。
無事に配達されると、綺麗にラッピングしてバースデーカードを挟んだ。

(ふふっ、渡すのが楽しみ!)

プレゼントを贈る側もこんなに嬉しいなんて、と小夜は新鮮な気持ちになっていた。



迎えた二月十四日。
楽器店の仕事を終えると、光と一緒にバーに向かう。
マスターと最終確認をしてから、控え室に入った。
光が着替えている間に、小夜はフロントに下りてチェックインを済ませる。
想の為にカードキーを一枚預けておいた。

【これから本番です。もし想の方が早かったら、フロントで「1505室の藤原です」って伝えてカードキーを受け取って、部屋で待っててね】

メッセージを送ってから控え室に戻ると、着替えを終えた光が髪をセットしているところだった。

「へえ、光くん、今夜はブルーのシャツなんだね」
「おう。かっこいいだろ?」
「自分で言わなければね」

軽くあしらいながら、小夜も鏡の前に座り、髪をポニーテールにする。
毛先を巻いて動きをつけ、結び目にくるくると巻きつけてから、赤いベルベットのシュシュで飾った。

「おっ、いいなその色。やっぱりドレスも赤か?」
「うん。バレンタインだもんね」
「早く着替えろよ」
「着替えませんよ」

言い合っているうちに、時間になる。
小夜は「行ってらっしゃい」と光を見送った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Lucia(ルシア)変容者たち

おまつり
恋愛
 人は、ときに自分の中に「もう一人の自分」を抱えて生きている。  それがもし、感情の揺らぎや、誰かとの触れ合いによって、男女の姿を入れ替える存在だったとしたら――。  カフェ『リベラ』を営むリアと、雑誌編集者の蓮。  二人は、特定の感情を抱くと性別が変わる「性別変容者」だった。  誰にも明かせない秘密を抱えながら生きてきた彼らは、互いの存在に出会い、初めて“同類”として心を通わせていく。  愛が深まるほど、境界は曖昧になる。  身体と心の輪郭は揺らぎ、「自分とは何者なのか」という問いが、静かに迫ってくる。  一方、過去に囚われ、自分自身を強く否定し続けてきたウェディングプランナー・景子と、まっすぐすぎるほど不器用な看護学生・ユウ。  彼らもまた、変容者として「変わること」と「失うこと」の狭間で、避けられない選択を迫られていく。  これは、誰の記憶にも残らないかもしれない“もう一人の自分”と共に生きながら、 それでも確かに残る愛を探し続けた人々の、静かなヒューマンドラマ。 ※毎日20時に1章ずつ更新していく予定です。

ホストと女医は診察室で

星野しずく
恋愛
町田慶子は開業したばかりのクリニックで忙しい毎日を送っていた。ある日クリニックに招かれざる客、歌舞伎町のホスト、聖夜が後輩の真也に連れられてやってきた。聖夜の強引な誘いを断れず、慶子は初めてホストクラブを訪れる。しかし、その日の夜、慶子が目覚めたのは…、なぜか聖夜と二人きりのホテルの一室だった…。

雨の日にやさぐれお姉さんを拾ったと思ったら胃袋も心も掴んでくるスーパーお姉さんだった

九戸政景
恋愛
新人小説家の由利美音は、ある日の夜に一人の女性を拾う。太刀川凛莉と名乗る女性との共同生活が始まる中、様々な出会いを果たしながら美音は自身の過去とも向き合っていく。

久我くん、聞いてないんですけど?!

桜井 恵里菜
恋愛
愛のないお見合い結婚 相手はキモいがお金のため 私の人生こんなもの そう思っていたのに… 久我くん! あなたはどうして こんなにも私を惑わせるの? ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ 父の会社の為に、お見合い結婚を決めた私。 同じ頃、職場で 新入社員の担当指導者を命じられる。 4歳も年下の男の子。 恋愛対象になんて、なる訳ない。 なのに…?

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

【短編集・中華後宮】愛されない貴妃の、想定外の後宮譚 ほか

秦朱音|はたあかね
恋愛
【中華後宮モノの短編を短編集にまとめました】 ーーー ▼短編①「愛されない貴妃の、想定外の後宮譚」 幼馴染として育った皇帝の後宮に入って三年。 曹 春麗(そう しゅんれい)は、初恋の相手だった皇帝陛下からは一度も寵愛を受けたことがなく、寂しい毎日を過ごしていた。 ある日春麗は臥せった皇帝陛下を見舞おうと、皇帝の住まいである龍和殿を訪れる。そこで見たのは、思いもよらない呪いに侵された幼馴染の姿だった―― ▼短編②「梅折りかざし、君を恋ふ 〜後宮の妃は皇子に叶わぬ恋をする〜」 ――皇帝に仕える後宮妃は、皇子に叶わぬ恋をした。 親子ほどに年の離れた皇帝に仕える後宮妃・張 琳伽(ちょう りんか)は、皇帝の崩御により後宮を去ろうとしていた。 皇帝から寵を得て徳妃まで昇り詰めた琳伽だったが、どうしても忘れられないのは梅華殿で過ごした十代の日々。 あの頃内院に咲く梅の花を、かんざしに見立てて贈ってくれた皇子。彼は新皇帝として即位し、前皇帝の妃嬪が去った後に、新しく後宮を構えようとしていた。 ーーー ※中華後宮を舞台にした短編を集めました ※どちらかというとシリアスな内容ですが、ハッピーエンドです。 ※過去の短編を短編集にまとめるための再投稿です。既読の方がいらっしゃったら申し訳ありません。

私の夫は救えないクズ〜別れた先に幸福が待ってました〜

専業プウタ
恋愛
篠山久子はアラサー商社OL。十年付き合った恋人に振られ、コネ入社なのに実家の会社が傾き父親が亡くなり腫れ物扱い。そんな時に出会ったばかりの年下ドクター富永スバルからプロポーズされる。経済的苦労もない溺愛新婚生活を送って一年、何故か久子はスバルに絞殺された。タイムリープした久子はスバルの真実を知る。再びスバルに殺された久子は時を戻り、男に頼らず、今までと全く違う行動に出る。この物語は発想を逆転させた甘ちゃんお嬢様が、悪と闘い愛すべき人生を手に入れる仰天サクセスラブストーリーである。

処理中です...