Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜

葉月 まい

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当てつけかよ?

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次の日。
いつものように楽器店に出勤すると、小夜の左手薬指は大注目を浴びた。

「さ、小夜!? それ、まさか、そういうこと? 誰と? どこで? いつから?」

店長は小夜の両肩をガシッと掴んで揺さぶる。

「あの、えっと。まだ、その、具体的には、そういう話にはなってないんですけど」
「なにを訳わかんないこと言ってんの! この指輪は、つまり、そういうことでしょ?」
「は、はい」
「やっぱり!」

小夜が、結婚ー!!と、店長は悲鳴のような声を上げた。

「いつの間にこんなに大人に? 恋愛の話なんて一度も聞いたことなかった小夜が、そんなのすっ飛ばして結婚なんて……。ね、お相手はどんな人?」

あ、それは……と、言葉を濁す。
すると、少し離れたところにいる光と目が合った。
小夜はハッとして表情を引き締め、きっぱりと光にも聞こえるように告げる。

「とても素敵な人です。私を大切にしてくれる、私にはもったいないくらいの人」
「やーん! 小夜の口からそんなセリフを聞く日が来るなんて! 結婚式はいつなの?」
「具体的にはなにも決めていません。少しずつ考えていこうと話しています」

それは小夜から想に頼んだことだった。
すぐにでも結婚したいと言う想に、もっと先にしてほしいと。
マネージャーの本田への報告、想の仕事の兼ね合い、そしてなにより、ファンへの配慮。
それらを考えると、今すぐにはできない。
少しずつ本田と相談しながら考えてほしいと、小夜は想に頼んでおいたのだった。

「そっか。小夜はまだ二十四で若いもんね。でも楽しみだなー。いつか紹介してね、未来の旦那様」
「あ、はい」
「さてと! 開店の準備しましょ」

店長がバックヤードに姿を消すと、光が近づいてきた。

「……実際に結婚するまで、俺は認めないから」

声を潜めて小夜の耳元でそう言うと、驚いたように急に動きを止める。

「光くん、違うの。話を進めないでって言ったのは私の方で……。え、どうかした?」

様子がおかしなことに気づいた小夜が尋ねると、光はグッと唇を引き結び、険しい表情のまま踵を返してカウンターへと歩いていった。



【小夜、明後日の夜、会えるか?】

その日の仕事終わりに、想からメッセージが届いた。

【うん、大丈夫。明後日は仕事も休みなの】
【そうか。じゃあ、俺の仕事が終わり次第、小夜のマンションまで迎えに行く】
【わかった。待ってるね】

やり取りを終えると、思わず笑みがこぼれる。

(今朝ホテルで別れたばかりなのに、明後日にまた会えるなんて嬉しい)

左手の指輪に目をやって、ふふっと微笑む。

(うちまで迎えに来てくれるってことは、想の部屋で過ごすのかな。じゃあ、たくさんお料理作ろう)

外でデートできなくても、小夜には何の不満もない。
ただ想と一緒にいられるだけで、充分幸せだった。



二日後。
朝から部屋の掃除をしたり、料理を作りながら、小夜は何度もスマートフォンを確かめる。
待ちに待ったメッセージが届いたのは、十八時頃。

【これから向かう。二十分くらいで着くから】

小夜は【はい、待ってます】と返信すると、服を着替えて荷物を確認した。

【着いたよ】の連絡が来ると、急いで部屋を出る。
目立たない場所に止めてある想の車を見つけて、駆け寄った。

「お待たせ、想」

二日会わなかっただけなのに、会えた喜びに頬が緩む。
運転席の想が、いつもよりかっこよく見えた。

「小夜、俺の部屋でもいいか?」
「うん、もちろん。少しだけど、食事も作ってきたの」
「そうか、ありがとう」

優しく笑いかけてくる想に胸が小さく跳ね、小夜は頬を赤らめてうつむく。
ブルームーンの指輪が、月明かりを受けて綺麗に青く輝いていた。



「本田さんに話したんだ、小夜と結婚すること」

想の部屋で小夜が作ってきた和食を食べていると、ふいに想が切り出した。
小夜は驚いて箸を持つ手を止める。

「えっ、いきなりそんなこと言ったの?」
「いきなりでもないだろ? 小夜とつき合ってることは話してあったんだから。結婚は当然の流れだ」

きっぱりと言う想に、小夜はまたしでドキッとする。
自分とのことを、最初からそんなふうに真剣に考えてくれていたのが嬉しい。

「それで、本田さんはなんて?」
「おめでとうって祝福してくれた。だけど発表は待ってくれって」
「うん、それはそうだよ。それにまだ先の話だし」
「俺は小夜さえよければ、いつでも構わない。と言うより、なるべく早く婚姻届を出したい」
「想、前から思ってたんだけど。どうしてそんなに急ぐの? なにか理由があるの?」

すると想は黙ってうつむいた。
小夜は不安に駆られる。

「想? どうかした?」
「……小夜に幻滅されたくない」

え?と小夜は聞き返す。

「私が想に? 幻滅なんて、する訳ないじゃない」
「……自分でもどうしようもないんだ。みっともないくらい、嫉妬してる」

小夜はますます首をひねった。

「嫉妬? 誰に?」

想はしばらく押し黙ってから、ポソッと呟く。

「小夜と一緒にピアノ弾いてた男。息もぴったりで、お似合いだった」
「ピアノ? あっ、光くんのこと?」

すると想はピクリと眉を上げた。

「小夜の口から男の名前が出るだけで妬ける」
「え、どうして? 私は想にしか気持ちはないのに」
「だけどあいつは、小夜を奪おうとしてる」

もしかして、と小夜は思い当たった。

「想、ひょっとして光くんと話したの?」
「……ああ。あいつは小夜のこと、よく知ってる口ぶりだった。一緒にピアノを演奏するくらい、仲がいいんだろ?」
「職場が同じってだけなの。バーのマスターに、二人で一緒に弾いてほしいって頼まれて弾いただけよ」
「ごめん、わかってる。小夜はなんとも思ってないってこと。だけどあいつは本気で小夜に惚れてる。俺と会えない間に、あいつが小夜に近づいたらって思うと、耐えられなくて」
「想……」

想の気持ちに、小夜は胸が詰まった。
自分はこんなにも愛されているのだと。

「私もあなたが大好きよ、想。私だって早く結婚したい。だけどあなたのことが大切だから、慎重にならなくちゃって言い聞かせてる。想、私はこの先の長い人生をずっとあなたと一緒に生きていく。それだけは変わらない。だからもう少し時間をください。あなたにはこれからも、素敵な曲をたくさんの人に届けてもらいたいから。私との結婚で、その道が閉ざされてはいけないの」
「小夜……」

想は感極まったように小夜を見つめた。

「わかった。ありがとう、小夜。改めて惚れ直した。やっぱり小夜は俺のミューズだ」
「ええ? もう……。大げさだな、想は」

呆れて笑う小夜に、想は切なげに目を細める。

「小夜、今すぐ抱きたい」

小夜の顔が一気に真っ赤になった。

「いい?」
「そ、そんなこと、聞かないで」
「わかった、聞かない」

そう言うと想は席を立ち、小夜の手を引くとそのまま一気に抱き上げた。

「きゃっ、想!」

思わずギュッとしがみつくと、想は不敵な笑みを浮かべる。

「小夜、完全にスイッチ入れたな」
「な、なにの?」
「言わせたいのか?」

小夜は、ふるふると首を横に振る。
心臓がドキドキし、顔が火照ってきた。

「すぐにわからせてやるから」
「想、なんか怖いよ?」

身構える小夜だったが、そのあとは想にひたすら甘く溶かされていた。



「光くん、おはよう。少しだけ時間もらえる?」

翌日。
小夜は出勤すると、勤務が始まる前に光に声をかけた。

「なに? 改まって」
「光くんに直接きちんと伝えたくて。光くん、私が悩んでた時、励ましてくれてありがとう。仕事でもいつも助けてもらってる。ピアノの演奏でも、光くんにたくさん教えてもらった。本当に感謝してます」
「……それを言いたかったの?」
「うん。それからこれも。私、想と結婚します。彼のことが誰よりも好きだから。私を大切にしてくれる彼を、心から信じられるから。私の本当の幸せは、彼と一緒にいることなの。これからもずっと」

そう言ってじっと光と目を合わせていると、やがて光は、ふっと笑って視線を伏せた。

「なんか変わったな、小夜。知り合った頃は時々寂しそうな顔してて、思わず守ってやりたくなった。けど今は、凛とした大人の女って感じ。愛されてる証拠なんだろうな」

自嘲気味に呟くと、顔を上げて小夜を正面から見つめる。

「小夜はもう、俺の手の届かないところにいる。どんなに呼んでも振り返らない。あいつしか見えてない。虚しいだけの恋は、俺には似合わない。だからきっぱり諦める」
「光くん……」
「じゃあな。あ、そうそう」

背を向けようとしてから、光は思い出したように振り返る。

「あいつに言っといて。見せつけるようなことすんなよって。どんだけ小夜に惚れてんだ? 大人の余裕ってもんがなさ過ぎる」
「え? どういうこと?」

すると光はニヤリと笑って、自分の左耳の下を指差した。

「小夜のここ、キスマークついてる。今も、この間も」
「はっ!? キ……」

小夜は左耳を押さえて絶句する。

「しかもパッと見じゃわからない。小夜のこといつも見てる俺にしかわからないようなところに。当てつけかよ? ったく」

そう言うと今度こそ、じゃあな!と片手を挙げて去っていく。
小夜は顔を赤くしたまま、光の後ろ姿を呆然と見送った。
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