この手に愛と真実を〜クールな検事の一途な想い〜

葉月 まい

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ついに決行

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深夜零時過ぎ。
黒のパンツスーツに身を包んだ凛香は、礼央に連れられて捜査本部が置かれた部屋に入った。

「朝比奈検事」

パソコンから顔を上げて、矢島が近づいてくる。

「よろしくお願いします。現在、全員配置につき、異常はありません」
「了解。道路混雑もない。予定通り一時四十分にここを出発する」
「わかりました。お気をつけて」

続いて矢島は、凛香に笑顔を向けた。

「深月さん、俺たちがしっかりサポートします。大船に乗った気でいてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「では、インカムを装着します。それから持ち物を確認させてください」

耳にイヤホンを着け、胸元にマイクのクリップを留めると、実際にテストして確かめる。

「問題ないですね。社用パソコンとIDカードもお持ちですか?」
「はい、ここに。充電もしてあります」
「完璧です」

おどけたようにドヤ顔をする矢島に、凛香も頬を緩めた。

やがて時間になると、礼央がおもむろに立ち上がる。

「よし、行こう」
「はい」

部屋を出る礼央と凛香を、矢島が親指を立てて見送る。

「Good Luck! 行ってらっしゃい」
「行ってきます」

高ぶる気持ちを抑えつつ、凛香は礼央の背中をしっかりと見据えて歩き始めた。



静まり返った深夜のオフィス街。
暗い夜空に向かってそびえ立つワンアクトテクノロジーズの本社ビル。
その裏路地に、礼央は静かに車を停めた。
エンジンを切ると、マイクのスイッチを入れて報告する。

「こちら朝比奈。A地点到着。特に異常なし」

その声は、凛香の耳のイヤホンにも聞こえてきた。

『矢島です、了解。そのまま待機願います。予定通り二時十八分に警備室への遠隔操作を開始します』
「了解」

そのあとは、息を潜めてじっと時間になるのを待つ。
凛香はIDのネックホルダーを首にかけ、ノートパソコンの電源を入れて起動させた。

やがて車の中の時計が二時十七分になる。

『矢島です。開始一分前』

次々と別の警察官から『一斑異常なし』『二斑、同じく異常なし』と応答があった。

「朝比奈、異常なし。いつでも行ける」
『矢島、了解。……開始五秒前。四、三、二……。操作開始。警備室監視モニター、ループ再生。セキュリティーゲートの通知、フラグオフ。朝比奈さん、侵入開始を』
「了解」

礼央と凛香は互いに目配せすると、ドアを開けて車を降りる。
そのまま社員通用口まで走った。

「朝比奈、B地点到着。セキュリティーシステム解除する」
『お願いします』

礼央が小さく凛香に頷き、凛香はIDカードを電子ロックのパネルにかざした。
ピッと音がして、ランプが緑に変わる。

「ロック解除完了」
『了解。警備室異常なし。そのまま侵入願います』
「了解」

礼央は再び凛香と視線を合わせると、ドアをそっと開けた。
すばやく中に入り、階段を駆け下りる。

『矢島です。ドアオープン確認。ログ記録は仮想メモリ上に待機、リアルタイム通知は遮断中。三時ちょうどに自動復帰するので、それまでに離脱を』
「了解。今C地点に着いた」

地下駐車場に入ると、防犯カメラの死角になる大きなワンボックスカーの影に身を潜めた。
凛香はパソコンを開き、Wi-Fiを確認する。

「矢島さん、社内ネットワークに繋がりました」

胸元のマイクのスイッチを押してそう言うと、すぐさま矢島の返事がきた。

『了解、接続確認。今、深月さんの端末を通じて、こちらから通信ラインに乗りました。深月さん、そのままなにもしないで待っていてください』
「わかりました」
『社内のネットワークマップ確認中。サーバー構成出ました。経理システム発見、改ざんデータの保存先……これだな。いける。経理システム、侵入開始します!』

ゴクリと生唾を飲んで、イヤホンに集中する。

『おとりのデコイ発動、五秒前。四、三、二……、発動!』

しばし沈黙が続き、凛香は祈るように矢島の言葉を待った。

『…… 侵入検知ログ、ヒット! 裏のサーバーに接続確認。経理システム、侵入します。暗号化キー取得完了。……あった、これだ! 経理データの変更ログと暗号通貨ウォレット。今、吸い上げてます。取得完了!ログもウォレットの接続先も、証拠として押さえました。これで会社の金がどこに流れたかがはっきりする』
「よし、離脱するぞ。検知される前にログクリーン」
『了解。ログクリーン完了。痕跡全て消去。通信切断。朝比奈さん、退避を』
「了解。すぐに戻る」

礼央は凛香の肩を抱き寄せた。

「行こう」
「はい!」

しっかりと身体を寄せ合いながら、二人で来た道を戻る。
通用口のドアから外に出ると、一目散に車に乗り込み、礼央がすばやくエンジンをかけた。

そのまま二人は無事に警視庁へ戻った。



「お疲れ様。よくやってくれた」

庁舎に入ると、礼央は立ち止まって凛香を振り返った。

「はい、あの、私、とにかく必死で。あれで大丈夫でしたか?」
「もちろん。君のおかげで証拠を掴めた。ありがとう」
「よかった……」

ホッとした瞬間、膝からくずおれそうになった凛香を、礼央はギュッと抱きしめた。

「怖かっただろう? よくがんばった」
「いいえ。朝比奈さんがそばにいてくれたから」
「ありがとう。もう大丈夫だから」
「はい……」

耳に響く声と、抱きしめられる温もりに安心して、凛香の目に涙が込み上げる。
気持ちが落ち着くまで、礼央はずっと凛香を抱きしめ、優しく頭をなでていた。



別の刑事に任せて凛香をマンションに帰らせると、礼央は矢島が出力した証拠のデータを手に、上司である主任検事に報告する。

「こちらが暗号通貨の送金ログと、経理システムの改ざん履歴です。アクセスは海外サーバーを複数経由し、使用されたデバイスはワンアクトの支給品ではなく、異なるOSを搭載した私物と思われます。特定されたアクセス元は、都内港区の高級マンション。そこにフーメイが潜伏している可能性が高い。矢島の遠隔操作に気づいた可能性を考え、フーメイは即刻身柄を確保すべきかと。ただ黒岩は、監視のもとしばらく泳がせ、ほかに共犯者がいないか、フーメイとの連絡方法やサンクチュアリとの繋がりがないかを見極めたいと考えます」

主任検事は、サッと資料に目を走らせてから頷いた。

「……よし。差し押さえ令状は、こちらで手配する。警視庁と連携して押収、逮捕を」
「はい、ただちに」

礼央は身を翻すとすぐにフーメイの潜伏先と思われるマンションへ向かうよう、無線で指示を飛ばした。

『マンション、もぬけの殻です!』

しばらくして入ってきた報告に、礼央は即座に反応する。

「海外に高飛びだ。空港と港に連絡を!」

数時間後、出国を企てていたフーメイが羽田空港で取り押さえられた。
パスポートは偽名、外見も別人だったが指紋が一致し、決め手となった。

「データベースにフーメイの指紋なんて、登録されてましたっけ?」

矢島の問いに、礼央はわずかに口角を上げた。

「黒岩と密会していた部屋に残されたグラスから採取させてあった」
「え、いつの間に?」
「矢島、忘れるな。犯人逮捕には、証拠が重要だとな」

そして二日間泳がせた黒岩は、特になにもアクションを起こさない。
おそらくフーメイが逮捕されたことも知らないのだろう。
もしかすると、フーメイにメッセージを送っても返信がない、程度の違和感は感じているかも知れないが。
サンクチュアリとの接触もナシとみて、月曜日に、黒岩の身柄を確保することが決まった。



月曜日の午前十時一分。

ワンアクト本社ビルのエントランスに、複数の検察官と刑事を従え、スーツ姿の礼央と矢島が現れた。
受付で、強制捜査の令状を示す。

「東京地方検察庁特別捜査部の検事、朝比奈です。黒岩副社長の業務上横領および背任の容疑で、御社オフィスを捜索させていただきます」
「あの、副社長は今、役員会議室に……」
「承知しています。案内はいりません。場所も把握していますので」

黒岩が出社したことは、マークしていた刑事から報告があった。
その後、今日から仕事復帰した凜香に連絡し、黒岩の所在を確認していた。

礼央たちはエレベーターで五階に上がり、凜香に教えられた会議室のドアを開ける。
驚いたように振り返った役員たちの一番奥で、大きなお腹でふんぞり返って座っている黒岩の姿があった。

「……なんだね? ノックもせずに無礼な」
「東京地方検察庁です。黒岩副社長、あなたに業務上横領および背任の疑いがあります。実体のない外部業者との間で、年間およそ二億円の資金が動いている。そのうちの一部が、あなた個人の口座に流れていた。既に証拠も得ています」
「なにをバカなことを。二億? そんな金持ってたら会社に来ないで、今頃南国でバカンスを楽しんでるよ。なあ?」

他の役員たちと顔を見合わせて笑う黒岩に、礼央は冷静に続ける。

「確かにあなたは二億もの大金を動かせる器じゃない。せいぜい愛人の捨て駒がふさわしい」
「なっ……」
「おや、心当たりでも? 署で詳しくお聞かせいただけますか。それとも今ここで?」

うぐっと言葉を詰まらせて黒岩は礼央を睨みつける。
礼央が隣に立つ矢島に視線を移し、刑事たちが一斉に黒岩を取り囲んだ。



「朝比奈さん!」

エントランスを出たところで呼び止められ、礼央はゆっくりと振り返る。
真っ白な半袖ブラウスと紺色のスカート姿の凜香が、タタッと駆け寄って来た。

「あの、大丈夫でしたか?」

矢島たちに連れて行かれる黒岩のうしろ姿に目をやり、心配そうに聞いてくる。

「ああ、君のおかげで助かった。ありがとう」
「いえ、私はなにも」
「いや、今回のことは全て君の助けがあってこそだった」
「そんな……。社長の鮎川も、お礼を申しておりました。弊社のために尽力いただき、本当にありがとうございました」
「こちらこそ。それじゃあ」
「はい、失礼いたします」

両手を揃えてお辞儀をする凜香にひとつ頷いてから、礼央は背を向けて歩き出す。

おととい、凜香は無事に自宅マンションへと帰り、礼央の隣の部屋は空き部屋に戻った。

(終わったな、なにもかも)

事件が解決へと大きく動いた今、もはや凜香との接点もなくなった。
ほんの少し心に広がる虚無感は、おそらく事件に対して肩の荷が下りたせいだろう。

礼央はそう自分に言い聞かせていた。



数日後。
礼央は矢島と警視庁で、事件の詳細を確認していた。

羽田空港で身柄を拘束されたフーメイは、東京地検に送致された。
国際指名手配中であるが、ワンアクトを標的にした組織的経済犯罪、および不法入国の容疑により、まずは日本の法律に基づいて逮捕、勾留され、その後起訴されることになる。
凛香の自宅マンションを張っていたワンボックスカーの持ち主を事情聴取したが、闇バイトを通じて依頼されただけで、もちろんフーメイとの繋がりはなかった。

そして肝心なサンクチュアリとの繋がりも、糸口すら見つからない。

「フーメイが送金していた宛先のアドレスは全て、VPNと仮想サーバーを使って偽装されていました。VPNは、ネット上の通信を暗号化して追跡を困難にする技術で、自分の通信を別の場所から発信しているように見せかけられます。通信内容もすべて暗号化されるため追跡が困難で、送信元のIPアドレスも偽装できます」
「つまり、サンクチュアリにはたどり着けないってことか」
「残念ながら。ですが、フーメイ逮捕はサンクチュアリにとってもかなりの打撃だったはずです。フーメイはこれから起訴されて裁判となるでしょうが、日本での刑期を終えたあと、アジア数カ国でも同様の犯罪容疑で身柄引き渡しが要請される可能性があります。長い戦いになりますが、必ずサンクチュアリは潰せるはずです」
「そうだな。問題は黒岩の方か……」

フーメイに操られていた、と供述している黒岩は、自ら主導したわけではないという立場を貫いていた。
検察内でも、不起訴も視野に入れるべきとの意見が出始め、礼央の力だけでは流れを変えられそうにない。
フーメイとの関係が不明確なままでは弱いと、不起訴の方向で書かれた起案書を読み、礼央は拳をギュッと握りしめる。

そして黒岩の勾留期限まであと二日となったその日。
事件は起こった。
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